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5 淡い気持ちと急展開
しおりを挟むライアン姿のローズは城に連れて行かれ、幾つもある応接間の中で広くて高価な造りの部屋に通された。城の中は熟知しているローズだが、何年かぶりに訪れた懐かしい場所に自然と顔が綻んだ。
(ここ、子供の頃みんなで遊んだ時によく使っていた部屋だわ)
思い出に浸っているとバタバタと荒い足音を立ててレジナルドがやって来た。
「すまない。他の急ぎの要件を片付けていたら遅くなった」
「……いえ」
ずっと置物のように座らせていた腰を上げてレジナルドを迎えた。
レジナルドは申し訳ないと顔を歪めたが別に客として招かれている訳ではないので謝る必要も言い訳も必要ない。
ただ、三時間も待たされ次から次へと注がれる紅茶でお腹が破裂しそうだと文句をつけたい気分だったが、レジナルドの後ろにいる人物が目に入り、ライアンの口はピタリと止まった。
(……カ、カルロス!)
それはローズと同じように父親が城の騎士だったため幼い頃からこの城で一緒に過ごしたカルロスだった。彼はそのまま父親と同じ騎士になりレジナルド専属の部下になったのだ。街の隠れ家ではカルロスの姿がなかったので今日はレジナルドと別行動なのかとちょっと残念に思っていた。
(どどどどうしよう……!!
すっごい久しぶりすぎてまともに見れないわ!)
ライアンが座っていたテーブルセットの向かいの席にレジナルドがどかっと腰を下ろすとその真横で守るようにカルロスが立った。
(前より更に逞しくなった……?何度も見たことあるけどやっぱり騎士姿は素敵だわ)
黒髪に青い瞳のカルロスは鍛え抜かれた身体はもちろん、久々に見た整った顔は大人の色気を増していてローズの胸はドキドキと騒がしくなった。
「何だ?具合でも悪くなったか?」
「……い、いえ!」
ライアンが真っ赤になってそわそわしているのでレジナルドとカルロスは一瞬怪訝な顔をした。
レジナルドが見張りに立てていたマーロンと数人いたメイドを退出させると話が始まった。部屋にはレジナルドとカルロスそしてライアンの三人だ。ローズにとって懐かしい面々だったがライアンがローズだと正体を知らない二人にはただの尋問の場なんだろうと思いながらライアンは姿勢を正した。
「ライアン。無理矢理連れて来て悪ったな。もう一度確認するが、あの薬は本当にお前が作ったのか?どうして薬を無償で店主に?」
もっと問い詰められるかと思っていたのに責める様子もなくレジナルドから優しげに問われてライアンはスラスラとありのままを話してしまった。もちろん魔法の部分は端折った。
「トニーさんが……咳が止まらなくて店をもうたたむって言ってるのを聞いて……」
もともと喉の病気だったらしくどんな薬を飲んでも治らないから仕事は続けられないと言ってるのを常連客との会話で知り、ローズは回復薬を作った。最初にお試しで少量だけ渡してトニーの様子を見た。既に常連客になっていたライアンの事を信用したトニーは何の疑いもなく薬を飲んでくれた。薬はよく効いたらしく何処で手に入れた薬なのかトニーは訊ねてきた。そこでライアンが自分が作ったものだからと定期的に届ける事にしたのだ。
「トニーさんの料理が好きなんです」
自分が好きな場所が消えるのが嫌だった。ただそれだけで考えついた浅はかな行動だった。まさかそれが悪事と誤解されるとはローズは夢にも思ってなかった。
シュンと小さくなってしまったライアンにレジナルドは安心させるように声をかけた。
「事情はわかった。店主のトニーと証言は一致しているしお前を信じる」
よかった。これで帰れるとライアンがホッと息を吐くとレジナルドは「ところで……」と話を続けた。
「ライアン仕事は?」
「仕事……?していませんが……」
形ばかりの菓子店と陰では時々女性相手に占いなどをしているが、どちらも気まぐれでやっているだけで仕事と呼ぶほどではない。それに下手に何か言うとまた墓穴を掘るかもしれないとローズは無職という無難な切り返しをした。
「俺の所に来ないか?」
ローズは何を言われているか把握できずにライアンの首を ん? と傾けた。
「実はここ暫くお前を調べていたんだが人柄も良さそうだし、どこで学んだか知らないが薬の知識もある。お前みたいな部下がちょうど欲しいと思っていたんだ。まずはお試しで少しだけでいいからどうだ?」
それは仕事の誘いの話だった。
最初は悪者扱いで、疑いが晴れたら手のひらを返したようにいい話を持ちかけてきた。
しかしローズは身辺調査されていたことの方が気になり汗をダラダラかき始めた。
(ど、どの程度調べられたのかしら……。こんな地味な人間気にする人いないと思って、周りを全く気にしてなかった。ライアンの姿と私が結びつかないように家の出入りは厳重に注意してはいたけど……いつから……?)
