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1.
「お嬢様、侯爵家の使いの方が……」
「そう」
ああ、やっぱりと言う思いを抱きながらも、努めて冷静に答えた。使者は大変申し訳ない──と言った顔ではなく「仕事を増やしやがって迷惑な婚約者だ」という眼差しで、手紙を侍女に渡す。不遜な態度にグッと堪える。いくら婚約者の家とはいえ、侯爵家と子爵家では身分が違う。
『親愛なるディアンナ。
突然、ルナ様の容体が急変して部屋を出ることが難しくなってしまった。今日はエスコートできるのを楽しみにしていたのに、申し訳ない! 国王陛下には今回のこともお伝えしているから、子爵家の不手際があった訳じゃないとフォローが入るはずだ。本当にすまない。次こそは絶対に約束を守る。だから、どうか僕を嫌わないでほしい。愛しい人。どうか、あと少しだけ、ルナ様との時間を許してほしい。アルフレッド・エヴァーツ』
ルナ様の容体が変わるなんていつものこと。弱々しく横になるルナ様の言うことを聞くのは、世話役のアルフレッド様だけ。
王家主催のパーティーだろうと、神獣の体調が良くなければ、神獣を優先する。まだ幼い白虎を面倒見ているアルフレッド様だって大変なのだ。私が文句を言うわけにもいかない。何せ相手は神獣なのだ。
これで二股掛けられているとか、他のご令嬢と浮気なら怒れただろう。でも彼はこの国で彼しかできない特別な職務なのだ。誉高い仕事で、この国の聖女や聖人と同列な扱いを受ける。
我が子爵家も建国以前より続く名家なため、爵位こそ低いが四大貴族の次に権力がある。もっとも母の死後、父が当主の座に就いてからはあまり業績が良くない。浪費が多すぎるのだ。
それもこれも継母と義妹が来てからやりたい放題だったからだ。父も私が領地運営や事業の立ち上げで成果を上げるのを見て、丸投げ。功績は自分のものにして、失敗は全部私に押し付ける。
それでも侯爵家の次男であるアルフレッド様が婿入りしてくだされば、少しは仕事が楽になると思っていたけれど、神獣の世話役な以上……難しいわよね。
昔はもっと──というよりも、どこに行くにも一緒だったから、今の状況が辛いわ。
『ディアンナが好きそうなお菓子を持ってきたよ。一緒に食べよう』
『今日すごく綺麗な虹が見える場所を見つけたんだ、今度そこでピクニックしよう』
『ディアンナ、刺繍の糸が切れそうだから、一緒に買いに付き合ってくれないかな?』
『ディアンナ、どうしよう。騎士の仕事で、ディアンナに会えるのが週四日になりそうなんだ……。ディアンナ不足で死ぬかも……』
『ディアンナ、世界で一番愛している。すごくすごく好きだよ』
なんて毎日砂糖菓子よりも甘い言葉を言われていたっけ。
懐かしいなぁ。もう少し落ち着いたら、昔のように一緒にいる時間が増えるかしら?
***
気が重い。
楽しみにしていた王家のパーティーも、一人で乗る馬車も、アルフレッド様に見せたかった新しいドレスも無価値だわ。
「遅いぞ、何をしていた?」
「まあ、アルフレッド様がいないなんてつまらないわ」
「神獣のお世話役なのでしょう。お役目を果たしているのに、婚約者の貴女がみなを待たせているなんて……良い身分ですこと」
「すみません」
時間通りに来たはずなのに、サロンで待っていた父と継母、義妹は会って早々文句ばかり。
四大貴族と我が子爵家だけは、王家専用の通路からパーティー会場に入る。両親と義妹は苛立ちながらも、その特別通路にあるサロンで私を待っていた。いや正確には私が次期子爵家当主なため、私を無視できないのだ。実際お父様は代理当主で、婿入りしているため当主権限はない。この国では当主継承に伴い血縁のみと定められている。つまりお母様の娘である私しか当主を継げない。
そのことが継母や義妹には腹立たしいのだろう。母が亡くなった後、父は落ち込む私をフォローしてくれていたが、いつの間にか継母たちの考えに染まってしまった。
昔はもっと周りが見えていて、優しかったのに……。
両親との思い出は色褪せて、もう懐かしむこともなかった。
***
四大貴族の後に続いて、パーティー会場に入場する。洗練された厳かな演奏と拍手。それとは別に同情めいた皮肉の声が聞こえてきた。
『あら、またアルフレッド様はいらっしゃらないのね』
『神獣の容態が悪くなったのかしら。不安だわ』
『そうね』
『それにしても、私の婚約者が神獣様の世話役でなくて本当に良かったわ』
『まったくです。ああやって毎回デートや約束事、パーティーの同伴もしてくださらないのが婚約者だなんて嫌ですもの』
『それに比べたらアルドリッジ嬢は、素晴らしいですわね』
『ええ、これもひとえに愛の深さがなし得ているのでしょう』
耳に入ってくる声、声、声。
一見同情しているように聞こえるが、その実は皮肉たっぷりで婚約者に大事にされていない『可哀そうな令嬢』と言いたいのだ。それはアルフレッド様が黒髪の爽やかな美男子かつ、侯爵家の次男だからというのもある。貴族学院では女子生徒にモテていて、文武両道かつ品行方正かつ紳士的。非の打ち所がないのだから、ご令嬢が夢中になるのも分かる。
私とアルフレッド様との婚約は両親の交流が大きかったけれど、幼馴染としてずっと一緒にいてお互いに好き同士で結ばれたのだ。
その関係が崩れたのは彼が貴族学院を卒業、騎士団に所属して間もなくして神獣が空からご光臨したことから始まったと思う。
神獣が降り立った国は、厄災や病、魔物の脅威から守り、祝福に満ちて国を豊かにするという。もっともこの国は建国以来、厄災や病に縁遠く魔物の脅威も少ない。さらに加護が加算されればより良くなるだろうと、皆喜んだ。
伝承通り、神獣であられる白虎ルナはこのデミアラ王国に加護を与え、アルフレッド様に懐いた。
本来は王族がその世話役を買って出るのだが、アルフレッド様にしか懐かず、それ以外の者に対しては警戒心を募らせるという。婚約者である私も一度だけ神獣様の謁見を許可されたが酷く毛嫌いされて機嫌を損ねたことで、その一件以来私の立ち位置は、『神獣様の機嫌を害する令嬢』とあっという間に広まってしまったのだ。
それはアルフレッド様を狙っていた、ご令嬢たちの狙いもあったのだろう。
跡取りではない侯爵家の次男から、神獣の世話役と大出世したのだ。結婚したいと思うご令嬢も多かっただろうし、縁を繋ぎたいと思う貴族もいた。だからこそ噂はあることないこと広まって王家の耳にまで届くほどだったとか。
すぐさまアルドリッジ子爵家の立場が悪くなりかけた。それをなんとかしようとしてくれたのが、アルフレッド様と国王陛下だ。「白虎ルナ様はまだ幼く、甘えたいため我が儘に振る舞うところが多い」と国王陛下に進言し、噂の払拭に手を貸してくださった。さらにアルフレッド様は私を愛していると宣言。
神獣の白虎ルナ様にも「自分の婚約者を傷つけるのは許さないとハッキリ告げた」と言う。アルフレッド様の好感度はさらに上がって、私は同情的な目で見られる程度で済んだ。
そういった経緯があるため、神獣様に何かあると飛んで戻る彼を引き留めることなど出来るはずもなく、仄暗い感情ばかりが蓄積される。
国王陛下への挨拶もつつがなく終了し、神獣のことで寂しい思いをさせて申し訳ないと労いの言葉を掛けて頂いた。
五十代前半の灰色の髪に、威厳のあるご尊顔はいつ対峙しても緊張してしまう。
「恐れ多いことでございます」
「ふむ。しかし良からぬ噂が未だに絶えないというのは、問題だ。先代、先々代から『子爵家当主には返しきれぬ恩がある』とよく聞かされていた。だからこそ今回の騒動は初動が遅くなってしまって申し訳なく思っている。その対策として来月付けで階級を一つ上げた上で、ディアンナ嬢に伯爵位を贈ろうと思う」
「「!?」」
「陛下っ、それは……まだディアンナには荷が重いかと」
父と継母と義妹が途端に慌て出す。それを見て国王陛下は小さく溜息を漏らした。
「報告では今や全ての事業及び領地経営はディアンナ嬢がまかなっているそうではないか。であれば彼女を正式な当主に据えることに何の問題がある? それに彼女の──アルドリッジ家は元々侯爵家と同等の爵位を与えるつもりだったが、当時の当主が権力を持つことを嫌い、爵位の返上を申してきた。現状の噂を払拭するためにも彼女の名誉回復は必須である」
「しかしっ……。なぜそこまでディアンナに目を掛けるのでしょう。ディアンナは……確かに妻の血を色濃く受け継いで優秀ですが、国王が一貴族に肩入れするのは……」
四大貴族の次とは言え、確かに我が家を王家は何かと気に掛けてくださっていた。でも私は母からその理由を聞いていない。国王陛下はその答えを持っているのかしら?
「国王陛下、我がアルドリッジ家には何かあるのでしょうか?」
「ふむ。王家に代々伝わる古文書が数年前の大火災によって燃えてしまったため、余も詳細は不明だが、四大貴族よりもアルドリッジ家の血筋を絶やすこと、貶めること、この地を離れるような蛮行を禁じると書かれていた。それも何代にも渡って王家を守護し、よき道に導いたともある。歴史による積み重なる恩をアルドリッジ家から受けているのだろう。なんとなくだが余も先代アルドリッジ当主、そしてディアンナ嬢を見ていると神々の加護を強く持っておられるのだと分かる。祝福を持ち、能力を持つ者を厚く遇するのはこの国の未来のためでもある」
「(噂が流れる中でアルフレッド様と陛下だけは味方でいてくださった。この方が国王で本当に良かった)陛下、身に余るお言葉、大変有難く存じます」
陛下の言葉に感動し、胸が温かくなる。けれどこの時、悪意と殺意が注がれていることに気付けなかった。
後日、国王陛下が病に倒れたと知らせが入り、来月の当主拝命の儀が中止となる。全てが上手く行きかけていたのに、まるで見えざる手が私の足下を崩そうと暴れ出したかのようだった。
***
「ディアンナ、ごめん。本当に!」
従者からの話を聞いて真っ青になる婚約者に、私は笑みを維持して微笑んだ。
「……しょうがないですわ。アルフレッド様は神獣様に選ばれた世話役。あの方の機嫌を損ねてはいけないのでしょう? 行って差し上げて」
「ごめん、愛しているよ」
そう言ってテーブルに着いた数分で、彼はカフェを去って行く。私の額にキスをしたのは、謝罪の表れなのだろう。それが悲しい。
私の噂は払拭されたが、腫れ物に扱うように距離を置かれている。国王陛下が病に倒れたことで、微妙な立場にいるからだ。
政務など諸々の仕事は王太子バナード殿下が引き継いでいる。様々な仕事に支障が来しているため、私の爵位や当主となるのも一時中止となっていた。
国王陛下が私を当主にすると宣言してから、父は腫れ物を扱うような態度で、継母や義妹、使用人たちは、ぞんざいな態度をする者も増えた。貴族学院でも仲の良かった友人は、「神獣様の機嫌を損ねる令嬢」と仲良くすると良くないと思ったのか、離れていった。
楽しかった学院生活が灰色に様変わりしたけれど、卒業まで一年を切っていたことが救いだと思う。卒業後、本来であればアルフレッド様が婿入りするのだが、この話は宙に浮いたままだ。今日はその話もしたかったのだけれど、数分で帰ってしまうなんて……。
澄ました顔で、運ばれてきた生チョコタルトを口に運ぶ。甘さ控えめで美味しいと評判のカフェに行きたいと言い出したのは、アルフレッド様だ。彼は甘い物が好きなのだけれど、男が甘い物なんて──と昔言われたことを気にして、甘い物が食べたい時は私に声をかけてくる。神獣様が来る前は頻繁にカフェ巡りをして、お互いにお気に入りのカフェのチェックや季節限定を食べに言ったものだ。
美味しいけれど、やっぱり一人で食べるスイーツは何だか味気なかった。
***
「え、お父様今なんて……?」
「だから、お前とアルフレッド・エヴァーツ令息との婚約を白紙に戻した、と言っている」
デートをすっぽかされて数日後。
アルフレッド様に生チョコタルトを贈ろうと出かけようとした矢先、父に呼び出されて執務室に訪れた。
珍しく父と継母のオードリー夫人も一緒で、上機嫌だ。五年前に父と再婚してからオードリー夫人は、連れ子のベティーと一緒に嫌がらせをして来たので、父に言って極力会わないように頼んでいた──はずだった。
「アルフレッド令息は、今や神獣の世話役と名誉ある役職に就いておられる。そんな彼を支えるのに、お前では不適切だと意見が出たことで、本日をもって婚約を白紙にした。なお、彼の新しい婚約者はベティーにする」
「なっ──」
婚約破棄、いや婚約解消だろうか。
その言葉を理解するのに数十秒掛かった。
どうして。そう思う反面、ついに来たと思う自分もいた。今までアルフレッド様が庇ってくれていたけれど、庇いきれなくなったのだろう。
笑うアルフレッド様が大好き。私が少し我慢すれば良い、そう思っていたのは甘かったのね。それともアルフレッド様が愛想を尽かした?
神獣様が駄々をこねるのは、私と会うときだけらしい。それ以外の公務の時は聞き分けがいいとか。アルフレッド様自身が婚約解消を望んだのか、そのことに気を取られていてもっと酷いことを言われたことに気付く。
ベティーが、アルフレッド様の新しい婚約者?
