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季節は巡る夏の日に

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 本格的な夏がやってきた。
あれから氏康さんは、ポメラニアンの姿でたびたび三重子さんのところを訪れるようになった。
隣村にいた頃には犬の姿を見せたことがなかったということなので、三重子さんは彼の正体については全く気付いていない。
よくやって来る、どこかの人懐こい飼い犬だと思っているようだ。

 今日も三重子さんの家の庭で、元気に駆け回っている。
犬の姿でいると本性がそちらに引きずられるらしく、見た目はもちろん中身もほぼただの犬になっていた。

 私は今日は仕事がお休みなので、三重子さんの家で梅干しづくりを教えてもらっている。
つけた梅を干す最終段階なので、緊張もしてしまう。
ここまできて失敗は許されない。
絶対美味しい梅干を作って、色々と活用するんだ。

 それにしても梅干しにこんなに手間がかかるとは思ってもいなくて、教えてもらうたびに驚くことばかりだ。
だけど、これであの三重子さん手作りのおいしい梅干ができるのだと思うと、それだけでよだれが出そうになる。
あのしょっぱくて酸っぱくて奥深い味わい……。

 梅雨が明けてからは晴天続きで、少し雨も欲しいところだけど。
この天日に干す作業が終わるまでは、お天気が続いてほしい。

「お昼は、おそうめんにでもするかねえ。里ちゃん、食べていくじゃろ」

「いいんですか。わあい、おそうめんー!」

 この辺りはさほど暑さが激しいということはないけれど、それでも冷たいそうめんは夏の定番だ。
そして三重子さんのそうめんは、本当に美味しい。
なにがいいって、つゆが市販のものではなくて三重子さんのお手製なんである。
これが美味しいのなんのって。

「じゃ、畑に行ってネギと大葉とトマトときゅうり、とってこようかねえ」

 畑と言っても、そんなに大きなものではない。
自分が食べる分くらい、と三重子さんが作っているのだけど。
家の裏の日当たりのいい場所に、色んな種類の野菜が育てられている。
その時食べる分だけ収穫して、湧き水にひたして冷やしておく。
おやつ代わりに齧ったりもする。

 畑に向かおうとすると、氏康さんはとことことついて来るけど、やはり遊びに来ていた汐は縁側の日陰に寝そべったまま欠伸をしていた。
猫だなあ。
というか私たちが移動するのに気づいてないっぽい。

 案の定、収穫を済ませて戻ってくると気づいた汐が、がば、と立ち上がった。
そしてものすごい勢いで駆け寄ってくる。
さらに、野菜の入ったざるを抱えた私の足に肉球パンチが飛んできた。
爪は引っ込んでるけど、痛いよ痛いよ。

「いたい、いたいってば、汐」

 訴えても止む気配はない。
はいはい、置いていかれておこなのね。
別に置いていったわけじゃないんだけど、そこはわがまま神様なのである。
氏康さんは、ちゃんと三重子さんのお供してたのにな。

 私たちは仕事で来られなかった松里さんの分まで梅の天日干し作業をしつつ、お昼の準備に取り掛かった。
出来上がったおそうめんは、安定のおいしさだ。
つるつるとした冷たいのど越しに、薬味のきいたつゆの味がたまらない。
汐と氏康さんが、すごく羨ましそうに私たちを見る。
まさか三重子さんの前で人型になるわけにはいかない二人は、しばらくお預けだ。

 帰ったら、あらためておそうめん作ってあげるから今は我慢しててね。

「今年はいつもより暑さが厳しいねえ」

「そうなんですか?東京からくると、ここらの涼しさってすごいと思っちゃうけど」

「東京ってのは、そんなに暑いんじゃろか。大変なところに住んでるんじゃね」

 言われてみれば、そうかもしれない。
こんなに過ごしやすい場所もあるのに、あのヒートアイランドで蒸されてた去年を思うと夢を見てるようだと思う。
今だって、軒先につるされた風鈴をちりちりと鳴らして過ぎていく風は、少しひんやりとしている。

「そういえば明日の夜は贄の祭事の日じゃったね」

「あはは、そうですねえ」

 贄の神事は何度か経験するうちに、筋肉痛は少しマシにはなってきた。
身体が慣れてきたのかもしれない。
それでもなかなかにきついので、蓮川さんは祭事の翌日はお休みにしてくれている。

 御蔭で何とかこなしているのだけど、老齢の宮司である蓮川さんにお掃除などを任せるのは申し訳ない気持ちになった。
もっと慣れて、ちゃんと翌日も仕事ができるくらいになりたい。
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