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「こんにちは、澪ちゃんいますか?」

少しして玄関の外から理久の声がした。
母は急いで玄関を開ける。

「理久君、なんか澪が昨日からお世話になってしまったみたいね…ありがとうございます。澪なら奥で珈琲飲んでるわ、理久君もどう?」

「うれしいな、おじさんのこだわりの珈琲豆ですよね。僕も頂きます。」


理久も昔からうちへは良く来ているので、当たり前のように椅子に座って珈琲を美味しそうに飲み始めた。
一息つくと、私のほうに目を向けた。

「澪、これから町まで買物に行くけど一緒に行かないか?」

あまり気は進まないが、お母さんの後押しもあり、私は理久と町まで行くことになった。
ここは田舎町なので、大きなスーパーなどは無い。
そのため車で20分程かかる町に買い物に行くのだ。

理久の車の助手席に座り車は走り出す。

その時になぜか陽斗の顔が思いうかんでしまうのだった。
陽斗の助手席で話したこと、見た景色が頭の中で蘇ってしまうのだ。

「澪、どうしたんだ、なんか黙ったままだし、ぼーっとしているぞ。大丈夫か?」

「う…うん。大丈夫。」

私は頭をフルフルと振って陽斗の記憶を忘れようとしたのだった。



町は以前と変わらない懐かしい店が並んでいた。
学生時代に良く通っていた喫茶店もある。
ここは以前に理久がアルバイトしていた店だ。

「懐かしいな…喫茶いこい。古臭い入り口も昔のままなんだな。澪、ちょっとここで休むとするか。」

店に入るとマスターが目尻を下げてこちらを見た。

「理久と澪ちゃんじゃないかい。久しぶりだね…澪ちゃんはすっかり綺麗になったね。」

マスターは私達のことを覚えていてくれた。
この町は何もかもが懐かしく、皆が優しい。
やはり故郷はとても落ち着くのだ。


「なぁ、澪。…もう東京に帰らずここで暮らさないか?」

「…っえ…でも…急に言われても…わからないよ。」

「澪が傷ついたり、悩む姿はもう見たくないんだ。ここでゆっくり暮らして行こう。俺は澪を泣かせたりしない。ずっと俺の目の届くところで澪を守りたいんだ。」


確かにここでの暮らしはゆっくりと平和に過ごして行けるのだろう。
ただ、それで良いのか今はまだ決められない自分がいたのだった。

そして、今になって気が付いたこともあった。
理久は昔から優しかった。
しかし、私が新しい事を始めたり、知らない所に行くことを、いつも反対したことを思い出した。

理久は自分の籠の中に私を閉じ込めておきたいのではないだろうか。


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