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第4章
第45話 腹黒聖女アリサの視点4
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薬師や救護班を押しのけて自分のことを優先する姿に、亜人たちは「ありえない」「本当に聖女か」と声が漏れる。耳障りの声など今のアリサには届いていなかった。
「アレクシス! 私を女王にしてくれって言ったでしょう! 貴方のような方がよもや約束をお忘れになったの!?」
「妖精王オーレ・ルゲイエは、……ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス以外の者を女王に据える気はないと宣言した。何よりアリサ・ニノミヤ、お前にその資格はないとも」
「な!?」
足の踏ん張りがきかず、アレクシスは膝を付いて倒れそうになる。アリサはそんな彼を支えるように抱きしめた。いや縋った。
「嘘よ、そんなの嘘! アレクシスは妖精王オーレ・ルゲイエよりも私の言葉を信じてくれるでしょう?」
「信じる……、か。……そうだな。もっとよく周りの話を聞けばよかった。耳を傾けて、話をすれば、喧嘩したって良かったんだ。俺と姫さんは幼馴染だったのだから」
「なっ……」
「すまない」
アレクシスは苦悶の表情を浮かべ、アリサを抱き寄せた。彼女はアレクシスの胸元にピッタリと寄り添い、この状況に酔いしれていた。
それゆえアレクシスの覚悟に気づかなかった。
アレクシスは魔法を一切使うことはできないが、魔導具などの魔法剣ならば扱うことができる。彼は複数の魔法剣を自分の周囲に浮遊させ──その矛先を自分とアリサへと向けた。
驚いたのは周囲の亜人たちだ。
「アレクシス様、こ、これはいったい……?」
「殿下、何を始めるおつもりですか!?」
(……こんな熱烈に抱擁するなんて、でも全く動けないし、体が痛いわ。まったくこういう野蛮なところはマイナスだわ)
アリサは状況が分からずアレクシスの顔を見ようとするが、きつく抱きしめられているので動けなかった。
「アレクシス? ちょっと痛いわ」
「アイツをもっと信じて、耳を傾けていれば──何か、変わったのだろうか」
アリサは身じろぎするが、身動き一つできない。そこでようやく異変に気付く。周囲に浮遊する魔法剣を見て彼女は悲鳴を上げた。
「な、きゃあああ。アレクシス。離して、離してよ!?」
「聞け、兵士たちよ! 俺が自害したのち、妖精王オーレ・ルゲイエの指示に従うように。今回の襲撃は我らの最大の過ちだったとしれ」
「アレクシス様、何をなさるおつもりですか!?」
「殿下一人を犠牲になどできません!」
側近のカイトは叫んだ。他の兵たちも動揺し自害を止めようとするが、アレクシスの覚悟は変わらない。アリサは殴るが肉体強度の高いアレクシスには効果がほとんどなかった。
「アレクシス、なんで。離して!」
「妖精王オーレ・ルゲイエの怒りを鎮める為には扇動者の首がいる。これは報いだ。我らはあの『古の魔女』の策にまんまと乗せられた。……カイト、あとのことは頼んだ」
「……アレクシス殿下。ハッ、かしこまりました」
「わ、私は関係ないわ! 戦争を起こしたのだって、アレクシスたちじゃない! 私のせいじゃない!」
一斉に刃がアレクシスとアリサを襲う。
「きゃああああああああああああ!」
「!?」
刃はアリサの背中を掠め、切っ先はアレクシスの右目を下から振り上げる形で切り裂いた。本当はそのまま貫けばよかっただろうが、アリサが立ち上がったため、刃の矛先が上へと逃げたのだ。
深々と切り裂かれたアレクシスの右目から大量の鮮血が迸った。アリサは左わき腹、足、腕に刃が深々と突き刺さる。
「ああああああああああ!」
「ぐっ……」
アレクシスの体にも刃が突き刺さり、その場が血の海となった。しかし彼は悲鳴を噛み殺し耐えた。それこそが幼馴染であるソフィーリアを殺してしまった贖罪として……。
「人殺し! アンタたち、何となんとかしなさいよ!」
アリサは使い魔に命じて叫んだ。
直後、黒々とした獣がアリサの影から現れ、その場にいた全員を無差別に襲った。それは妖精だったのかもしれないが、今はあまりにも禍々しい形相をしていた。
──グルルルル──
亜人たちが良く知る獣、いや魔物だと気づいた。むしろ今まであんな禍々しいものを、なぜ『妖精』だと認識していたのだろう。
一つの綻びが、みなの認識の齟齬に疑問を与えた。それにより今まで聖女に見えていたアリサが酷く醜く歪んだものとして映る。それはここにきて『魅了』と『洗脳』が解除されたことを意味していた。
だがその事実に、アリサ自身は気づいていなかった。
(今のうちに、こんな所から逃げる! ゲームオーバーになんてなるものですか!)
そう思った瞬間、いつものように体が半透明になっている。
やり直しの合図だ。
(あー、もう! 今回もバッドエンド!? 次よ、次。今度はこうはならない。絶対に私がヒロインとして幸福を迎えるんだから!)
