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第九話 原因

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「ご理解頂けましたか?」

 少し得意気に語る伶次朗。だが二人と、その“割れ”本人もキョトンとしており、理解出来ていない様子である。

「わ、割れって、可愛くないし……分かる訳ないよぉ」
「えっ?」
「楽器本体に宿るファンタジーな妖精とか、召喚獣的な存在ではないということなのね」

 不服そうに問いかけるかすみと、少しだけ納得をしようとするマードック。

「ご期待の添えず申し訳ない……ってなんで俺が謝らにゃならんのだ」

 と、リアクションを踏まえ訴えるが、誰も反応してくれない状況。
 ジッと無言で、伶次朗を見つめる二人と、ギラ。
 一刻も早く、分かるように説明しろと、言わんばかりに伶次朗の一人ボケツッコミをスルーして、何とも言えぬ空気感を漂わす。

__やっぱり召喚獣って事にしようかな……

「分かりましたよ! まあ、追って説明するとだな、選定の為、直接工場行ったにも関わらずマスターとは初対面。この時点でギラは、楽器として誕生していない事が断定できる」
「まあ、確かに……」
「そして、真っ暗で一人……つったな」

 召喚獣の迷いを打ち消すかのごとく、キリリとした眼差しでギラを見つめる伶次朗。
 何の事か、その力強い眼差しに、一瞬引いたが、コクリと、不安を隠す様に静かに頷くギラ。

「真っ暗って、もしかして!?」

「そう、おそらくそれは……コレだよ」

 カウンター隅に置かれた、黒のソフトケース。それに入っていた、堅いA4サイズのハードケースをズルリと抜き出す。

「ケース」
「やっぱり、密封されたケースの中で、ギラは産まれたんだ。誰にも気付かれず、静かにね」
「やっぱりって? 伶ちゃん、どういうこと?」
「かすみさんは、珈琲の準備してたから、いなかったっけ」

 クラリネットの管内を掃除する専用の布‘スワブ’。それを綺麗に畳んだ状態でカウンターの上に置く伶次朗。
 預かった時は、カビ臭く、しっとりと湿気ていたが、カラカラに乾いており、ゴワついた感じではあるがカビ臭い臭いは無くなっていた。

「割れる要因は、言い出したらキリがないけど今回は、ほぼ、こいつが原因だ。寝る前に少し洗って干しといたんだが……楽器は、人の手に触れられると、必ず脂や水分を否応無いやおうなしに押し付けられる……そうしないと音が出せないからな、仕方ない事なんだけど」

 ゴワつきを解くように両手でスワブを広げ、勢いよく振り下ろし“パン”と、乾いた空気の音を響かせる。

「指の皮脂はラッカーコーティングを徐々に浸食し、金属も劣化させ、場合によっては穴も空けることがある。そして、音を出す為、毎日絶え間なく吹き込む息は、細い管内に湿気、水分を充満させる……水分と言っても、要は人間から出た唾液だ。水よりタチが悪い……で、一度その唾液を浴びた管体は、このスワブで念入りに取り除いても、木の特性である空気層に入り込み、割れる時は簡単に割れる」

 白く、綺麗になったスワブを今一度、丁寧に畳むと、少し気怠そうに煙草に火を灯し、己のペースで説明を続ける伶次朗。

「ギラの産まれた要因は、拭い去ったスワブにも関わらず、そのスワブを、分解収納したクラリネットの上に、まるで布団の様にかけて、密封収納した事だ。あの博多弁女の学校だけじゃない。このスワブに関して色々な現場を見てきたよ……何故、こんな事が起こるのか、特に若い子に多いあやまちだ」
「あやまち?」
「単純な事さ、何だと思う?」

 嗜みをゆっくりと吐き出しながら、かすみを見つめる。

 すると、

「正解したら、マー先生が全部食べちゃった、大福の整理券、取りに行ってくれる?」
「えっ? ……まあ、いいけど……ちょっと真面目な話だったんだが」

 流石と言うべきか、恐ろしく天然な質問で、良い感じに説明を続けていた、伶次朗のペースを根底から救い上げる。 そして溜息がバレないよう、静かに吐きながら、かすみに振った事を後悔している。

「ズバリ!!」
「はい、どうぞ」
「めんどくせぇ!!」

 低い身長を誤魔化すかの様に、下顎をシャクリ、突き出し、超絶ブサイク顔で伶次朗を挑発、威圧をかけている……ようだ。
 隠していた溜息を露骨に吐く伶次朗。

「ハズレだけど……いいよ、大福の整理券もらってきてやる」
「ええっ! なんで!」
「毎度、こんな事されたら」
「されたら?」
「……めんどくせぇ」
「なによ、うまくまとめてんじゃないわよ」
「あはは、まあ、面倒くさいも多少ながら近いと言えば近いが、マスターは、もうお分かりですよね」

 突然の指名に一瞬目を丸くしたが、飲みかけの珈琲を口元で止め、呆れ顔で軽く言い放つ。

「そんなの、簡単じゃない……自分の唾で汚れたスワブを触るのが嫌、手を汚すのが嫌、コレに尽きるわ」

「その通り」
「えぇっ! そうなの!?」
「全員がそうとは言わないが、出張修理の際、学生の片付けを間近で見ていると……まあ、触りたくないんだろうね、己の唾液で、日に日にカビてくるスワブには」

 先端から立ち登る、嗜み終了間近の煙を愛おしく見つめる伶次朗。
 その先にギラを挟み、薄ら笑うと、火だねを灰皿の底で折り、フィルター部分でジワリと押し消す。

「華やかに見える音楽の世界も、見えない、見ようとしない部分が多い……で、それを指摘、指導する人間も、ほとんどいない……だから」

「だから?」
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