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第44話:本会議3
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重い口を開けたバルデスの言葉で、会議室は一気に静まり返る。
そして、いよいよ本当の勝負だと判断したであろうロジリーは、いつも以上に険しい表情になっていた。
「レオン殿下が決められたことに逆らうつもりはありません。ですが、間違った判断と思えば、反論することも家臣の務めです」
「果たして、レオン殿下は本当に間違った判断をしたのだろうか。王城の詰まらぬ風習が悪いのではないかね。メイドの仕事一つとっても、随分と昔のやり方でやっておる。現代のメイドが馴染めないのも当然であろう」
「ティエール王国が守り続けてきた心を受け継ぐためにも、伝統を守るのは大切なこと。王族だけでなく、我々貴族も同様に正しい心を学ばなければなりません」
「時代の変化と共に変わらねばならんこともある。国が守り続けてきた想いを継承しつつも、柔軟に対応するべきだ」
バルデスの言い分は正しく聞こえるが、理想と現実は違う。甘やかされた貴族令嬢を再教育し、王城で正しい淑女となるためには、ロジリーのような厳しい対応が必要になる。
これは身内を甘やかし続けてきた貴族たちの問題でもあるので、貴族制度を見直す一つの良い例でもあった。
そこを厳しく追及し、国が正しい道へ向かうように修正するのが、ローズレイ家の役割ともいえる。よって、バルデスが発する意見とは思えない。
どういうことかしら。我が儘ばかりのグレースの方が柔軟に対応できていないのは、一目瞭然よね。ロジリーの背中を押しているようにしか感じられないのだけれど……。
僅かな不安が頭をよぎるなか、目を光らせたロジリーは果敢に切り込んでいく。
「失礼ながら、グレース様が柔軟に対応しているとは思いません。バルデス公爵はどのようにお考えでしょうか」
ここまで話し合いが進んでも、まだバルデスは表情一つ変えていない。そして、ロジリーの意見に同調するかのように頷いた。
「そのようだな。グレースには過酷な環境であることを認める。だが、適応する努力はしているだろう」
声のトーンを変えることなく淡々と話すバルデスの姿を見て、私はようやく気づいた。
ロジリーは罠に嵌ってしまったのだと。
「よく考えてみてほしい。急に一国の王子の婚約者に選ばれれば、戸惑わない方が無理ではないかね。新しい環境に変わり、厳しい王妃教育で追い込まれれば、混乱するのも無理はない。自分なりに必死に何かを伝えようとした結果、我が儘だと解釈されたのであろう」
確かにグレースは王妃教育に不満を持っていたが、逃げ出したり、サボったりしたことは一度もなかった。どんな思惑があったとしても、表向きは王妃教育に努力していたと見て取れる。
一方、ロジリーを含めた家臣たちはどうだろうか。レオン殿下の様子がおかしいと気づき、最初からグレースを追い出そうと模索していた。
だから、一か月という早さで王妃不適合の烙印を押している。
表向きな形としては、あくまで王族の意向でウォルトン家に婚約の打診をしたにもかかわらず、家臣が反発していたとなれば、好ましい対応とは言えない。
「我々ウォルトン家は、王家の無理難題とも言える願いを聞き入れたにもかかわらず、一ヶ月も満たぬ間に不適合の烙印を押されるのは敵わん。同じ貴族の人間として、ウォルトン家に敬意のある対応と言えるのかね」
ここに来て、ロジリーたちが述べてきた行動の数々が、自分の首を絞める展開へと変わり始めている。王家の意向に逆らい、初めからウォルトン家を拒絶していたとなれば、家臣失格だ。
新たな婚約者を受け入れる努力をしていない、それを証明する形になってしまっている。
まずいわ。ロジリーが目を泳がせる姿なんて、初めて見るもの。バルデスにとっては、家臣の反撃など想定の範囲内だったみたいね。このまま放っておいても大丈夫かしら。
不安な思いに包まれるなか、追い打ちをかけるようにグレースが不敵な笑みを浮かべた。
「この一か月間、ず~っと私を拒み続けてきましたよね。それって、ウォルトン家に問題があるんじゃなくて、王家側に問題があるんじゃないですかぁ?」
次期国王の婚約者を陥れようとしたとなれば、大きな罪になる。下手なことは言えない状況へと、ロジリーは追い込まれていった。
しかし、この場に家臣たちを代表して立っていることも影響しているのだろう。ロジリーが諦めることはない。
「国王様の容態が深刻であるいま、甘えたことは言っていられません。婚約者になるのなら、それ相応の覚悟が必要だと思います」