なんの冗談だろう。アルドリッジ子爵家は亡き母方の家で、父は婿入りしただけだ。ベティーには家督を継ぐ条件が認められていない。
デミアラ王国の家督権限は特殊で血の繋がりの無い者が相続はできないのだ。それを王家が覆したのだろうか。
「ベティーに家督を譲ると言うことですか? 領地運営や事業はどうするのですか? それに王家がそれを許したと?」
婚約解消に衝撃を受けつつも、現実問題としてベティーに教養がないことを指摘すると、オードリー夫人は発狂した。
「まあ、私の可愛い、可愛い娘では無理だとおっしゃいたいの!?」
「貴族学院に入学できず、経営学を学んでいないのであれば不安なのは否めないでしょう。もちろんそういった学びの場がなくても独学で成功した者はいますが……ベティーの場合はそれ以前の問題で──」
「黙りなさい!」
「オードリー、君も落ち着いて。その辺りは私もしっかり考えている。結婚するのはベティーだが、領地運営や事業は今まで通りディアンナにさせれば良い」
「まあ、名案だわ」
「お父様!? 家督を継ぐ者が行う責務だけをベティーから取り除いても、決定権は家督を継いだ者になりますわ。その様なことをすれば」
「黙れ! 元はと言えばお前が神獣様に毛嫌いされ、拒絶されたのが原因だぞ! お前のせいで一族に瑕疵が付いた。それをどうとも思っていないのか!?」
「それは……」
神獣様に嫌われている。この国でその事実が何よりも重い罪だと言い出す。私だけが神獣様に嫌われている──けれどそれは私自身では、どうにもできないことだわ。
神獣様の世話役の妻が、神獣様に嫌われている、など外聞も悪いのだろう。政治的に見ればいらぬ火種を残さないようにするのは理解出来る。でも納得できるかは別だ。
ただ悲しかった。
誰からも祝福されない結婚。
私は影のように生きて、愛しい人が義妹と幸せそうに笑うのを一番近くで見続けろという。それが私の罰だと言うような視線に、言葉に、態度に、心の何かが音を立てて砕けた。
***
予定通り生チョコタルトを買って、王城に向かった。今までは三十分から一時間は面会を許されたが、今では五分と制限されている。
王城ですれ違う度に、罪人のような目を向けられ陰口を叩かれてきた。それでもアルフレッド様が好きだったから、耐えられたし、いつか周りも認めてくれると思っていた──本当に甘かったのだわ。
面会室は狭い空き部屋だった。
以前は客間に通して貰えたが、今の私の立場は罪人と変わらない扱いなのね。そう思うと泣きそうになる。ほどなくしてアルフレッド様が慌てて駆けつけてくれた。
「ディアンナ! ごめん、やっとルナ様が眠ったところでね」
「アルフレッド様」
彼だけはいつものように私に笑みを向けてくれた。「少し痩せた?」と心配してくれる声も態度も以前のまま。思わず胸が熱くなって、視界が歪みかけたがグッと耐えた。
彼の顔を見て話したかったけれど、怖くて俯きながらも要件を口にする。違うと、両親が決めたことだと言って欲しい。それだけで口走った。
「アルフレッド様は……私と婚約解消をして……ベティーと婚約を結ぶのを承諾……したのです……か?」
心臓の音がバクバクしていた。
違う、そんなのは聞いていない。そう言ってくれと思っていた──でも。
「ああ、承諾したよ」
「え」
「現状ではこれが最適解だと思ってね。国王陛下とも話をして、王太子殿下から──、ディアンナを──ために、どうしても必要な処置なんだ。でも──だから、──をして────。ディアンナには無理をさせて──」
それからはアルフレッド様が何か真剣に話していたけれど、耳に入ってこなかった。すべての情報を遮断して、心を閉ざさなければ完全に壊れてしまうから。
「ディアンナ、どうか待っていて欲しい」
待つ?
なにを?
黒くて絹のほうに滑らかな髪、深紫色の瞳、幼い頃から私の手を引いて、傍にいてくれた幼馴染。いつも一緒に居るのが当たり前で、はにかんだ笑顔が大好きだった。
剣の稽古や本を読むよりも、菓子作りや刺繍が得意なのを知っている。恰好が悪いからと私の前でしかしないのも、辛いものが苦手で、お酒も弱い。
剣の稽古はいつも憂鬱そうで、文官になりたかったけれど、天性の剣の才能があったせいで騎士団に配属された日に凹んでいたのを知っている。甘え上手で無茶をするところも、凹んで落ち込みやすい性格なのも全部ひっくるめて好きだ。好きだった。
今までずっと頑張っていたわ、でもこれ以上頑張れって言うの?
婚約破棄されれば、今以上に罵倒の嵐が待っている。全部を奪われて、それでもなんとかするから、と待たされるの?
いつまで?
大切な人の隣に私以外の人が並ぶのを見続けろと?
「だからどうあっても、婚約解消をしたい、と」
「うん。……ごめんね、ディアンナ」
***
気付けば雨の中、王城を出て街中を歩いていた。傘を差さずにずぶ濡れになりながら歩き続ける。家に戻ろうとしながらも、私の足は反対方向に向かっていた。
遠巻きに誰かが見ていたが、声をかけることはない。
奇異な目で見られていても構わない。私にはなにもないのだから。
誰も私の味方にはなってくれない。
帰る場所もない。
よりどころも失ってしまった。
「このまま誰も知らない所に……行きたい」
「じゃあ、私が連れて行って上げよう」
「──っ」
唐突に声をかけられ、振り返ると私と同じ夕日色の長い髪と、檸檬色の瞳の青年が立っていた。真っ白な衣──聖職者姿で彼は私に手を差し出した。
私と同じ髪と瞳。親戚?
ううん、母方の親戚はみんな亡くなって……。
「神々が残した《最後の楽園》、君を連れて行こう」
「え、あ」
よく見れば彼は雨を弾き、濡れていなかった。不思議な現象なのだと思いつつも、この人は神獣様とは違った上位の何かなのだろう。
他の人には見えていないのか、誰も気にしていないのだ。
「《最後の楽園》ってのは、世界の最果ての都市でね。修道院もある。そこでは過去の辛かったこと、しがらみも、縁も全て神々が切る特別な処だ。その場所では忘れたい思いも捨てて新しい生活ができるある意味、救済の地だよ。君のような子を守るための砦。ここに居ても君が壊れていくぐらいなら、案内するけれどどうする?」
「どうして……優しくしてくれるのですか? 私は……神獣様に嫌われた令嬢なのに……」
その人は朗らかに、慈しむような目で私を見返す。
「君が私の血を受け継いだ最後の子孫だからだよ」
「始祖様?」
久し振りに私を抱きしめてくれたその人は、柑橘系の懐かしい香りがした。温かくて優しいぬくもりはいつ以来だろう。母が亡くなって、父から抱きしめられることはなくなった。
アルフレッド様に抱きしめられたのは、いつだっただろう。
大切だった思い出が重すぎて、潰れそうだ。大事だったからこそ心が離れていくのが悲しくて、苦しくて、息が上手くできないほど絶望した。
こんな苦しい思いをして、耐え続けることなど無理。限界なんてとっくに超えてしまっていたのだから。
「……連れて行って……私を馬鹿にしない、同情しない場所に」
「うん。君が泣かなくて良い場所だよ」
そうやってようやく私は涙を流せた。
最後に「私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」とだけ走り書きを彼に届くよう手紙を屋敷に送り、私は《最後の楽園》へと向かった。
2.
闇が過去を連れて来る。だから夜は嫌いだ。覚えていないけれど、魂の記憶は簡単には塗りつぶせないのだろう。
美しい夕暮れが変わり、星空すら見えない闇夜が出来上がると決まって声が羽虫の音共にやってくる。
『可哀想に』『──に嫌われた──』『あの方がいなければ──』『邪魔なのよね』『お前さえいなければ私が──だったのに』『──に覚えがめでたいからって』『あの方を解放してほしいわ』
洪水のように声が私を攻撃してくる。何か大事なものを持って逃げていたのに、腕の中のある宝物だったそれは砂となって光を失う。
『ディアンナ、どうか待っていて欲しい』
ああ、私はきっと待てなかったのだろう。待つよりも先に私のほうが限界だった。
砂は跡形もなく消えて、全てを消し去る。過去は怖いもの。逃げ切らなきゃ、また夜に捕まってしまう──。
***
「んーー」
「ディアンナ、朝!」
「ぎゃふ!?」
毎朝ふかふかのベッドにダイブして起こしに来るのは、モフモフの羊たちだ。
ここ《最後の楽園》では常に羽根をもった羊妖精がいる。モフモフして最高に抱きつきがいがあるのだけれど、彼ら羊妖精は自分たちで毛を刈ることができない。そのため私たち人間が定期的に毛をカットして、その毛を糸に紡ぐ。
ここは妖精と人が共存する理想郷。巨大な世界樹が特徴的で、水の都のように至る所に水路がある。全員が白い修道服に似た衣を纏い、様々な仕事をしつつ穏やかに暮らしていた。
白い建物と水路と、世界樹。
誰も彼もが毎日を楽しんで、時々季節の節目の儀式や祭で結婚する人たちもいる。ここの理想郷の特徴として、ほとんどの人が、この楽園の外の記憶がないということ。
私もここに来て半年だけれど、昔のことは覚えていない。ただ貴族の娘として生きてきた──と思われる所作や教養が身についているので、なんとなくそう思っている。
同世代の女子とお喋りをして、甘い物を食べる時、嬉しくなるのは、きっと過去にできなかったことだったのだろう。カフェに行くとチョコレート系のスイーツを選んでしまうのも、微かに覚えていることなのかもしれない。
今の私にとっては好みだと思って、深く考えていなかった。
「やっと見つけた。──会いたかったよ、アンジェリカ」
「え……私?」
ふいに旅人の恰好をした男性が道端で女性に声をかけていた。旅人の男性は長旅だったのかボロボロの外套を羽織っていて、一目でこの楽園の住民ではないと分かる。《最後の楽園》は招かれた者か、入国申請が通った者しか入れない──らしい。
「まあ、珍しいわね」
「リジー」
三つ編みの眼鏡をかけた少女は物珍しそうに呟いた。
「あ、ディアンナは見るのは、初めてだっけ。たまに居るのよね。元いた国からここを目指して辿り着く旅人がね。国のせいで悪役になったとか、政治絡みで冤罪を吹っかけられたとかで逃げ場がなくなった子とかもいるって聞くけど、恋人が迎えに来たってこともあるのよ」
「恋人」
「あるいは元婚約者、元夫、片思いしていたとか。事情は様々なのだけれど、でもこの最果ての道まで行こうと思う気持ちと熱意があるって、ロマンティックよね」
「そう……?」
「そうよ。過去に私利私欲のために連れ戻そうとした王侯貴族もいたらしいけれど、そういったのは中に入れないようになっているの」
「へえ」
リジーの言葉を聞きながらも、アンジェリカと呼ばれた少女と旅人から目が離せなかった。そこまでして会いたいと思っている人がいる。少しだけ胸がざわついたけれど、すぐに治まった。
私には関係ない。友人もいるし、モフモフに囲まれて仕事環境も最高。
時間がある時は、図書館で読みたかった本を借りて、美味しそうなスイーツのお店でお茶を楽しむ。いつも窓際を選び、窓の外を眺めるだけで充分なのだ。
***
数日後。
たまたま人通りのある公園で、以前見たことのある二人に気づいた。彼が旅人の服装をしていたからでもある。
少しギクシャクした雰囲気だけれど、何度か会っているのだろうと言うのが、なんとなく見てとれた。
「……アンジェリカ、君はこの花が好きだったと思うのだけど、その花で作った香油なんだ。……その受け取って貰えるかな?」
「初めて見る花ですけど、……っ」
それは可愛らしいピンクの小さな花の小瓶だった。その香りにアンジェリカは何かを思い出したのか、ボロボロと涙を零す。
「……ブレトン様が贈ってくださると約束していた……香油ですわ」
「うん。誕生日に贈れなくてごめん」
「……っ、そう……あの日、ブレトン様は商談の帰り道に……事故に……」
一つの思い出がキッカケで、連動するように記憶が復元していく。その様を初めて見て怖いと思ってしまった。
せっかく思い出さないで暮らしていたのに、どうして過去は追いかけてくるのだろう。私には記憶を取り戻して、過去と向き合うアンジェリカが眩しくて直視できなかった。
「ブレトン様? え……そんな……亡くなったんじゃ?」
「怪我はしたけれど、誤報だよ。いや、そう情報を隠蔽して君から財産を奪い追い出そうとした」
「ブレトン様っ」
どうやら死んだとされた夫(?)は生きていたことで、追い出されたアンジェリカを追ってここまで来たとか。リジーが「元サヤに戻って良かった」と話していたが、私の耳には入ってこなかった。
「いいなぁ。ロマンティックじゃない」
「そう……かな」
「あー、ディアンナは夢見が悪いんだっけ」
「うん……」
リジーは「それもそうか」と頷いてくれた。この都市に来て心の傷を持つ者はよく夢で魘されるそうだ。過去を捨て去ったものの、魂の記憶によっては悪夢を繰り返し見てしまうらしい。心が傷を癒そうとしている証拠らしく、三カ月も経てば今の生活にも慣れて悪夢も自然と見えなくなるらしい。
「どうしても辛いなら悪夢を見ないお薬もあるらしいから、無理しちゃダメよ」
「うん。でも悪夢を覚えていれば過去を連れてくる旅人に出会っても警戒できるから良いのかもしれないわ」
「あーそう言う考え方もあるわよね。ここに入れる人は悪い人じゃないけど、元の国に戻るとか怖いし!」
「ほんとうにそれなのよね」
アンジェリカの戻る国は平和で周りが優しい人たちだと良いのだけれど……。
私は過去と向き合いたくなんてない。また傷つくくらいなら、いらないもの。
そう思っていたのに、世界はそれを許さなかったようだ。
***
「ディアンナ!」
そう名前を呼ばれて腕を掴まれた時、驚きも、ときめきもなく、ただ面倒なことが起こったとしか思わなかった。
長い黒髪、深紫色の綺麗な瞳、ボロボロな外套だけれど質が良い物だったからか、あまりみすぼらしくは見えない。きっと高位貴族なのだろう。
「どなたでしょう?」
「──っ」
なんの感情もなくそう告げた瞬間、彼は目を大きく見開き、絶望した顔でその場に座り込んでしまった。
その後、傍にあるカフェの個室を貸してもらい話を聞くことにした。ギャラリーが居る中で、これ以上注目を浴びたくなかったからだ。「そんなのは、もう御免だわ」と口を衝いて出た時、きっと過去の私は晒し者か何かだったのだろうと、自分の過去を嫌悪した。
とりあえずいつも食べるスイーツと紅茶を注文した。彼が食べるか分からないが二人分。彼はずっと泣き続けている。せっかく綺麗で爽やか系な美青年なのに、泣いてばかりなのよね。せっかくの綺麗な顔がもったいないわ。
「ここのスイーツを食べる間だけお話は聞きますが、聞くだけです」
「──っ、ディアンナ」
「軽々しく呼び捨てしないでくださいませ」
「ディアンナっ……うぐっ……」
さらに泣き崩れてしまった。ど、どうしよう。収拾が付きそうにないわ。とりあえず、この場を凌いで後は、できるだけ関わらなければいいわよね。
眼前の彼を見て何の感情も、記憶も蘇らなかった。つまりはその程度の関係だったと言うことのだ。今の私は幸せなのだから、放っておいて欲しいわ。
「お待たせしました、生チョコタルトと紅茶のセットでございます」
「あ、ありがとう」
「……っ」
泣き崩れていた彼は顔を上げると、生チョコタルトを見ては、またボロボロと大粒の涙をこぼす。結局その日は私がスイーツを食べ終わっても泣いたままで、話にならなかった。
スイーツは美味しかったけれど、ずっと泣き続けている彼にげんなりしてしまって、最悪だったわ。
食い逃げだとか、彼に奢らせたとか言われないために、帰りに二人分のお支払いをして帰った。途中で化粧室と言って逃げたけれど、ずっと泣き続けている見ず知らずの彼に対して、慰めるとか声をかけるなんて気持ちには一ミリもならなかった。自分はなんて冷たい人間なのだろうと思って少し凹んだ。
***
今日も昨日と変わらず、牧場で羊妖精の毛を刈り取る。そして午後は糸を紡ぐ。いつもの日常、変わらない毎日最高。
「ディアンナ」
「ディアンナぁ」
「まあ、また毛を刈り取って貰わないでいたの?」
「ディアンナがいい」
「ぼくも」
羊妖精はふわふわと浮遊しながら私に擦り寄ってきてとっても可愛い。そしてモフモフに癒される。最高の職場だわ。
「おはよう、リジー。ねぇ、今日はやたら時計塔のほうに人が行っていたけど何かあったの?」
「あ、あの辺の建物が老朽化してきたとかで、修繕する人たちじゃない? そーれーでー、デイアンナ。あの格好いい人は誰なのよ!?」
「知らないわ」
「そっか、知らないのか──は?」
隣で羊妖精の毛を刈り取っているリジーは素っ頓狂な声を上げた。驚かれても困る。
「え、あの後カフェに行ったって聞いたけれど!?」
「カフェに入ったけれど、三時間ずっと泣いていただけで何も聞いてないから、何も知らないわ」
「はーーーー!? 三時間!? よく我慢したわね」
「これで会うのも最後だって思ったし、スイーツが思いのほか美味しくて」
「はあああああ!? 気にならなかったの!」
「全然」
本当は少し気になった。でも向こうから何も話さなかった以上、私から歩み寄りたくなかったのだ。私にとっても過去は捨てたもの。捨てたのに呪いを詰め込んで箱に閉じ込めて、それを開けて欲しいと言われた気分だ。
誰が開けるものか。何より自分から気にかけないといけないのか!
