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番外編
ギリギリセーフ
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茜は必死に走っていた。否、走っている、つもりだった。
学校からの帰り道。通い慣れた通学路を、できる限り急いで足を進める。実際には早歩き程度の速度しか出せていない。
(おしっこ、漏れちゃう……っ!)
速く走れないのは抱えている尿意のせいだった。膀胱に刺激を与えないように急がないといけない。
トイレに行きたい。おしっこがしたい。はやく、帰らないと。
気持ちばかりが焦ってなかなか前に進めない。
周りに誰もいないのをいいことに、ぎゅうっとスカートの前を押さえつける。制服のプリーツスカートに皺が寄るが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
おしっこ、おしっこ、でちゃう。はやく、はやくトイレに行かないと。我慢できなくなってしまう。
一歩足を進めるたびに、重たいお腹がたぷたぷと揺れる。許されるならばいますぐこの場で下着を下ろしてしまいたい。おしっこ、出したい。
そんなことを考えたせいか、じわり、と下着に濡れた感触を覚えた。
「やっ、まって、だめ、」
まだ、だめ。まだ出ちゃだめ。家まではまだ距離がある。ここで漏らしてはいけない。
わかっているのに、身体は言うことを聞いてくれなかった。
じゅー、と下着が温かく濡れる。茜は思わず足を止めた。押さえた手のひらを温かく濡らして、次から次へとおしっこが溢れてくる。太腿を伝い、足を流れ落ち、地面にびちゃびちゃと水音を立てる。我慢していたおしっこは全然止まりそうにない。永遠に止まらなかったらどうしよう。思わず、そんな不安に駆られた瞬間――
「……っ」
はっとして茜は目を覚ました。
(いまの、夢?)
慌てて布団を捲って確認する。パジャマもシーツもしっかりと乾いたままだ。
けれど、ほっとして息をつく間もなく、寝起きの身体は切羽詰まった尿意を訴えていた。
(おしっこ……!)
足に掛かっていた布団を蹴飛ばして廊下へ出る。
せっかくおねしょをすることなく目が覚めたのだから、絶対にトイレに間に合いたい。
焦りながらも、一歩一歩階段を下りていく。片手はズボンの前をぎゅっと押さえて離せない。
おしっこ、はやくっ、おしっこしたい、でちゃうっ。
逸る気持ちを抑えて足を進める。夢の中の自分と同じ心境になっていた。
一階まで下りて、できる限りの急ぎ足で歩いていく。トイレは目と鼻の先だ。あと、ほんの数歩で辿り着く。
――間に合った、と思ったのに。
「あ、れ」
慌てて掴んだドアノブは微動だにしなかった。鍵がかかっている。誰が入っているのかなんて、当然一人しか思い当たらない。
「茜? すみません、すぐ出ますからっ」
ドアの向こうから聞こえた夏癸の声に、はい、と小さな声で頷く。
彼に聞こえたかはわからないけれど、とにかくいまは待つしかない。
ドアノブから手を離し、数歩後ずさる。もじもじと身体を揺すり、茜は込み上げてくる尿意に必死に耐えていた。
夏癸さん、まだかな。早く出てきてくれないかな。まだ十秒も経ってないのにそう思ってしまう。早く、おしっこしたい。我慢できない。
ぞわぞわとお腹の奥が疼いている。一晩中溜まったおしっこで膀胱がいっぱいになっているのがわかる。
おしっこがしたくてたまらなくて、じっとしていられなかった。太腿をきつく寄せて、膝を擦り合わせる。時々、その場で小さく足踏みをする。何をしても迫りくる尿意はちっとも楽にならない。
度々強い波に襲われ、その度に力を抜きそうになる膀胱を必死に叱咤する。けれど、堪えるのは困難になってきていた。まだ、一分と経っていないのに。
もう、だめ、おしっこ、これ以上我慢できない。漏れちゃう。
「……っ」
いまにも限界を迎えそうだが、それでもトイレの目の前でおもらしをしたくない一心でぎゅうぎゅうとパジャマのズボンを押さえつける。あと少し、ほんの少しだけ我慢すればトイレでおしっこができる。我慢、我慢しないと。
――そう、わかっているのに。
ちら、と茜は視線を横に向けた。脱衣所を兼ねた洗面所の先には、浴室がある。汚してしまっても、すぐに掃除ができる。
(お風呂でしちゃ、だめかな……)
思わず浮かんでしまった悪い考えを、必死に頭を振って打ち消した。
だめ、だめだ。そんなことしてはいけない。
小さい頃や、中学生になっても一度だけ、どうしても我慢できなくて入浴中に洗い場でおしっこをしてしまったこともあるが、いまとは状況が違う。わかっている。でも、もう。
ぶるりと身体が震えた。大きな波が押し寄せてくる。必死に出口を押さえているのに、こじ開けられてしまいそうで。
(もうだめ、でちゃうっ……!)