アリサにとって十三回目のプレイスタート。
そしてそれもまたソフィーリア同様、始まりが異なっていた。
「アレクシス! 私を女王にしてくれって言ったでしょう! 貴方のような方がよもや約束をお忘れになったの!?」
「妖精王オーレ・ルゲイエは、……ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス以外の者を女王に据える気はないと宣言した。何よりアリサ・ニノミヤ、お前にその資格はないとも」
「な!?」
足の踏ん張りがきかず、アレクシスは膝を付いて倒れそうになる。アリサはそんな彼を支えるように抱きしめた。いや縋った。
「嘘よ、そんなの嘘! アレクシスは妖精王オーレ・ルゲイエよりも私の言葉を信じてくれるでしょう?」
「信じる……、か。……そうだな。もっとよく周りの話を聞けばよかった。耳を傾けて、話をすれば、喧嘩したって良かったんだ。俺と姫さんは幼馴染だったのだから」
「なっ……」
「すまない」
アレクシスは苦悶の表情を浮かべ、アリサを抱き寄せた。彼女はアレクシスの胸元にピッタリと寄り添い、この状況に酔いしれていた。
それゆえアレクシスの覚悟に気づかなかった。
アレクシスは魔法を一切使うことはできないが、魔導具などの魔法剣ならば扱うことができる。彼は複数の魔法剣を自分の周囲に浮遊させ──その矛先を自分とアリサへと向けた。
驚いたのは周囲の亜人たちだ。
「アレクシス様、こ、これはいったい……?」
「殿下、何を始めるおつもりですか!?」
(……こんな熱烈に抱擁するなんて、でも全く動けないし、体が痛いわ。まったくこういう野蛮なところはマイナスだわ)
アリサは状況が分からずアレクシスの顔を見ようとするが、きつく抱きしめられているので動けなかった。
「アレクシス? ちょっと痛いわ」
「アイツをもっと信じて、耳を傾けていれば──何か、変わったのだろうか」
アリサは身じろぎするが、身動き一つできない。そこでようやく異変に気付く。周囲に浮遊する魔法剣を見て彼女は悲鳴を上げた。
「な、きゃあああ。アレクシス。離して、離してよ!?」
「聞け、兵士たちよ! 俺が自害したのち、妖精王オーレ・ルゲイエの指示に従うように。今回の襲撃は我らの最大の過ちだったとしれ」
「アレクシス様、何をなさるおつもりですか!?」
「殿下一人を犠牲になどできません!」
側近のカイトは叫んだ。他の兵たちも動揺し自害を止めようとするが、アレクシスの覚悟は変わらない。アリサは殴るが肉体強度の高いアレクシスには効果がほとんどなかった。
「アレクシス、なんで。離して!」
「妖精王オーレ・ルゲイエの怒りを鎮める為には扇動者の首がいる。これは報いだ。我らはあの『古の魔女』の策にまんまと乗せられた。……カイト、あとのことは頼んだ」
「……アレクシス殿下。ハッ、かしこまりました」
「わ、私は関係ないわ! 戦争を起こしたのだって、アレクシスたちじゃない! 私のせいじゃない!」
一斉に刃がアレクシスとアリサを襲う。
「きゃああああああああああああ!」
「!?」
刃はアリサの背中を掠め、切っ先はアレクシスの右目を下から振り上げる形で切り裂いた。本当はそのまま貫けばよかっただろうが、アリサが立ち上がったため、刃の矛先が上へと逃げたのだ。
深々と切り裂かれたアレクシスの右目から大量の鮮血が迸った。アリサは左わき腹、足、腕に刃が深々と突き刺さる。
「ああああああああああ!」
「ぐっ……」
アレクシスの体にも刃が突き刺さり、その場が血の海となった。しかし彼は悲鳴を噛み殺し耐えた。それこそが幼馴染であるソフィーリアを殺してしまった贖罪として……。
「人殺し! アンタたち、何となんとかしなさいよ!」
アリサは使い魔に命じて叫んだ。
直後、黒々とした獣がアリサの影から現れ、その場にいた全員を無差別に襲った。それは妖精だったのかもしれないが、今はあまりにも禍々しい形相をしていた。
──グルルルル──
亜人たちが良く知る獣、いや魔物だと気づいた。むしろ今まであんな禍々しいものを、なぜ『妖精』だと認識していたのだろう。
一つの綻びが、みなの認識の齟齬に疑問を与えた。それにより今まで聖女に見えていたアリサが酷く醜く歪んだものとして映る。それはここにきて『魅了』と『洗脳』が解除されたことを意味していた。
だがその事実に、アリサ自身は気づいていなかった。
(今のうちに、こんな所から逃げる! ゲームオーバーになんてなるものですか!)
そう思った瞬間、いつものように体が半透明になっている。
やり直しの合図だ。
(あー、もう! 今回もバッドエンド!? 次よ、次。今度はこうはならない。絶対に私がヒロインとして幸福を迎えるんだから!)
アリサにとって十三回目のプレイスタート。
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