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60 怖気付いた心
しおりを挟む「ローズ!久しぶり!どこ行ってたのよ~!」
満面の笑みで抱きついてきたのはアベル、年齢不詳の友人だ。背の高いアベルはローズの頭に顔を乗せるとスリスリと頬ずりした。
「寂しかったわ~」
「心配かけてごめんなさい。アベルさん、取り敢えず座らない?」
「座るけどローズの隣よ。近くで顔を見ながら話をしたいわ」
アベルはローズをグイグイ引っ張ると、長椅子にこれでもかというくらい密着して並んで座った。こんなに広い部屋で、椅子やソファーがたくさんあるのに何故こんなに近くに?とにこやかな笑顔の下でローズは少し困った。
実はここは城の応接間だ。城の応接間はいくつかあるが、よりによってここは一番広い部屋のようだ。
数日前、ローズはもういいだろうと家にかけてある目くらましの魔法を解いた。そしてローズを心配していたアベルさんを家に呼ぼうと手紙を用意していると、すっかり忘れていた人物がやってきた。
隣国のサイラス王子だ。
ローズの事をまだ諦めていなかったようで、煌びやかな贈り物を山のように持って、ズカズカと家の中に入ってきた。あまりの図々しさにローズは呆気にとられ、サイラスに捕まった。何とか逃げ出したが暫くはあの家に帰りたくない。
レジナルドにアベルと会うから応接間を貸して欲しいと頼んだら、驚くぐらい広い部屋を用意していた。どこぞのご令嬢みたいにドレス着てお茶会でも開くと思ったのだろうか……。
「もう一回ギュってしていい?」
「力は手加減して?時々そのまま潰されそうに感じるわ」
「あら、ごめんなさい!気をつけるわ。はぁ、癒される」
また頭にスリスリされた。気のせいか匂いも嗅がれてる気がする。それはちょっと変だと教えた方がいいかな。だが自分もレジナルドの胸に顔を埋めた時や、ベッドのシーツを同じようにクンクン嗅いでいた気がする。
アベルさんに何も言えなくなってされるがままになった。
その後、アベルさんに色々問い詰められたので、魔女に関わることは伏せて可能な範囲を話した。結果、殆ど内容がわからない話になってしまい、アベルさんは眉間にしわを寄せながら首を傾げる事となった。
そのわけのわからない話は、ただの恋愛話になってしまった。
「え、じゃあローズは今、レジナルドの部屋にいるの?!婚約したって事?」
「婚約なんて違うわ!うなされるのがなくなるまで面倒みてもらってるだけよ」
「でもなんとも思ってない人の部屋にはいられないわよね。わたしが遊びに行った時、ローズが心理テストで選んだ相手はレジナルドだったって事?」
「言ってなかったかしら?」
「ええ。でもそうかなとは思ったわ。あんたやけにショック受けてたから」
あの時、本当は認めたくなかった。今まで散々冷たい態度を取ってレジナルドを傷つけておきながら彼を想う資格なんてないと、すぐに自分の気持ちに蓋をした。
「それなら両想いじゃない。よかったわね!
