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第3幕
第33話 零れ落ちる涙
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シン様の食い気味で大きな声に、反射的に驚いてしまった。
苛立たし気な声は、時間跳躍の時間軸と同じシン様のようで──あの時、流せなかった涙が、今頃になってポロポロと頬に流れ落ちる。
「ふっ……っつ……」
「え、あ──ソフィ、すまない。泣かないでくれ(悲しませたくないのに……)」
「……泣いてない……です」
シン様は優しく涙を拭って私をあやす。いつもキリッとしているのに、今はあわあわと焦り困っている。けれど私はもっと混乱していて頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「貴女に泣かれたら、どうしていいのか分からない(ソフィ、泣かないで)」
「ここに放って置いて……いただければ大丈夫です」
「それは駄目だ。婚約者を放っておくなんてできるか!」
(婚約者だから──)
何度その言葉に喜び──そして傷ついただろう。
最初は「婚約者として」彼の特別になれた気がして嬉しかった。でも時間跳躍の時間軸を繰り返していくうちに、義務と言い訳と女性避けに使われていった。
政略結婚だから、と表向きに婚約者としてアピールしなければならない。私たちの関係は好きあっての恋人ではないのだと思い知らされた。
「……もう、大丈夫……ですから、シン様は会場に戻ってください」
「どうして私とは距離を取ろうとする。……私はソフィともっと話をして、仲良くしたいのに」
「!」
真っ直ぐに見つめるアメジスト色の瞳は、どこまでも真剣だった。何も知らなければ心動かされていただろう。
(でも……。そうやってまた好きになって、信じて、それで──裏切られたら?)
「何か訳があるのなら、教えてくれないか?(一人で抱え込まないで、私にもソフィを支えられるぐらい信頼されたい)」
「ふぐ……。うう……」
虚勢を張るものの泣いているのは事実で、今も大きな雫が零れ落ちる。対してシン様は先ほどの怒りなどどこに行ってしまったのか、困り果てているようだった。
「フェイ様、ソフィーリア様は見つかりました─────────か」
側近であるハク様は、泣いている私とシン様を交互に見やって、
「ちょ、フェイ様。なに王女を泣かせているんですか!? 何しでかしたんですか?」
「これは違──わなくもないが、どうすれば泣き止んでくれるのか分からなくて、困っている」
「そういう場合は、こう背中を擦って安心させるのです」
ハク様が手本を見せようとした瞬間、シン様が手を叩きのめす。
「痛っ!」
「私のソフィに触れるな」
「どうしろと……」
(もう、なんなの……。シン様が全然違う)
恥ずかしくて死にそうだが、やはり涙は止まらない。
堰き止められていた感情が洪水のように私の中で渦巻いて、コントロールが効かなかった。
今までは「泣かない」と思えば涙なんて出なかったのに。
「フェイ様、ソフィーリア様をこんなに泣かせて、……本当に何をしたのですか?」
「……少し苛立って、声を荒げてしまった。いやそもそも私の落ち度で不快な──」
「そこの君たち。どうして私の可愛い、可愛い天使が泣いているんだい?」
その場の気温が一気に下がった。
「………に、兄様ぁ」
全員の視線が廊下の奥へと向いた。ジェラルド兄様は人には見せてはいけない形相で、佇んでいた。
一難去ってまた一難。
廊下にハク様とフェイ様の悲鳴が上がったのだった。
***
結論からいうと流血沙汰だけは防いだ。
物心つく頃から私はあまり泣かない子だったそうで、そんな私がボロボロと泣く姿を見た瞬間、ジェラルド兄様の理性が焼き切れたという。
