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囲炉裏端のちっちゃな縄張り争い
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私は、トテトテと横をついてくる氏康さんに傘をさしかけながら歩いた。
素直についてくる様子は、可愛い。
そうしていつも宅配荷物が届いたら預かってくれている、村に唯一の商店に向かった。
生鮮食料品は置いていないけれど、たいていの日用雑貨は揃う。
日中、仕事に出ている私は宅配の受け取りなんかも頼んでいるのだった。
そういう融通をきかせてくれるのは、さすが村の便利屋さんといったところか。
荷物を受け取っている間は、氏康さんは店の軒端に隠れていた。
人見知りですか。
「里ちゃん、これね。はい」
店主の木村のおじいちゃんには、村に来てすぐの頃はたつ子さんのお孫さん、と呼ばれていた。
それが『神社の巫女さん』に変わり、今は里ちゃんと呼んでくれる。
私個人を認めてくれたんだと思えて、かなり嬉しい。
持ちやすいようにレジ袋に入れてもらった箱を持って、傘をさす。
歩き出すと、ぴたりと私の横に寄り添うように氏康さんがついてきた。
なんだか実家の犬の散歩を思い出すなあ。
家に帰りつくと荷物を上がり框に置いて、氏康さんを膝に抱き上げた。
おお、また固まってる固まってる。
どうもこうされるのは苦手のようでかわいそうなんだけど、私は思わず笑ってしまいながら言った。
「足を拭くから、ちょっと我慢してね」
泥だらけのまま畳の上にあげるわけにはいかない。
足を洗って、丁寧にタオルで拭った。
おしまい、と畳の上におろしてあげると息を吹き返したみたいに動き出した。
「三重子さーん、お留守番ありがとうー」
居間へと声をかけながら板敷に上がる。
私が居間に入ると、三重子さんの膝の上にいた汐がひょいと顔をあげた。
視線は私を見てから、私の足元にいる氏康さんを捉える。
猫の表情の変化が、こんなに鮮やかなものだとは思わなくて私は感心した。
汐は大きく瞳を瞠り、硬直する。
そのあまりにも衝撃を受けました、とあからさまな変化に私はちょっと困惑気味の苦笑いを返す。
そんなにビックリすることかなあ。
というか、神様って熟練の何かの武道の師匠みたいに気配を感じて先に察したりしないの?
見切っておる、とか言いそうなのに。
氏康さんは氏康さんで、汐の様子を見てその場に立ち竦んでいた。
そして、そわそわうろうろとその場で足踏みをしながら威嚇に唸り声をあげていた。
どうも三重子さんの膝の上にいるのが気に入らないようだ。
三重子さんがいることに、嬉しそうにはしていた。
でも汐は気に入らない。
というわけで感情の行ったり来たりを繰り返しているのだった。
こらこら、神様たち。落ち着こうよ。
「あら……そのワンちゃんはどうしたの」
三重子さんが不思議そうに訊く。
私は囲炉裏端に座りながら、ちょっとね、と言葉を濁した。
「雨宿りさせてあげようかなって。寒そうにしてたし」
適当なことを言うと三重子さんは、あら、と言って氏康さんを見た。
何か反応するのかなと思ったけれど、特に変わったことはない。
どうやら三重子さんにとっては、本当に氏康さんに見覚えがない様子だった。
氏康さんの方は、三重子さんに拘りがある様子なのだけどなあ。
汐は三重子さんの膝から降りると、私と三重子さんの間をウロウロとし始めた。
この二人は自分の氏子、と主張しているみたいだ。
そのせいもあって、氏康さんは居間の入り口で固まってしまっている。
私は仕方なく、縄張りアピールしている汐を、ひょいと捕まえた。
そのまま、膝の上にのせてしまう。
汐ははじめ抵抗しようとしたけれども、がっちりホールドしてしまうと、諦めたようだった。
まだちょっとつんつんしながらも、大人しく撫でられる。
本当におとなげないんだから。
氏康さんは、汐がおとなしくなったのを見るとおずおずと居間にはいってきた。
様子見するように、少しずつ少しずつ三重子さんに近づく。
三重子さんは気づいて氏康さんに、おいでと笑いかけた。
「野良じゃろうか。おとなしいねえ」
たしかに大人しいんだけど、ちょっと猫かぶってると思う。
とはいえ、三重子さんの前ではいい子みたい。
そろりそろりと近づいて、そっと三重子さんの隣に伏せる。
そうして、三重子さんが見守るうちに氏康さんは、彼女の膝の上に頭を乗せた。
「……三重子さんのこと、好きみたい」
「あらあ、それは光栄じゃね」
三重子さんはそう笑ったけれど、氏康さんは本当に幸せそうにゆっくりと目を閉じた。
三重子さんの手が、その頭から背中をゆるゆると撫でていく。
「……そうそう。豚の角煮つくったんじゃよ。たくさんあるんで、冷蔵庫にいれといたから。後で食べて」
「わあ、角煮嬉しい……!!今日の晩御飯にします」
三重子さんの豚の角煮。
美味しいのよね、とろっとろで。
と思った瞬間、汐と氏康さんがものすごい勢いで立ち上がっていた。
さすがに人語は話さないけど、角煮だと!!という心の声が聞こえた気がする。
