上 下
6 / 88
悪党との交渉

贅沢の極み

しおりを挟む
 もっとも、駅のそれは金持ちの専用で俺達には使えなかったが。
俺が素直に乗ると、背後で扉が閉まった。
軽い浮遊感のあと、チン、とまたあの音がして扉が開く。
その向こうには、さっきまでいた玄関ロビーとは、まったく違った光景があった。
白い廊下の先には、いかにも重たそうなつくりの扉がある。
先に立ったメイドの一人が、ドアを開けた。

 ……まったく、たいしたもんだ。
ドアの向こうには、お城かよっていうやはり豪華な部屋がある。
広々とした空間には、高そうな絵やら壷やらが飾られていて、やたらとふかふかした絨毯が一面に敷いてあった。
ソファやテーブルは、なんだかふにゃふにゃした形の脚で、いささか柔そうだ。
乗ったら壊れるんじゃねえか?

 御伽噺みたいな部屋は、居心地が悪いなんてもんじゃなかった。
だが、ついさっきまで街ん中にいると違和感しかなかった姫さんは、ぴったりと合っている。
これが生まれ育ちの差ってやつかね。

 考えながら身の置き所がなく、ぼんやりしていると、メイドが進み出て奥の別室をさし示した。

「お客人、こちらへどうぞ」

 姫様は、すでにソファですっかり寛いでいらっしゃる。
俺の方をみて、にこりと微笑んだ。

「いってらっしゃいませ」

 へいへい。風呂ね。
げんなりしつつも、メイドの後についていく。

「御着替えを用意して参りますので、中で湯をお使いください」

 言うとメイドは馬鹿丁寧なお辞儀をして、控えらしい続き部屋へと行ってしまった。
中で湯をお使いくださいってこたあ、この部屋がシャワー室ってことか。
まあ三日ほどシャワーなんぞ浴びてなかったし、丁度いいか。

 考えて何の気もなしにドアを開ける。
シャツを脱いで奥へ進むと、妙なものが見えた。

「……」

 なんだ、こりゃ。
もうもうと立つ、湯気。
その湯気の向こうには広々としたタイル張りの空間と、なみなみと湯をたたえた水槽のようなものが見えた。
この大陸において、貴重きわまりない水を、こんなに大量に。
……貯水槽か何かか?
しかも、やたらと甘ったるい匂いがしやがる。
何の匂いだ。
それによく見りゃ、湯の上には何か赤い紙屑が浮いていた。
ひっ掴んで確かめると、紙屑じゃなくて花だ。

 ……薔薇か?
薔薇ってやつか、こりゃ。
貯水槽に花が浮かんでやがるってことか。
全く意味がわかんねえ。
シャワー室は、どこだ。

 意味不明な事態に、俺はだんだんと腹が立ってきた。
なにが案内します、だ。
いらついたまま、ガンとさっきのドアを蹴りあける。

「……おい。シャワーどこだよ。見あたらねえよ」

 抑えめに言ってやったのだが、メイド御一行は俺の姿にぎょっとしたように立ちすくんだ。
だが、姫さんは意外に落ち着いたものだった。
紅茶のカップを片手に、笑顔を崩さない。

「よ……浴槽をお使いください。シャワーではございません」
「よくそう?」

 あの貯水槽のことか。
まぎらわしいな。

「浴槽にお入りになって、身体を洗うのが貴人の湯浴みの方法でございます」
「めんどくせえな」

 シャワーで、ざっと流すだけじゃ駄目なのかよ。
俺はぶつぶつと文句を言いながら、浴室とやらに戻った。
背後でなにか騒がしかったが、気のせいだろう。

「姫様が……!姫様が目を開けたまま、気を失っていらっしゃいます……!」

 器用な芸もってんな、姫さん。
貴族やめても、それで食っていけるんじゃねえか?
俺は浴室とやらに戻ると、さっさと残りの服を脱いだ。
ざぶざぶと贅沢に湯を使い、身体を洗う。
これだけで、五人一家くらいが一ヶ月ほど食っていけるんじゃないだろうか。
そのくらい、この世界では水は貴重品だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...