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第四話 モカ珈琲 ②
しおりを挟む褐色の肌、銀色の流れるような、しなやかな髪。身体中に鉄とも思えない白銀色、細い鏡面状の素材でグルグルに巻き付けられた物を纏い、その影響か、少し痩せ細って活気無く見えるが、カウンター席に座り、少し攻撃的な赤い瞳をキョロキョロとさせ、存在をあらわし、無事を認知させた。
「いらっしゃい。ようこそ喫茶ゆめじへ」
「__?」
伶次朗と目を合わせたかに思えたが、少し首を傾げ、また赤い瞳をキョロキョロとさせた。
「器……」
かすみが言葉を飲み込んだ。
「ああ、」
__あの事件から突然……見えるようになった存在。
此奴らを見る度に思う。
俺が今、生きてこの場に居られるのは、多大な犠牲によって……生かしてもらっているのだと。
一瞬、曇った伶次朗の表情を見逃さなかったのか、伶次朗のエプロンの裾を強く引き、首を横に振るかすみ。
「あぁ……ゴメ、」
微かに呟き、己の弱みを隠すかのように、かすみの頭を少し強めに撫でる伶次朗。
「あんらぁ~やっぱり雌型だったのねぇ~。遠目でちょっと分かんなかったわぁ~残念」
突如として野太く、だが張りがあり、上品なオペラ歌手のような声で……と、なんとも言えぬ違和感。いわゆるオネェ系の喋りが突如、薫りの蒸気に塗れ、カウンター席から発せられた。
「マスター、おはようございます」
伶次朗に“マスター”と呼ばれた存在。
プロレスラーの様な巨体、広い肩幅にガッツリとした筋肉質の体格。
整えられた顎髭を触りながら、銀縁眼鏡の奥の瞳を細め、伶次朗に色目線を送りながら語り出した。
「おはよっ、伶チン……アンタも人がイィわねぇ~。何でタダなのよ」
「いきなりソコっスか。……ったく本当、手厳しいですね」
「当たり前じゃない。あんな生意気な女、ぼったくって、テキトーに撒いとけばいいのよ」
「マスター、アンタ鬼ですか」
オネェ系マッチョな、この突然現れたマスターと呼ばれる存在。
マードック・グランシャル・マツダ。
嘗て、ヨーロッパ中の音楽家から崇拝されていた存在と同じ名前。いや、まさにその人、本人であるのだが……こんな真夜中の、日本の名も知れぬ、小さな喫茶店のカウンターに座り、完成されたモカ珈琲に手を伸ばそうとしている。
「鬼だなんて人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。アナタ、アタシという存在が有りながら、交換条件とか、何とかで一夜のアバンチュールを謳歌しようとしてたくせに」
「な、何言っとるんですか、あんな女、興味の微塵もありませんよ。それに何っスかアタシって! だいたい、俺は……」
「フフッ……」
銀色の髪の存在が、二人のやり取りに、微笑みを零した。
「あら、アンタ。割れてるのに、結構元気じゃない」
「……?」
マードックが声を掛けた存在に“割れ”という外傷は、いっさい見当たらない。
この会話で“割れ”という外傷に当てはまるのは、夕方に矢間田 愛から預かったクラリネットをおいて他には無い。
「まあ、無事なのは分かっていたよ」
伶次朗が、銀色の髪の存在に珈琲を勧めながら話仕掛ける。
「えっ!? 私が見えるの!?」
赤色の瞳がやっと静止し、その瞳に伶次朗が映り込む。
「っか、今更驚くか?」
「あっ、は、はい。すみません」
「謝るんだ。よく分からん奴だな」
少し意地悪な口調で話す伶次朗、すると、
「伶ちゃん、優しくしなきゃ駄目でしょっ」
「へぇへぇ、わかっとるよ」
かすみが、伶次朗を一喝すると。
「かすみっち、おはよ。コッチへいらっしゃい」
客席側に廻るかすみを確認しながら、ニコニコと笑顔を送るマードック。目の前まで来ると、かすみの両脇を抱え自らの膝の上に座らせた。
「かすみっち、ちゃんとご飯食べてるの? 軽すぎよ」
「えぇっ? ちゃんと食べてますよ」
「ちっとも大きくなってないじゃないの。なのに……何でこんな悩ましいおっぱい付いてんのよ?」
振り向き、マードックを見上げながら顔をプッと膨らますかすみ。
「マー先生のエッチ。もう知らない。せっかく和菓子屋『あんじゅ』さんトコの、限定黒豆大福買ってきたのにぃ。もうあぁ~げない」
「あらら、意地悪な子ね、今の立場が分かってるの? コッチはコチョコチョ攻撃ロックオンしてるのに、逃げれないわよ」
「きゃぁぁぁぁ!! いやいやぁぁん」
おちゃらけ遊ぶ二人を横目で見ながら、カウンター内に入り、伶次朗が溜息をつく。
そして、ポケットから煙草を取り出しながら呆れ顔で火を灯すと、
「何やっとんですかあんたら」
「決まってるじゃない。交渉、いや奪取よ奪取!! 今聞いたら、大福二個しかないって言うじゃない……一人しか食べれないじゃないのよ!!」
「いや、おかしいでしょそれ」
「えっ? 何で? 大福は一人二個が基本でしょ。」
「はぁぁ~ ワケ分からん。何っスか、そのジャ○アン的発想」
盛り上がるやり取りの中、その横から少し気まずそうなか細い声が聞こえてきた。
「あ、あなた達は、一体何者?」
少し呆気に取られていたのもあり、銀色の髪の存在は探るように口を開いたのだが。
「お前がそれを言うか」
「口が悪いわよ伶ちん。少し慎みなさい。四十にもなって」
伶次朗を一喝すると、指先で珈琲カップを軽々摘まみ、ゆっくりと口元に運ぶマードック。
蒸気の向こう側に見えるマードックは、恐ろしい眼光で、一瞬、伶次朗と銀色の存在を睨んだかの様にも見えたが、眼鏡が瞬間に曇り、その眼光は誰にも分からなかった。
珈琲の薫りを嗜み、一口啜る。
「私達が、一体何者か……って?」
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