一方的にグレースが悪いと主張するだけのロジリーは、バルデスとの力量差に気づいていない。レオン殿下を取り返したい思いだけが先行して、頭が回っていないように感じる。
苦し紛れに反論しても、己の首を絞めるだけだというのに。国家転覆を狙うバルデスが身を引くはずがない。
「婚約者に選ばれたとはいえ、身内のいない王城で暮らす厳しい環境だ。そこに国王様の命に関わる治療を引き受けるプレッシャーを考えれば、グレースの王妃教育が遅れても仕方あるまい」
「今は時間がないのです。グレース様には短期間で王妃教育を習得していただかなければなりません。このままでは、諸外国との交流で悪影響を及ぼします」
「その通りだ。だからこそ、君たちの協力が必要なのだよ。ティエール王国のためにも、グレースの王妃教育に力を入れ、正しい方向へ導いてやってほしい。そして、厳しすぎることだけが教育ではないと、君たちにも学んでほしい」
ここで反発しようものなら、逆に国家に対する忠義がないと宣言するようなものなので、了承するしか返事のしようがない。
あまりにもうまい話の運び方だわ。今までのグレースの理不尽な行動さえ、彼女の努力と書き換えられてしまった。でも、それは同時に矛盾が生じ始める。
心が折れたロジリーに代わり、私はバルデスに問いかける。
「では、わざわざ婚約者を変更する必要はないと思います。グレースには国王様の治療に集中してもらうべきかと」
本当にティエール王国のことを考えるのであれば、ローズレイ家を陥れてまで、婚約者を変えるべきではない。ウォルトン家に特別手当を支給し、国王様の治療に専念させるべきだ。
国王様の病とレオン殿下の婚約者の話は、別ものなのだから。
「我々は王家の意向を聞き入れたまでだ。国王様の回復を優先させるのは、諸外国との関係を見ても重要なことだと言える。長年にわたって準備してきたローズレイ家の気持ちもわからなくはないが、これが最善の手になるだろう」
ウォルトン家にとっては、ね。レオン殿下の即位と共にグレースが王女になり、奇跡的に国王様が目覚めたとなれば、民衆の支持を強く得ることができるんだもの。
その後は簡単だ。不運な事故に見せて王族を殺し、悲劇のヒロインぶったグレースが女王になればいい。
バルデスが、あくまで王家の意向と言いきったのも、ローズレイ家と正面からぶつかれないため。婚約破棄された時のように、浮気やいじめなどという偽りの話だけで塗り固められたものなど、何度も通用するはずがない。
そして、これは罠でもある。
仮にあの時の事を追求したとしても、グレースの思い違いと判断され、軽く謝罪されるだけで済まされるだろう。あくまで婚約破棄の理由は、ウォルトン家との結び付きを強くするためであり、私の浮気疑惑が原因ではない。
最終的に、大人の対応をするウォルトン家が優位な形になり、私の立場は現状維持維持かマイナスになるはず。ましてや、ウォルトン家の当主がローズレイ家に配慮の言葉まで述べている。
ここで噛みつこうものなら、恥を晒すだけ。このタイミングで批判することは不可能だ。
「レオン殿下とグレースが婚約すれば、国王様の命を優先する思いは伝わり、民の不安も払拭できるでしょう。国の命運も大きく左右するので、良い婚約だと思います」
「うむ。まだ若いとはいえ、ローズレイ家を代表して参加しているだけはある。自身の婚約よりも国の繁栄を望むなど、なかなかできることではない。今後も三大貴族は協力していけるだろうな」
動揺するロジリーたちとは違い、バルデスは僅かに口元を緩めた。その勝利を確信した表情を見れば、何とも言えない気持ちになる。
レオン殿下に婚約破棄されてから、私の立場も良いとは言えない。浮気の噂が流れているし、表向きはローズレイ家の屋敷にこもってばかり。必要以上に争えば、ローズレイ家の評価を大きく下げ、本当に婚約者としての資格を失ってしまう。
だから、まずはウォルトン家の特権を奪おう。バルデスの手の上で踊り続ける必要はないのだから。
会議室の入り口で佇むソフィアにサインを送ると、ゆっくりと扉が開き、一人の女の子が入ってきた。
「誰だね。この会議に参加できるのは、限られた貴族だけだぞ」
注目を浴びるのは、少しサイズの合っていない服を着るルチアだ。今日は私のおさがり着せて、何とか乗り切ることにしている。
「私が呼びました。彼女には、上級魔導士の推薦状をもらってくるように言っておいたので、遅れてしまったでしょう」
「推薦状……? 何に必要なのかね」
勝ち誇っていたバルデスが戸惑うのも無理はない。
敗北を認めた相手が騙し討ちでもするかのように、再び牙を剝き出しにするのだから。
