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第3幕
第36話 私を生かしてくれてありがとう
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小首をかしげるとシン様は、くくっと、喉を震わせて笑い出した。
なにが可笑しかったのか、私はジッと彼を睨んだ。それを受けて「ごめん、ごめん」と彼は口元に笑みを浮かべる。困った顔で微笑む姿に思わず見惚れてしまった。
「私を生かしてくれて、理由をくれてありがとう。ソフィ」
「私が──? シン様を?」
記憶を遡ろうとするが、十三回目は幼い頃から困っている人を中心に、できるだけ頑張ったのだ。一番古い記憶に残っているのは、バルコニーで死にそうな少年だった。
(まさかね……)
「ソフィ」
いつの間にか彼は私の傍に佇んでいた。いつ席を立ったのか気づかなかった。
「シン様。……それで私に協力はしていただけるのでしょうか?」
「協力はするけれど──」
シン様に手を引かれ、私は彼に抱きしめられてしまう。これは私が逃げられなくするために腕の中に捕らえたと言う方が正しいだろう。
「婚約破棄は絶対にしない。それ以外に破滅の未来を回避する」
「それじゃあ、約束が──」
「私は『うん』と言ったかい?」
「……………………!」
思い返してただ笑っただけなのを思い出す。顔を上げるとシン様はしてやったりとご満悦のようだ。
(嵌められた!)
「その顔も可愛い」
「シン様……!」
「ソフィの話を聞いて四つほど確認したいのだけど、いいかな?」
「……………………」
「ソフィ?」
頭にキスを落とされ、私は体が硬直する。
「答えないなら答えるまで、私がどれだけ貴女を思っているか行動で示すけれど、いいよね」
「質問に答えます!」
「もう少し粘っても良かったのだけれどね」
「!?」
完全に主導権と身柄を握られている。しかも額や頬にキスの雨を降らせる。
嬉々としているシン様に逆らえない。
(私が好きだと言い出してから、完全にシン様のペースだわ!)
シン様はソファに座り直し、私は彼の膝の上に横抱きされながら乗っている。抵抗したのだが、抵抗するたびにキスをするのはどうにかして欲しい。
私の心臓がもたないのだけれど。
そもそもこんなに密着する必要があるのか不明だった。シン様曰く「逃がさないため」だそうだ。密着することになれていないので、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
(シン様との距離が近い、近い……うう。なんだか花の香りがする……)
「一つ目は、夢で見た私とソフィとの関係性についてだ」
「ひゃい」
「フフフッ、慌てなくていい。六年後とはいえどんな関係性だったのか。覚えている範囲で構わない」
先程は大まかな流れだけ語ったのだが、確かに関係性などは省略していのを思い出す。
夢、として十二回目までの時間軸のシン様の言動をオブラートに語ることにした。
「……そうですね。婚約者としてパーティーなどでのエスコートやお茶会など完璧にこなされていました。私との食事会やお茶会は三ヶ月か半年に一度でしたが」
「は? 私がソフィと会うのに、三ヶ月いや半年に一度だと?」
信じられないというシン様に、思わず時間跳躍のシン様を擁護する。
「そのシン様はスペード夜王国に住んでいましたし、礼部のお仕事をなさっていたようで、仕事量も多かったですから、しょうがなかったかと思います」
「礼部か、外交関係で各国を飛び回ることもあるが、三か月、いや半年の頻度だったならソフィに変な虫がつきかねないのに……」
(虫? ダイヤ王国に有害な虫はいなかったはず……?)
