上 下
26 / 69

26 無自覚の才能

しおりを挟む




 舞踏会へ向けてのレッスン二日目。
 ダンスを教えてくれる講師は昨日とは別の歳上の男性、アベルさんだった。アベルさんが常に姿勢良く胸を張って立つ姿は、身体のラインが綺麗に見える。男性としては細身なのにひ弱く感じず、指先までしなやかな動きだ。


 「レッスンの間はわたしの動きや仕草を真似するのよ」


 と言われたが、そんなに胸を張ったら胸のサイズを誇張して歩いてるみたいでやりたくない。でも怒られたくないのでほどほどにやって過ごした。それよりも男性なのに女性の口調の言葉遣いが気になって仕方ない。でもこの人の雰囲気に合ってるので不思議と違和感はない。

 まずはアベルさんが女性パートのステップを踏むのを後ろから真似して動きを覚える。次にアベルさんとペアで踊ってみた。女性側の時は本物の女性に見えるくらい妖艶な後ろ姿だったのに、いざ私の手をとると逞しい男性に変わった。さっきと別人じゃないの?と踊っている最中にも関わらずアベルさんを見上げた。


 「こら、集中しなさい。前を見るのよ」


 動きや顔つきがキリッとして男らしいのに口から出るのは女言葉。明るめの赤毛はくせ毛で、伸ばしかけなのか後頭部でちょこんと小さくくくってある。前を見ろと注意されたのに年齢不詳のアベルさんの顔から目が離せなかった。自分がライアンとして二重生活をしているせいか、男性と女性を融合しているアベルさんが気になった。


 「アベルさんって肌が綺麗……」

 「えっ、本当に? 嬉しいっ。肌には人一倍気をつかってるの!」


 ポロリと出てしまった言葉にアベルさんは顔を輝かせて喜んだ。ダンスをリードするアベルさんの手は男性特有の骨っぽく長い指だが、ゴツゴツしてなくてしっとり、すべすべしている。肌は顔だけじゃなく全身に気を配ってる様子だ。


 「年齢には勝てないけど自己満足だからそれでもいいの。いいわよね、あなたなんか何もしなくても綺麗だもの。この顔スッピンでしょ?」


 顎を掴まれぐいーっと上を向かされた。
自分から話題振っておいてなんだけど、ダンスのレッスンが中断されてるけどいいのかしら。


 「さすがレジナルド様の婚約者よね。飛び抜けて美人だわ。美男美女でお似合いよね」

 「え?違いますよ。私は婚約者じゃありません」


 慌てて否定した。噂を信じてる人がここにもいた。でもレジナルドが舞踏会で別の女性をエスコートすれば噂は消えるかもしれない。
うん、消えてくれることを願う。

 「でもあなたレジナルド様の恋人のローズでしょ?次の舞踏会までにダンスを完璧に仕込んでくれって依頼だったから、てっきり婚約者披露のためかと思ってたのに」

 「あれはただの噂で、恋人でもありません。舞踏会には出ますが、ダンスの相手はレジナルド様じゃありませんよ」

 「あら、そうなの?まぁ、どっちでもいいわ。わたしの指導の手加減は変わらないから」


 ふふ、と小悪魔な笑顔で見下ろされた。実はまだ顎を掴まれたままでいい加減首が痛い。


 「お、お手柔らかに……」



 ***



 半日で三種類ものダンスをあっさりマスターしてしまったローズに、アベルさんは「扱《しご》きがいがなかった。つまんない!」とふてくされた。ダンス自体覚えるのに苦労しなかったが、動きっぱなしで足が悲鳴をあげた。普段からヒールの高い靴を履いて慣れておきなさいと言いながら、アベルさんは赤くなった踵に薬を塗ってくれた。
最初アベルさんを見た時、神経質で気難しい講師かと思っていたのに、全く逆で人懐こい人柄で話しやすく、不思議と波長が合った。ダンスレッスンの後、余った時間は美容についておしゃべりして終わった。同性の親しいの友人がいない私にとってこんな時間は初めてで、胸が踊るほど楽しかった。


 そして帰ろうと城を出たところで、またいつもの騎士に捕まった。この人が来るといつもの小部屋に行くことになる。そういえば何度も顔を合わせているのに名前を知らない。


 「あの、ローズです」

 「?……存じております」


 あなたは?というように首を傾げて返答を待ったが、困った表情のままでなかなか返ってこない。方法を間違えたらしい。


 「お名前は?」

 「……マークです」


 何故そんなこと聞くんだと、小さく眉間に寄った皺が物語っていた。自分の年齢とさほど変わらない少年のような騎士のマークは、ローズが変身した時のライアンと印象が似ていた。つまりどこにでもいるような目立たないタイプだ。
ローズの周りにいる男性はみな背が高く見上げなければならないが、マークはほぼローズと同じ目線だった。会話するのに楽だと思ったのに、マークは必要以上に慣れ親しんだりしないタイプなのか、それ以上のやり取りはなかった。


 程なくしてレヴァイン国王が現れた。今日も肩が凝りそうな装飾のついたビシッとした服装だ。座って待っていたのですぐに立ち上がって迎えた。


 「今日はちゃんと座ってたみたいだな。レッスンの方は恐ろしく順調だと聞いたが、楽しいか?」

 「はい。とても素敵な講師の方々でわかりやすくて時間があっという間です」


 最初に比べれば緊張は少なく対面できるようになった。それでも優しく笑う瞳の奥に、探るような鋭さがあるから気は抜けない。私は失言して嫌な状況になりかねない。


 「『ローズが一発で覚えるのでもう教えることが殆どない』と、講師の二人が口を揃えて同じことを言っていた。言われてみれば魔法を使えば何日もレッスンする必要なかったな」


 レッスンの予定をびっしり入れられたので、もっと多く覚えることかあると思っていたが、始めてみたら意外に少なかった。ただ、ダンスのステップは覚えても身体を動かすことに慣れていないため、スムーズに踊るまではもう少し練習が必要だ。ダンスはステップの正確さよりも美しく見せて踊ることの方が重視されるとアベルに背筋を叩かれた。ダンスは相手に胸を擦り付けるみたいでちょっと苦手だ。どちらのレッスンもローズにとって魔法を使うほど大変ではなかった。


 「……そうですね。残りのレッスンで難しいところがあれば魔法に頼るかもしれません」

 「なんだ、魔法を使ったんじゃないのか?」

 「使ってませんが……?」

 「一度も?」


 ローズは昨日から気がかりだったことを訊ねてみた。


 「はい。あの……やはり私が変なのでしょうか?何かを覚える時、みなさんは何度も繰り返して覚えるんですか?」

 「君は……全て一度で頭に入るのか?魔法無しで?」

 「はい」


 レヴァイン国王はひどく驚いた様子でローズを凝視した。マナーレッスンのテストが満点だった時の講師も同じように驚いていた。自分がどの程度変なのかがわからないが、二人の驚き具合から相当なのかとローズは肩を竦めた。


 「薬師の試験にクリアしたのは実力だったというわけか。君はとことん奥が深いな。ますますレジナルドの婚約者に欲しくなった」


 レヴァイン国王の目が獲物を狙うような鋭さに変わった。婚約者はてっきりエスコートの相手の姫に決まったのかと思っていたのに、まだ自分も候補だったのかと目の前が暗くなった。諦めの悪さはやはりレジナルドの親だと実感した。気をつけようと気合いを入れた矢先、余計な発言で自ら厄介な状況に陥ってしまった。レヴァイン国王の前では「はい」か「いいえ」だけで対応した方が身のためだとこの日やっとわかった。
  


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...