私の言葉にリジーは項垂れた。
「まあ、誰も彼もが過去を思い出したいって思わないものね。……私も太ももにさ、火傷の痣があるのよ。絶対にトラウマものの何かだって思うわけ。気にはなるけれど、知ったら最後、毎日楽しいーって、時間は消えるわよね」
「でしょう! それにこの場所を出るなんて考えたくないもの。注目されるのが嫌だって昨日思った時に、『ああ、きっと私はそういう人の目に晒される何かがあったんだ』って思ったわ。すれ違いや勘違いで修復する人たちもいるけれど、私はきっとそういう類いじゃないのよ。たぶん」
だって、三時間も一緒に居て何一つ思い出せなかったのだから、その程度の人だったのだ。すぐにあの人も、今の私を見て落胆して去って行くわ。
「ディアンナ!」
「ああ、また貴方ですか」
「先日は大変失礼しました。僕は──」
「──っ、興味ありません。三時間も一緒に居て貴方のことを欠片も思い出さなかったのですから、貴方の知っている私だった人はもういない、死んだのです」
そう言って去ろうとしたけれど、その旅人は私の手を掴んだ。
「そんなことはない。忘れてしまっていても、ディアンナはディアンナだった。好きなスイーツも、私が泣いている時も、何も言わずに傍にいてくれた。君は昔と変わらずに優しい人だ」
その言葉に腹が立った。何故かと言われても分からない。言葉にできないなにか形容しがたい感情に駆られて叫ぶ。
「優しい? 今の私を何も知らない癖に、過去の、貴方が見ていただけの私を押し付けないで」
「ディアンナ!」
「──っ」
気付けば走っていた。あの人の名前も、記憶もない。
人混みをかき分けて、逃げて、逃げて、逃げる。
それでも自分の名前を呼ばれる度に、ドキリとした。私のことをここまで追いかけて来てくれる人がいたことに、少しだけ嬉しかった──でも彼は泣くだけで、なにも話してくれなかった。「会いたかった」とか「探した」とかそんな言葉は一言もなくて、ただ自分の感情のまま泣いていただけ。
それを見ていても、なにも思い出せなかったし、私にとってこの人はその程度だったのだと自分にも落胆した。
私が心穏やかに生きることを誰も許してくれないの?
あんな悪夢のような現実が待っているなんて嫌!
「──っ」
鐘の音が鳴り響く。
美しい音色だった。
透き通る青空、白い建造物に、豊かで穏やかな時間。それを奪われるくらいなら──。
今度こそ手に届かないところに逃げたい。もう戻りたくない。
辛いのも、悲しいのも、訳がわからず心が揺れ動いて息が苦しいのも嫌。全部捨てて、やり直そうと思っているのに、どうしてそっとしておいてくれないの?
夕闇がまた私の全てを奪いにくる。悪夢と同じ。頭の中でたくさんの声が、羽虫が五月蝿い。
「──っ」
衝動的に、体が動いた。
捕まって、また過去を思い出すことも、戻ることも嫌。彼を見て、何も思い出せない自分が薄情だと思う自分も嫌い。
愚かにも私は過去と向き合うより、この世界から逃げることを選んだ。
選んだのに、足が固まってしまった。最後に私を踏み止まらせたのは、あの人の傷ついた顔を思い出したからだ。世界の果てまで私に会いに来てくれた人。もし、今の私を見て、過去を話すことを躊躇っていたとしたら?
ふう、と少しだけ気持ちが落ち着く。
「──っ、今すぐに……受け入れられないけど、少し気持ちの整理に時間をもらえないか……相談して……みるのはあり……かな」
過去は怖い理由の一つは、分からないからでもある。それなら少しだけ歩み寄ってみるのも──。
「あ」
ガタン、と足元が崩れ落ちた。
3.アルフレッド視点
夕暮れのような綺麗な長い髪、檸檬色の瞳、白い肌に華奢な体。でも抱きしめると金木犀の香りと温もりが大好きだった。
初めて出会った時に一目惚れしてから、ずっとディアンナは僕の傍にいて、離れないようにあの手この手を使って婚約者になる。ディアンナの母親が亡くなる前に、頼まれたのもある。
子爵家は血統によってしか相続ができない。けれどもし何かあったら力になって欲しいと、そう言ってくださった言葉を胸に刻んで、子爵に後妻が入った後も自分の家の使用人を派遣してディアンナの肩身が狭くならないようにしてきた。
あと数年、婿入りするまで──。
そう思っていた矢先、神獣が降りてきたことで僕とディアンナの関係が大きく崩れてしまう。いや僕がもっと上手く立ち回っていたら、あんなことにはならなかった。
神獣のルナ様は気まぐれでまだ幼く、邪気や邪悪なものに敏感になる。王城では妬みや嫉みなど負の感情が多く集まるため、特別な離宮を用意してもらい厳選された者以外立ち入り禁止となった。それでもルナ様は不調で寝込んでばかり。
「やはり婚約者があの方だと、ルナ様も辛いのでは?」
「婚約者様を代えれば、容態が落ち着くのではないでしょうか?」
「婚約者が原因なら排除──あるいは国外追放に」
誰も彼もがルナ様の不調をディアンナのせいにしていく。最初に会わせた時にルナ様が警戒したのは、敵意や威嚇とは異なる……もっと別の感情があったように思えた。けれど噂話は一人歩きして、いつしか誰も彼もがディアンナが罪人かのような扱いをするようになった。
実家ですら酷い扱いを受けていると聞いて、国王陛下に直談判することで表面上は収まったけれど、それは結果的によりディアンナを追い詰めるだけだった。
婚約者の、ましてディアンナのせいじゃない。バナード殿下及び王妃が画策し、国王に毒を盛り倒れた。それにより王城はより殺伐としたものになった。ディアンナが政治の道具にされないよう、まずは神獣不調の疑いを晴らすため、一時的にディアンナと婚約解消を行う話をした。それから侯爵家の領地で噂が収まるまで匿い、神獣不調の疑いを晴らす。
そのために詳細もディアンナに話した。婚約解消することでディアンナを守ろうとしたけれど、ディアンナが既に限界なのを──気づかなかったのだ。
いや「ディアンナなら大丈夫だ」となんの根拠もない自分の都合を彼女に押し付けた。
その日、ディアンナはデミアラ王国から姿を消した。何処を探しても彼女がいない。
その事実に絶望した。
「私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」
その手紙を読んだ瞬間、僕はディアンナのなにもかも守れていなかったのだと気付かされて、酷く後悔した。
ディアンナが居なくなって、喜ぶ者や清々したと言い出す者までいた。だがそれはほんの数日で状況は一変する。
神獣のルナ様がいるにも関わらず、各国で疫病が流行り、魔物が国内に現れた。ルナ様の容態も衰弱する一方だった。
病で伏せっていた国王陛下が異常事態に気づき、隣国の聖王国に助けを求めた。そしてその返答の前に教皇聖下はこう聞き返したと言う。
『子爵家の血族は国内にいないのではないか? であればそれが全ての原因だ」と。そこで知らされたのは、ディアンナの一族こそが神の末裔であり、存在するだけで聖域を作り出し、邪を払いのけていたと公表したのだ。
この国で家督を継げるのは血縁関係者のみだという本当の意味は『アルドリッジ子爵家のため』だった。本来は法王国の教皇聖下と同等の権限と力があったが、権力や地位を嫌って王国に身を寄せていたという事実に眩暈がした。
つまりルナ様が過剰反応をしたのは、この地に神の血を引き継いだ者がいたことに驚いた──それを周囲が勝手に解釈付けて、本当の守り神を追い詰めたのだ。
ディアンナは行方不明。自殺した可能性もあると噂が飛び交う。彼女が消えたその日、広場で雨に打たれて歩いていたという目撃情報があった。
あの日、馬車を手配していたはずなのに──そう思い出し、見送っていないことを思い出す。
聖王国は王国に対して、神への冒涜を行ったことを大義名分にして、干渉、いや国盗りを始めた。手始めに、王族を捕縛。王侯貴族の身分を剥奪して、あっさりとデミアラ王国は地図から消えた。法王国の属国となり、そう喧伝することで、王国だった領地も聖なる結界に入れることで魔物の出現を抑えた。
この国の加護は消え失せた以上、今までのような安全な生活は困難となった。ルナ様はあまりにも邪気や穢れの多さに耐えきれず、数日後に消失。「ルナ様が来なければ、この国は安泰だったのに」という不満が爆発したのも大きかっただろう。
その気持ちは分からなくもない。もしルナ様が気まぐれに降りてこなければ、僕はディアンナと婚約者のままだったし、国も穏やかなままだった。
歯車が一つ欠けたことで、豊かで栄えていた国は壊れていくのも早かった。ディアンナの捜索も行われたが、手がかり一つない。ディアンナの父と継母、ベティーは亡命しようとして事故死したため、やり場のない憤りは、王族と僕へと向けられた。
『なぜ婚約者なのに、最後まで守らなかったのか』
『婚約者のために時間を捻出しなかったのか』
罵詈雑言の嵐をぶつけられ、王家は全ての責任を僕に押しつけることで民衆の溜飲を下げることを決断した。要するに生贄だ。
抵抗する気力もなかったし、それでいいと思った。
僕がディアンナに甘えていた結果だ。あの時、彼女に説明して納得してもらって大丈夫だと、ディアンナなら分かってくれると、都合のいい解釈をした。
ずっと耐えていた彼女に、もう少しだけ耐えて欲しいと言ったのだ。コップの水が溢れているのに目を瞑って──愚かだった。
ディアンナを抱きしめたのは、いつが最後だっただろう。
好きだと言っていたけれど、それを免罪符にしていた気がする。
最後に話したのは?
キスしたのは?
彼女に触れたのは?
一緒に居た時間は?
