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41 未経験だった領域 (レジナルド目線)

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レジナルドに婚約者ができたと城内に噂が広がって暫く経ち、噂は終息するどころか色々脚色されて更にみんなの興味を集めていた。



「……ッ、」

執務室で胃が痛むと、反射的にライアンが座っていた席に目がいく。あいつが薬師になって、あの小柄な身体で周りに流されながら仕事をしているんだろうと思っていたのに、全く違った。

ライアンと二人きりだとどうしても気が緩む。あいつにはどこか人を和ませる雰囲気があるのか、俺は水が入ったグラスを倒したように自分の弱い部分を垂れ流してしまった。
それをライアンは掬い上げ全部受け止めてくれた。薬を扱えるだけが薬師じゃないと初めて感じ、仙人が執拗に欲しがるのがやっと理解できた。


『弱い部分があるから、強くもあるんです。レジナルド様が情けないと思ってる部分も含めて、レジナルド様ですよ』


そう言いながら薬を手渡され、こいつは絶対にいい薬師になると確信した。


ライアンを薬室に貸し出すと知った執務室の部下達はちょっと不満そうだった。彼等曰く『あいつ物覚えいいから書類の管理任せると、早くて正確でとても楽だったのに』だった。確かに同じ間違いは二度しないし、執務室での仕事も一発で覚えた。ぽわーんとしてる時が多いと思ったが、とんでもなく頭のいい奴だったと今頃知った。


「貸し出したの早まったかな……。でも、期間限定だから、まぁいいか」


ブツブツ一人で呟きながら父上の執務室に書類を持って行くと、来客のため不在だと言われた。「確か、舞踏会でカルロスがエスコートしてた娘でしたよ」と父上の部下の言葉で頭に血が上った。

父上はやたらローズにかまうが、もしかしてちょっかい出してるんじゃないかと青くなる。

昔、ローズの母親を好きだったとしたらあり得なくもない。父上は今の所王妃一人だけで側妃は置いていない。親友の娘を側妃にするとは考えにくいが、父上は普段から何を考えてるかわからないうえに、一人の男だ。


人に聞かれたくない話をする時に、父上がいつも使っている部屋へ足早で向かった。
案の定、扉の前には父上の護衛が立っていた。いつからここにいるか護衛に訊ねようとしたら、タイミング良く中から父上が出て来た。ローズも一緒にいると思い気を引き締めたが、父上の他に誰も出てこなかった。


「おや、レジナルド。一歩遅かったな。リリアンの娘なら少し前に帰ったぞ」

「父上、ローズと何を話していたんですか?こんな狭い部屋でコソコソ会わなくても、応接間はいくらでもあるじゃないですか」

「そんなあからさまに妬くな。リリアンの娘が困って泣いているのに、私に詰め寄ってる場合か?」


ニヤリと口元を歪ませた父上は、俺の残っていた平常心をいとも簡単に搔き乱した。


「泣いて……?どういう事です?!」

「最近、サイラス王子からしつこく求婚されているそうだ。何度断っても彼の部下が家から離れないらしい。何度も求婚なんて誰かさんみたいだな、って最後まで聞けよ」


レヴァインは小さくなっていくレジナルドの後ろ姿を眺めながら「あいつ誰に似たんだ?」とクスクス笑った。



レジナルドは父親との話の途中で駆け出していた。真っ直ぐ帰るなら通るだろう通路を急いだがローズは見つからなかった。もう馬車に乗って城を出てしまったかと思いきや、すれ違ったメイドが、ローズを違う場所で見かけたと教えてくれた。方向的に推測して急いで方向転換した。


「園庭か!」


ローズが城内で寄り道ならそこしかない。途中で自分の執務室に駆け込んだ。


「カルロス来い!!」

「レジナルド様?いったい……」

「いいから急げ!!」


俺の剣幕に、カルロスは何か重大な事が起きたと思ったらしく、戦闘態勢の時のような険しい顔つきになった。全速力で走る俺の後ろをついて来ながら、叫ぶように聞いてきた。


「どこに向かっているのですか?!私だけで他には連れて行かなくて大丈夫ですか?!」

「他の奴に用はない!いいから黙ってついて来い!」


園庭に着いて辺りを見回したが、ローズの姿はどこにも見えなかった。でも必ずここにいる気がしたので、俺は大きく息を吸って、園庭全部に届きそうなほど思いっきり叫んだ。


「ローズ!!いるだろ?!どこだ!!」

「えっ、レジナルド様?」


少し離れたバラの花が咲いている茂みから、ピョコンと驚いた顔が出てきた。泣き顔じゃなくてホッとしながらも、すぐさまカルロスの手を掴み、ローズのいる所までグイグイ引っ張っていった。俺の威勢がよっぽど強かったのか、ローズは目を白黒させながら、怯えたように小さくなった。そしてカルロスをローズの横に立たせると、俺は二人の前で腰に手を当て仁王立ちになった。


「ローズ!どうして父上なんかに相談してるんだ!おまえにはカルロスがいるだろ!カルロス!何故サイラスから守ってやってないんだ!?ローズをられてもいいのか!


