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閉じ込められて②
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早瀬さんは目に涙を溜めながら、躊躇うように何度か口をもごもごと動かして、ようやく口を開いた。
「あ、あの、八木くん、実は、私、あの……お、お手洗いに、行きたくて」
「えっ、あ、そう、なんだ……どうしよう、困ったね」
ごめんなさい気付いていました!
けれどそんなこと言えるわけがないので、たったいま知ったかのように応えてしまう。
「もう、我慢できない?」
「……難しい、かも」
「何かないか探してみるねっ」
うっかり失礼な質問をしてしまい、せめて早瀬さんを少しでも視界に入れないようにしようと慌てて立ち上がった。
何もないことはわかっているのに、無意味に棚を見てしまう。
バケツなどの容器もなければ染み込ませられそうな布もない。さすがにマットを汚してしまうのはまずいし、床に直接してしまうわけにもいかないだろう。けれど、このまま座っていたらどのみち床もジャージも汚すことになる。どうすれば、彼女に少しでも恥ずかしい思いをさせずに済むのだろう。
「八木くん……たすけて、もう、だめ……」
涙声で早瀬さんが呟いたのが耳に入り、思わず振り返った。早瀬さんはジャージを両手でぎゅっと押さえつけていた。その箇所が、じわじわと色を変えているのが目に入ってしまった。
「早瀬さん、これ!」
慌ててジャージの上を脱ぎ、彼女に差し出す。
「お尻上げて!」
「や、そんな」
「いいから!」
戸惑う彼女の腰に手を添えて少しだけお尻を浮かせる。その隙間にジャージを滑り込ませた。
「八木くん、やだ、ごめんなさ、」
「大丈夫だよ、大丈夫。もう我慢しなくていいから」
少しでも落ち着かせようと早瀬さんの肩をそっと撫でてから、僕は後ろを向いた。
せめてほんの僅かでも彼女から距離を取ろうとしたのだがそれは叶わなかった。彼女の手が伸びてきて、Tシャツを掴まれる。そこにいて、と小さな声に引き止められた。
しゅう、しゅう、と微かな水音が少しずつ聞こえてきた。慌てて両手で耳を塞ぐ。
勢いが出すぎないように気を付けているのか、耳を塞いでいると何も聞こえなかった。それでも、早瀬さんがすぐ後ろでおもらしをしているということだけは、気配ではっきりと伝わってくる。心臓が早鐘を打っている。変な気分になりそうな自分を、必死に理性を総動員させて抑えつけた。
たっぷりと時間をかけたのち、Tシャツを握り締めていた早瀬さんの手が離れた。耳を塞いでいた手をおずおずと離して、振り返る。
早瀬さんは、僕のジャージの上に座ったまま深く俯いていた。彼女の傍らに膝を着き、そっと声をかける。
「早瀬さん……だ、大丈夫?」
小さな頷きが返ってきて、ようやく早瀬さんは顔を上げてくれた。
「……ジャージ、汚しちゃってごめんなさい」
「構わないよ。もう平気?」
「……うん。ありがとう。ちゃんと洗って返すね」
恥ずかしそうにしながらも、早瀬さんは微かに笑顔を見せてくれた。彼女の様子に少しだけ安堵する。――と同時に、ぶるっと身体が震えるのを感じた。
どうしよう、僕もトイレに行きたい。
半袖になったこともあり、一気に身体が冷えてきた。
冷や汗が浮かんできて、思わず硬直してしまう。どうしよう。早瀬さんが床を汚してしまうことはなんとか回避できたというのに、自分だけここで用を足すわけにはいかないだろう。かといって漏らしてしまうのはさすがに抵抗がある。いやでも、彼女だけに恥ずかしい思いをさせないためには僕も漏らした方がいいのか?
そんなことをぐるぐると考えていると、早瀬さんが不思議そうに首を傾げた。
「八木くん……どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
応えた声が、明らかに引きつった。
「もしかして、八木くんも……?」
「あ、いや、その」
はっきりと肯定することができなくてしどろもどろになってしまう。
好きな人におしっこ我慢していることを気付かれるのって、こんなに恥ずかしいのか。いままで早瀬さんが感じていたであろう気持ちを、完全にとは言えないけれど理解する。
どうしよう――と困惑し続けていたとき、突然、固く閉ざされていた引き戸が音を立てて開いた。
「八木くん、早瀬さん、そこにいるー?」
聞き覚えのある声とともに、懐中電灯の光が向けられた。眩しさに思わず目を細める。養護教諭の先生が、そこに立っていた。
「先生……!」
助けが来てくれたことに、僕も早瀬さんも歓喜の声を上げた。先生は早瀬さんの姿を見て目を丸くすると、スマホを取り出して誰かに電話をかけた。
「あ、もしもし。はい、見つけました、やっぱり体育倉庫にいました。二人とも少し気分が悪いみたいなので、保健室で休ませてから送っていきますね」
通話を切ると、先生は苦笑を浮かべながら僕たちに顔を向けた。
「二人とも寒かったでしょう? 保健室おいで、着替えも用意するから」
先生に促されるまま倉庫から出る。
早瀬さんは恥ずかしそうな様子でお尻の下に敷いていたジャージを抱えていた。
彼女が履いているジャージの一部も、おしっこを染み込ませた僕のジャージもぐっしょりと濡れていたが、幸い床に濡れた跡はなかった。
よかったと思ったが、呑気に安心している場合ではないとすぐに思い至る。
「すみません、僕、トイレ……っ!」
二人に断ってから、慌ててトイレにダッシュした。――間に合うことを願いながら。
END
「あ、あの、八木くん、実は、私、あの……お、お手洗いに、行きたくて」
「えっ、あ、そう、なんだ……どうしよう、困ったね」
ごめんなさい気付いていました!