「夢の中の私は随分と余裕だったのだな。いや余裕というか自惚れか」
シン様は苛立たしそうに呟いていたが私への不満ではなく、かつての自分に対して怒りを向けていた。
「夢の私は、この国で留学してなかったのか?」
「はい」
「なるほど。それなら私は誰にも隙を見せないように慎重に生きてきたのだろうな。表情も硬く言葉も表面上なものばかりにして、付け入る隙を生み出さないように──でないと生き残れなかったからだ」
「そんな、シン様はハク家の出なのでしょう? 確かスペード夜王国では四大名家だと伺いましたわ。そんな家柄なら──」
シン様は「ふぅ」と息を吐くと、私の言葉を遮った。
彼は何とも言い難い複雑な表情で私を見つめ返す。
「確かに伯家の出だが、それは母の死後に判明したことで、今でも私が出世するのを面白く思ってない者の方が多い。スペード夜王国は常に弱肉強食。王子だからといって胡座をかいていれば、すぐに寝首を掻かれる。だからこそソフィが私に提案してくれた留学というのは、私にとって救いでもあった」
「そう──なのですか?」
私の中では思い付きようなものだったが、シン様の立ち位置がこれほどまでに大きく変わるとは思っていなかった。それよりもシン様の出生やどのような生き方をしていたのか婚約者なのに、何も知らなかったのだということに気づく。
この時間軸になってからは、各国の情勢など情報を集めていたが、個々人の事になると他国では情報が入りにくい。兄様あたりはきっと独自のルートで調べていそうだけれど。
「夢の中でのシン様はスペード夜王国の王子で、礼部で有能な方で人望も厚いと……それぐらいしか、知りませんでしたわ」
「そうか」
国の官僚で、尚書省の六部の一つにあたる礼部。教育や、外交などを主に担当する役職であり王族だからといって、そう簡単に職に就けるわけではない。
そのあたりからもシン様が有能だというのは分かっていたが、母方の実家との問題やスペード夜王国での生活は殆ど知らない。
もっとも私自身が他国を訪れたことがないので、他国の内情を聞いても今一ピンとこなかった。
(妖精たちからの情報や本だけじゃ分からないことが多い。……そんなの当たり前よね)
「私が留学せずに祖国で礼部に入るまで、相当に険しい道だったと思う。それこそ婚約者として王族というだけでは、政治的発言権もあってないものだ」
「そう……なのですか」
「ああ。……そしてそれをソフィに悟らせたくなかったのは、男の意地のようなものだ」
「ではわざと話さなかった、と?」
「意中の相手に格好悪い姿を見せたくない……」
「──っ」
なにが可笑しかったのか、私はジッと彼を睨んだ。それを受けて「ごめん、ごめん」と彼は口元に笑みを浮かべる。困った顔で微笑む姿に思わず見惚れてしまった。
「私を生かしてくれて、理由をくれてありがとう。ソフィ」
「私が──? シン様を?」
記憶を遡ろうとするが、十三回目は幼い頃から困っている人を中心に、できるだけ頑張ったのだ。一番古い記憶に残っているのは、バルコニーで死にそうな少年だった。
(まさかね……)
「ソフィ」
いつの間にか彼は私の傍に佇んでいた。いつ席を立ったのか気づかなかった。
「シン様。……それで私に協力はしていただけるのでしょうか?」
「協力はするけれど──」
シン様に手を引かれ、私は彼に抱きしめられてしまう。これは私が逃げられなくするために腕の中に捕らえたと言う方が正しいだろう。
「婚約破棄は絶対にしない。それ以外に破滅の未来を回避する」
「それじゃあ、約束が──」
「私は『うん』と言ったかい?」
「……………………!」
思い返してただ笑っただけなのを思い出す。顔を上げるとシン様はしてやったりとご満悦のようだ。
(嵌められた!)
「その顔も可愛い」
「シン様……!」
「ソフィの話を聞いて四つほど確認したいのだけど、いいかな?」
「……………………」
「ソフィ?」
頭にキスを落とされ、私は体が硬直する。
「答えないなら答えるまで、私がどれだけ貴女を思っているか行動で示すけれど、いいよね」
「質問に答えます!」
「もう少し粘っても良かったのだけれどね」
「!?」
完全に主導権と身柄を握られている。しかも額や頬にキスの雨を降らせる。
嬉々としているシン様に逆らえない。
(私が好きだと言い出してから、完全にシン様のペースだわ!)