予定も約束も全て直前で断って、期待させて、一人きりにさせて、周囲の視線や心ない言葉を浴びせられているとき、僕は守り切れなかった。
処刑当日。
鈍色に煌めくギロチンが落ちた瞬間、世界が静止した。
「お前は言い訳も逃げもしないのだな」
そう言って止まった世界で姿を見せたのは、懐かしい夕焼け色の長い髪、檸檬色の瞳を持つ青年だった。いや人ならざる者。
「……ディアンナを追い詰めたのは、守り切れなかったのは僕ですから。彼女のいない世界なら僕の心は死んだまま。それならいっそ──」
「あの子は生きているし、今は幸せだよ」
それを聞いて涙が止まらなかった。ディアンナが悲しい思いをしていないのなら、それでいい。僕のことを許さなくてもいいから、生きて笑っているのなら──。
「最期にそれが聞けて良かった」
「最期? 君はまだあの子との約束を果たしていないだろう。この先どうするかは君たちが話し合って決めると良い」
そう言って処刑台から一変して見知らぬ国に瞬間移動していた。そこで《最後の楽園》の存在を知り、準備を整えて辿り着いたのは、ディアンナが失踪して半年以上が経っていただろうか。
僕を覚えていなくても、遠目で見て幸せなら去ろう。そう決めていた。
そう行動しようと心に誓ったのに、彼女を見た瞬間、声を掛けてしまった。
ディアンナは僕を、いや全ての記憶を忘れていた。《最後の楽園》の住人になった者は、過去の記憶が一切なくなるというのは本当だったようだ。ただ強い思いがあれば、思い出すという。
僕を見てもディアンナは、思い出すことはなかった。嫌われて当然だ。僕はディアンナがずっとサインを出していたのに、気づかなくて……手を取ることができなかった。
欲が出たんだ。
もしかしたらやり直せるかもなんて、甘い考えで、謝罪して許されようと思った。
でも今を心から楽しそうに生きている彼女に過去の話をして、さらに苦しめるのでは?
なんて対面して気づくなんて、本当に僕は馬鹿だ。なんて話そう。どうすれば良いだろう。この都市に来る前にたくさん考えて、たくさん言葉や思いを書き綴ったのに、何も話せなかった。
ディアンナは過去に、強い拒絶と恐怖を持っていた。それだけ追いつめたのだ。なのに、過去の話をするなんて……。
冷静になった頃には、彼女の姿はなくて、お代も支払われた後だという。何も言わずに消えるべきか。いやもう一度だけ会って「過去の問題は全て解決した。誰も貴女を傷つけないし、追っ手や怖いことなんてないから、安心して暮らして欲しい」そう伝えよう。
今の人生に僕はいないほうがいい。
そうやって僕はまた失敗する。
彼女はまた記憶を消そうと、鐘のなる塔から身を投げた。
落ちる彼女を救いはできたが、心はまた救えなかった。僕がディアンナの傍にいるだけで苦しめてしまう。
そんなのは嫌だ。でも……もうディアンナのいない世界で生きていけない。それに彼女の母とも守ると約束したのだ。
「最初にあった三時間の間に君がもっとディアンナに声を掛けていれば、変わったかもしれない。……この子はずっと夜を、過去を、連れ戻されるのを怖がっていたからね」
「(今更だ。僕はいつだって……ディアンナが一番苦しい時に傍にいてあげられなかった)神様、僕に呪いを掛けてくれないだろうか。万が一、ディアンナが望んで僕のことを思い出したら人の姿に戻れる──みたいな。そんなことできないだろうか」
ベッドで眠る彼女の涙を拭いながら、僕は願った。これでは彼女の母親との約束が守れないと。
「いいよ。でもこの子が記憶を取り戻す可能性は限りなく低いし、君じゃない誰かを好きになるかもしれない。その場合は──」
「それでもディアンナの傍にいて守れるのなら、それがいい」
眠るディアンナの頬に触れた。
「愛している、ディアンナ」
4.
真っ暗闇で皆が私を見ている。遠巻きに、見て、ヒソヒソと同情めいた言葉を掛ける。
『自分でなくてよかった』
『自分だったら耐えられない』
『でも、お茶もパーティーも、ご一緒してくださらないなんて……おかわいそう』
皮肉と嫌味。そして罪人に言うような心無い言葉。怖くて、暗くて、誰も助けてくれない。
誰からも愛されていないことは悲しくて、苦しくて、上手く息ができない。
もう嫌だ。消えて!
消えないなら私を消して!
『ディアンナ……そっちにいてはダメだ。こっちに……』
誰?
誰かに手を掴まれて、闇を抜ける。温かい。そういえば、昔誰かに手を引かれて助けて貰ったような?
気づけば明るい日差しの元にいた。
誰かと一緒にカフェでお茶をしていて、それがとっても愛おしくて、幸福なことだと分かっているのに、その人の顔が見えない。
話している内容はハッキリ覚えているのに、声や、その人のことがすぐに霧散してしまう。
「でぃあんな」
「ん?」
ふと目を覚ますと、羊妖精が私に引っ付いて眠っていた。この羊妖精だけは他と違って毛が黒くて、黒紫色の綺麗な目をしている。羽根は銀色で少し飛ぶのが苦手な子だ。
「おはよう、アル」
「おはよう、すき」
羊妖精は一日の大半は牧場で寝ているか、草を食べているかだったが、この子は私から離れないでずっと傍にいる。
それが続いて一年も経てば日常となった。名無しなのも可哀想なので、アルと名付けたら飛び上がるほど喜んだ。大袈裟だけれど、とっても可愛いし、一緒に居て落ち着く。
何よりアルが来てから、悪夢も変わっていったように思う。ただ怖いだけじゃない、不思議な夢。
「でぃあんな、すき」
「ふふ、私もアルが大好きよ」
「うれしい」
ギュッと抱きしめると、なぜだか泣きそうになる。それと同時に胸が温かくなった。モフモフは最高なのだけれど、それだけじゃない。
「今日も仕事が終わったら、お茶をしましょう」
「あまいもの」
「ええ、アルがいっぱい手伝ってくれるから、とっても助かるわ」
「でぃあんな。えがお、すき」
アルと一緒の暮らしは、私の世界をより鮮やかに彩ってくれた。一人暮らしも悪くなかったし、リジーとの仕事も楽しかった。でも、アンジェリカもリジーも外から来た人と共に元の国に戻ってしまったのだ。それ以外にも仲良くしていた子たちが軒並み記憶を取り戻して、《最後の楽園》を後にして行った。
記憶を取り戻した人たちは誰もが嬉しそうに見えた。リジーは体の傷を嘆いていたけれど、その傷は大切な人を守るために負ったものだと思い出したらしい。過去に救われることもあるのだ。
全部が全部そうではないけれど、そういうこともあるのだと知った。《最後の楽園》は楽しいことばかりで、穏やかで、生きやすい。それ以上を望むのは罰当たりなのだと思う。
「でぃあんな、かんがえごと? かなしい? つらい?」
「ううん。アルが居るから寂しくも悲しくもないわ」
アルがいるなら二人で生きるのも悪くない。アルなら私を一人ぼっちにしないって、なぜだかそう断言できる。なぜだかは分からないけれど。
それはそれで幸福なのだと思う。
5.
オレンジ髪の少女と、黒羊妖精が仲睦まじく隣を歩く。微笑ましくも想定外の結末を見届ける者が一人。
「まったく。あの子も変わっていたけれど、今度の子はとびきり変わっているな」
「神様、また下界を見ていたのですか?」
「うん。私の可愛い子供たちが、どんな生き方を選んでいるのか興味あるしね」
「ほどほどになさってくださいね。この間、神獣が下界に落ちて大変だったのですから」
白狐の妖精が寝そべりながら己の主人に告げる。そんな従者の頭をそっと撫でた。
「そうだね、あれのせいで私の子供が酷い目にあったからね。ちゃんと報復はしてきたし、叱っておいた」
「叱っちゃったんですか……。ちなみに、どなたまで叱ったのです?」
「ん~~、王族は死刑から市井に逃して、教皇はここまでになるまで放っておいた罰として力の制限をかけてから説教。それで今回の騒動の首謀者は、戦神だったようだよ」
「え。どうして?」
「私と戦いたかったらしい。今までも戦いを挑まれていたのだけれど、無視していたら私を怒らせるために私の子供を追い詰めたって。あははっ、とんでもない思考だよね」
「あー、そこまでして戦いたかったのですね。で、今度はどこまで破壊したのですか?」
従者は戦神の愚かさに溜息を吐き、主人の行動を尋ねた。
「失礼だな。お前たちの事後処理が大変だと思って、今回は何処も削っていない。ただ戦神を邪竜に作り替えて放逐したぐらいかな」
「な──っ、何しているのですか!?」
「守られていることが当たり前だと思っているシステムの再構築を行うためにも、ちょうど良いと思ってね。もちろん、別世界にポイしてきたから大丈夫だよ」
「全然、大丈夫ではないのでは?」
「大丈夫、大丈夫。邪竜にも呪いを掛けておいたから。邪竜と同等の力を持ち、愛した者に殺されないと解けない──とね」
従者の白狐は呪いの解呪方法に慄いた。呪いが解けても幸せにはなれないし、間違いなく不幸でしかない未来にゾッとする。それが怒らせてはならない者の逆鱗に触れた罰なのだろう。
「ああいう手合いは一度痛い目を見ないと分からないだろうし、自分に大切な者がいないからああなるんだ。私の可愛い子を寄って集って虐めていたんだ。報復としては妥当だと言いたいね」
ふわりとオレンジ色の髪が逆立ち、周囲の雲が一瞬で吹き飛んだ。それを間近で感じて白狐の尻尾がブルリと震えた。
「理性が残っていたようで何よりです。……それにしても高々数百年で約束を違えるなど、人間は愚かですね」
「本当にその通りだよ。忘れないようにしっかり言い含めていても、どこかで継承されていた伝統や伝承、約束事が途絶える。そんなんだからいつまでも歯車が安定しない」
「人間は短命で浅慮ですから、もう少しやり方やシステムを変えるほうがいいのでは?」
「そうだね。願わくは僕の可愛い子供たちが幸福であるようにしたいな」
呪いと願いは表裏一体。
そして忘却をいくらしようとも、魂に刻まれた思いの深さまでを完全に取り除くことは難しい。心と体が癒されていく中で記憶の欠片は夢を媒体に反映され、浮上する。
そしてそれは必ずしも悪夢とは──限らない。
6.
何度も同じ夢を見る。
悪夢はだいぶ前から見なくなった。
今は──穏やかな昼下がり、カフェで待ち合わせをしていて、遅れて彼がやってくるのだ。謝りながらも私の好きな花束を持って「遅れてごめん、ディアンナ」って。
その姿が必死すぎて、でも急いで来ようとしてくれたのが嬉しくて、私の口角は少し吊り上がる。
「いいわよ。──もお仕事忙しいのでしょう?」
「あー、うん。でも暫くは休みができそうだから、旅行にいかないかい?」
ソファに腰掛けて、向かい合わせに座る。彼との時間はとても楽しくて、あっという間に過ぎて行く。カフェでスイーツを堪能した後、手を繋いで少し歩くのも好きだ。
商店街を適当に巡り、彼から耳飾りを贈って貰って、私はハンカチを買って渡す。そういえば彼は刺繍が得意だったっけ。
それから手を繋ぐと指の皮が少し厚くて、タコがあるのも知っている。
背丈は私よりも高くて、顔は──見えているのに、どうしても思い出せない。笑っているとか感情は読み取れるのに。
でも夢の中では違和感がなくて、楽しい時間が続いていく。きっと辛いことや悲しい過去があっても、それを凌駕するほど大事な思い出があったのだと思う。
大切だった時間をなぞるようにデートを重ねて、パーティーに参加する。私は紫のドレスに身を包んで、彼はオレンジ色の薔薇の生花を胸ポケットに差す。紳士的で、気遣いができて、いつも傍にいてくれた。どうして私は過去を捨てようと思ったのだろう。
捨てることでしか自分の心を守れなかったとしたら、何かがあった。それは悪夢でずっと感じていた。
だから知りたいような、知らないままでいたいような。微睡みの中でほんの僅かな幸福を噛みしめる。これが夢でなければ、どんなに素敵かしら。
「──、──」
ああ、どうして。夢の中で彼の名前は呼べるのに、耳に残らないの?
現実の彼はこんな風に優しくなかった?
わからない。
ただ楽しくて、眩い時間が私にもあったのだ。悪夢に埋没してしまった、キラキラであたたかな記憶。
もしかしたら私が怯えて、神経質になって、怖がっていただけで、事実は少し違うのかもしれない。いつか私を訪ねてくれる人がいるなら……。今の私なら?
ううん。やっぱり知るのは──怖い。
***
「ディアンナさん、その、オレと付き合って欲しい」
「ふぁ?」
いつものように中央公園をアルと一緒に歩いていたら、見知らぬ青年に声をかけられた。見知らぬ──ううん、彼はよく行く生チョコタルトのカフェの店員さん。
栗色のくせっ毛、背丈は私よりも少し高いぐらい。愛嬌もあって好青年って感じの印象だ。
「あ、えっと……」
「でぃあんな、おはなし、してみる?」
「アル」
困惑している私に、羊妖精のアルは羽根で浮遊して私の頬に手を当てる。その何気ない仕草がすごくホッとした。
近くに噴水もあるので、私たちの声は周囲には届いていないようだ。みな思い思いに過ごしている。
「アル、ありがとう……」
「ん! でぃあんなのみかた」
ドギマギする気持ちを落ち着かせて、声をかけてくれた店員さんに向き直る。
「その……付き合うかどうかは、今ここでは決められません」
「あ、ああ。そ、そうだよな。ごめん……。じ、じゃあ、一緒にお茶をしても?」
「それ……ぐらいなら」
「やった!」
嬉しそうにガッツポーズをする姿が、なんだか微笑ましい。ついついと私の頬に触れるアルは今日も可愛い。愛くるしい蹄にモフモフしたフォルム。そんなアルは気遣い屋さんだ。
「あるは、おひるね、してくる」
「私から離れたら危ないでしょう。寝るのならほら抱っこするからおいで」
「でも……」
「アル、この子も一緒でもいいですか?」
「もちろん! いつも一緒に居るけれど凄く仲良しなんだな」
「ええ」
カフェ店員さんは、リュウカと名乗った。彼も過去は何も覚えていないのだとか。やっぱりこの楽園と呼ばれる都市に住んでいる人の殆どは、過去を置いてきてしまった人たちのようだ。置いてきたのか、置いてくるしかなかったのか──はそれぞれだけれど。
リュウカさんは気さくで面白くて、良い人で、定期的にカフェに来ていた私が気になったのだとか。それはとても穏やかで、楽しい時間だった。
帰り際に真剣に交際を考えてと言われて、胸がドキドキした。誰かに好きだと言って貰えることが嬉しくて──嬉しいはずなのに、何かが違う?