諦めかけたその瞬間、水を流す音とともに目の前のドアが開いた。
「すみません、お待たせしました!」
慌てた様子でトイレから出てきた夏癸と入れ替わるように中に足を踏み入れる。お礼や謝罪を伝えている余裕もなかった。
「やっ……」
待ち望んだ白い便器を目の前にした途端、熱い雫が下着を濡らすのを感じ取った。
だめ、だめ。焦りながらパジャマのズボンと下着を一気に下ろす。便座に腰を下ろした途端、しゅーっとおしっこが迸った。
「は、ぁぁ……」
ギリギリ、セーフ。思わず熱い息を吐き出す。
ほんの少しだけ下着を濡らしてしまったが、床を汚さなかったのでセーフだと思いたい。
しゃあぁぁ……と鋭い水音を響かせて、水流が陶器に打ちつけられていく。
おしっこ、出せた。気持ちいい。
なんとかおもらしは回避したことに安堵していた茜だが、ふと視線を上げ、ドアが僅かに開いていることに気付いた。――ドアを完全に閉めるのも、鍵をかけるのも忘れてしまった。
頬に熱が集まった。そこまで切羽詰まっていた自分が恥ずかしい。
夏癸がトイレに入っていたのも邪魔してしまったことを思い出す。茜のために急かせてしまって申し訳なく思うが、彼がトイレを出てくれるのがあと一秒でも遅かったら、きっと間に合わなかっただろう。
お腹がすっきりしていく。けれど、たっぷりと溜まっていたおしっこはなかなか止まらない。せめてドアを閉めたいが手を伸ばしても微妙に届かない。夏癸の姿は視界にないけれど、もしかしたら音は聞こえているかもしれないと思うと恥ずかしくてたまらない。
数十秒が経ち、ようやく水音が止んだ。ぴちゃん、ぴちゃんと滴が落ちる音を聞きながら、トイレットペーパーを巻き取る。後始末を済ませて水を流す。
どうしようか少し迷ってから、下着をそのまま穿き直した。湿った感触に思わず顔をしかめる。
しっかりとドアを閉めてから洗面所へ向かうと夏癸の姿があった。
目が合って、思わず顔が熱くなる。
「……あの、夏癸さん、ごめんなさい」
小さく呟くと、夏癸は少し焦ったように訊ねてきた。
「間に合いませんでした……?」
「ううん、そうじゃなくてっ」
とっさに首を横に振ってしまう。さすがに、下着を濡らしてしまったと伝えることは恥ずかしくてできない。
「あの、トイレ、急かしちゃって……」
ごめんなさい、ともう一度口にすると、夏癸は表情を和らげた。
「ああ、そんなこと。大丈夫ですよ。私のほうこそ、焦らせてしまってすみません」
「大丈夫、です。間に合ったので」
おもらしはしていないからギリギリセーフのはずだ。そう自分に言い聞かせながら応えると、夏癸は目を細めて寝癖のついた茜の頭を軽く撫でた。
「まだ早いですから、もう少し寝ていてもいいですよ」
「目、覚めちゃったから、大丈夫です。あの、朝ごはん作るの手伝いますっ」
「……じゃあ、お願いしましょうか」
「はいっ。着替えてから、行きますね」
茜の言葉に頷いて、洗面所から出ていく夏癸を見送る。
ほう、と小さく息をつく。
あとでこっそりと下着を洗うことを決めて、茜は手を洗ってから自室へ足を向けた。
学校からの帰り道。通い慣れた通学路を、できる限り急いで足を進める。実際には早歩き程度の速度しか出せていない。
(おしっこ、漏れちゃう……っ!)
