ブラックテイルな奴ら

小松広和

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第二十章 小百合の危機

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 今は夏休み真っただ中。小百合は毎朝九時半頃になるとやって来る。昨日の電気ショックに懲りてもう来なくなるのではと心配していたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
「今日はいい天気よ。ハイキングでもしたら気持ちいいでしょうね」
小百合はここまで歩いてきたらしく言葉に実感がこもっている。
 特に今日はとても爽やかな風が吹いているのだ。
「ハイキングに行ってくればいいのに。こちらは二人で仲良く進めておくから」
マリーは昨日のことをまだ根に持っているらしい。
 早速俺は昨晩の不思議な体験を話題にした。
「それってどう考えてもマリーでしょう」
「私は寝ていたのよ。勝手に人間の姿に戻るわけないじゃない」
小百合はマリーをじっと見つめた。
「何よ。嘘なんかついてないわよ」
「マリー、あなたっていつでも人間の姿になれるんでしょ?」
「それはなれるに決まってるじゃない。ていうか、魔術を使ってこの姿になっていると言った方がいいかしら」
「すると寝ている時に魔法が解けることもありうるってことか」
「魔法じゃなくて魔術だって言ってるでしょ!」
「そんなのどうでもいいわ。今は寝ている時に魔術が解けるかどうかって話をしているの」
何気なく出した話題だったが小百合の食いつきが凄い。
「そんなこと起こるわけないわよ!」
「何でそんなことが言い切れるの? あなたの魔力は弱いんでしょ?」
「弱くなんかないわよ。失礼ね」
マリーはフンと言うなり小百合に背を向けた。
「とにかくこれは重大な問題だわ」
「何をそんなに興奮しているんだ?」
「よく考えてよね。いきなり可愛い女の子が同じベッドで寝ていたら、四郎君が何をするかわからないでしょ」
「おい、俺は大丈夫だって。理性はある方だと思ってる」
「ふーん。そうなの? じゃあ証拠を見せるわ」
小百合は小さな声で俺にそう呟くとマリーに話しかけた。
「ねえ、マリー。あなたその気になればいつでも人間の姿に戻れるって言ったわよね」
「それがどうしたのよ」
「ちょっとだけ人間の姿に戻ってみてよ」
「どうして突然そんなこと言いだすのよ。さては私を裏の世界に強制連行させるのが目的ね」
「そんなんじゃないわ。あなたがどれくらい可愛いのか見てみたいだけよ」
「へえ、可愛いと認めるんだ」
「なっ!」
小百合は一瞬言葉を詰まらせたが深呼吸を一つすると続けた。
「そうね。あなたの立体映像を見たときに可愛いと思ったのは事実よ。あなたも一度くらいは四郎君に本当の姿を見てもらいたいでしょ?」
「まあ、少しなら見つかることもないか。わかったわ。人間の姿になってあげる」
そう言うとマリーは『ぎゅるっぴ』と呪文を唱えた。すると尻尾アクセサリーのマリーの姿が光り始め、目の前に黒いワンピース姿の美少女が現れた。
「どう? 気が済んだ?」
「か、可愛い」
俺は思わず口走っていた。やはりマリーは可愛い。俺は無意識にマリーを見つめ続けている。
「やっぱり男の理性なんてこんなものよ」
小百合の言葉で俺は我に返った。小百合が俺を睨んでいる。なんとなくやっちまった感が半端ない。
「違うんだ。これは‥‥」
「何が違うのよ!」
やばい。これは真剣にやばい気がする。
「四郎君、分かってる? あなたは私と付き合ってると言っておきながら、私の目の前で他の女の子を可愛いと言ったのよ」
案の定やらかしていた。
「そんな優柔不断なあなたが夜中に同じベッドで可愛い女の子が寝ているのを発見したら‥‥とんでもない行動に出る可能性も十分考えられるわよね」
「そ、そんなことないって」
これって不良にカツアゲされている時よりピンチなのでは?
「なるほど」
マリーは腕組みをして微笑んでいる。
「恋人気取りの小百合さんとしては私がいつも四郎と寝ているのが心配なのね」
「尻尾アクセサリーがどこで寝ていようが関係ないわ」
「そうよねえ。でも私が寝ぼけて人間に戻っちゃうかもしれないし」
「ちょっと! 何が言いたいのよ」
マリーは突然俺の手を握ると、
「もし、もしもよ。我慢できなくなって私に手を出しちゃったら責任取ってくれるわよね」
可愛く首を傾けて笑った。めちゃくちゃ可愛い!
「マリー! 今日からあなたは私の家に泊まりなさい」
「あらー、急にそんなこと言われても無理よ」
焦る小百合に対し余裕を見せるマリー。二年生の前期から現在まで生徒会長を務め、何事も完璧にこなすイメージの小百合が手玉に取られている。マリーっていったい何者なんだ。
 その時、三号がマリーに『きゅぴぴ』と話しかけた。
「え? もうこんなに時間が経っていたのね。危ない危ない」
そう言うと可愛い人間のマリーは消え尻尾アクセサリーに戻ってしまった。
「三分以上人間の姿でいると公安局に見つかる可能性が高くなるの」
「もう、あんたなんか早く捕まってしまえばいいのよ!」
「見た目だけのあなたと違って私は本当に完璧なの。そんなドジは踏まないわ」
「何が何でもマリーはこの部屋で寝るの禁止!」
「そんなのあなたが決めることじゃないでしょ?」
「じゃ、私もこの部屋で寝る」
「そんなの小百合の親が許さないだろう」
俺は慌てて言った。
「親が許さなくてもいいの」
動揺のあまり滅茶苦茶言い出している。それにしても四月の時点で『しばらく会わないようにしましょう』と言ってたのが嘘のようだ。人間てこんなに変われるものなのか?
「この部屋にはマリーの両親もいるし、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「でも‥‥」
「そうよ、パパとママはいったん眠ったらこの部屋で何が起こってても絶対に起きない性格だけど、大丈夫よ」
完全に小百合が焦るのを楽しんでいるな。
「もう!」
小百合が地団駄を踏んだその時、事態は一変した。
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