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第17話

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 翌朝、魔草騒動のことでアレク様が借り出されたので、今日は久しぶりに独りで仕事することになった。

 アレク様には「絶対に寝坊するなよ」と昨夜のうちに言われているが、心配には及ばない。いつも優雅な朝を過ごしているだけである。

 よって、久しぶりに仕事が始まる五分前まで眠り、気持ちよく起きようと思っていたのだが。

「もう起きる時間だ。でも、朝って感じがしない」

 いつもより三十分長く寝ても、何か物足りなかった。

 チェストから白衣を取り出して着替えても、職場で寝癖を直しても、買ってきた薬草の処理をしても。一日が始まった感じがしなくて、仕事モードに切り替わらない。

 平和すぎて詰まらないというか、刺激がないというか、世界が色褪せたというか。輝いて見えていた景色が失われてしまった気がする。

 この物足りない気持ちは、知らないわけではない。宮廷薬師になり、家族の元を離れて王城に住むことになった時と同じ気持ちなのだから。

 少し前までは、ずっと独りで過ごしていた。それなのに、今は独りだと違和感がある。

 寂しい。認めるのは悔しいが、診察部屋に独りでいることが、妙に寂しい。

 心がムズムズするのではなくて、ソワソワして落ち着かない。

「最近は賑やかだったから、仕方ないかな。患者さんが来たら、こんな気持ちは消えてなくなると思う」


 ***

「お大事にしてください」

 日が傾き、最後の患者さんを見送った私は、相変わらずソワソワしていた。

 どうしても心が満たされない。誰が来ても寂しい気持ちは変わらず、ダラダラと時間が流れていった気がする。

 半日以上が過ぎているのに、まだ今日が始まった気がしない。そして、仕事が終わった気もしなかった。

 こんな異常事態は初めてだ。昨日の胸の痛みと何か関係があるんだろうか。

「うーん……。もしかしたら、紅茶を飲んだら気が変わるかもしれない」

 アレク様が助手になってから、仕事終わりの紅茶が日課になっていた。おいしいと思って飲んでいただけだが、気持ちを切り替える要因になっていた可能性がある。

 早速、調合スペースへ足を運び、ガサゴソと棚の引き出しを開けた。しかし、肝心の茶葉が見つからない。

「あれ、茶葉はどこに入れてたっけ。おかしいな。アレク様、場所変えた?」
「いや、変えていない。奥に入っているだろ」

 突然、聞き慣れた声が耳に入り、ドッキーンッとして後ろを振り向く。すると、そこには平然とした表情を浮かべるアレク様がいた。

「な、な、な、なんで急にアレク様がいるんですか!」
「まだ仕事をしているのか見に来ただけだ。助手だからな」

 どうしよう、驚きすぎてドキドキが止まらない。心臓が破裂しそうだ。

「助手のプライド、高すぎませんか」
「馬鹿を言うな。仕事を請け負った以上は、サボるわけにいかない」
「別に気にしなくても大丈夫です。元々独りでやってましたから。ちょうど終わったばかりですし、今日はもういいですよ」
「そうか。仕事が終わったのなら、座っていろ。紅茶をいれてやる」
「私の話、聞いてました?」
「逆に聞いてたか? 紅茶をいれるのは、助手の仕事だ。先に書類整理でもしていろ」

 なんで助手に命令されなければならないのか、と思いつつ、アレク様の言うことに仕方なく従った。

 今日はいなかったくせに、と言いたいところだが、それはさすがに言い過ぎだろう。わざわざ様子を見に来てくれたんだから、感謝の言葉くらいは述べた方がよかったかもしれない。

 でも、今のアレク様は私の助手なのだ。この状態が当たり前であって……ん? 当たり前?

 影の薄い私が、家族以外の誰かと行動するのが、当たり前になっているの?

 そんな何気ない疑問を抱いていると、アレク様が近づいてきた。

「今日もご苦労だったな」
「あ、ありがとうございます……」

 いれてもらった紅茶をもらった時、自分の心の変化に気づく。

 寂しさが消え、世界が輝いて見える、と。

 宮廷薬師に合格しても、王城で薬草菜園を成功させても、懸命に仕事を続けても、私の人生は何一つ明るくならなかった。

 黙々と勉強するだけの子供から、仕事に追われる大人になっただけで、周りから見ても詰まらない人生だったと思う。

 それなのに、どうしてだろう。今は周りの景色が彩られていくように明るくなっていた。

 アレク様が魔法でも使ってるのかな。いや、もしかしたら、もっと単純なことかもしれない。

「どうした? 飲まないのか?」
「……いえ、いただきます」

 何気ない日常に寄り添ってくれる人がいる。きっと普通の人はそれを幸せと気づかず、当たり前だと思って過ごしているんだろう。

 でも、影が薄い私は違う。そんな平凡な毎日を望んでいて、自分の居場所を求めていた。

 本当は誰かに見つけてもらいたかったのかな。ふふっ、世界から隠れるように影が薄いのにね。

 紅茶の入ったカップを見つめると、そこには少し微笑む私が映っている。

 これほど顔に出るなんて、珍しい。この何気ない日々が、やっぱり嬉しいみたいだ。

「おい、のんびりしすぎだろう。早く書類整理に手を付けろ」
「別にいいじゃないですか。少しくらいのんびりしていても、書類は逃げませんよ」

 働き者のアレク様に反抗しながら、今日も紅茶が飲めることに感謝して、じっくりと味わうのだった。

 あぁ~……おいしい。
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