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第5章

第82話 ジェラルド兄様の視点4

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 パチン、と指を鳴らすと、その場に兵部管轄総責任者である第四王子シン=シンタンが甲冑姿で現れた。青黒い髪に、赤紫色の瞳、筋骨隆々の鍛え上げられた巨漢の男の存在によって空気が一変する。
 シンタンは異母兄弟である第三王子レキスウに憐れみの眼差しを向け、剣先を突き付けた。

「そこまでだ」
「な──、なんで貴様が!」
「本当に残念だ。昔は年が近かった俺に剣術の稽古をつけてくれていたと言うのに……」
「ウルサイ! お前のような天才がいるから、オレ様は馬鹿にされ続けた。庶民の出自を蔑まれ、疎まれていた城内で、俺様が生き残るためには手段なんか選んでられねぇんだよ! 昇りつめて俺様が正しかったと周りに認めさせる!」
「だが、兄者はやり過ぎた」
「ウルサイ! 今なら俺が玉座に付けるとあの男は言ったんだ!」
(あの男?)

 レキスウはその辺に転がっていた死体の剣を奪い取ると、シンタン目掛けて突っ込んでいく。傷ついた足で刃を振るう。
 そこには先ほどの酔った、軽薄そうな大言壮語を語る男などいなかった。自分の夢を叶えるため、一心不乱に生きようとする男が──刃を振るう。

「死ね!」
「兄者の馬鹿者が!」

 ぶつかり合う剣戟は火花を散らし、金属音を響かせる。それを私は見届け人として傍観していた。異母兄弟とはいえ、血族が争う姿を見るのは、気持ちのいいものではない。
 二人の打ち合いは十合とももたず、レキスウは斬り捨てられた。

「がはっ」
「兄者が賭けに負けた時、素直に引き下がれば命までは奪われなかったというのに……」

 シンタンは刃に着いた血を払い鞘に収め、次いで黒のマントを剥ぎ取りレキスウの遺体にかけた。
 彼なりの手向けなのだろう。最後の最後だけ王族──いや、この男の意地のようなものが垣間見た。王族にありながら、疎まれ続けて捻じれて歪んでしまった男の末路。

(私も妹を疎んだ気持ちはあった……。けれど、あの子は私を必要としてくれた。もしレキスウにもシンタンの声が届いていたのなら……)

 同じ優秀な弟、王位継承権を持つ妹がいると兄は比較対象として苦労する。
 だが──それでも、疎み、憎しみ合う以外の関係が築けるはずだ。私とソフィのように。

「シンタン殿、お疲れ様でした。後はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「無論だ。俺は仕事で来ているのだから」
「そうですか」

 これで第一王子から第三王子までの権力を削ることができた。国力も今までの膿が出て、これで少しは国民のために回せる財が増えるだろう。もっともこうなってくると王位継承権に一番近いのは、第七王子になる。
 第七王子セイエン。
 これらの展開が読めていたのか、それとも偶然か。報告ではあまり目立ってはいなかったが……。国を安定させて火種を作らないようにしてくれればいい。そのためにも王族の私有地の名を借りた非合法組織を潰しておこう。

「では私はグエン国王に事の顛末を伝えるため、ここで失礼します」
「ああ。……貴殿に一つ聞く。此度の来訪の目的は、王位継承権問題を解決するためか? それとも我が国の国力を削ぐためか?」
「二つ聞いていますが?」

 第四王子であるシンタンは情に厚く、部下の信頼も高い。だがやはり駆け引きに関しては疎いだろう。こうも馬鹿正直に聞いてくる奴があるだろうか。

「………」
「何を勘ぐっているのか知りませんが、私は妹が王位に就く際に、不安要素を取り除いておきたかっただけですよ。現在スペード夜王国は王太子を決めてない。それゆえ万が一、国王が病死すれば何が起きるのか火を見るよりも明らかです」
「!」
「それにハート皇国では、不作が続き魔物の脅威もある。外交関係を円滑に進めたいというのが妹の願いなのですから、兄として力添えしようと決めただけのこと」
「……貴公は、宰相としてではなく、兄としてここに立っているのだな」
「兄は妹を守る者ですから。貴方がたの国の者に、そう昔諭されましたよ」
「そうか」

 少し話し過ぎたと思いつつ、愛しの妹のいる城へと戻ることにした。
 ひとまずこれでフェイと母と私の三人で計画した展開通りになったと、安堵する。本当にソフィにレキスウあの男と会わせる前に始末ができて良かった。

(それにしても第三王子までこうも簡単に切り崩せるとは、予想外だ。流れるような展開ですが、あまりにも上手く行きすぎて気持ちが悪い……。決定打は私たちが与えていますが、水面下でことが動いている可能性も否めない。もしそんなことを誰かが意図的にしているとしたら──私やフェイ以上の化物かもしれませんね)

 賭博施設から出ると、すでに妖精の馬車が手配されていた。私と入れ替わりでシンタン部下の兵たちは、地下街の一斉検挙を行なっている。私はあの個室を出た時から、妖精の透明マントを羽織っているので誰にも引き止められずに外に出た。後はこの国の人たちがやるべき事だ。
 そんな感じでクールに決めたつもりだったのだが──。

「ずびっ、ジェラルド坊っちゃま、立派になられて」

 私に付いてきた妖精の護衛者スプリガンのスーさんが、滂沱の涙を流して、鼻をかんでいた。
 普段は渋くてクールで、完璧な執事でもあるのだが、ものすごく涙脆い。

「スーさん、私これでも宰相だからね? もう二十五の大人なのだから……」
「私から見ればまだまだ子供です。あの人見知りで数学しか興味を持たず、社交会デビューも逃亡しかけた坊っちゃまが……立派になられました」
「褒めたいの? それとも貶したいの?」

 妖精たちはみんな過保護だ。そんな彼、彼女がいたからこそ特出した能力を持った者が生まれやすいダイヤ王国では、普通に暮らしている。
 特出した才能は大概理解され難く、迫害されやすい。それを私は他国と接して痛感した。

「見てください。ジェラルド坊っちゃまの勇姿を魔法石に記録しました。これでいつでも再生可能です。それといろんな角度の写真も撮っております」
「……スーさん」

 妖精たちは本当に私たちに甘い。

「いつもありがとう」
「ふふふ、どういたしまして。そうやって温かな気持ちをくれるのは、教えてくれたのは、貴方がた人なのですから──」

 柔らかく微笑むスーさんを見て、私は馬車に乗り込んだ。

「帰ったら真っ先にソフィに会いたいけれど、血の匂いもするだろうから着替えていった方がいいだろうか、どう思う?」
「その方が賢明かと」
(はぁ……。さて、こちらは上手くいったけれど母様はどうだろうか)
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