8 / 48
第8話:メイドのシャル6
しおりを挟む
日のあるうちにベッドシーツを乾かさなければならないこともあり、洗い場にたどり着いた私とソフィアは、懸命に洗い続けていた。
しかし、嫉妬オーラ全開のソフィアと共にシーツを洗うのは、非常に空気が重い。不仲なのかな、と思われても不思議ではないほど、静寂に包まれている。
思わず、洗い場を利用する他のメイドや騎士たちが、話してはいけない雰囲気になるほどに。
大量のベッドシーツを洗う私たちとは違い、多くの人がササッと用を済ませて去っていくので、誰もが関わりたくないような状況だ。でも、これはこれで人払いができてありがたい思いでいっぱいだった。
見晴らしの良い洗い場では隠れることができないし、聞き耳を立てられることはない。仮に誰かが来たとしても、すぐに気づくことができるだろう。
「ソフィアさん。洗い場は人の出入りが多い場所ですか?」
「……少ない方かな。夕方になったら、騎士で混むけど」
ムスッとしたソフィアに状況確認が取れたので、私はメイドらしいニコやかな微笑みを作る表情筋の力を抜いた。
「じゃあ、いい加減に機嫌を直しなさいよ、ソフィ。未練タラタラなのがバレバレよ」
声のトーンと口調をいつものシャルロットに戻した影響もあって、ソフィアは呆気に取られている。それでも気づかれないのは、特徴的だった長い黒髪が存在しないからだろう。
「話し声は聞こえなくても、遠くからでも表情はわかるわ。シーツに目を向けて、そのまま作業は続けて。でも、周囲の警戒だけはお願い」
「えっ……う、うん。……えっ?」
半日過ごしたにもかかわらず、彼女がまったく気づかなかったのであれば、今後もバレることはないと思う。ロジリーに見破られたことだけが特殊ケースだったと判断するべきだ。
「もしかして、シャルロット……?」
「こんなに口調のきつい女、他に誰かいる? うまく潜めて嬉しい気持ちはあったけれど、ソフィには気づいてほしかったわ」
「だ、だって、髪が……。いつも大事にケアしてたよね? えっ……き、切ったの?」
「……また伸びるわ。髪より大事なものくらい、持っているつもりよ」
正直にいえば、あの日、怒り任せに髪を切らなければ、髪型を変える程度に留めていただろう。でもそんな甘いことをしていたら、大事な人を奪い返せないとわかっている。
だから、これでいい。悲しい気持ちはあったとしても、後悔はしていない。
しかし、私以上にソフィアは受け入れることができないのか、戸惑って手が止まっていた。
「時間がないから受け入れて。誰が味方で敵か判断できないし、あまり正体を知られるわけにはいかないの。ソフィを頼ってきた一面も大きいのよ」
「わかってる、わかってるけど……。そっか、元気そうで何よりだよ」
どれだけ心配してくれたのかは、ソフィアの目からこぼれる一粒の涙を見れば、すぐにわかる。良い親友を持てて嬉しい気持ちはあるものの、今は喜んでいられる状況ではなかった。
「率直に言うわ。ウォルトン家が王族を操っている可能性が高いの。悪事を暴くためにも、協力してちょうだい」
涙を手で拭ったソフィアは、教育係としての顔ではなく、一人の親友としての顔をしていた。
「うん、協力する。今回の件はあまりにも唐突だもん。ボクの家でもおかしいと思ってるし、不審感を抱いている貴族は多いはずだよ」
ソフィアのルーサム家は王族に近しい家系だし、領地経営もうまくいっている。そのため、ウォルトン家が付け入る隙はないだろう。過度な接触は控えるにしても、洗いざらい話して、しっかりと協力してもらうべきだ。
彼女に限って、裏切ることはないと思う。何より、信じたい気持ちが強い。
「今はとにかく情報がほしいの。メイドの視点で構わないわ。何か違和感を覚えたら、すぐに教えてちょうだい。タイムリミットは、一か月よ」
「一か月? さ、さすがに早くない?」
実際にどれくらいの猶予があるのかはわからない。でも、最悪の事態を想定して動きたい。
「ルーサム家にも、国王様の容態が良くない話はいってるわよね」
「うん。ボクも何度か国王様の部屋を掃除したことがあるけど、今は意識もない日が多いみたいだよ。治療は……大臣が監視の下で、グレース様がしてるはず」
「でも、容態は一向に良くならない。だから、レオン殿下の即位を早める予定なのよ。今月末の本会議が勝負になると思うし、来月をタイムリミットと見るべきね」
