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21 引け目
しおりを挟むレヴァイン国王はため息をひとつ吐くと呆れたように答えた。
「君は馬鹿正直だな。私がカマをかけたとは思わないのか。自分から白状するやつがあるか」
「騙したのですか……!?」
身体中の力が抜けてその場にへたり込みそうになったのを、レヴァイン国王が抱えて助けた。そのままソファーに座らされ、落ち着きなさいと肩に手を添えられた。
「魔女リリアンの娘。君が膨大な魔力を持っているのも、その力を持て余して良くない形で消化しているのも知っている」
探るような話し方ではない。この人は本当に全てを知っている。母さんが魔女なのも私の魔力についても知ってるほど、私の両親と親密とは思わなかった。
自分の魔力を呪いに使ってるのを、私は両親に一切話していない。でもこの様子だとレヴァイン国王から伝わってしまっているだろう。
私は観念したように目を伏せた。
水の底に沈むように息苦しく喉の奥が詰まる。
「君がレジナルドの求婚を受けないのはそれが原因か?」
その質問はして欲しくなかった。
黙ったまま俯いているとなだめるような優しい口調で違う質問をされた。
「他に、好きな男がいるのか?」
ピクリと反応した身体が答えを伝えてしまった。
***
「ライアン、昨日薬室を休んだんだって?具合悪かったのか?」
「あ、……はい。ベッドから全く動けなくて……」
執務室に入ってくるなりレジナルドは心配そうにライアンに声をかけた。きっと薬室長から昨日ライアンが薬室に現れなかったことを聞いたのだろう。あなたのせいで動けなかったと睨みたいところだが今はライアンの姿。グッと堪えて受け答えした。
「まだ顔色が悪そうだけど大丈夫か?無理するなよ。なんなら薬室で薬をもらってこい。薬室長のオリジナル滋養ドリンクは死ぬほど苦いけど凄く効くぞ」
「ドロドロした茶色のですよね?今朝有無言わさず飲まされました」
「そ、そうか。うう……思い出して口の中が苦くなった」
レジナルドはウエッと顔を顰めて喉元をさすった。確かに涙が滲むほど苦かったし、ドロドロの形状のせいで喉越しが最悪だった。でも即効性があるようで、朝家を出る時より体調はかなりマシになった。それでもまだ顔色が悪いと言われたということは、薬室長に会いに行った時、よほど酷い状態だったのだろう。なにせ昨夜は一睡もできなかったから無理もない。考えることが多すぎてあっという間に朝になった。
呪いについて責められると思っていたのに、レヴァイン国王は知ってると言っただけで追求はしてこなかった。私が非道なことをしていると知って、普通はレジナルドから遠ざけるのに婚約者に充てがうなど到底理解できない。
レジナルドはもう一度「無理をするなよ」と声をかけるといつもと変わらない様子で自分の机に座った。いや、若干浮き足立ってる気がする。先日、一晩中思う存分ローズを抱いたのだからその気分が残っているのかもしれない。
舞踏会のことをレヴァイン国王から聞いたら今の表情は暫く見ることはないだろう。ローズが花を受け取り忘れただけで、負のオーラを纏って落ち込んでいたくらいだから、今後の執務室の雰囲気は目も当てられない状態になると想像がつく。
レジナルドの隣にいるカルロスもいつも通り淡々と仕事をこなしている。カルロスは私をエスコートすると聞いたらどんな反応を見せるのかな。
そういえば過去の舞踏会でカルロスはどんな女性をエスコートしてきたのだろう。今まで気にしたことなかったのに、何故か急に知りたくなった。顔の造りも騎士で鍛えた逞しく男らしい身体が、レジナルド同様女性に人気があるのはつい最近同僚達から聞いた。カルロスが未だ独り身なのは、他国の姫に片恋をしてるからともっぱらの噂みたいだ。
ボーッとあれこれ考えていたが、向かい合わせの席にいるセスが書類をバサバサ音を立てて何か始めたお陰で我に返った。どうやら何かの書類を探しているようだ。見兼ねた隣の人が一緒になって机の上を漁り出した。セスのエリアはいつも散らかっていて、このままでは簡単に見つかりそうにない。いつまでもゴソゴソやられていては迷惑だから手伝いに入ったに違いない。
「セス、これか?」