早口でまくし立てたせいか、二人はキョトンとして顔を合わせた。


「あの、レジナルド様、相談って?なんのこと?」

「サイラス王子からつきまとわれて、困っているんだろ?家から部下が離れてくれないって……さっきまで父上と二人で話をしてたんじゃないのか?」

「確かにサイラス王子がしつこくて困っているけれど、レヴァイン国王に相談なんてしてないわ。先ほどお会いしたのは、舞踏会のドレスのお礼にお菓子が欲しいって言われたから持ってきただけよ?」

「え?」


してやられた。
ローズが泣いてたって言われて正気を失った。最近父上の手の上で踊らされてばかりだ。


「とにかく!サイラス王子の件はカルロスがなんとかしてやれ!」


言うだけ言って、身を翻してその場を去ろうとすると「ちょっと待ってよ」とローズが声をかけてきた。心なしか声が怒って聞こえる。振り返るとローズが腕組みをして俺を睨んでいた。見たことないその光景に何度かまばたきしてしまった。


「怒鳴っておいて謝罪もなし?どうして一方的に色々言われなきゃいけないの?レジナルド様には関係ないでしょう?」


静かにゆっくり話しているが、物凄く怒っているのは伝わってきた。思い起こせば少し声を張りすぎたかもしれない。だが、心配して駆けつけたのに関係ないと言われて、俺は思わずカチンときてしまった。ローズの目前まで戻ると、最初よりも遠慮なく怒鳴り散らした。


「関係ないのに口を出して悪かったな!だいたい舞踏会であんな肌の出たドレスなんて着てるから、変な男に目をつけられるんだ!」

「なっ!あれくらい、他の人とそんな大差なかったわよ!サイラス王子が変な男なら、レジナルドだって同じじゃない!」

「うっ!とにかく!一人でなんとかしようとするな!」

「一人でなんとかするのはいつもあなたでしょ!レジナルドのばかっ!」


ローズは最後、半泣きで叫ぶと走り去った。ハッと我に返り追いかけようとすると、どこからか父上の部下が現れ、任せろと言うように目配せされた。舞踏会で俺より先に声をかけた、気に入らない部下ぶかだったが、今自分がローズを追いかけても余計に拗れるだけだろうと、ここは仕方なくその部下に任せた。


「くそっ、また泣かした……!」

ローズが見えなくなっても、後ろ髪を引かれる思いでしばらく眺めていると、カルロスが同じ方向を見ながら静かに横に立った。


「あんなローズ初めて見ました」

「俺もだよ」

「あんなレジナルドも初めて見ましたよ」

「俺もこんなの初めてだよ」


レジナルドは、へなへなとその場にしゃがみ込んで、片手で頭を抱え込んだ。

誰にもあんなに感情を露わにした事がない。筋が通っていなくて、自分の都合をただ相手にぶつけただけの、ただの子供のようだった。


「レジナルドは、俺とローズが交際を始めたと思っていたんですか?」

「……違うのか?」

「実は舞踏会が終わってから露骨に避けられてます。まぁ、おそらくフラれたんでしょうね」


気が抜けたようにカルロスもしゃがみ込んだ。仕事が終わってないのに、こんな砕けた感じを見せるのはとても稀だ。  
カルロスがフラれたなんて、俺に気を遣った嘘かと思ったが、曇った顔がとても落ち込んで見える。舞踏会までは仲よさそうにしていたのに、二人の間に何があったんだ?
逆の立場だったら、ズケズケ質問して欲しくないから敢えて聞かなかった。

カルロスは、俺がローズにフラれてボロボロの時、黙って俺の仕事を支えてくれた。でも実はカルロスも傷心していたなんて、どれだけできた人間なんだ。


「なぁ、フラれた者同士今夜飲むか?」

「胃が不調のくせに何言ってるんですか。知ってますよ。コソコソ薬室に通ってるの」

「バレてたのか……。ところでローズが言ってた『俺がいつも一人でなんとかする』って何のことだ?」

「二人のやりとりが、子供同士の口喧嘩みたいだったのはわかりましたが、その言葉の意味はわかりません」

「子供同士……。はは、ガキの時にも喧嘩なんてしたことなかったのに、この歳で何やってんだろうな」


後悔と自分への憤りで出たため息は、園庭の花の香りに消えていった。


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