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時計の針は無情に進む

姫様の事情

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俺は、その表情に長く安堵の息をつく。

「……すまなかった。俺のミスで、怖い思いをさせた」

「……ダーク?」

 謝罪に、姫さんは少し戸惑ったようだった。
実は、俺も自分の言ったことに戸惑ってる。
ボスの時は、こんな罪悪感なんてかけらも感じなかったんだがな。

「爺さんやドチビの助けがなけりゃ、本当に危ないとこだった。
……すまん」

「……。そうですね。判断のミスはあったと思います」

 ですよね。
こういう時、下手な慰めを言わない姫さんは容赦ない。
だが仕事上のミスは、それでいいんだと思う。

「……ですが、あの場において最善が何だったのかは、わたくしにも判断がつかないことです。
それを貴方だけのせいにするのは、いささか乱暴な結論ではありませんか?」

 それでも言いっ放しにはしないんだよな。
慰めじゃないが、責任の在り処をきっちり言葉にしようとするあたり、理想の上司って奴じゃないかと思ったりする。

「……かもしれねえ。けど、一番の判断ミスは、今朝の事じゃねえと思う」

「今朝の事ではない……ですか?」

 俺が言うと、姫さんは戸惑ったように瞬きをする。
心当たりを探してみて、見つからなかった様子。
俺は少しだけ笑って、頷いてやった。

「もっと前」

「え……?」

「俺があんたの事情を、きちんと知ろうとしなかったことだ」

「……」

 姫さんは黙り込んだ。
俺の言葉の意味するところを推し量ろうとするみたいに。
うん、今回のことできちんと向き合って話すつもりだから、まだ分からなくていい。
そして姫さんはちゃんと話し合いに応じてくれる人間なんだと、この何日かで俺は知った。
外交術は、ごり押しだけどさ。

「知らなかった。わかろうとしてなかった。
だから、色々と見誤った。
きっちり知ってれば、ミスすることもなかったかもしれねえのに」

 興味がない、なんて言葉で誤魔化して知ろうともしなかった。
今朝の出来事は、そのツケだと思う。

「今更かもしんねえけど。話してくれないか?
あんたが、なぜ裁判の証人なんかにならなきゃならなかったのか。
あの連中は、なんであんたの邪魔をしようとしてんのか」

「……貴方にきちんと説明しておかなかったことが、わたくしのミスなのかもしれません。
 ──では。お茶にいたしましょう」

「酒はだめかい」

「まだ、一日、はじまったばかりでしょう?」

 姫さんは笑って立ち上がった。
乗務員を呼ぶベルを鳴らすと、ほどなくしてドアがノックされる。
現れた乗務員に、お茶の支度を頼み、姫さんはソファに座りなおした。
そして、しばらくは沈黙する。
思考を巡らせる時間の分。

「……どこから、お話すればいいでしょうね」

 やわらかな思案の間を挟んで、姫さんは自身の左手へ視線を落とした。
今は絹の手袋に包まれた、てのひら。
夜目にも赤く、石を嵌め込まれてあった、細い手。

「わたくしの左手には、魔石が埋め込まれています。
御覧になりましたでしょう?」

「ああ」

「これはね。ウェストブルック家の当主が、当主である、その証として所有するものなのです。
 母は……あなた方が北の魔女と呼ぶ人が、わたくしの幼いころに後継者としての地位をゆるぎないものとするために、埋め込まれたのです」

「もしかして、代々、んなことやってんのか?」

 訊ねると、姫さんは苦笑して首を振った。
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