「国王様の治療を行うには、上級魔導士の推薦状が必要になります。ローズレイ家で国王様の治療ができるとなれば、話は変わってくるかなと思いまして」
そして、いよいよ本当の勝負だと判断したであろうロジリーは、いつも以上に険しい表情になっていた。
「レオン殿下が決められたことに逆らうつもりはありません。ですが、間違った判断と思えば、反論することも家臣の務めです」
「果たして、レオン殿下は本当に間違った判断をしたのだろうか。王城の詰まらぬ風習が悪いのではないかね。メイドの仕事一つとっても、随分と昔のやり方でやっておる。現代のメイドが馴染めないのも当然であろう」
「ティエール王国が守り続けてきた心を受け継ぐためにも、伝統を守るのは大切なこと。王族だけでなく、我々貴族も同様に正しい心を学ばなければなりません」
「時代の変化と共に変わらねばならんこともある。国が守り続けてきた想いを継承しつつも、柔軟に対応するべきだ」
バルデスの言い分は正しく聞こえるが、理想と現実は違う。甘やかされた貴族令嬢を再教育し、王城で正しい淑女となるためには、ロジリーのような厳しい対応が必要になる。
これは身内を甘やかし続けてきた貴族たちの問題でもあるので、貴族制度を見直す一つの良い例でもあった。
そこを厳しく追及し、国が正しい道へ向かうように修正するのが、ローズレイ家の役割ともいえる。よって、バルデスが発する意見とは思えない。
どういうことかしら。我が儘ばかりのグレースの方が柔軟に対応できていないのは、一目瞭然よね。ロジリーの背中を押しているようにしか感じられないのだけれど……。
僅かな不安が頭をよぎるなか、目を光らせたロジリーは果敢に切り込んでいく。
「失礼ながら、グレース様が柔軟に対応しているとは思いません。バルデス公爵はどのようにお考えでしょうか」
ここまで話し合いが進んでも、まだバルデスは表情一つ変えていない。そして、ロジリーの意見に同調するかのように頷いた。
「そのようだな。グレースには過酷な環境であることを認める。だが、適応する努力はしているだろう」
声のトーンを変えることなく淡々と話すバルデスの姿を見て、私はようやく気づいた。
ロジリーは罠に嵌ってしまったのだと。
「よく考えてみてほしい。急に一国の王子の婚約者に選ばれれば、戸惑わない方が無理ではないかね。新しい環境に変わり、厳しい王妃教育で追い込まれれば、混乱するのも無理はない。自分なりに必死に何かを伝えようとした結果、我が儘だと解釈されたのであろう」
確かにグレースは王妃教育に不満を持っていたが、逃げ出したり、サボったりしたことは一度もなかった。どんな思惑があったとしても、表向きは王妃教育に努力していたと見て取れる。
一方、ロジリーを含めた家臣たちはどうだろうか。レオン殿下の様子がおかしいと気づき、最初からグレースを追い出そうと模索していた。
だから、一か月という早さで王妃不適合の烙印を押している。
表向きな形としては、あくまで王族の意向でウォルトン家に婚約の打診をしたにもかかわらず、家臣が反発していたとなれば、好ましい対応とは言えない。
「我々ウォルトン家は、王家の無理難題とも言える願いを聞き入れたにもかかわらず、一ヶ月も満たぬ間に不適合の烙印を押されるのは敵わん。同じ貴族の人間として、ウォルトン家に敬意のある対応と言えるのかね」
ここに来て、ロジリーたちが述べてきた行動の数々が、自分の首を絞める展開へと変わり始めている。王家の意向に逆らい、初めからウォルトン家を拒絶していたとなれば、家臣失格だ。
新たな婚約者を受け入れる努力をしていない、それを証明する形になってしまっている。
まずいわ。ロジリーが目を泳がせる姿なんて、初めて見るもの。バルデスにとっては、家臣の反撃など想定の範囲内だったみたいね。このまま放っておいても大丈夫かしら。
不安な思いに包まれるなか、追い打ちをかけるようにグレースが不敵な笑みを浮かべた。
「この一か月間、ず~っと私を拒み続けてきましたよね。それって、ウォルトン家に問題があるんじゃなくて、王家側に問題があるんじゃないですかぁ?」
次期国王の婚約者を陥れようとしたとなれば、大きな罪になる。下手なことは言えない状況へと、ロジリーは追い込まれていった。
しかし、この場に家臣たちを代表して立っていることも影響しているのだろう。ロジリーが諦めることはない。
「国王様の容態が深刻であるいま、甘えたことは言っていられません。婚約者になるのなら、それ相応の覚悟が必要だと思います」
一方的にグレースが悪いと主張するだけのロジリーは、バルデスとの力量差に気づいていない。レオン殿下を取り返したい思いだけが先行して、頭が回っていないように感じる。
