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「ただいま、兄さん!唯ちゃんも一緒に連れて来たよ。」

蓮がマンションのドアを開けながら、部屋の中にいる玲也に向かって大きな声を出した。
すると、少し驚いたように玲也が玄関へと出て来た。

「…蓮、なぜ唯ちゃんと一緒なんだ?」

すると、蓮は少し自慢げに胸を張って見せた。

「唯ちゃんが、悪い奴らに絡まれてたから、正義の味方の蓮様が助けたのさっ!!」

玲也は蓮の話を聞いて、私をじっと見ながら心配そうな表情をした。

「唯ちゃん、大丈夫だったか?…絡まれていたって、怪我していないか?」

「ちょっと…酔っ払いに絡まれていたところを、蓮君に助けてもらったんです。」

玲也は私の話を聞いて、怪我などが無いことを確認すると少し安心した様子だが、こんなに心配してくれるとは驚きだ。
もともと心配性なのかも知れないが、なんだか少しくすぐったい気持ちになる。


「兄さん、丁度良かった。話があるから僕もちょっとお邪魔しますね。」

そして、蓮は玲也に何か話があるようで、自分もリビングに入り、玲也と向かい合う様にしてソファーに座った。
蓮は一度ニコリと笑顔を見せると、大きく息を吸って玲也に話を始めた。

「兄さん、話はしてなかったけど、驚かないで聞いてね。…僕は明日から、兄さんの会社でインターンすることに決めたよ。…あっ、でも兄さんと兄弟だと言う事は、まだ誰にも言ってないし、内緒にしたいんだ。…いろいろ気を使われたくないからね。…だから、よろしくね。」

確かにCEOの弟がインターンに来ていたら、周りは気を使うに違いない。
蓮の言っている意味はすごく納得できる。

すると、玲也は急に厳しい目で蓮を見た。

「俺は弟であっても、身内であってもビジネスに私情を入れることは無い。だから、弟だからと甘やかすこともしない。もし、うちの会社に入社しても、弟だからと特別には扱わないから、むしろ兄弟と言わないほうが良いだろう。」

優しい玲也しか見たことが無かった私はその厳しくも少し冷たい発言に驚いた。
やはり、企業のトップに立つことは、生易しい事ではないのだろう。
仕事に対する考え方は、とても厳しいようだ。

しかし、蓮もインターンをするという玲也の会社はどこなのだろう。
ますます気になり、聞かずにはいられなくなる。

「蓮君、インターンに行く会社って…どこなの?」

すると、蓮は何も言わずに口角を上げた。

「まだ、兄さんからも会社は聞いていないんだね。…う~ん、会社名は・お・し・え・な・い!!」

悪戯な表情でウィンクする蓮をみると、もうそれ以上何も言えなくなってしまう。
それに、玲也の会社を教えてくれと言っているように聞こえてしまうので、私はそれ以上に問うのはやめておいた。



翌日、会社に出社するとなにやら皆がザワザワとしている。

特に女性が数人ずつで嬉しそうに、塊をつくり話をしている。
ちょうど理子が出社してきたので話を聞いてみた。

「おはよう、理子。なんか皆がいつもよりザワザワしているけど何かあるの?」

すると、理子は聞かれるのを待っていたかのように話し出した。

「私もさっき総務の子に聞いたんだけど、なにやら今年もインターンが来るらしいのよ。」

「インターン?別に珍しく無いよね?」

インターンと言えば、蓮も昨日インターンの話をしていたばかりだ。
理子は口角と片眉を上げて話を続ける。

「それがさぁ、私もまだ見てないけど、驚くほど可愛い男の子が来るらしいのよ!成績も優秀で、ぜひこの会社に入社して欲しいって、いつになく担当も張り切っているらしいよ。」