婚約破棄のタイミングを聞いた時、レオン殿下は『今しかないと思っているよ』と言っていた。その言葉が妙に引っ掛かる。
単純に夜会という場所を表していたのか、ウォルトン家の準備ができたことを表していたのか、即位の時期を表していたのか。
その真意を探るためにも、ソフィアの協力は不可欠だった。
「部屋の担当次第では、レオン殿下と接触できると思うよ。でも、監視の目があると思うし、会話できるかわからないかな」
「十分よ。私もレオン殿下と接触したいけれど、会話は控えるべきだと思っているの。悟られない程度に動いてくれると嬉しいわ」
うんっ、と力強く頷くソフィアは、何とも頼もしい存在だった。彼女がいてくれて本当によかったと思う。
しかし、嫉妬オーラ全開のソフィアと共にシーツを洗うのは、非常に空気が重い。不仲なのかな、と思われても不思議ではないほど、静寂に包まれている。
思わず、洗い場を利用する他のメイドや騎士たちが、話してはいけない雰囲気になるほどに。
大量のベッドシーツを洗う私たちとは違い、多くの人がササッと用を済ませて去っていくので、誰もが関わりたくないような状況だ。でも、これはこれで人払いができてありがたい思いでいっぱいだった。
見晴らしの良い洗い場では隠れることができないし、聞き耳を立てられることはない。仮に誰かが来たとしても、すぐに気づくことができるだろう。
「ソフィアさん。洗い場は人の出入りが多い場所ですか?」
「……少ない方かな。夕方になったら、騎士で混むけど」
ムスッとしたソフィアに状況確認が取れたので、私はメイドらしいニコやかな微笑みを作る表情筋の力を抜いた。
「じゃあ、いい加減に機嫌を直しなさいよ、ソフィ。未練タラタラなのがバレバレよ」
声のトーンと口調をいつものシャルロットに戻した影響もあって、ソフィアは呆気に取られている。それでも気づかれないのは、特徴的だった長い黒髪が存在しないからだろう。
「話し声は聞こえなくても、遠くからでも表情はわかるわ。シーツに目を向けて、そのまま作業は続けて。でも、周囲の警戒だけはお願い」
「えっ……う、うん。……えっ?」
半日過ごしたにもかかわらず、彼女がまったく気づかなかったのであれば、今後もバレることはないと思う。ロジリーに見破られたことだけが特殊ケースだったと判断するべきだ。
「もしかして、シャルロット……?」
「こんなに口調のきつい女、他に誰かいる? うまく潜めて嬉しい気持ちはあったけれど、ソフィには気づいてほしかったわ」
「だ、だって、髪が……。いつも大事にケアしてたよね? えっ……き、切ったの?」
「……また伸びるわ。髪より大事なものくらい、持っているつもりよ」
正直にいえば、あの日、怒り任せに髪を切らなければ、髪型を変える程度に留めていただろう。でもそんな甘いことをしていたら、大事な人を奪い返せないとわかっている。
だから、これでいい。悲しい気持ちはあったとしても、後悔はしていない。
しかし、私以上にソフィアは受け入れることができないのか、戸惑って手が止まっていた。
「時間がないから受け入れて。誰が味方で敵か判断できないし、あまり正体を知られるわけにはいかないの。ソフィを頼ってきた一面も大きいのよ」
「わかってる、わかってるけど……。そっか、元気そうで何よりだよ」
どれだけ心配してくれたのかは、ソフィアの目からこぼれる一粒の涙を見れば、すぐにわかる。良い親友を持てて嬉しい気持ちはあるものの、今は喜んでいられる状況ではなかった。
「率直に言うわ。ウォルトン家が王族を操っている可能性が高いの。悪事を暴くためにも、協力してちょうだい」
涙を手で拭ったソフィアは、教育係としての顔ではなく、一人の親友としての顔をしていた。
「うん、協力する。今回の件はあまりにも唐突だもん。ボクの家でもおかしいと思ってるし、不審感を抱いている貴族は多いはずだよ」
ソフィアのルーサム家は王族に近しい家系だし、領地経営もうまくいっている。そのため、ウォルトン家が付け入る隙はないだろう。過度な接触は控えるにしても、洗いざらい話して、しっかりと協力してもらうべきだ。
彼女に限って、裏切ることはないと思う。何より、信じたい気持ちが強い。
「今はとにかく情報がほしいの。メイドの視点で構わないわ。何か違和感を覚えたら、すぐに教えてちょうだい。タイムリミットは、一か月よ」
「一か月? さ、さすがに早くない?」
実際にどれくらいの猶予があるのかはわからない。でも、最悪の事態を想定して動きたい。