今はまだでもこのまますぐに婚約になるんじゃないの?」
はしゃぐアベルに対して、ローズはこの世の終わりを感じさせるくらい暗い顔をした。
「え、何でそんなに落ち込んでるの?あ、前に『誰とも結婚できない理由がある』って言ってたやつ?」
「それもあるんだけど、それ以前に両想いじゃないわ。たぶんレジナルド様は私のことをもう恋愛対象として見てないと思う」
「えー、そんな筈ないわよ。あれはかなりローズに入れ込んでたわよ。レジナルドはそんなあっさり諦めるような性格してないわ」
「でも……同じベッドで寝てるのに何もないのは、その……もう私に興味がないってことよね……?」
「え!?…あんた達一緒に寝てるの!?」
アベルさんは目を丸くしながら仰け反った。部屋は一緒でもさすがにベッドは別々たと思っていたらしい。
「普通そんな状況は婚約者じゃないとあり得ないわよ。レジナルドが誰それ構わず女性を寝室に入れるような男だと思う?ローズだからでしょ?だからそんな落ち込まなくてもいいんじゃないの?」
そう、何故が周りも黙認していて、普通ではあり得ない状況なのだ。
レジナルドにしがみついて寝た日以降、表向きはライアンがレジナルドの部屋にいるように見せかせているが、寝室ではローズに戻って寝ている。レジナルドはローズが楽な方でいいからと言うだけで特に口うるさく言ってこない。城内での噂は『お互い割り切った三角関係』というのが最新だ。他での仕事が忙しく、城に来ていなかったアベルさんはこの噂を微塵も知らない。
「ちなみに一緒のベッドで寝るようになってどれくらいなの?」
「三ヶ月くらい」
ちゃんと数えてないがおそらくそれくらいだと思う。もしかしたらもう少し長いかもしれない。
「三ヶ月も?それは確かにちょっと……」
アベルさんが気まずそうに目を逸らした。
やはり第三者から見てもローズの考えと一致するみたいだ。
「レジナルド様とは幼馴染だから、私はきっと手のかかる妹みたいな感じだと思うわ。レジナルド様は最近忙しいみたいで、朝は知らない間に仕事に出ているし、夜も遅くまで部屋に戻って来ないの。私ももう殆どうなされなくなったから自分の家に帰ろうとしたんだけど、タイミング悪くサイラス王子が家に来たのをレジナルド様に知られて、帰してもらえなくなったの」
「あのキツネ目王子!?しつこい男ね!何もされなかったでしょうね!?」
「……う」
ギクリと固まるとアベルの優しい顔が鬼の形相に変わった。以前カルロスが言ってた『鬼のようなアベル』はもしかしてこれと同じだろうか。
「何!?何されたの!?まさか口では言えないような事を……!!許せないわキツネ目王子!!」
鬼の顔が悪魔に変わった。
想像と怒りが加速していくアベルをローズは慌てて止めた。
「違う!違うわ!確かに触られたけど私が殴って気絶させちゃったの!」
アベルさんに殴ったと説明したが、実は防御の魔法が自動的に働いてサイラス王子をかなり強い力で突き飛ばしていた。そのまま逃げてきたから定かではないが、サイラス王子本人は衝撃で何があったか覚えてないだろうし、その場に彼の護衛はいなかったから、目に見えない力が働いた事は気づかれていないはずだ。
ローズが殴った姿を想像したのかアベルさんが豪快に笑いだした。
「笑い事じゃないのはわかってるけど、ごめん!こんな細身でよく倒したわね!レジナルドは今回殴り込みに行かなかったの?」
「サイラス王子が来たのは正直に言ったけど、襲われたのは教えてないわ。まだレヴァイン国王から罰を受ける事態になったら困るから」
ローズが攫われたと勘違いしただけで相手の国に乗り込んだ人だ。ローズが何をされたか知ったらサイラス王子に剣を向けかねない。
「馬鹿ね。男は頼られたい生き物なのよ。素直に怖かったって甘えればいいのよ」
確かにローズが幻影に悩まされ助けを求めた時、レジナルドは嬉しいと喜んでいた。こちらとしてはできるだけ迷惑をかけたくないのに、何だか矛盾してる。
「甘えるの苦手……。それにもうこれ以上レジナルド様と一緒のベッドにいたくない」
毎晩毎晩、隣で眠るレジナルドを意識しすぎておかしくなりそうだ。触れたくなるし、触れて欲しい。明らかに自分はレジナルドに欲情している。何度か勇気を出してローズから近づいたのに、レジナルドは手を出すどころかキスもしてこなかった。再会した頃は隙あらばキスしてきたレジナルドが、今では手を繋いで眠るだけだ。