胸の奥にある違和感。
手を繋ぎたいと言われて、少しだけ繋いだけれど……歩く歩幅も、速度も私に合わせてくれるのに、何か変。
私の中の私が叫んでいるような、落ち着かない感じ。
楽しい時間だったけれど、リュウカさんに「お付き合いはできない」と断った。それからがすごかった。
「一目見た時から好きでした!」
「どうか結婚を前提に付き合ってください」
「好きです! どうか自分の手を取っていただけないでしょうか」
「笑顔がとってもステキだと思っていました。付き合ってください」
「お茶友からでもいいので是非!」
突然の告白ラッシュ。
お気に入りのカフェに通っている間に気になっていたのだとか。みんなとても素敵な人たちだった。でも、たぶんこれは私の問題なのだと思う。
自室に戻ってベッドに倒れ込むと、アルは心配そうに引っ付いてきた。可愛い。
「でぃあんな、だいじょうぶ?」
「ええ。……人生のうちにモテ期は三回あるらしいから、その貴重な一回を噛みしめている所よ」
「でぃあんなは、いつも、もてもて」
「そう? ふふっ、ありがとう」
アルは「ほんとのこと」と言っているが、この都市に来てからこんな風に告白されるのは初めてなのだ。以前の私は恋愛や誰かと繋がることを無意識に抑えていたのかもしれない。
変化があったとしたら、夢に出てくる彼を思うようになったから?
「でぃあんなは、すきなひと、いないの?」
「んんー。実はね、気になる人はいないことはないの」
「!?」
アルはふよふよ浮かんでいたのに、途端に固まってベッドに落ちた。つんつんしてみたけれど、何だか震えている。
「実はね、夢の中に出てくる人と居るのが凄く好きなの。たぶん、紫の髪か瞳で、だいたいはカフェで待ち合わせなのだけれど『遅れてごめん』ってやってくるの。で、私は『いいわよ』って笑って答えて、季節限定のスイーツを堪能して、手を繋いでデートするのよ」
「ゆめ」
「そう。……でも、もしかしたら、私の過去の……幸せだった頃を捏造しているのかも。あんなに幸せだったら、私はきっとここに居なかっただろうから」
「でぃあんな」
アルは私を慰めようとギュッと抱きついてくる。私はそんなアルの背中に手を回して抱きしめ返した。とても温かくて安心する。
過去は怖い。
でもようやく心に持つことができるようになった今なら。新しい恋をするにしても、私は一度自分と向き合うべきなのかもしれない。
良いなと思う人がいても、心が違うという。違和感や形容し難い感情と折り合いをつけたい……。
そう思った。
思えるようになった。
そしてそう思えるほど心が穏やかで、余裕が持てたのは、アルが傍にいてくれたからだわ。
「今なら……向き合っても、アルが傍にいてくれるでしょう」
「でぃあんな。うん、ずっとそばにいる」
「ありがとう」
***
白い鳩が青空を飛翔する。
淡い色の世界。
周りを見渡しても誰とも目が合わないし、見られている感じはない。
ヒソヒソする声もない。
その向こうでは花嫁と花婿が見えた。誰からも祝福されて、幸せそうで、微笑ましい。たくさんの花で作られたミニブーケを花嫁が宙に放り投げたけれど、風に乗ってオレンジ色の薔薇が私の元に届く。
「次はディアンナの番だ」
「──がプロポーズしてくれるってことですか?」
「……ここは泡沫の夢。もしかしたら、ありえたかもしれない世界。僕が夢見た君との日々だから、僕がそう望めばきっと君は応えてくれるのだろう。でも現実では……君は僕を許さないし、許さなくて良い。僕はそれだけ君を追い詰めてしまったのだから」
「私を?」
夢なのになんだかリアルで、不思議な感覚だわ。いつもと雰囲気が、何か違う。
「僕は君の心を守り切れなかった」
「でも守ろうとしてくださったのでしょう?」
「それでも、結果的に君を追い詰めた」
「でも貴方は私に会いに来てくれた」
「──っ」
そうだ。彼は──いつだったか私を探しに会いに来てくれた。
どうして忘れていたのかしら?
どうしてあの時、逃げてしまったの?
怖かった。あの時は今の生活を壊したくなくて、過去が怖いもので受け入れることが怖くて、嫌で、だから──逃げた。
私が逃げたことで、彼を追い詰めてしまった。傷つけた。私も傷ついたけれど、でも私も彼を深く傷つけてしまったのは事実。
「貴方と夢の中で出会うまでは、怖い夢ばかり見ていたわ。誰かに見られている、罵られている宵闇の世界。……それを変えたのは、貴方が夢の中に現れてから」
「これは僕の夢。僕が望んだ願望だ」
「違う。私と……アルフレッド様との夢……魂が重なっているんだわ。だって……こうやって触れられる」
「ディアンナ」
ボロボロと泣きだすアルフレッド様に歩み寄る。夢の終わりが近いのだろう。
私はアルフレッド様に抱きついた。ガッシリとした体で、抱きしめられて、そうだ。この人だと実感する。
ゆっくりと記憶が私の中に満ちていく。そしてアルが誰なのかも知った。
「アルはアルフレッド様だったのですね」
「……君は僕を見て怖がっていたけど、どんな形であれ君の傍にいたかった。君と、ディアンナと一緒にいたいと願ってしまったんだ」
記憶の欠片が花開いていく。それは幸せな記憶だけではなく苦々しい、傷ついた記憶もあった。
でも──辛くて、苦しくて、逃げ場のなかった世界だったけれど、アルフレッド様はここまで私に会いに来てくれた。
今だからこそ彼の想いを、私が受け入れられる。
アルフレッド様に何があったのか。何を考えて動いていたのか。あの後なにがあったのか。言い訳も、逃げもせずに全ての罪を受けいれて、処刑台に立ったアルフレッド様の記憶に触れた時、心臓が潰れそうになった。
私はアルフレッド様と婚約解消されたことにショックで、立ち直れなくて、それが悲しくて、苦しくて……。あの状況で逃げ場はなかった。もしあの時、逃げていなければ、私の心は壊れていただろう。
でも、その前に……もう一度だけアルフレッド様と話を、私の本音を言えていたら──。
私を迎えに来てくれた時、ほんの少しでも歩み寄れていれば──。
こんなに遠回りして、アルフレッド様を傷つけずにすんだんじゃないだろうか。
「ごめんなさい、アルフレッド様。私が……もっと話をしていたら……」
「ディアンナ。もしかして記憶が?」
「ええ。夢の中でアルフレッド様との逢瀬の日々が悪夢を取り払ってくれた。過去の記憶が全て辛くて、苦しいものじゃないって……示してくれたから……。もっと早くそのことに気付いていれば……。ううん、アルフレッド様が迎えに来てくれた時に、もっと歩み寄っていたら……」
「ディアンナ。謝るのは僕のほうだ。僕は……っ、君に無理をさせて、我慢ばかりで……君と再会した時だって、甘えてしまった。もっと君と話すべきだったのに、僕は勝手に結論を出してそれが最善だと思い込んだ。ごめん、ごめんね。ディアンナ」
お互いに謝り合戦をして、泣き合って、今までの気持ちを口にし合う。
オレンジ色の薔薇は花びらとなって空を舞い、空から小さな花びら……金木犀に変わった。鼻孔を擽る懐かしい香り。
アルフレッド様と出会ったのは、金木犀のある中庭だったわ。それから金木犀の香りがすきになって、香水を買ったっけ。
そんな些細な記憶も、思い出も忘れていた。私は全部置いてきてしまった。なんて薄情で酷い女だろう。それでもアルフレッド様は私の傍にいることを選んでくれたのね。
「全部なかったことにして、身軽になっても……違和感が増えていって……大事だったこと、大切にしていた思い出も全部、アルフレッド様が一つ一つ夢の中で拾ってくださったから……とっても遠回りしたけれど、私は思い出すことができたの」
「君が幸せであってほしい。そう願いながらも、自己満足で君の傍にそれでも居たいと思っていたけれど、君の傍から離れるのを諦めなくてよかった」
「アルフレッド様」
そういうところが好きだ。私の手を掴んで、泣きながら傍にいるって言った時から、貴方は私の王子様だった。
「ディアンナ、愛している」
「私の答えは……夢が醒めてから直接言いますね」
そう言って唇を重ねた。もう答えたようなものだけれど。
***
夢が醒める。
カーテンの隙間から漏れた陽射しが眩しくて目を覚ます。すぐ傍にはスヤスヤと眠っている吐息が聞こえてくる。モフモフで癒されていたフォルムから私を抱きしめる腕と固い胸板、彫刻のような整った顔立ち。艶のある長い黒髪、寝顔はあどけないのね。
「……ディアンナ」
「起きたら過去の話と、未来の話をしましょう」
END
「お嬢様、侯爵家の使いの方が……」
「そう」
ああ、やっぱりと言う思いを抱きながらも、努めて冷静に答えた。使者は大変申し訳ない──と言った顔ではなく「仕事を増やしやがって迷惑な婚約者だ」という眼差しで、手紙を侍女に渡す。不遜な態度にグッと堪える。いくら婚約者の家とはいえ、侯爵家と子爵家では身分が違う。
『親愛なるディアンナ。
突然、ルナ様の容体が急変して部屋を出ることが難しくなってしまった。今日はエスコートできるのを楽しみにしていたのに、申し訳ない! 国王陛下には今回のこともお伝えしているから、子爵家の不手際があった訳じゃないとフォローが入るはずだ。本当にすまない。次こそは絶対に約束を守る。だから、どうか僕を嫌わないでほしい。愛しい人。どうか、あと少しだけ、ルナ様との時間を許してほしい。アルフレッド・エヴァーツ』
ルナ様の容体が変わるなんていつものこと。弱々しく横になるルナ様の言うことを聞くのは、世話役のアルフレッド様だけ。
王家主催のパーティーだろうと、神獣の体調が良くなければ、神獣を優先する。まだ幼い白虎を面倒見ているアルフレッド様だって大変なのだ。私が文句を言うわけにもいかない。何せ相手は神獣なのだ。
これで二股掛けられているとか、他のご令嬢と浮気なら怒れただろう。でも彼はこの国で彼しかできない特別な職務なのだ。誉高い仕事で、この国の聖女や聖人と同列な扱いを受ける。
我が子爵家も建国以前より続く名家なため、爵位こそ低いが四大貴族の次に権力がある。もっとも母の死後、父が当主の座に就いてからはあまり業績が良くない。浪費が多すぎるのだ。
それもこれも継母と義妹が来てからやりたい放題だったからだ。父も私が領地運営や事業の立ち上げで成果を上げるのを見て、丸投げ。功績は自分のものにして、失敗は全部私に押し付ける。
それでも侯爵家の次男であるアルフレッド様が婿入りしてくだされば、少しは仕事が楽になると思っていたけれど、神獣の世話役な以上……難しいわよね。
昔はもっと──というよりも、どこに行くにも一緒だったから、今の状況が辛いわ。
『ディアンナが好きそうなお菓子を持ってきたよ。一緒に食べよう』
『今日すごく綺麗な虹が見える場所を見つけたんだ、今度そこでピクニックしよう』
『ディアンナ、刺繍の糸が切れそうだから、一緒に買いに付き合ってくれないかな?』
『ディアンナ、どうしよう。騎士の仕事で、ディアンナに会えるのが週四日になりそうなんだ……。ディアンナ不足で死ぬかも……』
『ディアンナ、世界で一番愛している。すごくすごく好きだよ』
なんて毎日砂糖菓子よりも甘い言葉を言われていたっけ。
懐かしいなぁ。もう少し落ち着いたら、昔のように一緒にいる時間が増えるかしら?