シン様はソファに座り直し、私は彼の膝の上に横抱きされながら乗っている。抵抗したのだが、抵抗するたびにキスをするのはどうにかして欲しい。
私の心臓がもたないのだけれど。
そもそもこんなに密着する必要があるのか不明だった。シン様曰く「逃がさないため」だそうだ。密着することになれていないので、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
(シン様との距離が近い、近い……うう。なんだか花の香りがする……)
「一つ目は、夢で見た私とソフィとの関係性についてだ」
「ひゃい」
「フフフッ、慌てなくていい。六年後とはいえどんな関係性だったのか。覚えている範囲で構わない」
先程は大まかな流れだけ語ったのだが、確かに関係性などは省略していのを思い出す。
夢、として十二回目までの時間軸のシン様の言動をオブラートに語ることにした。
「……そうですね。婚約者としてパーティーなどでのエスコートやお茶会など完璧にこなされていました。私との食事会やお茶会は三ヶ月か半年に一度でしたが」
「は? 私がソフィと会うのに、三ヶ月いや半年に一度だと?」
信じられないというシン様に、思わず時間跳躍のシン様を擁護する。
「そのシン様はスペード夜王国に住んでいましたし、礼部のお仕事をなさっていたようで、仕事量も多かったですから、しょうがなかったかと思います」
「礼部か、外交関係で各国を飛び回ることもあるが、三か月、いや半年の頻度だったならソフィに変な虫がつきかねないのに……」
(虫? ダイヤ王国に有害な虫はいなかったはず……?)
「夢の中の私は随分と余裕だったのだな。いや余裕というか自惚れか」
シン様は苛立たしそうに呟いていたが私への不満ではなく、かつての自分に対して怒りを向けていた。
「夢の私は、この国で留学してなかったのか?」
「はい」
「なるほど。それなら私は誰にも隙を見せないように慎重に生きてきたのだろうな。表情も硬く言葉も表面上なものばかりにして、付け入る隙を生み出さないように──でないと生き残れなかったからだ」
「そんな、シン様はハク家の出なのでしょう? 確かスペード夜王国では四大名家だと伺いましたわ。そんな家柄なら──」
シン様は「ふぅ」と息を吐くと、私の言葉を遮った。
彼は何とも言い難い複雑な表情で私を見つめ返す。
「確かに伯家の出だが、それは母の死後に判明したことで、今でも私が出世するのを面白く思ってない者の方が多い。スペード夜王国は常に弱肉強食。王子だからといって胡座をかいていれば、すぐに寝首を掻かれる。だからこそソフィが私に提案してくれた留学というのは、私にとって救いでもあった」
「そう──なのですか?」
私の中では思い付きようなものだったが、シン様の立ち位置がこれほどまでに大きく変わるとは思っていなかった。それよりもシン様の出生やどのような生き方をしていたのか婚約者なのに、何も知らなかったのだということに気づく。
この時間軸になってからは、各国の情勢など情報を集めていたが、個々人の事になると他国では情報が入りにくい。兄様あたりはきっと独自のルートで調べていそうだけれど。
「夢の中でのシン様はスペード夜王国の王子で、礼部で有能な方で人望も厚いと……それぐらいしか、知りませんでしたわ」
「そうか」
国の官僚で、尚書省の六部の一つにあたる礼部。教育や、外交などを主に担当する役職であり王族だからといって、そう簡単に職に就けるわけではない。
そのあたりからもシン様が有能だというのは分かっていたが、母方の実家との問題やスペード夜王国での生活は殆ど知らない。
もっとも私自身が他国を訪れたことがないので、他国の内情を聞いても今一ピンとこなかった。
(妖精たちからの情報や本だけじゃ分からないことが多い。……そんなの当たり前よね)
「私が留学せずに祖国で礼部に入るまで、相当に険しい道だったと思う。それこそ婚約者として王族というだけでは、政治的発言権もあってないものだ」
「そう……なのですか」
「ああ。……そしてそれをソフィに悟らせたくなかったのは、男の意地のようなものだ」
「ではわざと話さなかった、と?」
「意中の相手に格好悪い姿を見せたくない……」
「──っ」
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