魔女だと知って気持ちが冷めたのかもしれない。優しくしてくれるのは、彼のもともとの優しい性格と、付き合いが長い幼馴染だという付属があるからだ。あれこれ悩むのが嫌で、ここ何日かでそう結論付けてしまった。
ローズが泣きそうな顔で下を向くとアベルが困ったようにあたふたした。
「レジナルドと一緒が辛いならわたしの家に来る?でもそんなのレジナルドが許さないわよね。わたしも一応男だしベッドがひとつしかないわ」
今日は楽しくお茶でも飲もうと思っていたのに、会うたびにアベルさんを困らせてばかりだ。ローズがこれではいけないと、暗い顔を払拭してアベルに笑顔を向けた時だった。
広い応接間に忙しくノックの音が響いた。
「誰かしら?」
座っていた長椅子から扉まで小走りで向かう。とても広いこの応接間ではゆっくり歩いていたら相手を待たせてしまう。ローズは特に相手の確認を取らずに扉を開けたのもありかなり驚いた。さっきまでローズとアベルが名前を散々口にした人物が立っていた。
「レジナルド様?どうしたの?」
「来客中にすまない。中に入ってもいいか?」
「ええ、もちろんよ」
レジナルドは中に入っても扉の所から奥には行かず、その場に留まった。そしてどこか慌てた様子で落ち着きがない。遠くに座るアベルに軽く手を上げ挨拶をすると固い表情でローズを見た。
「急なんだが、今からしばらく外交で留守をする。だから俺が戻るまで、夜はご両親の家に戻ってくれないか?一人にさせるのは心配だ」
「しばらくってどれくらい?ライアンはついて行かなくていいの?」
「十日くらいだ。道中何ヶ所か街を抜けるから、いざとなれば薬はどこかで手に入るし今回は連れて行かない」
「そう……。わかったわ」
レジナルドが神妙な面持ちなのは、ローズを心配しているからのようだ。そんな顔するくらいなら連れて行ってくれればいいのに。ローズは少しだけ拗ねたような顔をしてしまった。
「あと、エティの結婚式のために長期の休みを取れるか薬室長に相談しただろう?式はいつだ?」
「まだしっかり決まってないけど三、四ヶ月後くらいよ」
薬室長に休みを申し入れたのは昨日の話だ。情報を手にするのが早すぎる。よく考えたらライアンはレジナルドの部下だから先にレジナルドに言うべきだった。
「俺も一緒に行く」
「どうしてレジナルド様が行くのよ。エティとはそんなに交流なかったでしょう?」
「あいつがいるのに一人で行かせたくない」
あいつとはエティの恋人のことだろう。実物に会っても、怖くも何ともなかったと言ったのにまだ心配なのだろうか。
「一人じゃないわ。父さんと母さんと一緒よ。だから……」
「ダメだ、俺も行く。エティにそう伝えておいてくれ。細かい話はまた外交から戻ってきてからだ。俺がいない間、城と家から出るなよ!」
嵐のように早口でまくし立て、レジナルドは颯爽と去っていった。急な外交が入って準備に忙しいだろうに、合間を縫ってわざわざ伝えに来てくれた。暫く会えないと聞いて寂しかった心が少し温まった。
「あんた達すでに夫婦みたいに見えるわ」
「レジナルドが一方的に話していっただけよ。どこが夫婦なの?」
アベルさんが面白いものを見たと言わんばかりに顔がニヤついている。『いってらっしゃい』や『行ってくる』の挨拶もなく、ローズには特別変なやりとりはしていないつもりだったが、アベルさんには違って見えたらしい。
「ベッドでの事はレジナルド本人にしか理由はわからないけど、わたしの目にはローズが大切で大切で仕方がないって言ってるように感じたけど?」
「心配じゃなくて?」
「大事だから心配するんでしょ?レジナルドが帰ってきたらちゃんと言葉で確認しなさい。顔色ばっかり伺ってるから拗れるのよ」
「……で、できるだけ頑張る」
レジナルドが帰ってくるまでに腹をくくって気持ちを整えておこう。想像しただけでも茹で上がりそうなのにちゃんとできるか不安になってくる。
レジナルドから愛を囁かれる事があれば、ローズも流されて想いを告げたかもしれないが、改めて自分から胸の内を明かすというのは、何てたくさんの精神力を使うのだろう。
こんな気持ちを踏まえて何度も求婚してくれていたのかと、ローズはレジナルドに感心した。
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