「ルーサム家にも、国王様の容態が良くない話はいってるわよね」
「うん。ボクも何度か国王様の部屋を掃除したことがあるけど、今は意識もない日が多いみたいだよ。治療は……大臣が監視の下で、グレース様がしてるはず」
「でも、容態は一向に良くならない。だから、レオン殿下の即位を早める予定なのよ。今月末の本会議が勝負になると思うし、来月をタイムリミットと見るべきね」
婚約破棄のタイミングを聞いた時、レオン殿下は『今しかないと思っているよ』と言っていた。その言葉が妙に引っ掛かる。
単純に夜会という場所を表していたのか、ウォルトン家の準備ができたことを表していたのか、即位の時期を表していたのか。
その真意を探るためにも、ソフィアの協力は不可欠だった。
「部屋の担当次第では、レオン殿下と接触できると思うよ。でも、監視の目があると思うし、会話できるかわからないかな」
「十分よ。私もレオン殿下と接触したいけれど、会話は控えるべきだと思っているの。悟られない程度に動いてくれると嬉しいわ」
うんっ、と力強く頷くソフィアは、何とも頼もしい存在だった。彼女がいてくれて本当によかったと思う。
1
お気に入りに追加
243
あなたにおすすめの小説
時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」
公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。
* エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく
ヒンメル
恋愛
公爵家嫡男と婚約中の公爵令嬢オフィーリア・ノーリッシュ。学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。そこに助け舟が現れ……。
初投稿なので、おかしい所があったら、(打たれ弱いので)優しく教えてください。よろしくお願いします。
※本編はR15ではありません。番外編の中でR15になるものに★を付けています。
番外編でBLっぽい表現があるものにはタイトルに表示していますので、苦手な方は回避してください。
BL色の強い番外編はこれとは別に独立させています。
「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」
(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595)
※表現や内容を修正中です。予告なく、若干内容が変わっていくことがあります。(大筋は変わっていません。)
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
完結後もお気に入り登録をして頂けて嬉しいです。(増える度に小躍りしてしまいます←小物感出てますが……)
※小説家になろう様でも公開中です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】悪役令嬢に転生したようです。アレして良いですか?【再録】
仲村 嘉高
恋愛
魔法と剣の世界に転生した私。
「嘘、私、王子の婚約者?」
しかも何かゲームの世界???
私の『宝物』と同じ世界???
平民のヒロインに甘い事を囁いて、公爵令嬢との婚約を破棄する王子?
なにその非常識な設定の世界。ゲームじゃないのよ?
それが認められる国、大丈夫なの?
この王子様、何を言っても聞く耳持ちゃしません。
こんなクソ王子、ざまぁして良いですよね?
性格も、口も、決して良いとは言えない社会人女性が乙女ゲームの世界に転生した。
乙女ゲーム?なにそれ美味しいの?そんな人が……
ご都合主義です。
転生もの、初挑戦した作品です。
温かい目で見守っていただければ幸いです。
本編97話・乙女ゲーム部15話
※R15は、ざまぁの為の保険です。
※他サイトでも公開してます。
※なろうに移行した作品ですが、R18指定され、非公開措置とされました(笑)
それに伴い、作品を引き下げる事にしたので、こちらに移行します。
昔の作品でかなり拙いですが、それでも宜しければお読みください。
※感想は、全て読ませていただきますが、なにしろ昔の作品ですので、基本返信はいたしませんので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる