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婚約者
しおりを挟むポトフが煮込まれて、ちょうど食べごろになったころだった。
陽斗の携帯電話に一本の電話が入ったのだ。
どうやら病院ではないらしい。
陽斗の声のトーンがやけに低くなったのだ。
電話が終わると陽斗は大きな溜息をついたのだった。
「澪、本当に申し訳ないが、父さんから連絡なんだ。意味がよく分からないけど、今から澪と二人で家まですぐに来るようにと言っている。断るといろいろ厄介な人だから、澪も準備してくれないかな。」
「はい、わかりました。」
私はポトフの火を止めて、急いで着替えをすることにした。
陽斗のご両親に会うのだから、失礼の無いように紺色のワンピースを選んだのだ。
キッチンで飲んでいたアイスコーヒーのグラスを、片付けておこうと思い持ち上げた時だった、手が滑りグラスはガシャンと大きな音を立てて割れてしまったのだ。
私は慌ててその欠片を拾おうとすると、指にピリッとした痛みが走りその指からじわりと血が滲むのだった。
「澪!大丈夫か?」
陽斗が音に気付いて駆け寄ってくれた。
私の人差し指から血が出ていることに気が付いたようだ。
「澪、血が出ているではないか、今すぐ消毒薬を持ってくるからな。」
陽斗は手早く切れた指を消毒すると、そこにガーゼを当ててクルクルと包帯を巻いてくれた。
「陽斗さん、忙しい時に申し訳ございません。」
すると陽斗は私の包帯が巻かれた指に優しく口づけをして微笑んだのだ。
「俺は何があっても澪が一番大切なんだ。そんなに謝らないでくれ。」
陽斗の優しさはとても嬉しい。
しかし、なぜかは分らないがとても不吉な予感がしたのだ。
この予感が当たって欲しくはないと願ってしまう。
「父さん、遅くなりました。」
陽斗が父親に声を掛けた。
ここは陽斗の実家である西園寺家のお屋敷だ。
豪華な日本家屋は昔の城をイメージさせるほど立派な佇まいだ。
日本を代表する西園寺家だと改めて思わせるものだった。
和室である客間には陽斗の父親、母親、そしてもう一人女性が座っていたのだった。
部屋に入って来た陽斗に父親が声を掛けた。
「陽斗、突然に呼び出して悪かったな。」
私達が席に着くと、少しして父親が皆に向かって話しを始めた。
「こちらにいる女性は、一条 麗香(いちじょう れいか)さんだ。陽斗はもう気づいたと思うが、本物の婚約者だ。」
なんという事だろう、陽斗が結婚式を挙げる予定だった張本人ではないか。
陽斗は驚きを隠せず、思わず声を上げた。
「なぜ今あなたはここに居るのですか?結婚式当日に他の男性と駆け落ちしたと聞いていますよ。」
するとその女性は、悪びれた様子もなく、笑顔を向けて話し始めたのだ。
「ほんの少しだけ、自分の両親を驚かしたかっただけなのよ。遊びの男はもちろんいるけど、結婚なんてしないわ。だって私は西園寺家の嫁になるのですからね。」
陽斗は彼女の話に声を詰まらせた。
「あ…あなたは、何をおっしゃっているのですか…私はもうすでに…」
陽斗の言葉を遮ったのは、陽斗の父親だった。
「以前から、西園寺家と一条家の婚約は決まっていたことだ。」
「父さん!!」
父は陽斗の言葉を全く聞こうとしていない。
そして、今度は陽斗の母親が話し始めた。
「澪さんだったかしら…今まで陽斗の妻役をお願いしていたけど、もう今日限りその役目は終わりで結構です。」
陽斗が今度は母親に向かって声を出す。
「母さん!何を勝手に決めているのですか、澪はすでに私の妻なんですよ。」
母親は目を閉じて陽斗の言葉は聞こえないふりをした。
すると、今度は一条麗香が陽斗へ話しを始めた。
「陽斗さん、もし澪さんが大切ならば愛人でも良いですよ。私は白い結婚でも構いませんから。」
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