***
気が重い。
楽しみにしていた王家のパーティーも、一人で乗る馬車も、アルフレッド様に見せたかった新しいドレスも無価値だわ。
「遅いぞ、何をしていた?」
「まあ、アルフレッド様がいないなんてつまらないわ」
「神獣のお世話役なのでしょう。お役目を果たしているのに、婚約者の貴女がみなを待たせているなんて……良い身分ですこと」
「すみません」
時間通りに来たはずなのに、サロンで待っていた父と継母、義妹は会って早々文句ばかり。
四大貴族と我が子爵家だけは、王家専用の通路からパーティー会場に入る。両親と義妹は苛立ちながらも、その特別通路にあるサロンで私を待っていた。いや正確には私が次期子爵家当主なため、私を無視できないのだ。実際お父様は代理当主で、婿入りしているため当主権限はない。この国では当主継承に伴い血縁のみと定められている。つまりお母様の娘である私しか当主を継げない。
そのことが継母や義妹には腹立たしいのだろう。母が亡くなった後、父は落ち込む私をフォローしてくれていたが、いつの間にか継母たちの考えに染まってしまった。
昔はもっと周りが見えていて、優しかったのに……。
両親との思い出は色褪せて、もう懐かしむこともなかった。
***
四大貴族の後に続いて、パーティー会場に入場する。洗練された厳かな演奏と拍手。それとは別に同情めいた皮肉の声が聞こえてきた。
『あら、またアルフレッド様はいらっしゃらないのね』
『神獣の容態が悪くなったのかしら。不安だわ』
『そうね』
『それにしても、私の婚約者が神獣様の世話役でなくて本当に良かったわ』
『まったくです。ああやって毎回デートや約束事、パーティーの同伴もしてくださらないのが婚約者だなんて嫌ですもの』
『それに比べたらアルドリッジ嬢は、素晴らしいですわね』
『ええ、これもひとえに愛の深さがなし得ているのでしょう』
耳に入ってくる声、声、声。
一見同情しているように聞こえるが、その実は皮肉たっぷりで婚約者に大事にされていない『可哀そうな令嬢』と言いたいのだ。それはアルフレッド様が黒髪の爽やかな美男子かつ、侯爵家の次男だからというのもある。貴族学院では女子生徒にモテていて、文武両道かつ品行方正かつ紳士的。非の打ち所がないのだから、ご令嬢が夢中になるのも分かる。
私とアルフレッド様との婚約は両親の交流が大きかったけれど、幼馴染としてずっと一緒にいてお互いに好き同士で結ばれたのだ。
その関係が崩れたのは彼が貴族学院を卒業、騎士団に所属して間もなくして神獣が空からご光臨したことから始まったと思う。
神獣が降り立った国は、厄災や病、魔物の脅威から守り、祝福に満ちて国を豊かにするという。もっともこの国は建国以来、厄災や病に縁遠く魔物の脅威も少ない。さらに加護が加算されればより良くなるだろうと、皆喜んだ。
伝承通り、神獣であられる白虎ルナはこのデミアラ王国に加護を与え、アルフレッド様に懐いた。
本来は王族がその世話役を買って出るのだが、アルフレッド様にしか懐かず、それ以外の者に対しては警戒心を募らせるという。婚約者である私も一度だけ神獣様の謁見を許可されたが酷く毛嫌いされて機嫌を損ねたことで、その一件以来私の立ち位置は、『神獣様の機嫌を害する令嬢』とあっという間に広まってしまったのだ。
それはアルフレッド様を狙っていた、ご令嬢たちの狙いもあったのだろう。
跡取りではない侯爵家の次男から、神獣の世話役と大出世したのだ。結婚したいと思うご令嬢も多かっただろうし、縁を繋ぎたいと思う貴族もいた。だからこそ噂はあることないこと広まって王家の耳にまで届くほどだったとか。
すぐさまアルドリッジ子爵家の立場が悪くなりかけた。それをなんとかしようとしてくれたのが、アルフレッド様と国王陛下だ。「白虎ルナ様はまだ幼く、甘えたいため我が儘に振る舞うところが多い」と国王陛下に進言し、噂の払拭に手を貸してくださった。さらにアルフレッド様は私を愛していると宣言。
神獣の白虎ルナ様にも「自分の婚約者を傷つけるのは許さないとハッキリ告げた」と言う。アルフレッド様の好感度はさらに上がって、私は同情的な目で見られる程度で済んだ。
そういった経緯があるため、神獣様に何かあると飛んで戻る彼を引き留めることなど出来るはずもなく、仄暗い感情ばかりが蓄積される。
国王陛下への挨拶もつつがなく終了し、神獣のことで寂しい思いをさせて申し訳ないと労いの言葉を掛けて頂いた。
五十代前半の灰色の髪に、威厳のあるご尊顔はいつ対峙しても緊張してしまう。
「恐れ多いことでございます」
「ふむ。しかし良からぬ噂が未だに絶えないというのは、問題だ。先代、先々代から『子爵家当主には返しきれぬ恩がある』とよく聞かされていた。だからこそ今回の騒動は初動が遅くなってしまって申し訳なく思っている。その対策として来月付けで階級を一つ上げた上で、ディアンナ嬢に伯爵位を贈ろうと思う」
「「!?」」
「陛下っ、それは……まだディアンナには荷が重いかと」
父と継母と義妹が途端に慌て出す。それを見て国王陛下は小さく溜息を漏らした。
「報告では今や全ての事業及び領地経営はディアンナ嬢がまかなっているそうではないか。であれば彼女を正式な当主に据えることに何の問題がある? それに彼女の──アルドリッジ家は元々侯爵家と同等の爵位を与えるつもりだったが、当時の当主が権力を持つことを嫌い、爵位の返上を申してきた。現状の噂を払拭するためにも彼女の名誉回復は必須である」
「しかしっ……。なぜそこまでディアンナに目を掛けるのでしょう。ディアンナは……確かに妻の血を色濃く受け継いで優秀ですが、国王が一貴族に肩入れするのは……」
四大貴族の次とは言え、確かに我が家を王家は何かと気に掛けてくださっていた。でも私は母からその理由を聞いていない。国王陛下はその答えを持っているのかしら?
「国王陛下、我がアルドリッジ家には何かあるのでしょうか?」
「ふむ。王家に代々伝わる古文書が数年前の大火災によって燃えてしまったため、余も詳細は不明だが、四大貴族よりもアルドリッジ家の血筋を絶やすこと、貶めること、この地を離れるような蛮行を禁じると書かれていた。それも何代にも渡って王家を守護し、よき道に導いたともある。歴史による積み重なる恩をアルドリッジ家から受けているのだろう。なんとなくだが余も先代アルドリッジ当主、そしてディアンナ嬢を見ていると神々の加護を強く持っておられるのだと分かる。祝福を持ち、能力を持つ者を厚く遇するのはこの国の未来のためでもある」
「(噂が流れる中でアルフレッド様と陛下だけは味方でいてくださった。この方が国王で本当に良かった)陛下、身に余るお言葉、大変有難く存じます」
陛下の言葉に感動し、胸が温かくなる。けれどこの時、悪意と殺意が注がれていることに気付けなかった。
後日、国王陛下が病に倒れたと知らせが入り、来月の当主拝命の儀が中止となる。全てが上手く行きかけていたのに、まるで見えざる手が私の足下を崩そうと暴れ出したかのようだった。
***
「ディアンナ、ごめん。本当に!」
従者からの話を聞いて真っ青になる婚約者に、私は笑みを維持して微笑んだ。
「……しょうがないですわ。アルフレッド様は神獣様に選ばれた世話役。あの方の機嫌を損ねてはいけないのでしょう? 行って差し上げて」
「ごめん、愛しているよ」
そう言ってテーブルに着いた数分で、彼はカフェを去って行く。私の額にキスをしたのは、謝罪の表れなのだろう。それが悲しい。
私の噂は払拭されたが、腫れ物に扱うように距離を置かれている。国王陛下が病に倒れたことで、微妙な立場にいるからだ。
政務など諸々の仕事は王太子バナード殿下が引き継いでいる。様々な仕事に支障が来しているため、私の爵位や当主となるのも一時中止となっていた。
国王陛下が私を当主にすると宣言してから、父は腫れ物を扱うような態度で、継母や義妹、使用人たちは、ぞんざいな態度をする者も増えた。貴族学院でも仲の良かった友人は、「神獣様の機嫌を損ねる令嬢」と仲良くすると良くないと思ったのか、離れていった。
楽しかった学院生活が灰色に様変わりしたけれど、卒業まで一年を切っていたことが救いだと思う。卒業後、本来であればアルフレッド様が婿入りするのだが、この話は宙に浮いたままだ。今日はその話もしたかったのだけれど、数分で帰ってしまうなんて……。
澄ました顔で、運ばれてきた生チョコタルトを口に運ぶ。甘さ控えめで美味しいと評判のカフェに行きたいと言い出したのは、アルフレッド様だ。彼は甘い物が好きなのだけれど、男が甘い物なんて──と昔言われたことを気にして、甘い物が食べたい時は私に声をかけてくる。神獣様が来る前は頻繁にカフェ巡りをして、お互いにお気に入りのカフェのチェックや季節限定を食べに言ったものだ。
美味しいけれど、やっぱり一人で食べるスイーツは何だか味気なかった。
***
「え、お父様今なんて……?」
「だから、お前とアルフレッド・エヴァーツ令息との婚約を白紙に戻した、と言っている」
デートをすっぽかされて数日後。
アルフレッド様に生チョコタルトを贈ろうと出かけようとした矢先、父に呼び出されて執務室に訪れた。
珍しく父と継母のオードリー夫人も一緒で、上機嫌だ。五年前に父と再婚してからオードリー夫人は、連れ子のベティーと一緒に嫌がらせをして来たので、父に言って極力会わないように頼んでいた──はずだった。
「アルフレッド令息は、今や神獣の世話役と名誉ある役職に就いておられる。そんな彼を支えるのに、お前では不適切だと意見が出たことで、本日をもって婚約を白紙にした。なお、彼の新しい婚約者はベティーにする」
「なっ──」
婚約破棄、いや婚約解消だろうか。
その言葉を理解するのに数十秒掛かった。
どうして。そう思う反面、ついに来たと思う自分もいた。今までアルフレッド様が庇ってくれていたけれど、庇いきれなくなったのだろう。
笑うアルフレッド様が大好き。私が少し我慢すれば良い、そう思っていたのは甘かったのね。それともアルフレッド様が愛想を尽かした?
神獣様が駄々をこねるのは、私と会うときだけらしい。それ以外の公務の時は聞き分けがいいとか。アルフレッド様自身が婚約解消を望んだのか、そのことに気を取られていてもっと酷いことを言われたことに気付く。
ベティーが、アルフレッド様の新しい婚約者?
なんの冗談だろう。アルドリッジ子爵家は亡き母方の家で、父は婿入りしただけだ。ベティーには家督を継ぐ条件が認められていない。
デミアラ王国の家督権限は特殊で血の繋がりの無い者が相続はできないのだ。それを王家が覆したのだろうか。
「ベティーに家督を譲ると言うことですか? 領地運営や事業はどうするのですか? それに王家がそれを許したと?」
婚約解消に衝撃を受けつつも、現実問題としてベティーに教養がないことを指摘すると、オードリー夫人は発狂した。
「まあ、私の可愛い、可愛い娘では無理だとおっしゃいたいの!?」
「貴族学院に入学できず、経営学を学んでいないのであれば不安なのは否めないでしょう。もちろんそういった学びの場がなくても独学で成功した者はいますが……ベティーの場合はそれ以前の問題で──」
「黙りなさい!」
「オードリー、君も落ち着いて。その辺りは私もしっかり考えている。結婚するのはベティーだが、領地運営や事業は今まで通りディアンナにさせれば良い」
「まあ、名案だわ」
「お父様!? 家督を継ぐ者が行う責務だけをベティーから取り除いても、決定権は家督を継いだ者になりますわ。その様なことをすれば」
「黙れ! 元はと言えばお前が神獣様に毛嫌いされ、拒絶されたのが原因だぞ! お前のせいで一族に瑕疵が付いた。それをどうとも思っていないのか!?」
「それは……」
神獣様に嫌われている。この国でその事実が何よりも重い罪だと言い出す。私だけが神獣様に嫌われている──けれどそれは私自身では、どうにもできないことだわ。
神獣様の世話役の妻が、神獣様に嫌われている、など外聞も悪いのだろう。政治的に見ればいらぬ火種を残さないようにするのは理解出来る。でも納得できるかは別だ。
ただ悲しかった。
誰からも祝福されない結婚。
私は影のように生きて、愛しい人が義妹と幸せそうに笑うのを一番近くで見続けろという。それが私の罰だと言うような視線に、言葉に、態度に、心の何かが音を立てて砕けた。
***
予定通り生チョコタルトを買って、王城に向かった。今までは三十分から一時間は面会を許されたが、今では五分と制限されている。
王城ですれ違う度に、罪人のような目を向けられ陰口を叩かれてきた。それでもアルフレッド様が好きだったから、耐えられたし、いつか周りも認めてくれると思っていた──本当に甘かったのだわ。
面会室は狭い空き部屋だった。
以前は客間に通して貰えたが、今の私の立場は罪人と変わらない扱いなのね。そう思うと泣きそうになる。ほどなくしてアルフレッド様が慌てて駆けつけてくれた。
「ディアンナ! ごめん、やっとルナ様が眠ったところでね」
「アルフレッド様」
彼だけはいつものように私に笑みを向けてくれた。「少し痩せた?」と心配してくれる声も態度も以前のまま。思わず胸が熱くなって、視界が歪みかけたがグッと耐えた。
彼の顔を見て話したかったけれど、怖くて俯きながらも要件を口にする。違うと、両親が決めたことだと言って欲しい。それだけで口走った。
「アルフレッド様は……私と婚約解消をして……ベティーと婚約を結ぶのを承諾……したのです……か?」
心臓の音がバクバクしていた。
違う、そんなのは聞いていない。そう言ってくれと思っていた──でも。
「ああ、承諾したよ」
「え」
「現状ではこれが最適解だと思ってね。国王陛下とも話をして、王太子殿下から──、ディアンナを──ために、どうしても必要な処置なんだ。でも──だから、──をして────。ディアンナには無理をさせて──」
それからはアルフレッド様が何か真剣に話していたけれど、耳に入ってこなかった。すべての情報を遮断して、心を閉ざさなければ完全に壊れてしまうから。
「ディアンナ、どうか待っていて欲しい」
待つ?
なにを?
黒くて絹のほうに滑らかな髪、深紫色の瞳、幼い頃から私の手を引いて、傍にいてくれた幼馴染。いつも一緒に居るのが当たり前で、はにかんだ笑顔が大好きだった。
剣の稽古や本を読むよりも、菓子作りや刺繍が得意なのを知っている。恰好が悪いからと私の前でしかしないのも、辛いものが苦手で、お酒も弱い。
剣の稽古はいつも憂鬱そうで、文官になりたかったけれど、天性の剣の才能があったせいで騎士団に配属された日に凹んでいたのを知っている。甘え上手で無茶をするところも、凹んで落ち込みやすい性格なのも全部ひっくるめて好きだ。好きだった。
今までずっと頑張っていたわ、でもこれ以上頑張れって言うの?