「いや違う。たしか五枚くらい束になってた。一番上は数字がびっしりあるあるやつだった気がする」
「おまえ……うろ覚えかよ」
「おっかしいなぁ、ここに置いといたと思ったのに。困ったな、もう一枚追加の書類があるんだけどな」
「セスさん。その書類、二日前にレジナルド様に渡しましたよ」
見兼ねて口を挟んでしまった。
お互いの机に遮る物がないため、時々セスの書類が視界に入ったり、こちら側になだれ込んできたりする。セスは身に覚えがないと首をひねった。
「俺がライアンに頼んで出してもらったっけ?」
「いいえ、今回はご自分で手渡していましたよ」
「え、マジ?全然記憶にない……。じゃあ今頃カルロスさんに渡ってるかな。怒られるかもしれないけど聞いてくるか。サンキューなライアン」
セスはそそくさとカルロスのもとへ向かった。その様子を見送った隣の同僚はポカンとした顔でライアンに話しかけた。
「よく覚えてたな」
「覚えてたっていうか、見ていたのは偶然ですし、思い出しただけです」
「セスの机に似たような書類が山のようにあるし、書類なんてしょっちゅう渡しに席を立つだろ?」
同僚は一瞬、腑に落ちない表情を見せたが、自分は魔法を使って書類の行方を探ったわけじゃく本当に思い出しただけなのでこれ以上突っ込まれても困る。眉を下げて相手を見返すと、頭をポリポリ掻きながら「まぁいいか」と自分の仕事に戻った。
昼に差し掛かる頃、執務室を訪れたのは前日ローズを探してレヴァイン国王のもとまで案内した騎士だった。
「ライアン殿、薬室長が呼んでいます。レジナルド様、薬室長からの伝言で午後からライアン殿を薬室に借りるそうです」
レジナルドはライアンと同じようにキョトンとしている。急にライアンの手が欲しいとは薬室で何かあったのかと、ライアンは慌てて立ち上がった。一方レジナルドは怪訝に眉を寄せ、騎士に疑問を投げかけた。
「どうして父上の騎士がそれを言いに来たんだ?」
「薬室で薬を貰って戻るついでにと伝言を頼まれたのです」
騎士は始終礼儀正しく受け答えして、すんなり執務室から退室した。さっきまでハツラツと仕事をしていたレジナルドの顔色が変わった。明らかに機嫌が急降下している。当然みんな気づいて、火の粉が飛んでこないようにサッと手元の書類に視線を落とした。
「レジナルド様、では今から薬室に行きます」
「……ああ」
何か言いたそうに視線を送られ、ライアンは思わず聞き返してしまった。
「あの……何か気にかかることでも?」
「まあ、な。ライアンを呼びに来たのが薬室の弟子じゃなく、父上の部下だったのが引っかかった。ここ数日間で父上の部下が俺の周りを何か探ってる気配があるんだ。その上、先日父上がライアンに興味があるような言い方をしていたから、もしかしておまえを父上の下に引き抜かれるんじゃないかと思ってな」
おそらく引き抜きではなく、ローズの身辺調査をしていてライアンに行き当たっただけだと思う。
心当たりがある素振りなんて見せてはいけないと、ライアンは平静を装って笑顔を作った。
「僕は引き抜きされるような人物ではないと思います。きっと気のせいですよ」
「おまえは自分の価値がまったく分かってないな……。取り敢えず万が一にもそういう話がきたら断れよ?」
「レジナルド様、あなたと違って我々は下っ端ですよ?国王に「ノー」と言えるわけないでしょう」
横からカルロスが会話に入ってきた。
ライアンは新人で確かに下っ端だけれど、家柄もよくずっと王太子付きのカルロスは違う。でも上手にライアンの気持ちを代弁してくれて、やはりカルロスは気の利く人だ。
レジナルドはその場で立ち上がると執務室全体を見回した。そして声を張って高々と宣言した。
「いい機会だからみんなに俺の気持ちを伝えておく。ここにいる全員俺の大事な部下で、とても頼りにしている。この先一緒に歩いてくれる人数が増えることはあっても、減ることは願っていない」
数人いる同僚達は微動だにせずレジナルドの言葉を聞き入った。レジナルドが言い終わって席についても部屋の中はシンとしたままで、レジナルドの走らせるペンの音が響いている。
レジナルドの意思を今まではっきり言葉で示されたことがなかったようで、セスは感動のあまり目を潤ませていた。
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