あの後すぐに妖精王オーレ・ルゲイエがその場を収めてくれたので、大事にならなかった。
ただ私は人前であんなにも泣いてしまったことや、今までのやり直しの記憶などがフラッシュバックし──その日の夜から知恵熱が出てしまい、数日間寝込んだ。
自分は図太くて頑丈だと思っていたのだが、その認識を改めた方がいいだろう。十二回も繰り返された時間跳躍でも平気だったのに──と思ったのだが、ずっと無理をしていただけなのだと気づく。
本当は人一倍臆病で、怖がりで、すぐに傷ついて落ち込む。
とても弱い子だった。
(可笑しいわ。今までこんな風に倒れる事なんて、熱だって出たことないのに……。この時間軸だと寝込んでばかり……)
体が熱くて、怠くて、眠い。
砂時計が零れ落ちていくのを止めることはできない。今もダイヤ王国滅亡まで時間がないのに、上手く思考がまとまらなかった。
『今までずっと張りつめていたものが、切れたのだとおもうよ~』
「じい様」
羽根を生やした白猫──オーレ・ルゲイエが目の前に姿を見せ、ふわふわと浮かんでいる。
『でも、ちょうど良かったのかもしれないね~』
「というと?」
『そなたの体は、まだ子供だということだよ~。大人とは違って感情のコントロールはもちろん、体調、心もそう簡単に制御できるものじゃない。たとえ時間跳躍を繰り返していても、魂の負荷はかかる。そうやって溜めに溜めた感情が一気に爆発したのさ~』
「我慢……。私は我慢をしていたの?」
『そうだよ~。本来ならもっと早い段階で泣いて、悲しんでもよかったのに。ソフィは頑張り屋で、王女として一生懸命で、そうやってなんでも一人でどうにかしようとしていただろう~』
「それは……」
喋ったせいかまた眠くなってきた。
うとうとしながら、今回の事を振り返る。
「もっと……頼っていいってこと?」
『うん。私や周りに少しずつでいいから頼るんだよ~』
「泣き虫だって……失望しない?」
『しないよ。つらいときは泣いたっていいのだから~』
「……もう、裏切られるのは……やです」
『そうだね。……ならどうすればいいのか、彼に話してみたらどうだい~』
(シン様に……?)
オーレ・ルゲイエは私の中に沈殿していた感情を紐解いていく。
一滴の涙が零れ落ちたのを感じたが、涙を拭うことも出来ず意識を手放した。
苛立たし気な声は、時間跳躍の時間軸と同じシン様のようで──あの時、流せなかった涙が、今頃になってポロポロと頬に流れ落ちる。
「ふっ……っつ……」
「え、あ──ソフィ、すまない。泣かないでくれ(悲しませたくないのに……)」
「……泣いてない……です」
シン様は優しく涙を拭って私をあやす。いつもキリッとしているのに、今はあわあわと焦り困っている。けれど私はもっと混乱していて頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「貴女に泣かれたら、どうしていいのか分からない(ソフィ、泣かないで)」
「ここに放って置いて……いただければ大丈夫です」
「それは駄目だ。婚約者を放っておくなんてできるか!」
(婚約者だから──)
何度その言葉に喜び──そして傷ついただろう。
最初は「婚約者として」彼の特別になれた気がして嬉しかった。でも時間跳躍の時間軸を繰り返していくうちに、義務と言い訳と女性避けに使われていった。
政略結婚だから、と表向きに婚約者としてアピールしなければならない。私たちの関係は好きあっての恋人ではないのだと思い知らされた。
「……もう、大丈夫……ですから、シン様は会場に戻ってください」
「どうして私とは距離を取ろうとする。……私はソフィともっと話をして、仲良くしたいのに」
「!」
真っ直ぐに見つめるアメジスト色の瞳は、どこまでも真剣だった。何も知らなければ心動かされていただろう。
(でも……。そうやってまた好きになって、信じて、それで──裏切られたら?)