婚約破棄されれば、今以上に罵倒の嵐が待っている。全部を奪われて、それでもなんとかするから、と待たされるの?
いつまで?
大切な人の隣に私以外の人が並ぶのを見続けろと?
「だからどうあっても、婚約解消をしたい、と」
「うん。……ごめんね、ディアンナ」
***
気付けば雨の中、王城を出て街中を歩いていた。傘を差さずにずぶ濡れになりながら歩き続ける。家に戻ろうとしながらも、私の足は反対方向に向かっていた。
遠巻きに誰かが見ていたが、声をかけることはない。
奇異な目で見られていても構わない。私にはなにもないのだから。
誰も私の味方にはなってくれない。
帰る場所もない。
よりどころも失ってしまった。
「このまま誰も知らない所に……行きたい」
「じゃあ、私が連れて行って上げよう」
「──っ」
唐突に声をかけられ、振り返ると私と同じ夕日色の長い髪と、檸檬色の瞳の青年が立っていた。真っ白な衣──聖職者姿で彼は私に手を差し出した。
私と同じ髪と瞳。親戚?
ううん、母方の親戚はみんな亡くなって……。
「神々が残した《最後の楽園》、君を連れて行こう」
「え、あ」
よく見れば彼は雨を弾き、濡れていなかった。不思議な現象なのだと思いつつも、この人は神獣様とは違った上位の何かなのだろう。
他の人には見えていないのか、誰も気にしていないのだ。
「《最後の楽園》ってのは、世界の最果ての都市でね。修道院もある。そこでは過去の辛かったこと、しがらみも、縁も全て神々が切る特別な処だ。その場所では忘れたい思いも捨てて新しい生活ができるある意味、救済の地だよ。君のような子を守るための砦。ここに居ても君が壊れていくぐらいなら、案内するけれどどうする?」
「どうして……優しくしてくれるのですか? 私は……神獣様に嫌われた令嬢なのに……」
その人は朗らかに、慈しむような目で私を見返す。
「君が私の血を受け継いだ最後の子孫だからだよ」
「始祖様?」
久し振りに私を抱きしめてくれたその人は、柑橘系の懐かしい香りがした。温かくて優しいぬくもりはいつ以来だろう。母が亡くなって、父から抱きしめられることはなくなった。
アルフレッド様に抱きしめられたのは、いつだっただろう。
大切だった思い出が重すぎて、潰れそうだ。大事だったからこそ心が離れていくのが悲しくて、苦しくて、息が上手くできないほど絶望した。
こんな苦しい思いをして、耐え続けることなど無理。限界なんてとっくに超えてしまっていたのだから。
「……連れて行って……私を馬鹿にしない、同情しない場所に」
「うん。君が泣かなくて良い場所だよ」
そうやってようやく私は涙を流せた。
最後に「私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」とだけ走り書きを彼に届くよう手紙を屋敷に送り、私は《最後の楽園》へと向かった。
2.
闇が過去を連れて来る。だから夜は嫌いだ。覚えていないけれど、魂の記憶は簡単には塗りつぶせないのだろう。
美しい夕暮れが変わり、星空すら見えない闇夜が出来上がると決まって声が羽虫の音共にやってくる。
『可哀想に』『──に嫌われた──』『あの方がいなければ──』『邪魔なのよね』『お前さえいなければ私が──だったのに』『──に覚えがめでたいからって』『あの方を解放してほしいわ』
洪水のように声が私を攻撃してくる。何か大事なものを持って逃げていたのに、腕の中のある宝物だったそれは砂となって光を失う。
『ディアンナ、どうか待っていて欲しい』
ああ、私はきっと待てなかったのだろう。待つよりも先に私のほうが限界だった。
砂は跡形もなく消えて、全てを消し去る。過去は怖いもの。逃げ切らなきゃ、また夜に捕まってしまう──。
***
「んーー」
「ディアンナ、朝!」
「ぎゃふ!?」
毎朝ふかふかのベッドにダイブして起こしに来るのは、モフモフの羊たちだ。
ここ《最後の楽園》では常に羽根をもった羊妖精がいる。モフモフして最高に抱きつきがいがあるのだけれど、彼ら羊妖精は自分たちで毛を刈ることができない。そのため私たち人間が定期的に毛をカットして、その毛を糸に紡ぐ。
ここは妖精と人が共存する理想郷。巨大な世界樹が特徴的で、水の都のように至る所に水路がある。全員が白い修道服に似た衣を纏い、様々な仕事をしつつ穏やかに暮らしていた。
白い建物と水路と、世界樹。
誰も彼もが毎日を楽しんで、時々季節の節目の儀式や祭で結婚する人たちもいる。ここの理想郷の特徴として、ほとんどの人が、この楽園の外の記憶がないということ。
私もここに来て半年だけれど、昔のことは覚えていない。ただ貴族の娘として生きてきた──と思われる所作や教養が身についているので、なんとなくそう思っている。
同世代の女子とお喋りをして、甘い物を食べる時、嬉しくなるのは、きっと過去にできなかったことだったのだろう。カフェに行くとチョコレート系のスイーツを選んでしまうのも、微かに覚えていることなのかもしれない。
今の私にとっては好みだと思って、深く考えていなかった。
「やっと見つけた。──会いたかったよ、アンジェリカ」
「え……私?」
ふいに旅人の恰好をした男性が道端で女性に声をかけていた。旅人の男性は長旅だったのかボロボロの外套を羽織っていて、一目でこの楽園の住民ではないと分かる。《最後の楽園》は招かれた者か、入国申請が通った者しか入れない──らしい。
「まあ、珍しいわね」
「リジー」
三つ編みの眼鏡をかけた少女は物珍しそうに呟いた。
「あ、ディアンナは見るのは、初めてだっけ。たまに居るのよね。元いた国からここを目指して辿り着く旅人がね。国のせいで悪役になったとか、政治絡みで冤罪を吹っかけられたとかで逃げ場がなくなった子とかもいるって聞くけど、恋人が迎えに来たってこともあるのよ」
「恋人」
「あるいは元婚約者、元夫、片思いしていたとか。事情は様々なのだけれど、でもこの最果ての道まで行こうと思う気持ちと熱意があるって、ロマンティックよね」
「そう……?」
「そうよ。過去に私利私欲のために連れ戻そうとした王侯貴族もいたらしいけれど、そういったのは中に入れないようになっているの」
「へえ」
リジーの言葉を聞きながらも、アンジェリカと呼ばれた少女と旅人から目が離せなかった。そこまでして会いたいと思っている人がいる。少しだけ胸がざわついたけれど、すぐに治まった。
私には関係ない。友人もいるし、モフモフに囲まれて仕事環境も最高。
時間がある時は、図書館で読みたかった本を借りて、美味しそうなスイーツのお店でお茶を楽しむ。いつも窓際を選び、窓の外を眺めるだけで充分なのだ。
***
数日後。
たまたま人通りのある公園で、以前見たことのある二人に気づいた。彼が旅人の服装をしていたからでもある。
少しギクシャクした雰囲気だけれど、何度か会っているのだろうと言うのが、なんとなく見てとれた。
「……アンジェリカ、君はこの花が好きだったと思うのだけど、その花で作った香油なんだ。……その受け取って貰えるかな?」
「初めて見る花ですけど、……っ」
それは可愛らしいピンクの小さな花の小瓶だった。その香りにアンジェリカは何かを思い出したのか、ボロボロと涙を零す。
「……ブレトン様が贈ってくださると約束していた……香油ですわ」
「うん。誕生日に贈れなくてごめん」
「……っ、そう……あの日、ブレトン様は商談の帰り道に……事故に……」
一つの思い出がキッカケで、連動するように記憶が復元していく。その様を初めて見て怖いと思ってしまった。
せっかく思い出さないで暮らしていたのに、どうして過去は追いかけてくるのだろう。私には記憶を取り戻して、過去と向き合うアンジェリカが眩しくて直視できなかった。
「ブレトン様? え……そんな……亡くなったんじゃ?」
「怪我はしたけれど、誤報だよ。いや、そう情報を隠蔽して君から財産を奪い追い出そうとした」
「ブレトン様っ」
どうやら死んだとされた夫(?)は生きていたことで、追い出されたアンジェリカを追ってここまで来たとか。リジーが「元サヤに戻って良かった」と話していたが、私の耳には入ってこなかった。
「いいなぁ。ロマンティックじゃない」
「そう……かな」
「あー、ディアンナは夢見が悪いんだっけ」
「うん……」
リジーは「それもそうか」と頷いてくれた。この都市に来て心の傷を持つ者はよく夢で魘されるそうだ。過去を捨て去ったものの、魂の記憶によっては悪夢を繰り返し見てしまうらしい。心が傷を癒そうとしている証拠らしく、三カ月も経てば今の生活にも慣れて悪夢も自然と見えなくなるらしい。
「どうしても辛いなら悪夢を見ないお薬もあるらしいから、無理しちゃダメよ」
「うん。でも悪夢を覚えていれば過去を連れてくる旅人に出会っても警戒できるから良いのかもしれないわ」
「あーそう言う考え方もあるわよね。ここに入れる人は悪い人じゃないけど、元の国に戻るとか怖いし!」
「ほんとうにそれなのよね」
アンジェリカの戻る国は平和で周りが優しい人たちだと良いのだけれど……。
私は過去と向き合いたくなんてない。また傷つくくらいなら、いらないもの。
そう思っていたのに、世界はそれを許さなかったようだ。
***
「ディアンナ!」
そう名前を呼ばれて腕を掴まれた時、驚きも、ときめきもなく、ただ面倒なことが起こったとしか思わなかった。
長い黒髪、深紫色の綺麗な瞳、ボロボロな外套だけれど質が良い物だったからか、あまりみすぼらしくは見えない。きっと高位貴族なのだろう。
「どなたでしょう?」
「──っ」
なんの感情もなくそう告げた瞬間、彼は目を大きく見開き、絶望した顔でその場に座り込んでしまった。
その後、傍にあるカフェの個室を貸してもらい話を聞くことにした。ギャラリーが居る中で、これ以上注目を浴びたくなかったからだ。「そんなのは、もう御免だわ」と口を衝いて出た時、きっと過去の私は晒し者か何かだったのだろうと、自分の過去を嫌悪した。
とりあえずいつも食べるスイーツと紅茶を注文した。彼が食べるか分からないが二人分。彼はずっと泣き続けている。せっかく綺麗で爽やか系な美青年なのに、泣いてばかりなのよね。せっかくの綺麗な顔がもったいないわ。
「ここのスイーツを食べる間だけお話は聞きますが、聞くだけです」
「──っ、ディアンナ」
「軽々しく呼び捨てしないでくださいませ」
「ディアンナっ……うぐっ……」
さらに泣き崩れてしまった。ど、どうしよう。収拾が付きそうにないわ。とりあえず、この場を凌いで後は、できるだけ関わらなければいいわよね。
眼前の彼を見て何の感情も、記憶も蘇らなかった。つまりはその程度の関係だったと言うことのだ。今の私は幸せなのだから、放っておいて欲しいわ。
「お待たせしました、生チョコタルトと紅茶のセットでございます」
「あ、ありがとう」
「……っ」
泣き崩れていた彼は顔を上げると、生チョコタルトを見ては、またボロボロと大粒の涙をこぼす。結局その日は私がスイーツを食べ終わっても泣いたままで、話にならなかった。
スイーツは美味しかったけれど、ずっと泣き続けている彼にげんなりしてしまって、最悪だったわ。
食い逃げだとか、彼に奢らせたとか言われないために、帰りに二人分のお支払いをして帰った。途中で化粧室と言って逃げたけれど、ずっと泣き続けている見ず知らずの彼に対して、慰めるとか声をかけるなんて気持ちには一ミリもならなかった。自分はなんて冷たい人間なのだろうと思って少し凹んだ。
***
今日も昨日と変わらず、牧場で羊妖精の毛を刈り取る。そして午後は糸を紡ぐ。いつもの日常、変わらない毎日最高。
「ディアンナ」
「ディアンナぁ」
「まあ、また毛を刈り取って貰わないでいたの?」
「ディアンナがいい」
「ぼくも」
羊妖精はふわふわと浮遊しながら私に擦り寄ってきてとっても可愛い。そしてモフモフに癒される。最高の職場だわ。
「おはよう、リジー。ねぇ、今日はやたら時計塔のほうに人が行っていたけど何かあったの?」
「あ、あの辺の建物が老朽化してきたとかで、修繕する人たちじゃない? そーれーでー、デイアンナ。あの格好いい人は誰なのよ!?」
「知らないわ」
「そっか、知らないのか──は?」
隣で羊妖精の毛を刈り取っているリジーは素っ頓狂な声を上げた。驚かれても困る。
「え、あの後カフェに行ったって聞いたけれど!?」
「カフェに入ったけれど、三時間ずっと泣いていただけで何も聞いてないから、何も知らないわ」
「はーーーー!? 三時間!? よく我慢したわね」
「これで会うのも最後だって思ったし、スイーツが思いのほか美味しくて」
「はあああああ!? 気にならなかったの!」
「全然」
本当は少し気になった。でも向こうから何も話さなかった以上、私から歩み寄りたくなかったのだ。私にとっても過去は捨てたもの。捨てたのに呪いを詰め込んで箱に閉じ込めて、それを開けて欲しいと言われた気分だ。
誰が開けるものか。何より自分から気にかけないといけないのか!