「ふぅ~ん。みんな暇だねぇ。」

可愛い男の子は見てみたいが、そんなに話題にするほどなのだろうか。

「そういえば、唯はあんまりイケメンに興味ないよね。CEOも見たことない!とか言ってたもんね。」

「そうそう。だってそんなイケメンに憧れたって、現実には私達と関係ない人達じゃない。」


その日のお昼少し前。

総務課の人事担当が営業部へと入って来た。
うちのマネージャーと何か話をしている。

少しして、マネージャーが立ち上がり、部内の私達に向かって声を上げた。

「これから、営業部にインターンが2名研修でくるそうだ。今日から少しの間、営業部の仕事について教えてやってくれ。」

インターンとは、理子が教えてくれた男の子たちなのだろうか。



少しして、営業部の入り口から男の子と女の子の二人が入って来た。

皆が二人を見るなり、ザワザワコソコソと話し始めた。
この子たちが皆が騒いでいたインターンに来た子なのだろうか。
私も皆の隙間から、その二人の事を覗いてみることにした。

しかし、その子たちを見た瞬間に呼吸が止まった。

驚きで息を吸うのも忘れてしまうほどの衝撃だ。

(…ど…ど…どういう事!!)

その子たちは私達に向かって挨拶を始めたのだ。

「宮森 花(みやもり はな)です。よろしくお願い致します。」

「僕は、橘 蓮(たちばな れん)です。よろしくお願いします。」

挨拶で名乗った名前は、まぎれもなく、私の知っている蓮なのだ。

美少年の蓮を見て女性社員は目が釘付けになっている。
しかし、女の子の宮森さんも、かなりのアイドル顔でおじ様方は鼻の下が伸びているようだ。

私が驚きで固まっていると、後ろから理子が駆け寄って来た。

「ゆ…ゆ…唯!!れ…れ…蓮君だよね!!」

私は理子に振り返るなり、コクコクと細かく頷いた。
まだ驚きで声が出ないほどだ。



理子は少し興奮して話し始めた。

「ねぇ、蓮君がうちの会社にインターンに来ることは知ってたの?」

私は理子をじっと見つめながらゆっくり話し始めた。

「うちの会社とは知らなかったけど、蓮君が昨日、玲也さんのマンションまで送ってくれた時に、どこかの会社にインターンで行くと話していたのは聞いてた。」

「そうなんだ、偶然だね。」

「理子、…それに、もっと重大な事が…今、分かった。」

私はあまりの驚きで顔色が悪くなっていたようだ。

「…どうしたの?唯、顔色悪いよ…蓮君のことで驚き過ぎ?」

私は大きくフルフルと首を横に振った。

「蓮君はね、玲也さんに話をしていたの。…兄さんの会社にインターンに行くって…だから…それって…つまり…。」

理子も最初は意味が分からず私の話を聞いていたが、途中で気が付いたよようだ。

「ゆ…ゆ…唯!ま…ま…まさか…兄さんの会社って…兄さんの会社って…。」

理子も驚き過ぎて、言葉が出てこないようだ。


唯と理子が驚くのも無理はない。
蓮はお兄さんの会社でインターンをすると言っていたのだから、蓮のお兄さんの会社とは、このブラックローズ社という事になるのだ。



なんと、玲也はブラックローズ社のCEOだったのだ。

考えてみれば、玲也がフランスに帰って来たタイミングと、この会社のCEOが日本に来た時期は、重なっているではないか。

今となってみれば、わかりそうなことだが、まさか玲也がブラックローズ社のCEOだなんて、考えても見ない事だった。
だとすれば、私は自分の会社のCEOの家に居候させてもらっている事になる。
なんということだろう。

驚きで頭が真っ白になっている時だった、マネージャーが私の名前を呼んだのだ。

「花宮さん…花宮唯さん…。」

私がマネージャーに呼ばれているのを、気づかずにいたので、理子が慌てて私の肩を叩いた。

「唯…ちょっと唯…マネージャーが呼んでるよ。」

慌てて返事をしたため、裏声になってしまった。

「は…はは…はい。」

皆が私を見てクスクスと笑う中、蓮が私に気づいたようだ。
蓮は驚きを気づかれぬよう、冷静を装った。

私が近くに来たことを確かめると、マネージャーはコホッと咳払いをして、インターンである蓮達に向かって話し始めた。

「今日から少しの間、この花宮さんに仕事を教えてもらってください。彼女は営業事務だから、営業の内勤について詳しく説明してもらおう。その後に営業を実際に体験してもらう事にしよう。」

