上 下
41 / 88

婚約者

しおりを挟む

ポトフが煮込まれて、ちょうど食べごろになったころだった。

陽斗の携帯電話に一本の電話が入ったのだ。

どうやら病院ではないらしい。

陽斗の声のトーンがやけに低くなったのだ。
電話が終わると陽斗は大きな溜息をついたのだった。


「澪、本当に申し訳ないが、父さんから連絡なんだ。意味がよく分からないけど、今から澪と二人で家まですぐに来るようにと言っている。断るといろいろ厄介な人だから、澪も準備してくれないかな。」

「はい、わかりました。」


私はポトフの火を止めて、急いで着替えをすることにした。
陽斗のご両親に会うのだから、失礼の無いように紺色のワンピースを選んだのだ。

キッチンで飲んでいたアイスコーヒーのグラスを、片付けておこうと思い持ち上げた時だった、手が滑りグラスはガシャンと大きな音を立てて割れてしまったのだ。
私は慌ててその欠片を拾おうとすると、指にピリッとした痛みが走りその指からじわりと血が滲むのだった。


「澪!大丈夫か?」

陽斗が音に気付いて駆け寄ってくれた。
私の人差し指から血が出ていることに気が付いたようだ。

「澪、血が出ているではないか、今すぐ消毒薬を持ってくるからな。」

陽斗は手早く切れた指を消毒すると、そこにガーゼを当ててクルクルと包帯を巻いてくれた。

「陽斗さん、忙しい時に申し訳ございません。」

すると陽斗は私の包帯が巻かれた指に優しく口づけをして微笑んだのだ。

「俺は何があっても澪が一番大切なんだ。そんなに謝らないでくれ。」

陽斗の優しさはとても嬉しい。
しかし、なぜかは分らないがとても不吉な予感がしたのだ。

この予感が当たって欲しくはないと願ってしまう。




「父さん、遅くなりました。」

陽斗が父親に声を掛けた。
ここは陽斗の実家である西園寺家のお屋敷だ。

豪華な日本家屋は昔の城をイメージさせるほど立派な佇まいだ。
日本を代表する西園寺家だと改めて思わせるものだった。

和室である客間には陽斗の父親、母親、そしてもう一人女性が座っていたのだった。

部屋に入って来た陽斗に父親が声を掛けた。

「陽斗、突然に呼び出して悪かったな。」

私達が席に着くと、少しして父親が皆に向かって話しを始めた。

「こちらにいる女性は、一条 麗香(いちじょう れいか)さんだ。陽斗はもう気づいたと思うが、本物の婚約者だ。」

なんという事だろう、陽斗が結婚式を挙げる予定だった張本人ではないか。
陽斗は驚きを隠せず、思わず声を上げた。

「なぜ今あなたはここに居るのですか?結婚式当日に他の男性と駆け落ちしたと聞いていますよ。」

するとその女性は、悪びれた様子もなく、笑顔を向けて話し始めたのだ。

「ほんの少しだけ、自分の両親を驚かしたかっただけなのよ。遊びの男はもちろんいるけど、結婚なんてしないわ。だって私は西園寺家の嫁になるのですからね。」

陽斗は彼女の話に声を詰まらせた。

「あ…あなたは、何をおっしゃっているのですか…私はもうすでに…」

陽斗の言葉を遮ったのは、陽斗の父親だった。

「以前から、西園寺家と一条家の婚約は決まっていたことだ。」

「父さん!!」

父は陽斗の言葉を全く聞こうとしていない。
そして、今度は陽斗の母親が話し始めた。

「澪さんだったかしら…今まで陽斗の妻役をお願いしていたけど、もう今日限りその役目は終わりで結構です。」

陽斗が今度は母親に向かって声を出す。

「母さん!何を勝手に決めているのですか、澪はすでに私の妻なんですよ。」

母親は目を閉じて陽斗の言葉は聞こえないふりをした。
すると、今度は一条麗香が陽斗へ話しを始めた。

「陽斗さん、もし澪さんが大切ならば愛人でも良いですよ。私は白い結婚でも構いませんから。」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。

