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悪党との交渉
悪党との駆け引き
しおりを挟むたしか浴槽にはいるつってたな。
俺は湯に浸かるなんてこと、生まれてこの方したことがねえんだけど。
とりあえず、片足をつっこんでみた。
お……?
おお……?
なんだ、意外と悪くねえ。
それどころか、ちょっとした極楽気分だ。
ざぶんと全身浸かると、さらにいい感じだった。
なるほど、こいつが貴人とやらの贅沢ってものか。
俺たち庶民にゃ、真似できねえ代物だ。
たっぷり湯浴みってのを堪能して、俺は上機嫌で浴室を出る。
すると、いつの間にか控えの間に着替えらしきものが置いてあった。
袖を通してみると、やたらと柔らかくてフニャフニャしやがる。
絹か。
絹のローブだな、こりゃ。
着心地がいいんだろうが、俺にゃ上等すぎて妙な感じしかしねえ。
だが、裸で出て行くわけにもいかないんで、我慢した。
また姫さんが目ぇ開けたまま気絶しても困るだろうしな。
さっきの豪華な部屋に戻ると、テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいた。
たぶんお高い品ばかりなんだろうが、ぶっちゃけ、俺には魚か肉かくらいの区別しかできない。
姫さんは立ち直ったようで、やや引き攣ったような笑顔で俺を迎えた。
どうした。顔色悪いぜ。
俺は心の中で笑って、彼女の正面にどっかと腰を下ろす。
姫さんの後ろに控えたドチビメイドが、やっぱり殺しそうに睨んできたが、軽くスルーしておいた。
「お風呂はいかがでしたか?」
訊ねられて、俺は肩をすくめた。
「悪くねえなあ。一生分くらい贅沢させてもらった」
「気に入っていただけたなら、なによりです」
上品に答えた姫さんに、俺は料理の皿からつまみ上げた肉を一切れ、口に運びながら訊いた。
「……で。ただ道案内したってだけの相手にしちゃ、待遇がよすぎる気がすんだけど。俺に、なんか用でもあんのかい?」
姫さんは少し驚いたようだったが、すぐにまた口許は笑みに戻る。
「察しがよくて、助かります。
……少しお願いしたいことがあるのですが。
よろしいでしょうか」
「内容によりけりだな」
俺は口の中のものを噛み砕きながら答えた。
すげえ。旨い。何の肉だこれ。
見た目を裏切らない高級料理だな。
俺の貧乏舌でも理解できる美味さだ。
「先ほど。使いの者をやって列車の切符を手配させたのですが。
この街では、切符はすべて窓口を仕切っている者たちが買い占めているとのこと。
どうすれば切符を手に入れることができるか、御存知ありませんか」
勝手に飲み食いを始める俺の態度にも、姫さんは動じた様子もない。
俺みたいな性質の悪い輩には慣れっこってことか。
わざとこんな真似をするような奴に慣れてるなんざ、同情するね。
貴族社会ってのにも、ろくな奴がいなさそうで大変なんだな。
「いくら出せるんだい」
「正規の値段の二倍までなら、だしましょう」
俺は、グラスの酒をあおって笑った。
「そいつあ無理だな。
連中、姫さんみたいなカモを手ぐすね引いて待ちかまえてるんだぜ。
値段なんざ釣り上げられるだけ釣り上げてくるに決まってる。
ま、五倍もだしゃ買えるだろ」
「その交渉の余地はございません」
「なんでだよ。こんな宿に泊まって、こんな料理食ってて払えないわきゃねえだろ」
「わたくしが欲しいのは、銀の弾丸の切符です。
王都に向かうための」
俺は口を開けて下から受けようとしていた血のしたたるような肉を、一息に放り込んだ。
咀嚼する間、姫さんの表情を窺う。
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