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11 『あの時』

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レジナルドは片膝をついてローズの手を取ると白く滑らかな甲にキスを落とした。そしてその手に昼間園庭で選んでいたバラをそっと渡すと、身を寄せてローズの額に唇を触れさせた。

花は淡いピンク色のバラだった。

ローズは瞬きもせずそれを受けるとまた息がかかるほどの距離にいるレジナルドに語りかけた。


「私、キザったらしい事されるの嫌いなの」

「え、これってキザなのか……?」


少し寂しげな青い瞳が降り注ぎ、気まずくなったローズは視線を外した。そして素っ気ない態度でポツリと小さく言った。


「でも……花は好きだわ。特に淡い色の花。あの……ありがとう」

(ああしまった!「いつも」ってつけるの忘れたわ!)


十五歳から求婚の言葉と共に贈られる花に対してローズはレジナルドに一度も礼を言った事がなかった。今まではレジナルドが単なる演出の道具として適当に手配していると思っていたが、今日そうでないのを知ってしまった。毎回ローズの事を思い浮かべながら選んでいる。しかもレジナルドは昼間一度訪ねて来ている筈なのに不在だった為またわざわざ足を運んだのだ。

レジナルドの努力も汲み取らずに冷たくあしらっていたが、真剣に花を選ぶレジナルドの姿を見てさすがに礼を告げた方がいいと思って感謝を述べた。
だがその中途半端な優しい態度がレジナルドを暴走させてしまった。

レジナルドは俯いていたローズの顔を上に向けさせると急速に唇を奪った。


「ンンッ!!」


ローズの頭はレジナルドの大きな両手でしっかりと固定されてしまい、後ろに下がって逃げるどころか唇に僅かな隙間さえも作れない。
今までは軽く突っぱねると離れたレジナルドの身体が、いくら押し返してもビクともしない事にローズは焦った。

深く重ねられた唇はローズの色欲を引き出すどころかひたすら熱をぶつけてくるばかりだ。その熱は止まる事なく増勢して、ローズは座っていたソファーの座面に背中を貼り付けられた。
  

(やだ!どうしよう!なんで急にこんな
……)


落ち着いてとなだめようにも塞がれたままの唇からは声も出せない。


ずっと何年も冷たい言葉しか返ってこなくて、やっと可愛らしいセリフが出たのだ。一筋に待ち続けたレジナルドにしてみれば理性が飛んでも仕方がなかった。しかしそんな状況になったきっかけを自分が作ってしまったなどと微塵もわかっていないローズはあわてふためいた。

いくらもがいてものしかかっているレジナルドから逃れそうにないし、バタつかせたせいでスカートが捲れ上がり腿が外気に触れている。

積極的なキスは多々あったがこんなに強引にされたことは一度もなかった。

『あの時』でさえも相手わたしを思いやる気持ちが見えたのに今のレジナルドは別人のように激しい。ひたすら抵抗し続けていたローズは途中でパタリとそれをやめた。魔法でも使わない限り、か弱いローズはレジナルドに敵うわけない。目の前で魔法を使って魔女だとバレるのも避けたし、万が一にも王太子のレジナルドに怪我などさせるわけにいかない。


深く重なった唇の奥で、レジナルドの舌から逃れるように動いていたローズの舌の反応がなくなり、夢中で甘い唇を貪っていたレジナルドはやっと異変に気付いた。


「うわっ、すまないっ!」


しまった、やり過ぎたとローズから離れてももう遅かった。涙目のままどこか遠くを眺めるように虚脱した姿にレジナルドは自責の念で顔を歪ませローズをフワリと抱き寄せた。意識がないようにダランとした身体はレジナルドの胸にもたれかかっても少しも重くない。こんな細身の女性を無理矢理組み敷いて怖い思いをさせてしまった。


「ローズ、心から謝る。手荒にして悪かった」

「別に初めてじゃないんだから好きに扱えばいいわ。『あの時』みたいに」



投げやりなローズの言葉にレジナルドの胸にえぐられたような痛みが走った。『あの時』ローズが自分に懐いているのを利用して抱き、我慢しきれなかった感情を押し付けたのは確かだ。


もてあそんで好き勝手に抱いたつもりはない。俺も若かったし不器用だったが、好きだから大事にしたつもりだ」

「好きなら何してもいいっていうの?!私はあの後っ……」

「あの後?」

ローズは嚙み殺すように言葉を終わらせると感情をしまい込むように荒くなった呼吸を整えた。そして絞り出すように小さく言った。


「今更だわ……。もう何も言わないからいくらでも抱けばいいわ。気が済んだら出て行って」




『あの時』


全ての歯車か狂い始めた日。

十五歳になりたてのまだ初恋も経験していない真っさらなローズを、レジナルドは騙すようにして誘い、抱いた。


「ローズ、愛しているんだ。段々綺麗になっていくお前を誰にも取られたくなかった」


レジナルドは駄々をこねる子供のように何度も同じ言葉を言いながらローズの顔を覗き込んだ。

逃がす視線の先に執拗に入り込んでくる整った顔にローズは諦めて向かい合った。何の揺るぎもない真っ直ぐな瞳は真実だと訴えている。確かに好意、もしくは幼馴染としての愛情は持っているのは事実だろう。だがローズはレジナルドの『愛してる』をどうしても信用できなかった。


いつ見てもどんな表情でも彼自身が放つ王家のオーラが霞むことはないレジナルド。見た目は勿論、なんでも器用にこなして、裏表の無い性格で人当たりも評判もいい。

普通の女性ならこんなに何年も手間をかけずに簡単な一言でたちまち彼に堕ちてしまうだろう。
だがローズは違った。いつまでも昔の事をネチネチ覚えているタイプ、つまり根に持つ性格なのだ。


「私の元に来るたびに『愛してる』『好きだ』『求婚を受けろ』しか言わないのね。回りくどい真似はやめて」

「……どういう意味だ?」

「純潔を奪った後、あなたは私に何で声をかけたか覚えてる?『責任は取るから』って言ったのよ!」

「確かに言ったが、何がいけないんだ?もうあの時にはローズを妻にすると決めていたのに」

「純潔を奪ってしまったから仕方なく求婚したようにしか思えないのよ」

いくらその後 愛を囁かれてもローズの心には全く響いてこなかった。
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