苦し紛れに反論しても、己の首を絞めるだけだというのに。国家転覆を狙うバルデスが身を引くはずがない。
「婚約者に選ばれたとはいえ、身内のいない王城で暮らす厳しい環境だ。そこに国王様の命に関わる治療を引き受けるプレッシャーを考えれば、グレースの王妃教育が遅れても仕方あるまい」
「今は時間がないのです。グレース様には短期間で王妃教育を習得していただかなければなりません。このままでは、諸外国との交流で悪影響を及ぼします」
「その通りだ。だからこそ、君たちの協力が必要なのだよ。ティエール王国のためにも、グレースの王妃教育に力を入れ、正しい方向へ導いてやってほしい。そして、厳しすぎることだけが教育ではないと、君たちにも学んでほしい」
ここで反発しようものなら、逆に国家に対する忠義がないと宣言するようなものなので、了承するしか返事のしようがない。
あまりにもうまい話の運び方だわ。今までのグレースの理不尽な行動さえ、彼女の努力と書き換えられてしまった。でも、それは同時に矛盾が生じ始める。
心が折れたロジリーに代わり、私はバルデスに問いかける。
「では、わざわざ婚約者を変更する必要はないと思います。グレースには国王様の治療に集中してもらうべきかと」
本当にティエール王国のことを考えるのであれば、ローズレイ家を陥れてまで、婚約者を変えるべきではない。ウォルトン家に特別手当を支給し、国王様の治療に専念させるべきだ。
国王様の病とレオン殿下の婚約者の話は、別ものなのだから。
「我々は王家の意向を聞き入れたまでだ。国王様の回復を優先させるのは、諸外国との関係を見ても重要なことだと言える。長年にわたって準備してきたローズレイ家の気持ちもわからなくはないが、これが最善の手になるだろう」
ウォルトン家にとっては、ね。レオン殿下の即位と共にグレースが王女になり、奇跡的に国王様が目覚めたとなれば、民衆の支持を強く得ることができるんだもの。
その後は簡単だ。不運な事故に見せて王族を殺し、悲劇のヒロインぶったグレースが女王になればいい。
バルデスが、あくまで王家の意向と言いきったのも、ローズレイ家と正面からぶつかれないため。婚約破棄された時のように、浮気やいじめなどという偽りの話だけで塗り固められたものなど、何度も通用するはずがない。
そして、これは罠でもある。
仮にあの時の事を追求したとしても、グレースの思い違いと判断され、軽く謝罪されるだけで済まされるだろう。あくまで婚約破棄の理由は、ウォルトン家との結び付きを強くするためであり、私の浮気疑惑が原因ではない。
最終的に、大人の対応をするウォルトン家が優位な形になり、私の立場は現状維持維持かマイナスになるはず。ましてや、ウォルトン家の当主がローズレイ家に配慮の言葉まで述べている。
ここで噛みつこうものなら、恥を晒すだけ。このタイミングで批判することは不可能だ。
「レオン殿下とグレースが婚約すれば、国王様の命を優先する思いは伝わり、民の不安も払拭できるでしょう。国の命運も大きく左右するので、良い婚約だと思います」
「うむ。まだ若いとはいえ、ローズレイ家を代表して参加しているだけはある。自身の婚約よりも国の繁栄を望むなど、なかなかできることではない。今後も三大貴族は協力していけるだろうな」
動揺するロジリーたちとは違い、バルデスは僅かに口元を緩めた。その勝利を確信した表情を見れば、何とも言えない気持ちになる。
レオン殿下に婚約破棄されてから、私の立場も良いとは言えない。浮気の噂が流れているし、表向きはローズレイ家の屋敷にこもってばかり。必要以上に争えば、ローズレイ家の評価を大きく下げ、本当に婚約者としての資格を失ってしまう。
だから、まずはウォルトン家の特権を奪おう。バルデスの手の上で踊り続ける必要はないのだから。
会議室の入り口で佇むソフィアにサインを送ると、ゆっくりと扉が開き、一人の女の子が入ってきた。
「誰だね。この会議に参加できるのは、限られた貴族だけだぞ」
注目を浴びるのは、少しサイズの合っていない服を着るルチアだ。今日は私のおさがり着せて、何とか乗り切ることにしている。
「私が呼びました。彼女には、上級魔導士の推薦状をもらってくるように言っておいたので、遅れてしまったでしょう」
「推薦状……? 何に必要なのかね」
勝ち誇っていたバルデスが戸惑うのも無理はない。
敗北を認めた相手が騙し討ちでもするかのように、再び牙を剝き出しにするのだから。
「国王様の治療を行うには、上級魔導士の推薦状が必要になります。ローズレイ家で国王様の治療ができるとなれば、話は変わってくるかなと思いまして」
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