「……す、すみません。お断りします!」
青い顔で急に立ち上がり帰ろうとするライアンをレジナルドは扉に先回りし慌てて止めた。
「ちょっと待て!もう少し話を……」
「……帰してください」
ガタガタと震えながら立ちすくむライアンにレジナルドはハッと表情を変えた。
(かなり怯えさせてしまった。確かに薬の横流しを疑って連れてきたのは確かだし、ずっと見張られていたと知って不快になっただろう。こんな状態ではどんないい話も進まないだろうな……)
もう少し時間をかけて話を出せばよかったと反省しながら、レジナルドはカルロスにライアンを送って行く手配を頼んだ。
***
「もうここで結構です。一人で帰れます」
「ダメです。送る馬車に乗り込むまでは私が任された仕事ですし、そんな状態の君を一人にする訳にはいきません」
レジナルドから解放されたライアンはカルロスに馬車がある城の外まで案内されていた。
案内などなくてもローズは自分の家のように知った場所だし、何よりカルロスと二人きりという状況がライアンを挙動不審にさせていた。
真っ赤になって必要以上に距離を取ろうと離れて歩く。
(ドキドキしてカルロスの近くになんて寄れない……!)
好きだから一緒にいたい気もするが今は舞い上がって顔が緩んでしまいそうだった。
広い背中を眺めながらついて歩いているとその背中が不意に止まってこちらを向いた。
「ライアン、レジナルド様からの話ですが、もう一度じっくり考えてもらえないですか?彼が王太子なのは知ってますよね?彼は今、地盤固めのために人材を選んで集めています。少ない情報でしたがレジナルド様も私も君に興味が湧いた」
真摯に話すカルロスの姿にライアンは引き込まれるようにじっと耳を傾けた。カルロスは昔から真面目な性格で信念を貫き通す人だ。これから国を継ぐ立場のレジナルドを必死に支えようとしているのだ。
「直接話してみてやはり勘は正しかったと確信しました。無償で薬を与える所や、街で困っていた人を助ける君は、とても優しい人だと思います」
(街で困っていた人を……?)
何の事だと見返すとずっと険しいままだったカルロスの表情が急に穏やかになった。
「親とはぐれた子供とか、道に迷った男性に道を教えたり、極め付けには飲食店で代金が足りない客に返さなくていいからとお金をあげたことがあったでしょう?」
「……ああ、そういえば」
お金をあげたのはトニーの店でたまたま目に入ったからだし、子供や道の案内の出来事ははっきり言ってローズは覚えていなかった。
下を向いて記憶を辿っていたが自分の足元に濃い影があるのに気づき顔を上げた。いつの間にか至近距離にカルロスが立っていてローズは驚き、後ろへ後ずさった。
廊下の壁にべったり張り付くライアンに更に間を詰めたカルロスはそのまま両手を壁につけてライアンを囲った。
(なっ……なになに何?!)
迫ってくるカルロスから目を離せず口をパクパクさせていると、
「お願いです。私と一緒にレジナルド様に仕えてください」
優しい声色で懇願された。
ライアンはもう何も考えずに「……はい」と頷いてしまった。
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