速く走れないのは抱えている尿意のせいだった。膀胱に刺激を与えないように急がないといけない。
トイレに行きたい。おしっこがしたい。はやく、帰らないと。
気持ちばかりが焦ってなかなか前に進めない。
周りに誰もいないのをいいことに、ぎゅうっとスカートの前を押さえつける。制服のプリーツスカートに皺が寄るが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
おしっこ、おしっこ、でちゃう。はやく、はやくトイレに行かないと。我慢できなくなってしまう。
一歩足を進めるたびに、重たいお腹がたぷたぷと揺れる。許されるならばいますぐこの場で下着を下ろしてしまいたい。おしっこ、出したい。
そんなことを考えたせいか、じわり、と下着に濡れた感触を覚えた。
「やっ、まって、だめ、」
まだ、だめ。まだ出ちゃだめ。家まではまだ距離がある。ここで漏らしてはいけない。
わかっているのに、身体は言うことを聞いてくれなかった。
じゅー、と下着が温かく濡れる。茜は思わず足を止めた。押さえた手のひらを温かく濡らして、次から次へとおしっこが溢れてくる。太腿を伝い、足を流れ落ち、地面にびちゃびちゃと水音を立てる。我慢していたおしっこは全然止まりそうにない。永遠に止まらなかったらどうしよう。思わず、そんな不安に駆られた瞬間――
「……っ」
はっとして茜は目を覚ました。
(いまの、夢?)
慌てて布団を捲って確認する。パジャマもシーツもしっかりと乾いたままだ。
けれど、ほっとして息をつく間もなく、寝起きの身体は切羽詰まった尿意を訴えていた。
(おしっこ……!)
足に掛かっていた布団を蹴飛ばして廊下へ出る。
せっかくおねしょをすることなく目が覚めたのだから、絶対にトイレに間に合いたい。
焦りながらも、一歩一歩階段を下りていく。片手はズボンの前をぎゅっと押さえて離せない。
おしっこ、はやくっ、おしっこしたい、でちゃうっ。
逸る気持ちを抑えて足を進める。夢の中の自分と同じ心境になっていた。
一階まで下りて、できる限りの急ぎ足で歩いていく。トイレは目と鼻の先だ。あと、ほんの数歩で辿り着く。
――間に合った、と思ったのに。
「あ、れ」
慌てて掴んだドアノブは微動だにしなかった。鍵がかかっている。誰が入っているのかなんて、当然一人しか思い当たらない。
「茜? すみません、すぐ出ますからっ」
ドアの向こうから聞こえた夏癸の声に、はい、と小さな声で頷く。
彼に聞こえたかはわからないけれど、とにかくいまは待つしかない。
ドアノブから手を離し、数歩後ずさる。もじもじと身体を揺すり、茜は込み上げてくる尿意に必死に耐えていた。
夏癸さん、まだかな。早く出てきてくれないかな。まだ十秒も経ってないのにそう思ってしまう。早く、おしっこしたい。我慢できない。
ぞわぞわとお腹の奥が疼いている。一晩中溜まったおしっこで膀胱がいっぱいになっているのがわかる。
おしっこがしたくてたまらなくて、じっとしていられなかった。太腿をきつく寄せて、膝を擦り合わせる。時々、その場で小さく足踏みをする。何をしても迫りくる尿意はちっとも楽にならない。
度々強い波に襲われ、その度に力を抜きそうになる膀胱を必死に叱咤する。けれど、堪えるのは困難になってきていた。まだ、一分と経っていないのに。
もう、だめ、おしっこ、これ以上我慢できない。漏れちゃう。
「……っ」
いまにも限界を迎えそうだが、それでもトイレの目の前でおもらしをしたくない一心でぎゅうぎゅうとパジャマのズボンを押さえつける。あと少し、ほんの少しだけ我慢すればトイレでおしっこができる。我慢、我慢しないと。
――そう、わかっているのに。
ちら、と茜は視線を横に向けた。脱衣所を兼ねた洗面所の先には、浴室がある。汚してしまっても、すぐに掃除ができる。
(お風呂でしちゃ、だめかな……)
思わず浮かんでしまった悪い考えを、必死に頭を振って打ち消した。
だめ、だめだ。そんなことしてはいけない。
小さい頃や、中学生になっても一度だけ、どうしても我慢できなくて入浴中に洗い場でおしっこをしてしまったこともあるが、いまとは状況が違う。わかっている。でも、もう。
ぶるりと身体が震えた。大きな波が押し寄せてくる。必死に出口を押さえているのに、こじ開けられてしまいそうで。
(もうだめ、でちゃうっ……!)
