43 / 69
44 寝室の秘密
しおりを挟む早朝の街は人気がない。しかもその日は少し霧が出ていて更に静寂さを増し、いつもの見慣れた景色を、どこか違う場所に迷い込んだように錯覚させた。
どうやら目的地は待ち合わせ場所から近いようで、レジナルドとカルロスは馬から降りて移動した。
「ライアン、君の荷物持ちますからこちらへ」
「最低限の物しか入ってなくて軽いので自分で持ちます」
「そうですか……」
カルロスとライアンのやりとりを見ていたレジナルドは、ライアンの抱えていた袋を難しい顔つきで眺めた。おそらくそれを使う出番がない事を祈っているに違いない。ライアンが用意して持ってきたのは応急処置の道具だ。怪我人、病人どちらでも対応できるようにしてある。薬室以外で人の手当てをするなんて、果たして自分はちゃんとできるのだろうか。
腕の中に道具と不安を一緒に抱えたまま、ライアンが連れてこられたのは街の中で店が並ぶ一角。そこは……、
ローズの家だった。
「裏から入るか」
「そうですね」
レジナルドとカルロスはローズの家の裏手に回ると馬を繋ぎ、裏口の扉の前に立った。どうして二人が自分の家に来たのかわからず、戸惑っていたライアンは、ここでやっと我に返ったように声を上げた。
「な、何やってんですか!?」
「何って、見ればわかるだろ?鍵を壊してるんだよ」
「だから、何で!?」
「そんな大声で騒ぐな。説明なら中でするから」
騒ぎたくもなる。目の前で賊のように物騒なことをして家に進入されそうなのだ。レジナルドは腰に下げてあったナイフで、いとも簡単に扉の鍵を壊した。鍵が貧弱だったのかレジナルドが手慣れていたのかどっちだ?どちらにせよ、必ず弁償させてやるとライアンはレジナルドの背中を睨みつけた。
レジナルドは一度「ローズ、いるか?」と声をかけてから中の様子を伺うように耳を澄ませ、カルロスと目で合図をとってから中に入って行った。そんなに警戒しなくても誰もいない。一人ポツンと外に取り残されたライアンは事の状況が掴めず眉間に皺が寄るばかりだ。もしライアンとして二人と一緒に来なかったら、当然まだ寝室で寝ていた。
怪我人が出るかもしれないからライアンが呼ばれたのに、そんな要素もないローズの所に来たのは何故だろう。一人で考えていても謎は解けない。
ライアンは二人を追うように小走りで家の中に入った。
話し声を頼りに足を進めると、二人は裏口から一番遠い店の部屋にいた。部屋自体に焼き菓子の香りが染み付いているのか、菓子はしばらく並べていないのに甘い香りが漂っている。レジナルドとカルロスは、店の扉の前の床に散乱した手紙の山を見つけ、しゃがみ込んだ。
「この数、かなり前からだぞ」
「変ですね。この手紙を出したのは俺ですが、舞踏会のすぐ後です。そんな前から不在だったんでしょうか」
(……ちゃんといます。手紙は触ってないだけです)
「ここを見張ってた父上の部下を昨日締め上げたんだが、少し前に城に行った時以外、出入りを確認できていないそうだ」
(……見張ってた?レヴァイン国王はまだ私に監視をつけてるのね。というか、締め上げたの?その人無事?)
「ああ、あの喧嘩した日ですね」
(……そうそう。あの日は久しぶりにローズの姿で外出したんだった。それ以外は移転魔法で行動していたから、外から見ると家から出ていないことになってるのね)
「手分けしてもう一度部屋を見て回ろう」
「あの!」
黙って成り行きを見ていたライアンは、二人が奥の部屋へ向かうのを阻止するように立ちはだかり、ごく当たり前の事を言ってみた。
「こんな……人の事探るようなやり方よくないですよ。一体何をしたいんですか?」
レジナルドはまるでライアンの存在を忘れていたようにハッとすると、自身を落ち着かせるためか一呼吸置いてから話し始めた。
「すまん、説明がまだだったな。ここはローズの家だ」
(……知ってるわよ。知りたいのはそっから先。鍵を壊してまで家の中に入った理由よ)
ライアンがコクンと頷くと、今度はカルロスが一歩前に出て口を開いた。
「実はここ暫く彼女と連絡が取れなくて心配になったんです。万が一、体調を崩して倒れていた場合を想定してライアンに来てもらったんです。彼女はもともと人と距離を置くタイプなんですが状況が状況なだけに、ちょっと強引な方法ですが無事だと確認したかったんです。」
(……ちょっと?まぁ、心配してくれての事なら鍵くらい大目に見てもいいけど……)
「状況?何かあったんですか?」
「隣の国の王子がローズにかなり執着している。この家にローズがいなければあいつが攫って行った可能性が高い」
「……え?」
レジナルドがローズの姿を追い求めるように部屋の中を見回した。
どうしてそんな大きな話になってしまった?