けれどそんなこと言えるわけがないので、たったいま知ったかのように応えてしまう。
「もう、我慢できない?」
「……難しい、かも」
「何かないか探してみるねっ」
うっかり失礼な質問をしてしまい、せめて早瀬さんを少しでも視界に入れないようにしようと慌てて立ち上がった。
何もないことはわかっているのに、無意味に棚を見てしまう。
バケツなどの容器もなければ染み込ませられそうな布もない。さすがにマットを汚してしまうのはまずいし、床に直接してしまうわけにもいかないだろう。けれど、このまま座っていたらどのみち床もジャージも汚すことになる。どうすれば、彼女に少しでも恥ずかしい思いをさせずに済むのだろう。
「八木くん……たすけて、もう、だめ……」
涙声で早瀬さんが呟いたのが耳に入り、思わず振り返った。早瀬さんはジャージを両手でぎゅっと押さえつけていた。その箇所が、じわじわと色を変えているのが目に入ってしまった。
「早瀬さん、これ!」
慌ててジャージの上を脱ぎ、彼女に差し出す。
「お尻上げて!」
「や、そんな」
「いいから!」
戸惑う彼女の腰に手を添えて少しだけお尻を浮かせる。その隙間にジャージを滑り込ませた。
「八木くん、やだ、ごめんなさ、」
「大丈夫だよ、大丈夫。もう我慢しなくていいから」
少しでも落ち着かせようと早瀬さんの肩をそっと撫でてから、僕は後ろを向いた。
せめてほんの僅かでも彼女から距離を取ろうとしたのだがそれは叶わなかった。彼女の手が伸びてきて、Tシャツを掴まれる。そこにいて、と小さな声に引き止められた。
しゅう、しゅう、と微かな水音が少しずつ聞こえてきた。慌てて両手で耳を塞ぐ。
勢いが出すぎないように気を付けているのか、耳を塞いでいると何も聞こえなかった。それでも、早瀬さんがすぐ後ろでおもらしをしているということだけは、気配ではっきりと伝わってくる。心臓が早鐘を打っている。変な気分になりそうな自分を、必死に理性を総動員させて抑えつけた。
たっぷりと時間をかけたのち、Tシャツを握り締めていた早瀬さんの手が離れた。耳を塞いでいた手をおずおずと離して、振り返る。
早瀬さんは、僕のジャージの上に座ったまま深く俯いていた。彼女の傍らに膝を着き、そっと声をかける。
「早瀬さん……だ、大丈夫?」
小さな頷きが返ってきて、ようやく早瀬さんは顔を上げてくれた。
「……ジャージ、汚しちゃってごめんなさい」
「構わないよ。もう平気?」
「……うん。ありがとう。ちゃんと洗って返すね」
恥ずかしそうにしながらも、早瀬さんは微かに笑顔を見せてくれた。彼女の様子に少しだけ安堵する。――と同時に、ぶるっと身体が震えるのを感じた。
どうしよう、僕もトイレに行きたい。
半袖になったこともあり、一気に身体が冷えてきた。
冷や汗が浮かんできて、思わず硬直してしまう。どうしよう。早瀬さんが床を汚してしまうことはなんとか回避できたというのに、自分だけここで用を足すわけにはいかないだろう。かといって漏らしてしまうのはさすがに抵抗がある。いやでも、彼女だけに恥ずかしい思いをさせないためには僕も漏らした方がいいのか?
そんなことをぐるぐると考えていると、早瀬さんが不思議そうに首を傾げた。
「八木くん……どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
応えた声が、明らかに引きつった。
「もしかして、八木くんも……?」
「あ、いや、その」
はっきりと肯定することができなくてしどろもどろになってしまう。
好きな人におしっこ我慢していることを気付かれるのって、こんなに恥ずかしいのか。いままで早瀬さんが感じていたであろう気持ちを、完全にとは言えないけれど理解する。
どうしよう――と困惑し続けていたとき、突然、固く閉ざされていた引き戸が音を立てて開いた。
「八木くん、早瀬さん、そこにいるー?」
聞き覚えのある声とともに、懐中電灯の光が向けられた。眩しさに思わず目を細める。養護教諭の先生が、そこに立っていた。
「先生……!」
助けが来てくれたことに、僕も早瀬さんも歓喜の声を上げた。先生は早瀬さんの姿を見て目を丸くすると、スマホを取り出して誰かに電話をかけた。
「あ、もしもし。はい、見つけました、やっぱり体育倉庫にいました。二人とも少し気分が悪いみたいなので、保健室で休ませてから送っていきますね」
通話を切ると、先生は苦笑を浮かべながら僕たちに顔を向けた。
「二人とも寒かったでしょう? 保健室おいで、着替えも用意するから」
先生に促されるまま倉庫から出る。
早瀬さんは恥ずかしそうな様子でお尻の下に敷いていたジャージを抱えていた。
彼女が履いているジャージの一部も、おしっこを染み込ませた僕のジャージもぐっしょりと濡れていたが、幸い床に濡れた跡はなかった。
よかったと思ったが、呑気に安心している場合ではないとすぐに思い至る。
「すみません、僕、トイレ……っ!」
二人に断ってから、慌ててトイレにダッシュした。――間に合うことを願いながら。
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