諦めかけたその瞬間、水を流す音とともに目の前のドアが開いた。
「すみません、お待たせしました!」
慌てた様子でトイレから出てきた夏癸と入れ替わるように中に足を踏み入れる。お礼や謝罪を伝えている余裕もなかった。
「やっ……」
待ち望んだ白い便器を目の前にした途端、熱い雫が下着を濡らすのを感じ取った。
だめ、だめ。焦りながらパジャマのズボンと下着を一気に下ろす。便座に腰を下ろした途端、しゅーっとおしっこが迸った。
「は、ぁぁ……」
ギリギリ、セーフ。思わず熱い息を吐き出す。
ほんの少しだけ下着を濡らしてしまったが、床を汚さなかったのでセーフだと思いたい。
しゃあぁぁ……と鋭い水音を響かせて、水流が陶器に打ちつけられていく。
おしっこ、出せた。気持ちいい。
なんとかおもらしは回避したことに安堵していた茜だが、ふと視線を上げ、ドアが僅かに開いていることに気付いた。――ドアを完全に閉めるのも、鍵をかけるのも忘れてしまった。
頬に熱が集まった。そこまで切羽詰まっていた自分が恥ずかしい。
夏癸がトイレに入っていたのも邪魔してしまったことを思い出す。茜のために急かせてしまって申し訳なく思うが、彼がトイレを出てくれるのがあと一秒でも遅かったら、きっと間に合わなかっただろう。
お腹がすっきりしていく。けれど、たっぷりと溜まっていたおしっこはなかなか止まらない。せめてドアを閉めたいが手を伸ばしても微妙に届かない。夏癸の姿は視界にないけれど、もしかしたら音は聞こえているかもしれないと思うと恥ずかしくてたまらない。
数十秒が経ち、ようやく水音が止んだ。ぴちゃん、ぴちゃんと滴が落ちる音を聞きながら、トイレットペーパーを巻き取る。後始末を済ませて水を流す。
どうしようか少し迷ってから、下着をそのまま穿き直した。湿った感触に思わず顔をしかめる。
しっかりとドアを閉めてから洗面所へ向かうと夏癸の姿があった。
目が合って、思わず顔が熱くなる。
「……あの、夏癸さん、ごめんなさい」
小さく呟くと、夏癸は少し焦ったように訊ねてきた。
「間に合いませんでした……?」
「ううん、そうじゃなくてっ」
とっさに首を横に振ってしまう。さすがに、下着を濡らしてしまったと伝えることは恥ずかしくてできない。
「あの、トイレ、急かしちゃって……」
ごめんなさい、ともう一度口にすると、夏癸は表情を和らげた。
「ああ、そんなこと。大丈夫ですよ。私のほうこそ、焦らせてしまってすみません」
「大丈夫、です。間に合ったので」
おもらしはしていないからギリギリセーフのはずだ。そう自分に言い聞かせながら応えると、夏癸は目を細めて寝癖のついた茜の頭を軽く撫でた。
「まだ早いですから、もう少し寝ていてもいいですよ」
「目、覚めちゃったから、大丈夫です。あの、朝ごはん作るの手伝いますっ」
「……じゃあ、お願いしましょうか」
「はいっ。着替えてから、行きますね」
茜の言葉に頷いて、洗面所から出ていく夏癸を見送る。
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