確かにサイラス王子から執拗に求婚攻撃を受けたが、魔法で蹴散らして以降被害はない。
次々と違う部屋を見て回り、ローズの痕跡を辿る深刻な顔のレジナルドを、ライアンは止めたくても止められる術がなかった。
だって、『私はここにいる』とは言えない。
「寝室の扉がどうやっても開きませんね。どうします?」
「これだけ俺達が物音立ててるのに寝室の中が無反応だ。おそらくローズはいないだろうが、確認はしたいな。何で鍵がかかっているんだ?二人で体当たりしてみるか?」
「そうですね」
「ちょっと待って下さい!扉が壊れます!」
「壊すんだよ」
「それはちょっと……!僕が、僕が鍵を開けてみます!」
魔法で直せなくもないが、体当たりされたら衝撃で寝室の中の物が潰れてしまう。ライアンはレジナルドからナイフを借りると扉の前に跼み、裏口を開けていたレジナルドの真似をしてドアの隙間にナイフを差し込んだ。
ローズの寝室は常に防御の魔法が張ってあり、レジナルドとカルロスが体当たりしても壊れるのは扉ではなく二人の肩だ。ライアンの持って来た救急用具が活躍する結末だけは勘弁して欲しい。
ライアンは鍵を開けるフリをして、防御の魔法を解いた。本当は中を見られたくなかったがもう仕方ないだろう。ライアンは腹をくくって「開きましたよ」と扉から下がった。
「嘘だろ、どうやったんだ?俺でも開かなかったぞ」
「俺でも、ってレジナルド様は賊か何かですか」
初めて知ったが、レジナルドは鍵破りが得意のようだ。指先が器用らしい。
その指先が寝室の扉に触れた瞬間、躊躇ったように止まった。
「そういえば、ローズはから寝室に絶対入るなと言われてた。もしかして俺、後でローズに殺されるかも」
苦笑いしているのは、人の秘密を暴くのは気持ちのいいものではないとわかっているからだろう。
「ごめん」と小さく呟いてからレジナルドは寝室の扉を大きく開いた。
「…………これは」
レジナルドに続いて寝室に入ったカルロスも息を飲んだ。
二人の目に飛び込んできたのは一面の花々だった。ベッドの他には家具は何もなく、床一面にそこに植えられているかのように様々な種類の花が広がっていた。壁にも束でいくつか吊るされていて、レジナルドとカルロスはむせ返る花の香りの中、暫く呆然とその景色を眺めた。
その背中をライアンは廊下から大人しく見ていた。この寝室の花を見られたからといって、ローズが魔女だとバレるわけではないが、水の入っていないたくさんの花瓶に、あり得ない量の切り花があったら、やはり不審に思われるだろう。
「なんだ、これ……。どうなってる?俺の贈った花…?じゃないよな。最後に渡したのはかなり前だからもうとっくに枯れてるよな」
複雑な表情でレジナルドは花を一本手に取った。ローズが一番好きなピンク色のバラた。
「他の誰か、ですかね」
「俺以外からも花を受け取ってたから隠したがったのか。かなりショックだ」
隠してた理由は違うが、この状況ではそう思われても仕方ないだろう。他人からしてみれば秘密にするほどの物ではないが、ローズにとっては唯一自分を癒す大切な場所で、大切な物だった。
レジナルドはしゃがみ込んで大きなため息を吐いた。暫し目の前の花を眺めていたと思ったら、急にスクッと立ち上がった。
「花がまだ新しい。攫われたならここ二日間だな」
「ええ。では参りますか」
二人は寝室に入った時とは別人のように顔を引き締めるとスタスタと外へ向かって歩き出した。
「ライアンはもう帰っていい。付き合わせて悪かったな。悪いが今日の事は内密にしておいてくれ」
「えっ、帰っていいって……お二人はどこへ?」
「サイラス王子の所だ。調べていてわかったんだが、舞踏会の夜にサイラスは『攫いたいくらいだ』とローズに迫ったと父上の部下が教えてくれた。きっとローズは攫われて、あいつの所にいる」
……マーク!!内緒にしてって言ったのに!
ここにいないマークに怒っても何も変化は起きない。ライアンは馬に乗るレジナルドの服を掴み、何とか引き止めようと説得したが思い詰めた彼らには無駄だった。馬を走らせ、まだ薄っすら残る霧の中に二人が溶け込むように消えていくのを、ライアンはおたおたしながら見送ってしまった。
「嘘でしょ……!どうしよう!」
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
「君を愛さない」と言った公爵が好きなのは騎士団長らしいのですが、それは男装した私です。何故気づかない。
束原ミヤコ
恋愛
伯爵令嬢エニードは両親から告げられる。
クラウス公爵が結婚相手を探している、すでに申し込み済みだと。
二十歳になるまで結婚など考えていなかったエニードは、両親の希望でクラウス公爵に嫁ぐことになる。
けれど、クラウスは言う。「君を愛することはできない」と。
何故ならば、クラウスは騎士団長セツカに惚れているのだという。
クラウスが男性だと信じ込んでいる騎士団長セツカとは、エニードのことである。
確かに邪魔だから胸は潰して軍服を着ているが、顔も声も同じだというのに、何故気づかない――。
でも、男だと思って道ならぬ恋に身を焦がしているクラウスが、可哀想だからとても言えない。
とりあえず気づくのを待とう。うん。それがいい。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる