上 下
48 / 54
第五章:営業活動

第48話:BBQ会議

しおりを挟む
 実家の菓子店に戻り、みんなで昼ごはんを食べている時のこと。

 おまけしてもらったクロワッサンを、エマはノエルさんと分けて食べていた。

「完成された味がするわね。良いところしか思い浮かばないパンよ」
「シンプルなのに、深みがある!」

 二人が舌鼓を打つのも、無理はない。あのパン屋さんのクロワッサンは、雑誌にも取り上げられたことがあるほどの人気パンなのである。

 噂では、有名俳優さんがドラマの撮影現場にクロワッサンを差し入れしたこともあるそうだ。

 店が近いんだから、ついでにうちでも買い物していってくれたらいいのに、とは思うものの……悲しいかな。

 俳優より声優の方が詳しいアニメ好きとしては、有名俳優が来ても気づく自信がなかった。

 そんな私が今、一番興味があるものもドラマではなく、異世界である。

 よって、家族みんながそろったこの場所で、私はとある提案をすることにした。

「今度の休日に、みんなで異世界に行って、BBQするのはどうかな。私とエマで魔物を狩るから、現地で調理してそのまま食べるの。日本からいろいろ持ち込めば、楽しい時間になると思うんだよね」

 異世界と口にした瞬間、お父さんは難色を示した。その一方で、ノエルさんは嬉しそうな表情をしている。

 日本で快適な生活をしているとはいえ、なんだかんだで故郷が恋しいのかもしれない。たまには故郷の空気を吸って、羽を伸ばす時間も必要だろう。

 そのためにも、お父さんを説得しなければ……。

「胡桃の言いたいことはわかる。しかしだな、異世界の魔物は本当に危険なんだ。万が一のことがあれば、命を失いかねない。魔族との争いが収まったとはいえ……」

 異世界の危険性を訴えてくるお父さんを見て、私は猛烈な違和感に襲われた。

 時の賢者と称されるエマがいて、勇者であるお父さんがいて、その旅に同行を続けたノエルさんまでいる。

 ましてや、私はシルフくんのおかげで妖精並の強さを手に入れ……と思った時、違和感の正体に気づいた。

「あっ、そうだ。お父さんに言うの忘れてたんだった」

 今までドタバタしていて、詳しい話をしていないことに気づいた私は、手に魔力を込める。

 それを宙に放つと、シルフくんが妖精の姿でクルリンッと回って姿を現してくれた。

「やっほー! ボクのこと、呼んだ?」
「後でジュースあげるから、ちょっとだけ付き合って、シルフくん」
「全然いいよ。どうしたの?」

 唖然とするお父さんは、何が何だかわかっていないようだ。

 しかし、異世界で勇者として活躍してきたのであれば、なんとなく察するはず。

 なんといっても、ファンダール王国の火の妖精に会いに行くと伝えて、お出かけしたばかりなのだから。

「彼が風の妖精のシルフくんです。こっちが私のお父さん」
「そうなんだ。よろしくね、胡桃パッパ」
「あ、ああ……」

 お父さんは思っている以上に混乱しているらしい。何度も目をパチパチとさせて、何が起きているのかわかっていないみたいだった。

 じっくり説明した方がややこしくなりそうだから、妖精の存在を強くアピールしておこう。

「始めて異世界に行った日から、私の体でシルフくんが休んでるんだよね。その影響もあって、普通の魔物と戦う分には、安全に過ごせると思うよ。ねえ、シルフくん?」
「ふっふーん。ボクの魔法があれば、絶対に平気だよ。なんといっても、ボクは風の妖精だからね」