神様たち、反応しすぎだよ。
ていうかさ……神様って豚肉食べていいの。
猫も犬も、食いしん坊さんだなあ。
素直についてくる様子は、可愛い。
そうしていつも宅配荷物が届いたら預かってくれている、村に唯一の商店に向かった。
生鮮食料品は置いていないけれど、たいていの日用雑貨は揃う。
日中、仕事に出ている私は宅配の受け取りなんかも頼んでいるのだった。
そういう融通をきかせてくれるのは、さすが村の便利屋さんといったところか。
荷物を受け取っている間は、氏康さんは店の軒端に隠れていた。
人見知りですか。
「里ちゃん、これね。はい」
店主の木村のおじいちゃんには、村に来てすぐの頃はたつ子さんのお孫さん、と呼ばれていた。
それが『神社の巫女さん』に変わり、今は里ちゃんと呼んでくれる。
私個人を認めてくれたんだと思えて、かなり嬉しい。
持ちやすいようにレジ袋に入れてもらった箱を持って、傘をさす。
歩き出すと、ぴたりと私の横に寄り添うように氏康さんがついてきた。
なんだか実家の犬の散歩を思い出すなあ。
家に帰りつくと荷物を上がり框に置いて、氏康さんを膝に抱き上げた。
おお、また固まってる固まってる。
どうもこうされるのは苦手のようでかわいそうなんだけど、私は思わず笑ってしまいながら言った。
「足を拭くから、ちょっと我慢してね」
泥だらけのまま畳の上にあげるわけにはいかない。
足を洗って、丁寧にタオルで拭った。
おしまい、と畳の上におろしてあげると息を吹き返したみたいに動き出した。
「三重子さーん、お留守番ありがとうー」
居間へと声をかけながら板敷に上がる。
私が居間に入ると、三重子さんの膝の上にいた汐がひょいと顔をあげた。
視線は私を見てから、私の足元にいる氏康さんを捉える。
猫の表情の変化が、こんなに鮮やかなものだとは思わなくて私は感心した。
汐は大きく瞳を瞠り、硬直する。
そのあまりにも衝撃を受けました、とあからさまな変化に私はちょっと困惑気味の苦笑いを返す。
そんなにビックリすることかなあ。
というか、神様って熟練の何かの武道の師匠みたいに気配を感じて先に察したりしないの?
見切っておる、とか言いそうなのに。
氏康さんは氏康さんで、汐の様子を見てその場に立ち竦んでいた。
そして、そわそわうろうろとその場で足踏みをしながら威嚇に唸り声をあげていた。
どうも三重子さんの膝の上にいるのが気に入らないようだ。
三重子さんがいることに、嬉しそうにはしていた。
でも汐は気に入らない。
というわけで感情の行ったり来たりを繰り返しているのだった。
こらこら、神様たち。落ち着こうよ。
「あら……そのワンちゃんはどうしたの」
三重子さんが不思議そうに訊く。
私は囲炉裏端に座りながら、ちょっとね、と言葉を濁した。
「雨宿りさせてあげようかなって。寒そうにしてたし」
適当なことを言うと三重子さんは、あら、と言って氏康さんを見た。
何か反応するのかなと思ったけれど、特に変わったことはない。
どうやら三重子さんにとっては、本当に氏康さんに見覚えがない様子だった。
氏康さんの方は、三重子さんに拘りがある様子なのだけどなあ。
汐は三重子さんの膝から降りると、私と三重子さんの間をウロウロとし始めた。
この二人は自分の氏子、と主張しているみたいだ。
そのせいもあって、氏康さんは居間の入り口で固まってしまっている。
私は仕方なく、縄張りアピールしている汐を、ひょいと捕まえた。
そのまま、膝の上にのせてしまう。
汐ははじめ抵抗しようとしたけれども、がっちりホールドしてしまうと、諦めたようだった。
まだちょっとつんつんしながらも、大人しく撫でられる。
本当におとなげないんだから。
氏康さんは、汐がおとなしくなったのを見るとおずおずと居間にはいってきた。
様子見するように、少しずつ少しずつ三重子さんに近づく。
三重子さんは気づいて氏康さんに、おいでと笑いかけた。
「野良じゃろうか。おとなしいねえ」
たしかに大人しいんだけど、ちょっと猫かぶってると思う。
とはいえ、三重子さんの前ではいい子みたい。
そろりそろりと近づいて、そっと三重子さんの隣に伏せる。
そうして、三重子さんが見守るうちに氏康さんは、彼女の膝の上に頭を乗せた。
「……三重子さんのこと、好きみたい」
「あらあ、それは光栄じゃね」
三重子さんはそう笑ったけれど、氏康さんは本当に幸せそうにゆっくりと目を閉じた。
三重子さんの手が、その頭から背中をゆるゆると撫でていく。
「……そうそう。豚の角煮つくったんじゃよ。たくさんあるんで、冷蔵庫にいれといたから。後で食べて」
「わあ、角煮嬉しい……!!今日の晩御飯にします」
三重子さんの豚の角煮。
美味しいのよね、とろっとろで。
と思った瞬間、汐と氏康さんがものすごい勢いで立ち上がっていた。
さすがに人語は話さないけど、角煮だと!!という心の声が聞こえた気がする。
神様たち、反応しすぎだよ。
ていうかさ……神様って豚肉食べていいの。
猫も犬も、食いしん坊さんだなあ。
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