羽村美海
恋愛
【最後までお付き合い頂きありがとうございました🙇後日近況ボードにてあとがき&今後の予定を公開しています。】 嘘が元で拗れに拗れてしまったけれど、セフレなんていう不埒な関係でしかなかった私たちも本物の恋人同士になって、早いもので二年が過ぎた。 専攻医から専門医にもなれて、相変わらず多忙の日々を送ってはいるが、こんなにも想い合っている私たちは何があっても大丈夫ーーそう思っていたのに。 .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚ ✱神宮寺鈴《ジングウジ リン》29歳 専門医になったばかりの内科医。 華やかで美麗な容姿のせいで陰ではビッチと呼ばれていたこともあったが、彼氏持ちのためか高嶺の花となっている?気が強い無自覚天然カタブツ女。 ✱窪塚圭《クボヅカ ケイ》29歳 将来は”神の手”となるだろうと一目置かれているエリート外科医。 病院イチのモテ男で『脳外の貴公子』なんて呼ばれているほどのイケメンなため、少々チャラく見られがちだが、実はオペと彼女(鈴)のことだけで頭が一杯? .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚ ※こちらは『嘘つき同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。』(略・嘘ふら)https://www.alphapolis.co.jp/novel/461552696/400488211の続編となりますが単独でも読んで頂けます。 ※7万字前後の中短編の予定です。 ※他視点あり ※大人描写には『✱』を表記します。 ※医療機関の設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」見つけ次第法的手段をとらせて頂きます。 ✧21.12.25 完結✧ ✧21.11.20 連載開始✧

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

冷徹外科医のこじらせ愛は重くて甘い

伊東悠香
恋愛
二十九歳の胡々菜はここのところ不運続きの毎日。そんなある日、ひょんなことから居候することになったお屋敷で外科医の桐生斗真と出会う。初対面から冷たく無愛想な彼だけど、胡々菜がストーカー被害に困っていると知ると恋人の振りをしてまで優しく守ってくれて……。彼との距離が少し縮まったと思ったら、冷たく突き放されたり、かと思えば優しく触れてきたりと翻弄される胡々菜。真意を確かめようとしたら、彼が重すぎる愛情をぶつけてきて一夜を共にしてしまう。恋愛初心者の胡々菜はすっかり蕩かされ彼の溺愛から抜け出せなくなり――!? こじらせ外科医と不運なOLのドラマチックラブ!

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

約束のプロポーズ~幼馴染の年上御曹司は心に秘めた独占欲を募らせる~

春乃 未果
恋愛
成沢 綾芽(なるさわ あやめ)は八歳の時にホテルの屋上庭園で、幼馴染の七歳年上の久我咲 透也(くがさき とうや)からプロポーズされた。 子どもだった綾芽は事の重大さも分からず、両親に結婚のことを話して驚かせる。 透也の父はホテル業界トップクラスの久我咲グループを経営しており、息子である透也は後継者だ。ホテルに勤務していた綾芽の父は透也を補佐し、秘書をしている。その関係で二人は親しい間柄だったのだ。 綾芽の父は透也を恋愛対象として考えてはいけないときつく叱る。 そうして綾芽は、自らの感情を押し殺したまま大人へと成長した。 綾芽は大学を卒業し、久我咲グループの主要ホテルであるアリシアンホテルKYOTOのカフェテリアに栄養士として就職する。 二十四歳になったある日、綾芽の前に意外な人が現れて……。 恋愛に不慣れで、自分の本心が分からない綾芽。 綾芽に執着して、彼女との約束を果たしたい透也。 二人が交わした結婚の約束はどうなってしまうのか……。 幼い頃のプロポーズから始まる、年上幼馴染からの溺愛ストーリーです。 ★R18の文章と、それなりの表現のある文章には*が付けてあります。 ★途中シリアス展開もございますのでご了承ください。 ★気を付けて投稿していますが、誤字脱字がありましたらお知らせください(>_<) ★他サイトにも作品がありますが、内容を多少変更して加筆修正しています。

専属奴隷として生きる

佐藤クッタ
恋愛
M性という病気は治らずにドンドンと深みへ堕ちる。 中学生の頃から年上の女性に憧れていた 好きになるのは 友達のお母さん 文具屋のお母さん お菓子屋のお母さん 本屋のお母さん どちらかというとやせ型よりも グラマラスな女性に憧れを持った 昔は 文具屋にエロ本が置いてあって 雑誌棚に普通の雑誌と一緒にエロ本が置いてあった ある文具屋のお母さんに憧れて 雑誌を見るふりをしながらお母さんの傍にいたかっただけですが お母さんに「どれを買っても一緒よ」と言われて買ったエロ本が SM本だった。 当時は男性がSで女性がMな感じが主流でした グラビアも小説もそれを見ながら 想像するのはM女性を自分に置き換えての「夢想」 友達のお母さんに、お仕置きをされている自分 そんな毎日が続き私のMが開花したのだと思う

処理中です...