 シルフくんは小さな体を反らして、胸を張った。

 その可愛らしい見た目とは裏腹に、シルフくんはとても強い……のかな。

 戦っている姿は見たことないけど、まあ、シルフくんの魔力を得た私が強いんだから、問題ないだろう。

 ヤルバリル大森林の大樹を軽はずみに使ったウィンドカッターで切断したことがあるし、騎士の訓練場で初めて弓を使い、的を真っ二つにして注目を集めたこともある。

 順調に異世界主人公みたいなことをやっているので、身の危険はあまり心配していなかった。

 私よりも異世界歴が長いお父さんは、妖精の偉大さを理解しているみたいで、ついに首を縦に振る。

「わかった。今度の休日は、みんなで異世界に行ってBBQをしよう」

 ようやくお父さんの許可が下りたものの、あまり乗り気じゃなさそうなのは、一目瞭然だった。

 無理に誘わない方がよかったのかな……と思っていると、お父さんに真剣な眼差しを向けられる。

「だがな、胡桃。一つだけ重要な問題を忘れているぞ」
「えっ? 何かある? 焼き肉のたれとか鉄板とか炭はもう用意したよ」

 エマと二人でちゃっかりと準備を進めている私である。

 お父さんとノエルさんが来なくても、エマとシルフくんとホウオウさんを誘って、BBQをやろうと思っていた。

「BBQの準備ではなく、魔物の処理の話だ。狩りで倒した魔物は、処理しないと食べられないだろう。あの作業は、かなり精神を持っていかれるぞ」

 その言葉を聞いた瞬間、私は顔から血の気が引いてしまった。

 当たり前の話ではあるが、スーパーで売っている肉は、すでに処理されたものである。

 自分で釣った魚を食べるのとは、訳が違う。自分で倒した魔物を食べるなんて、かなり勇気のいる行為だと知った。

 お父さんが拒んでいた理由が、やっとわかった気がする。私はまだ、異世界の良い部分しか目にしていないのだから。

 ここに来て大きな問題が発生した……と思うのも束の間、シルフくんとノエルさんが優しい眼差しを向けてきてくれる。

「ボクが風魔法でやろっか? ちょちょいのちょーいでできると思うよ」
「私も魔法を使ってよければ、お手伝いできると思います」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせていただいて……。シルフくんとノエルさんで魔物の処理をお願いします」

 心強い仲間がいてよかった……と、心の中で涙を流していると、ピンポーンと誰かがやってくる。

 お父さんが対応に行って戻ってくると、私の注文しておいた荷物を持ってきてくれた。

「ああー……これはエマ用のやつだね。魔法使い用の良い杖をもらったから、お返しに買った商品だよ」
「えっ、別にいいのに。あれ、使わないやつだったから」

 随分と消極的な反応だが、果たして、これを見ても同じことが言えるかな?

 そう思った私は、段ボールから商品を取り出し、包まれたビニールを引きはがす。

 現れたのは、在庫がなくてメーカー取り寄せ品になっていた、一メートル越えのクマさんの大きなぬいぐるみだ。

 これには、先ほどまでツーンとしていたエマも、手を震わせてぬいぐるみに近づいていく。

「ありがたくいただきます」
「うん。そうしてくれると助かるよ」

 私は異世界でアルくんをモフり、エマは日本でぬいぐるみに包まれる。これぞ私が求めていた、持ちつ持たれつの関係だと思った。

 ただ、母親であるノエルさんが苦笑いを浮かべるのも無理はない。

 まだ大人のどら焼きも販売していないのに、ポンポンと新しいものを買ってもらうのは、さすがに気が引けるんだろう。

「何だか悪いわね。いつもいろいろと買ってもらっちゃって」
「いえいえ、ノエルさんも何か欲しいものができた時は、遠慮なく教えてくださいね。そ、そんなに高いものでなければ、全然買いますので」
「気遣ってくれなくても大丈夫よ。この世界の日用品を使わせてもらっているだけでも、随分と楽しいから」

 エマばかり買うのもなーと思いつつも、ノエルさんがおねだりするような人ではないことくらいは、理解している。

 だから、みんなで一緒に良い思い出くらいは作りたい。

 そのためにも、絶対に異世界のBBQはのんびりと楽しめるようにしようっ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。 子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。 マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。 その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。 当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。 そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。 マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。 焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。 やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。 HOTランキング1位になることができました! 皆さま、ありがとうございます。 他社の投稿サイトにも掲載しています。

転生領主の辺境開拓~転移魔法で屋敷を追放されましたが、自由にスキルリセット出来る『リカバリー』で案外元気に暮らしています~

夢・風魔
ファンタジー
転生者であるディオンは、同じく転生者だった祖父から「スキルポイント」を受け継いだ。 そして祖父の死後、後夫であり婿養子である義父によって、ディオンは辺境の砦へと魔法で飛ばされてしまった。 険しい山奥の砦で帰り道も分からず、とにかく砦の中へと入ると──そこにはハーフエルフの少女が暮らしていた。 ディオンはハーフエルフの少女セリスと協力し、これから訪れる雪の季節に備え食料調達に励む。 転生者特典である自由にスキルを獲得出来るポイントは、祖父から大量に貰ってある。 更にディオンの転生者特典のユニークスキルは、八時間以内に獲得したスキルであれば 何度でもリセットが可能という『リカバリー』。 転生者特典をフル活用して、過酷な環境もぬるぬる開拓!

【完結】竜人と女冒険者は、ハネムーン旅行に行くようですよ!

BBやっこ
ファンタジー
冒険者で、『竜の翼』リーダーの竜人ロードは、番を見つける。冒険者をしていたセリを王都の拠点で篭り過ごす。A級で目立つため、面倒な依頼を受けるよう煩いので番とハネムーンに行く!その旅に、メンバーも参加したりしなかったり。冒険者の仕事も少し受けつつ、旅に出る! 観光予定です

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

婚約破棄と追放をされたので能力使って自立したいと思います

かるぼな
ファンタジー
突然、王太子に婚約破棄と追放を言い渡されたリーネ・アルソフィ。 現代日本人の『神木れいな』の記憶を持つリーネはレイナと名前を変えて生きていく事に。 一人旅に出るが周りの人間に助けられ甘やかされていく。 【拒絶と吸収】の能力で取捨選択して良いとこ取り。 癒し系統の才能が徐々に開花してとんでもない事に。 レイナの目標は自立する事なのだが……。

処理中です...