蜂蜜色のみずたまり

志月さら

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縁日にて①

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 生温い風が顔を撫でる。夕方になって照り付ける日差しこそなくなったものの、家から駅までの短い距離を歩いただけなのに身体が汗ばんでいた。
 スマホを見て時間を確認する。待ち合わせの午後六時まであと十四分だった。
 少し早く着きすぎてしまったかもしれないけれど、遅刻するよりはよっぽどいい。
 そわそわしながら改札を眺めていると、ほどなくして人波に紛れた早瀬さんの姿が見えた。

「あ、早瀬さん!」

 呼びかけようと手を挙げかけて、つい動きが止まる。
 改札から出てきた早瀬さんは――浴衣を着ていた。
 紺地に朝顔柄の浴衣に、帯は臙脂色。上品な雰囲気の浴衣は彼女にとても似合っていて、物凄く綺麗に見えた。
 こちらに気付いた早瀬さんが、足早に歩み寄ってきた。下駄の足元は歩きにくそうだ。

「八木くん! ごめんなさい、待たせちゃった?」
「ううん、いま着いたばかりだから大丈夫。ちょっと早く家出ちゃって」
「私も。一本早い電車乗っちゃった」

 早瀬さんは普段下ろしている髪をお団子のようにアップにしていた。うなじが見えて、思わずドキッとする。

「じゃあ、行こうか。少し歩くけど大丈夫?」
「うん、大丈夫」

 ふわりと微笑んだ早瀬さんと並んで歩く。
 地元の神社で行われる縁日に行かないかと誘ったのは数日前の終業式の日。思いきって誘ってみたけれど、彼女は快く誘いを受けてくれた。
 横目で彼女の姿をそっと窺いながら、口を開く。

「……えっと、浴衣、綺麗だね」
「あ、ありがとう。実は初めて着たの。変じゃないかな?」
「変じゃないよ! すごく似合ってる」

 少し不安そうな早瀬さんの表情を見て、慌ててそう口にする。顔が変に熱くなった。
 早瀬さんの頬もほんのり赤くなったように見えるのも、きっと気のせいじゃないだろう。
 神社まで歩いて十五分ほどだ。下駄を履いている彼女に合わせて歩幅を緩めているから、実際にはもう少しかかったかもしれない。
 子どもの頃から何度も来たことのある神社に到着すると、赤い鳥居が出迎えてくれた。
 徐々に日が暮れて薄暗くなっているなかに、提灯の明かりがぼんやりと浮かんでいる。参道の周りには屋台が並び、大勢の見物客が楽しそうに歩いていた。
 見慣れた光景なのだが、好きな人が隣にいるとなんだか幻想的に見えるような気がした。

「わぁ……結構、人が多いんだね……」
「そう、だね。えっと、はぐれるといけないから……」

 躊躇いながらも手を差し出す。早瀬さんは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、その手を握り返してくれた。ぎゅっと握った手が熱い。

「ごめん、僕、汗かいてるかも」
「平気。私の方こそ手汗すごいかも。嫌じゃない?」
「全然気にならないよ! 屋台とか見に行こうかっ」

 付き合い始めてから二ヶ月以上経つというのに、手を繋ぐことにもまだ慣れていなかった。ぎこちなくならずに自然と手を繋げるようになるまではまだまだかかりそうだ。
 歩きながら屋台を眺める。どこからかソースの匂いが漂ってきて食欲を刺激された。

「早瀬さん、食べたいものある?」
「えーと……あ、かき氷、食べたいな」
「かき氷だね! どれがいい?」
「んーと……」

 メニュー表を見ながら真剣に悩んでいる姿が可愛らしい。

「いちごミルク、かな」
「すみません、いちごミルクとブルーハワイください!」

 繋いでいた手を離して、店主のおじさんに千円札を渡す。

「あ、お金……」
「大丈夫、ひとつくらい奢らせて!」

 先に返されたお釣りを財布にしまってから、かき氷の入ったカップを二つ受け取った。
 真っ赤なシロップと練乳がたっぷりとかかったかき氷を早瀬さんに手渡す。

「はい、早瀬さん」
「ありがとう。でも、次からはちゃんと自分で払うからね」

 窘めるような早瀬さんの口調に苦笑しながら頷いた。
 歩きながら食べてせっかくの浴衣を汚してはいけないので、邪魔にならないように端に寄ってかき氷を食べる。爽やかな甘さと冷たさが口の中を冷やしてくれて美味しい。
 スプーンストローで青いかき氷を口に運んでいると、ふと早瀬さんの視線を感じた。

「ブルーハワイって食べたことないの。どんな味?」
「ええと、どんな味って言えばいいのかな……一口食べる?」
「いいの?」
「うん、どうぞ」

 カップを差し出すと、早瀬さんは躊躇することなく青い氷を一口分掬った。そのまま口元へ運ぶ。

「フルーツっぽい味、かな? よかったら、こっちもどうぞ」
「う、うん。ありがと」

 早瀬さんがいちごシロップと練乳のかかったかき氷を差し出してくれる。
 ほんの少し躊躇ってしまったけれど、嫌がっていると思われてはいけないと、思いきって一口分を掬った。口に入れると、いちごと練乳の甘い味が舌の上に広がる。

「うん、いちごもおいしいね」

 好きな女の子の食べかけのかき氷を食べてしまったことに内心狼狽えながらも、平静を装って笑みを浮かべる。
 ゆっくりとかき氷を食べ終えてから、再び屋台を覗いて歩いた。

「早瀬さんは屋台の食べ物ってなにが好き?」
「……実は私、あんまりお祭りとか行ったことなくて」
「えっ、そうなの?」

 この縁日には毎年のように来ているから、彼女の返答は予想外だった。

「うん。小さい頃に花火大会に連れていってもらったんだけど、お母さんが人混み好きじゃなくて、それっきりで。屋台の食べ物も不衛生だからって買ってもらえなかったの。友達同士で行くのも夜は危ないからだめって、去年まで禁止されてて」
「そうだったんだ……ごめん、もしかして今日来るの嫌だった?」
「そんなことないよ、すごく楽しみだった」

 ふわりと早瀬さんは微笑んだ。

「高校生になったからいいでしょって言ったら許してもらえたし。でも、男の子と一緒ってことは内緒ね」

 内緒、と人差し指を唇に当てる彼女を見て、ドキンと胸が高鳴った。

「八木くんはなにが好き?」
「やっぱりたこ焼きとか焼きそばかな、あと牛串とか」
「じゃあ、それ食べよう?」

 今度は早瀬さんの方から手を繋いでくれて、まずはたこ焼きの屋台へと足を向けた。
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