「はい。」
「はい。」

宮森さんと蓮が同時に返事をすると、私の方を向いた。
そして、蓮は涼しい顔で挨拶をした。

「花宮さん、よろしくお願いします。」

「こ…こ…こちらこそ…よろしく。」

動揺している私を見て、宮森花は怪訝な表情をする。



「営業事務の仕事は、営業の人が必要とする資料を集めたり、見積もりをつくったり、プレゼン資料の作成とかデータ分析など多岐に渡ります。まずは、簡単なところで見積もりから作ってみましょうか。」

私が仕事の説明を始めると、花はじっと私の顔を見つめている。
なにか、探りを入れられているようで落ち着かない。
蓮は平然としながら、熱心に話を聞いていた。

一通り説明が終わった時だった、花は唯に向かって質問した。

「花宮先輩、仕事の説明はよく分かりました。別件でお伺いしてよいですか?」

「え…ええ、何か質問でも?」

「花宮先輩は、さっき私達を見て驚いた顔をしていましたよね…何かあるのですか?」

急な花の質問に言葉が出ない。
何と言えばよいのだろうか。

「そ…そうかな…そう見えた?」

すると、それまで何も言わなかった蓮が口を開いた。

「僕は花宮先輩の上の階に住んでいたんだ。だから僕も先輩の顔を見たことがある。それで花宮先輩は驚いたのですよね。」

「う…うん。そうなの。少し驚いただけ。」

蓮に助けられた。
考えてみれば、蓮がCEOの弟だとは誰も知らない。
蓮と顔見知りでも問題は何もないのだ。

しかし、花はなぜか不服そうな顔をしていた。



いろいろと驚くようなことはあったが、無事に今日の仕事も終わろうとしている。

「花宮先輩、お先に失礼します。」
「…失礼します。」

蓮と花は、唯に向かって挨拶をした。

インターンへの説明に思いのほか時間を取られてしまった。
そのため、自分の仕事を終らせようと急いでデスクに座った時だった。

後ろから誰かが私に話し掛けたのだ。

「今年のインターンはどんな子たちでしたか?」

私はてっきり営業課のマネージャーだと思い、話しながらゆっくり振り返った。

「とても熱心に話は聞いていましたし…とても優秀な…っえ…え。」

私は話の途中で言葉を詰まらせた。

振り返ったところに居たのは、マネージャーでは無かったのだ。

なんと、そこに居たのは…玲也ではないか。

「れい…いいや…橘CEO…し…失礼いたしました。」

CEOである玲也の登場に営業部全員がざわめいている。

「今日から我が社にインターンが来ていると聞いたから、ちょっと見に来ただけなんだ。驚かせて悪かった。」

玲也は涼しい顔で話をしているが、唯は心臓が口から出そうなくらいドキドキしている。
蓮がインターンで来たことで、玲也がこの会社のCEOとわかってはいたが、こうやって本人を前にすると、現実味を増して緊張する。

玲也はそれだけを言うと、微笑を浮べて歩き出した。
慌てている私に対して、玲也は余裕の表情だ。

玲也が営業部から出て行くと、その様子を見ていた女子社員が私に向かって一斉に駆け寄って来た。

「…花宮さん!橘CEOと話ししていたよね!!」
「羨ましい!あんなに近くでCEOに見られて…ずるいよ!」
「なんで、花宮さんなの?私もインターンの担当になりたかったよ。」

分ってはいたが、それにしても、玲也はすごい人気だ。
確かに、あれだけのルックスと社会的地位も兼ね備えているのだから当然かもしれない。

ますます、とんでもない人の家に居候になっていることを痛感した。


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