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ストーカー黒猫

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 どういう意味だったんだろう。
おいしそう?
さっきの葉っぱの事だろうか。食用だったのかな。
そんなことを考えながら歩いていて、私はふいに誰かに見られている気がして足を止めた。

 見回したけれど、少し先を歩いている松里さんと私以外に人の姿はない。
ただのどかな里山の風景が広がっているだけだ。

「……?」

 気のせいだったかな。
そう思って、松里さんの後を追う。
でも追いついたところで、また違和感を感じた。
振り返って、今度は目を皿のようにして辺りを注視した。

「……」

 それはあぜ道に上がる畑との間の斜面から、ひょこと顔をのぞかせている。

「……ねこ」

 ピン、と耳を立てた黒猫がじっとこちらを見ていた。
くるりと丸く瞠られた金色の瞳が、私を真っ直ぐに見つめている。

「どうしたの、里ちゃん」

 立ち止まってしまっていた私を、松里さんが呼んだ。
金色の瞳に魅入られたようにぼうっとしていた私は、ハッと我に返る。

「あ、すいません、猫が……」

「猫?」

 松里さんに駆け寄って後ろを振り向くと、黒猫はいなかった。
あれ、と首を傾げる。

「このあたりは野良が多いのよね」

「そうなんですか」

 答えながら気になって、こっそり背後を見る。
するとさっきよりかなり近い場所で、やはり物陰から顔だけを出した黒猫が私たちを見ていた。
……ついてきちゃってる?

「イノシシなんかも出るから。見かけたら気を付けてね」

「……そ、それはちょっと怖いですね」

 イノシシかあ。
走って逃げたとして、逃げ切れるだろうか。
考えながら、もう一度、後ろを確かめる。
……いる。いた。さっきより、また近くなった。
物陰から、のぞいている黒い猫。

 見てないふりで観察してみると、野良とは思えないつやつやした毛並みだった。
美人猫だなあ。
……でも、ちょっと目つきが悪いな。
人間だったら切れ長で済むんだろうけど、猫だと何かこう……獲物を狙っている感じ。

 ちらちらと背後を気にしていると、黒猫はそのたびに居場所を変えて近づいてくる。
完全にストーキングされてた。
……というか、尾行が下手すぎる。
私は思わず、先を歩いている松里さんの肘のあたりを、ちょいちょいとつついた。

「……松里さん、あの……」

「ん?」

「すごい見られてます。猫……」

「えっ」

 くるりと松里さんが振り向いた。
その頃にはもはや、黒猫は私の背後すぐ近くまで迫っていたのだが。
さらには、ひょいと飛び上がった黒猫は、するすると私の背中をかけ登り、肩のあたりに前足をそろえて掛ける。

「……!?」

 猫は私と松里さんがポカンとしたタイミングで、肩乗りした。
さらに、くわぁ、と欠伸のように小さな口を開く。
うわ、なんて人懐っこいんだろう。
かわ……。

「……にあ……」

 可愛い、と心の中で言おうとしたのだけど、響いた鳴き声がビックリするくらい低音で思考が止まる。
い、いやいやいやいやいや。
可愛い……可愛いよ、うん。

 黒猫はそこそこ大きなサイズだと思うのだが、なぜかあまり重くはない。
だから、驚きはしたが振り払おうとは思えなかった。
松里さんはぱちぱちと瞬きしてから腰を折るようにして視線の高さをあわせ、黒猫を覗き込んだ。

「やぁだぁ。あんたがそんなに人懐っこい性質だったなんて知らなかったわよ、汐」

 呼びかけに、黒猫は少しだけ髭をそよがせるようにしてからフイと横を向く。
猫はツンデレっていうけど、それを体現するみたいだ。

「しお……って、この子の名前ですか?飼い猫?」

 なら人懐っこいのはわかる。
いきなり肩に乗られるとは思わなかったけど。

「いえいえ、立派な野良よ。でも、この辺りではよく見かけるから、勝手に名前がついちゃってるの」

 サンズイのつく方の汐ね、と松里さんの指が宙に文字を書く。
黒猫は、その指にぺしっと猫パンチを食らわせた。

「いったあい、ツメ出てるじゃないのよ」

 松里さんが文句を言うが、汐は知らん顔をして横を向いた。
仲いいなあ。

「なによ、里ちゃんが気に入ったの、アンタ。ついてくる気?ついてくる気満々じゃない?」

 まるで人間に話しかけるように、松里さんは猫に楽しそうに絡んだ。
二人と一匹になった道行は、あぜ道を進む。

「祖母の家、バス停からすぐだと聞いていたんですけど」

「あーだめだめ。田舎の人間のすぐは信用しちゃ。すぐとか言って、四キロぐらいとか当たり前に言うんだから」

「よんきろ……」

「さすがに、たつ子さんの家はそんなに遠くないから安心して」

 たつ子さん、というのは私の祖母の名前だ。
私は祖母の家に来たことがない。
そもそもパワフルだった祖母は、孫に会いたいとなると自分で日本中に散った親せきの家を旅してまわるような人だったのだ。
祖父は私が生まれる前に亡くなっている。

 うちの両親は一緒に住まないかと誘ったこともあったらしいのだが、断り続けていたらしい。
亡くなった時も、突然倒れて知らせを受けた親戚一同が集まり、それを見計らったように静かに旅立った。

 パワフルで明るくて、少しせっかちな人だった。
だけど松里さんみたいに若い人から、たつ子さんなんて親しく呼ばれていたのなら、ここでの暮らしは祖母にとって本当に楽しいものだったのだろう。
離れがたい土地だったのかもしれない。

「汐も、たつ子さんには色々とお世話になったのよね」

「汐が?」

 思わず黒猫を見遣ると、彼……彼女かな、は、ふすんと鼻を鳴らした。
どや顔に見えて、私は笑ってしまう。

「……ありがとうね。汐。おばあちゃんと仲良くしてくれて」
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