「何か訳があるのなら、教えてくれないか?(一人で抱え込まないで、私にもソフィを支えられるぐらい信頼されたい)」
「ふぐ……。うう……」
虚勢を張るものの泣いているのは事実で、今も大きな雫が零れ落ちる。対してシン様は先ほどの怒りなどどこに行ってしまったのか、困り果てているようだった。
「フェイ様、ソフィーリア様は見つかりました─────────か」
側近であるハク様は、泣いている私とシン様を交互に見やって、
「ちょ、フェイ様。なに王女を泣かせているんですか!? 何しでかしたんですか?」
「これは違──わなくもないが、どうすれば泣き止んでくれるのか分からなくて、困っている」
「そういう場合は、こう背中を擦って安心させるのです」
ハク様が手本を見せようとした瞬間、シン様が手を叩きのめす。
「痛っ!」
「私のソフィに触れるな」
「どうしろと……」
(もう、なんなの……。シン様が全然違う)
恥ずかしくて死にそうだが、やはり涙は止まらない。
堰き止められていた感情が洪水のように私の中で渦巻いて、コントロールが効かなかった。
今までは「泣かない」と思えば涙なんて出なかったのに。
「フェイ様、ソフィーリア様をこんなに泣かせて、……本当に何をしたのですか?」
「……少し苛立って、声を荒げてしまった。いやそもそも私の落ち度で不快な──」
「そこの君たち。どうして私の可愛い、可愛い天使が泣いているんだい?」
その場の気温が一気に下がった。
「………に、兄様ぁ」
全員の視線が廊下の奥へと向いた。ジェラルド兄様は人には見せてはいけない形相で、佇んでいた。
一難去ってまた一難。
廊下にハク様とフェイ様の悲鳴が上がったのだった。
***
結論からいうと流血沙汰だけは防いだ。
物心つく頃から私はあまり泣かない子だったそうで、そんな私がボロボロと泣く姿を見た瞬間、ジェラルド兄様の理性が焼き切れたという。
あの後すぐに妖精王オーレ・ルゲイエがその場を収めてくれたので、大事にならなかった。
ただ私は人前であんなにも泣いてしまったことや、今までのやり直しの記憶などがフラッシュバックし──その日の夜から知恵熱が出てしまい、数日間寝込んだ。
自分は図太くて頑丈だと思っていたのだが、その認識を改めた方がいいだろう。十二回も繰り返された時間跳躍でも平気だったのに──と思ったのだが、ずっと無理をしていただけなのだと気づく。
本当は人一倍臆病で、怖がりで、すぐに傷ついて落ち込む。
とても弱い子だった。
(可笑しいわ。今までこんな風に倒れる事なんて、熱だって出たことないのに……。この時間軸だと寝込んでばかり……)
体が熱くて、怠くて、眠い。
砂時計が零れ落ちていくのを止めることはできない。今もダイヤ王国滅亡まで時間がないのに、上手く思考がまとまらなかった。
『今までずっと張りつめていたものが、切れたのだとおもうよ~』
「じい様」
羽根を生やした白猫──オーレ・ルゲイエが目の前に姿を見せ、ふわふわと浮かんでいる。
『でも、ちょうど良かったのかもしれないね~』
「というと?」
『そなたの体は、まだ子供だということだよ~。大人とは違って感情のコントロールはもちろん、体調、心もそう簡単に制御できるものじゃない。たとえ時間跳躍を繰り返していても、魂の負荷はかかる。そうやって溜めに溜めた感情が一気に爆発したのさ~』
「我慢……。私は我慢をしていたの?」
『そうだよ~。本来ならもっと早い段階で泣いて、悲しんでもよかったのに。ソフィは頑張り屋で、王女として一生懸命で、そうやってなんでも一人でどうにかしようとしていただろう~』
「それは……」
喋ったせいかまた眠くなってきた。
うとうとしながら、今回の事を振り返る。
「もっと……頼っていいってこと?」
『うん。私や周りに少しずつでいいから頼るんだよ~』
「泣き虫だって……失望しない?」
『しないよ。つらいときは泣いたっていいのだから~』
「……もう、裏切られるのは……やです」
『そうだね。……ならどうすればいいのか、彼に話してみたらどうだい~』
(シン様に……?)
オーレ・ルゲイエは私の中に沈殿していた感情を紐解いていく。
一滴の涙が零れ落ちたのを感じたが、涙を拭うことも出来ず意識を手放した。
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