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26 無自覚の才能
しおりを挟む舞踏会へ向けてのレッスン二日目。
ダンスを教えてくれる講師は昨日とは別の歳上の男性、アベルさんだった。アベルさんが常に姿勢良く胸を張って立つ姿は、身体のラインが綺麗に見える。男性としては細身なのにひ弱く感じず、指先までしなやかな動きだ。
「レッスンの間はわたしの動きや仕草を真似するのよ」
と言われたが、そんなに胸を張ったら胸のサイズを誇張して歩いてるみたいでやりたくない。でも怒られたくないのでほどほどにやって過ごした。それよりも男性なのに女性の口調の言葉遣いが気になって仕方ない。でもこの人の雰囲気に合ってるので不思議と違和感はない。
まずはアベルさんが女性パートのステップを踏むのを後ろから真似して動きを覚える。次にアベルさんとペアで踊ってみた。女性側の時は本物の女性に見えるくらい妖艶な後ろ姿だったのに、いざ私の手をとると逞しい男性に変わった。さっきと別人じゃないの?と踊っている最中にも関わらずアベルさんを見上げた。
「こら、集中しなさい。前を見るのよ」
動きや顔つきがキリッとして男らしいのに口から出るのは女言葉。明るめの赤毛はくせ毛で、伸ばしかけなのか後頭部でちょこんと小さくくくってある。前を見ろと注意されたのに年齢不詳のアベルさんの顔から目が離せなかった。自分がライアンとして二重生活をしているせいか、男性と女性を融合しているアベルさんが気になった。
「アベルさんって肌が綺麗……」
「えっ、本当に? 嬉しいっ。肌には人一倍気をつかってるの!」
ポロリと出てしまった言葉にアベルさんは顔を輝かせて喜んだ。ダンスをリードするアベルさんの手は男性特有の骨っぽく長い指だが、ゴツゴツしてなくてしっとり、すべすべしている。肌は顔だけじゃなく全身に気を配ってる様子だ。
「年齢には勝てないけど自己満足だからそれでもいいの。いいわよね、あなたなんか何もしなくても綺麗だもの。この顔スッピンでしょ?」
顎を掴まれぐいーっと上を向かされた。
自分から話題振っておいてなんだけど、ダンスのレッスンが中断されてるけどいいのかしら。
「さすがレジナルド様の婚約者よね。飛び抜けて美人だわ。美男美女でお似合いよね」
「え?違いますよ。私は婚約者じゃありません」
慌てて否定した。噂を信じてる人がここにもいた。でもレジナルドが舞踏会で別の女性をエスコートすれば噂は消えるかもしれない。
うん、消えてくれることを願う。
「でもあなたレジナルド様の恋人のローズでしょ?次の舞踏会までにダンスを完璧に仕込んでくれって依頼だったから、てっきり婚約者披露のためかと思ってたのに」
「あれはただの噂で、恋人でもありません。舞踏会には出ますが、ダンスの相手はレジナルド様じゃありませんよ」
「あら、そうなの?まぁ、どっちでもいいわ。わたしの指導の手加減は変わらないから」
ふふ、と小悪魔な笑顔で見下ろされた。実はまだ顎を掴まれたままでいい加減首が痛い。
「お、お手柔らかに……」
***
半日で三種類ものダンスをあっさりマスターしてしまったローズに、アベルさんは「扱《しご》きがいがなかった。つまんない!」とふてくされた。ダンス自体覚えるのに苦労しなかったが、動きっぱなしで足が悲鳴をあげた。普段からヒールの高い靴を履いて慣れておきなさいと言いながら、アベルさんは赤くなった踵に薬を塗ってくれた。
最初アベルさんを見た時、神経質で気難しい講師かと思っていたのに、全く逆で人懐こい人柄で話しやすく、不思議と波長が合った。ダンスレッスンの後、余った時間は美容についておしゃべりして終わった。同性の親しいの友人がいない私にとってこんな時間は初めてで、胸が踊るほど楽しかった。
そして帰ろうと城を出たところで、またいつもの騎士に捕まった。この人が来るといつもの小部屋に行くことになる。そういえば何度も顔を合わせているのに名前を知らない。
「あの、ローズです」
「?……存じております」
あなたは?というように首を傾げて返答を待ったが、困った表情のままでなかなか返ってこない。方法を間違えたらしい。
「お名前は?」
「……マークです」
何故そんなこと聞くんだと、小さく眉間に寄った皺が物語っていた。自分の年齢とさほど変わらない少年のような騎士のマークは、ローズが変身した時のライアンと印象が似ていた。つまりどこにでもいるような目立たないタイプだ。
ローズの周りにいる男性はみな背が高く見上げなければならないが、マークはほぼローズと同じ目線だった。会話するのに楽だと思ったのに、マークは必要以上に慣れ親しんだりしないタイプなのか、それ以上のやり取りはなかった。
程なくしてレヴァイン国王が現れた。今日も肩が凝りそうな装飾のついたビシッとした服装だ。座って待っていたのですぐに立ち上がって迎えた。
「今日はちゃんと座ってたみたいだな。レッスンの方は恐ろしく順調だと聞いたが、楽しいか?」
「はい。とても素敵な講師の方々でわかりやすくて時間があっという間です」
最初に比べれば緊張は少なく対面できるようになった。それでも優しく笑う瞳の奥に、探るような鋭さがあるから気は抜けない。私は失言して嫌な状況になりかねない。
「『ローズが一発で覚えるのでもう教えることが殆どない』と、講師の二人が口を揃えて同じことを言っていた。言われてみれば魔法を使えば何日もレッスンする必要なかったな」
レッスンの予定をびっしり入れられたので、もっと多く覚えることかあると思っていたが、始めてみたら意外に少なかった。ただ、ダンスのステップは覚えても身体を動かすことに慣れていないため、スムーズに踊るまではもう少し練習が必要だ。ダンスはステップの正確さよりも美しく見せて踊ることの方が重視されるとアベルに背筋を叩かれた。ダンスは相手に胸を擦り付けるみたいでちょっと苦手だ。どちらのレッスンもローズにとって魔法を使うほど大変ではなかった。
「……そうですね。残りのレッスンで難しいところがあれば魔法に頼るかもしれません」
「なんだ、魔法を使ったんじゃないのか?」
「使ってませんが……?」
「一度も?」
ローズは昨日から気がかりだったことを訊ねてみた。
「はい。あの……やはり私が変なのでしょうか?何かを覚える時、みなさんは何度も繰り返して覚えるんですか?」
「君は……全て一度で頭に入るのか?魔法無しで?」
「はい」
レヴァイン国王はひどく驚いた様子でローズを凝視した。マナーレッスンのテストが満点だった時の講師も同じように驚いていた。自分がどの程度変なのかがわからないが、二人の驚き具合から相当なのかとローズは肩を竦めた。
「薬師の試験にクリアしたのは実力だったというわけか。君はとことん奥が深いな。ますますレジナルドの婚約者に欲しくなった」
レヴァイン国王の目が獲物を狙うような鋭さに変わった。婚約者はてっきりエスコートの相手の姫に決まったのかと思っていたのに、まだ自分も候補だったのかと目の前が暗くなった。諦めの悪さはやはりレジナルドの親だと実感した。気をつけようと気合いを入れた矢先、余計な発言で自ら厄介な状況に陥ってしまった。レヴァイン国王の前では「はい」か「いいえ」だけで対応した方が身のためだとこの日やっとわかった。
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