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第六話 過去 ②
しおりを挟む__その身をもって知れ__我々の存在を。
__愚かなる有機化合物どもよ
冷淡な機会音声が聞こえる……いや、それは聞こえるのでは無く、脳に直接擦り込まれ、無理矢理認知させられる感覚。
その感覚、生態に反し、受け入れられない人体的拒絶であろうか、気を失っていた伶次朗に、予兆なき吐き気と不快感を与え意識を取り戻さす。
衝撃の目覚めで身体と意思がまだかみ合わない。
だが、次の瞬間、その吐き気と不快感を上回る、強烈な痛み、鈍器、巨大なマイナスドライバーを無理から全身に突き刺し、ほじくられるような激痛が伶次朗を襲う。
その痛みで思考が追いつかず状況が分からないところに、藻掻けば更に新たな痛み、激痛が走り、体が思考に反し仰け反り続け、痛みを重複させる。
そして、その痛みと思考の錯乱に拍車を掛ける、重く熱い皮膚呼吸を害する、己の血液。
黒煙に燻され、ドロドロと顔面に纏わり付き、それに降り注がれる灰と煤で高温、熱を帯びて更に皮膚呼吸を害し、瞼の可動を奪い、精神錯乱、恐怖と苛立ちを引き上げる。
黒煙が会場ホール内に蔓延する、辛うじて視界に入る現状。
周囲を燻して焼き焦げた、熱い熱風が激臭を放ち、嗅覚による不快を一瞬感じさせるが、痛みでそれどころではない。
そして聴覚を否応無しに遮る不快な高音が、カミソリの如く、横一線に切り裂いて進む強烈な耳鳴り。
『息……出来な……』
と、発したが、自分に聞こえない。
耳鳴りの影響もあるが、何より爆発の爆音で、伶次朗の左耳の鼓膜は破れていた。
そして左肩は抉れ、腕は存在し無事だが、大量の出血と左足スネから下、足首が粉砕し欠落している。
赤い湖面と化した血液に、灰と煤が止まる事無く降り注ぎ、赤黒く染め上げる。
その大量の出血と激痛でもはや視線、目玉すら動かせない伶次朗。
確実に死を覚悟したその時、黒煙の中から、炭の発火の様に赤黒く、鈍く光る手が、明らかに殺意を持って伶次朗の顔面を鷲掴もうと迫ってきた。
__手……。
心中で呟き、目を閉じ、己の末期症状の幻覚と認知し、完全に人生を絶った伶次朗。
だが、一向にその時は訪れない。
希望など無い様子で、今一度片目を開けると、その光景に驚いた。
蒼色の発光する液体に塗れた、あの赤黒い腕であろう人影が悶え苦しんでいる。
壮絶に動き、何かと闘っている様にも見えるが、その音は全く聞こえない。
悶え苦しむ赤黒い炭の様な存在は、仰け反り絶頂したかと思うと、折れるように小さく、縮んでいく。
だがそれは、ダメージを受けて、やられる……そう単純に見えなかった。
元々“折れていた”、元の姿に戻っていく様な奇怪な光景であった。
その光景の手前に、まだ存在していた別の赤黒い炭の存在も、発光する蒼色の液体を浴び、バラバラになっていくが……。
その破片は破片らしからぬ、形状断面。人工的に加工形成された四角い完成品のように見えたが……。
もう、伶次朗には、最後までそれを目で追う力は残っていなかった。
『家……ゆめじ』
霞む遠目に見える伶次朗の実家、喫茶 ゆめじ。
だが近づく事は出来ず、遠く、白く霞んでいく。
白く、何も無い世界。肉体を感じない、見ているという感覚では無く、白に存在している世界。
__生体を維持する事が出来たならば__我がオマエに存在してやろう
__我は器に存在する
__“器人”
遠ざかる意識という覚えのある記憶。また脳に擦り込まれる不快な記憶。
人間として経験した記憶。
不快感も痛みも分からない。
ただそれは記憶……。
力強い女性の声だった。
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