私の言葉にリジーは項垂れた。
「まあ、誰も彼もが過去を思い出したいって思わないものね。……私も太ももにさ、火傷の痣があるのよ。絶対にトラウマものの何かだって思うわけ。気にはなるけれど、知ったら最後、毎日楽しいーって、時間は消えるわよね」
「でしょう! それにこの場所を出るなんて考えたくないもの。注目されるのが嫌だって昨日思った時に、『ああ、きっと私はそういう人の目に晒される何かがあったんだ』って思ったわ。すれ違いや勘違いで修復する人たちもいるけれど、私はきっとそういう類いじゃないのよ。たぶん」
だって、三時間も一緒に居て何一つ思い出せなかったのだから、その程度の人だったのだ。すぐにあの人も、今の私を見て落胆して去って行くわ。
「ディアンナ!」
「ああ、また貴方ですか」
「先日は大変失礼しました。僕は──」
「──っ、興味ありません。三時間も一緒に居て貴方のことを欠片も思い出さなかったのですから、貴方の知っている私だった人はもういない、死んだのです」
そう言って去ろうとしたけれど、その旅人は私の手を掴んだ。
「そんなことはない。忘れてしまっていても、ディアンナはディアンナだった。好きなスイーツも、私が泣いている時も、何も言わずに傍にいてくれた。君は昔と変わらずに優しい人だ」
その言葉に腹が立った。何故かと言われても分からない。言葉にできないなにか形容しがたい感情に駆られて叫ぶ。
「優しい? 今の私を何も知らない癖に、過去の、貴方が見ていただけの私を押し付けないで」
「ディアンナ!」
「──っ」
気付けば走っていた。あの人の名前も、記憶もない。
人混みをかき分けて、逃げて、逃げて、逃げる。
それでも自分の名前を呼ばれる度に、ドキリとした。私のことをここまで追いかけて来てくれる人がいたことに、少しだけ嬉しかった──でも彼は泣くだけで、なにも話してくれなかった。「会いたかった」とか「探した」とかそんな言葉は一言もなくて、ただ自分の感情のまま泣いていただけ。
それを見ていても、なにも思い出せなかったし、私にとってこの人はその程度だったのだと自分にも落胆した。
私が心穏やかに生きることを誰も許してくれないの?
あんな悪夢のような現実が待っているなんて嫌!
「──っ」
鐘の音が鳴り響く。
美しい音色だった。
透き通る青空、白い建造物に、豊かで穏やかな時間。それを奪われるくらいなら──。
今度こそ手に届かないところに逃げたい。もう戻りたくない。
辛いのも、悲しいのも、訳がわからず心が揺れ動いて息が苦しいのも嫌。全部捨てて、やり直そうと思っているのに、どうしてそっとしておいてくれないの?
夕闇がまた私の全てを奪いにくる。悪夢と同じ。頭の中でたくさんの声が、羽虫が五月蝿い。
「──っ」
衝動的に、体が動いた。
捕まって、また過去を思い出すことも、戻ることも嫌。彼を見て、何も思い出せない自分が薄情だと思う自分も嫌い。
愚かにも私は過去と向き合うより、この世界から逃げることを選んだ。
選んだのに、足が固まってしまった。最後に私を踏み止まらせたのは、あの人の傷ついた顔を思い出したからだ。世界の果てまで私に会いに来てくれた人。もし、今の私を見て、過去を話すことを躊躇っていたとしたら?
ふう、と少しだけ気持ちが落ち着く。
「──っ、今すぐに……受け入れられないけど、少し気持ちの整理に時間をもらえないか……相談して……みるのはあり……かな」
過去は怖い理由の一つは、分からないからでもある。それなら少しだけ歩み寄ってみるのも──。
「あ」
ガタン、と足元が崩れ落ちた。
3.アルフレッド視点
夕暮れのような綺麗な長い髪、檸檬色の瞳、白い肌に華奢な体。でも抱きしめると金木犀の香りと温もりが大好きだった。
初めて出会った時に一目惚れしてから、ずっとディアンナは僕の傍にいて、離れないようにあの手この手を使って婚約者になる。ディアンナの母親が亡くなる前に、頼まれたのもある。
子爵家は血統によってしか相続ができない。けれどもし何かあったら力になって欲しいと、そう言ってくださった言葉を胸に刻んで、子爵に後妻が入った後も自分の家の使用人を派遣してディアンナの肩身が狭くならないようにしてきた。
あと数年、婿入りするまで──。
そう思っていた矢先、神獣が降りてきたことで僕とディアンナの関係が大きく崩れてしまう。いや僕がもっと上手く立ち回っていたら、あんなことにはならなかった。
神獣のルナ様は気まぐれでまだ幼く、邪気や邪悪なものに敏感になる。王城では妬みや嫉みなど負の感情が多く集まるため、特別な離宮を用意してもらい厳選された者以外立ち入り禁止となった。それでもルナ様は不調で寝込んでばかり。
「やはり婚約者があの方だと、ルナ様も辛いのでは?」
「婚約者様を代えれば、容態が落ち着くのではないでしょうか?」
「婚約者が原因なら排除──あるいは国外追放に」
誰も彼もがルナ様の不調をディアンナのせいにしていく。最初に会わせた時にルナ様が警戒したのは、敵意や威嚇とは異なる……もっと別の感情があったように思えた。けれど噂話は一人歩きして、いつしか誰も彼もがディアンナが罪人かのような扱いをするようになった。
実家ですら酷い扱いを受けていると聞いて、国王陛下に直談判することで表面上は収まったけれど、それは結果的によりディアンナを追い詰めるだけだった。
婚約者の、ましてディアンナのせいじゃない。バナード殿下及び王妃が画策し、国王に毒を盛り倒れた。それにより王城はより殺伐としたものになった。ディアンナが政治の道具にされないよう、まずは神獣不調の疑いを晴らすため、一時的にディアンナと婚約解消を行う話をした。それから侯爵家の領地で噂が収まるまで匿い、神獣不調の疑いを晴らす。
そのために詳細もディアンナに話した。婚約解消することでディアンナを守ろうとしたけれど、ディアンナが既に限界なのを──気づかなかったのだ。
いや「ディアンナなら大丈夫だ」となんの根拠もない自分の都合を彼女に押し付けた。
その日、ディアンナはデミアラ王国から姿を消した。何処を探しても彼女がいない。
その事実に絶望した。
「私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」
その手紙を読んだ瞬間、僕はディアンナのなにもかも守れていなかったのだと気付かされて、酷く後悔した。
ディアンナが居なくなって、喜ぶ者や清々したと言い出す者までいた。だがそれはほんの数日で状況は一変する。
神獣のルナ様がいるにも関わらず、各国で疫病が流行り、魔物が国内に現れた。ルナ様の容態も衰弱する一方だった。
病で伏せっていた国王陛下が異常事態に気づき、隣国の聖王国に助けを求めた。そしてその返答の前に教皇聖下はこう聞き返したと言う。
『子爵家の血族は国内にいないのではないか? であればそれが全ての原因だ」と。そこで知らされたのは、ディアンナの一族こそが神の末裔であり、存在するだけで聖域を作り出し、邪を払いのけていたと公表したのだ。
この国で家督を継げるのは血縁関係者のみだという本当の意味は『アルドリッジ子爵家のため』だった。本来は法王国の教皇聖下と同等の権限と力があったが、権力や地位を嫌って王国に身を寄せていたという事実に眩暈がした。
つまりルナ様が過剰反応をしたのは、この地に神の血を引き継いだ者がいたことに驚いた──それを周囲が勝手に解釈付けて、本当の守り神を追い詰めたのだ。
ディアンナは行方不明。自殺した可能性もあると噂が飛び交う。彼女が消えたその日、広場で雨に打たれて歩いていたという目撃情報があった。
あの日、馬車を手配していたはずなのに──そう思い出し、見送っていないことを思い出す。
聖王国は王国に対して、神への冒涜を行ったことを大義名分にして、干渉、いや国盗りを始めた。手始めに、王族を捕縛。王侯貴族の身分を剥奪して、あっさりとデミアラ王国は地図から消えた。法王国の属国となり、そう喧伝することで、王国だった領地も聖なる結界に入れることで魔物の出現を抑えた。
この国の加護は消え失せた以上、今までのような安全な生活は困難となった。ルナ様はあまりにも邪気や穢れの多さに耐えきれず、数日後に消失。「ルナ様が来なければ、この国は安泰だったのに」という不満が爆発したのも大きかっただろう。
その気持ちは分からなくもない。もしルナ様が気まぐれに降りてこなければ、僕はディアンナと婚約者のままだったし、国も穏やかなままだった。
歯車が一つ欠けたことで、豊かで栄えていた国は壊れていくのも早かった。ディアンナの捜索も行われたが、手がかり一つない。ディアンナの父と継母、ベティーは亡命しようとして事故死したため、やり場のない憤りは、王族と僕へと向けられた。
『なぜ婚約者なのに、最後まで守らなかったのか』
『婚約者のために時間を捻出しなかったのか』
罵詈雑言の嵐をぶつけられ、王家は全ての責任を僕に押しつけることで民衆の溜飲を下げることを決断した。要するに生贄だ。
抵抗する気力もなかったし、それでいいと思った。
僕がディアンナに甘えていた結果だ。あの時、彼女に説明して納得してもらって大丈夫だと、ディアンナなら分かってくれると、都合のいい解釈をした。
ずっと耐えていた彼女に、もう少しだけ耐えて欲しいと言ったのだ。コップの水が溢れているのに目を瞑って──愚かだった。
ディアンナを抱きしめたのは、いつが最後だっただろう。
好きだと言っていたけれど、それを免罪符にしていた気がする。
最後に話したのは?
キスしたのは?
彼女に触れたのは?
一緒に居た時間は?
予定も約束も全て直前で断って、期待させて、一人きりにさせて、周囲の視線や心ない言葉を浴びせられているとき、僕は守り切れなかった。
処刑当日。
鈍色に煌めくギロチンが落ちた瞬間、世界が静止した。
「お前は言い訳も逃げもしないのだな」
そう言って止まった世界で姿を見せたのは、懐かしい夕焼け色の長い髪、檸檬色の瞳を持つ青年だった。いや人ならざる者。
「……ディアンナを追い詰めたのは、守り切れなかったのは僕ですから。彼女のいない世界なら僕の心は死んだまま。それならいっそ──」
「あの子は生きているし、今は幸せだよ」
それを聞いて涙が止まらなかった。ディアンナが悲しい思いをしていないのなら、それでいい。僕のことを許さなくてもいいから、生きて笑っているのなら──。
「最期にそれが聞けて良かった」
「最期? 君はまだあの子との約束を果たしていないだろう。この先どうするかは君たちが話し合って決めると良い」
そう言って処刑台から一変して見知らぬ国に瞬間移動していた。そこで《最後の楽園》の存在を知り、準備を整えて辿り着いたのは、ディアンナが失踪して半年以上が経っていただろうか。
僕を覚えていなくても、遠目で見て幸せなら去ろう。そう決めていた。
そう行動しようと心に誓ったのに、彼女を見た瞬間、声を掛けてしまった。
ディアンナは僕を、いや全ての記憶を忘れていた。《最後の楽園》の住人になった者は、過去の記憶が一切なくなるというのは本当だったようだ。ただ強い思いがあれば、思い出すという。
僕を見てもディアンナは、思い出すことはなかった。嫌われて当然だ。僕はディアンナがずっとサインを出していたのに、気づかなくて……手を取ることができなかった。
欲が出たんだ。
もしかしたらやり直せるかもなんて、甘い考えで、謝罪して許されようと思った。
でも今を心から楽しそうに生きている彼女に過去の話をして、さらに苦しめるのでは?
なんて対面して気づくなんて、本当に僕は馬鹿だ。なんて話そう。どうすれば良いだろう。この都市に来る前にたくさん考えて、たくさん言葉や思いを書き綴ったのに、何も話せなかった。
ディアンナは過去に、強い拒絶と恐怖を持っていた。それだけ追いつめたのだ。なのに、過去の話をするなんて……。
冷静になった頃には、彼女の姿はなくて、お代も支払われた後だという。何も言わずに消えるべきか。いやもう一度だけ会って「過去の問題は全て解決した。誰も貴女を傷つけないし、追っ手や怖いことなんてないから、安心して暮らして欲しい」そう伝えよう。
今の人生に僕はいないほうがいい。
そうやって僕はまた失敗する。
彼女はまた記憶を消そうと、鐘のなる塔から身を投げた。
落ちる彼女を救いはできたが、心はまた救えなかった。僕がディアンナの傍にいるだけで苦しめてしまう。
そんなのは嫌だ。でも……もうディアンナのいない世界で生きていけない。それに彼女の母とも守ると約束したのだ。
「最初にあった三時間の間に君がもっとディアンナに声を掛けていれば、変わったかもしれない。……この子はずっと夜を、過去を、連れ戻されるのを怖がっていたからね」
「(今更だ。僕はいつだって……ディアンナが一番苦しい時に傍にいてあげられなかった)神様、僕に呪いを掛けてくれないだろうか。万が一、ディアンナが望んで僕のことを思い出したら人の姿に戻れる──みたいな。そんなことできないだろうか」
ベッドで眠る彼女の涙を拭いながら、僕は願った。これでは彼女の母親との約束が守れないと。
「いいよ。でもこの子が記憶を取り戻す可能性は限りなく低いし、君じゃない誰かを好きになるかもしれない。その場合は──」
「それでもディアンナの傍にいて守れるのなら、それがいい」
眠るディアンナの頬に触れた。
「愛している、ディアンナ」
4.
真っ暗闇で皆が私を見ている。遠巻きに、見て、ヒソヒソと同情めいた言葉を掛ける。
『自分でなくてよかった』
『自分だったら耐えられない』
『でも、お茶もパーティーも、ご一緒してくださらないなんて……おかわいそう』
皮肉と嫌味。そして罪人に言うような心無い言葉。怖くて、暗くて、誰も助けてくれない。
誰からも愛されていないことは悲しくて、苦しくて、上手く息ができない。
もう嫌だ。消えて!
消えないなら私を消して!
『ディアンナ……そっちにいてはダメだ。こっちに……』
誰?
誰かに手を掴まれて、闇を抜ける。温かい。そういえば、昔誰かに手を引かれて助けて貰ったような?
気づけば明るい日差しの元にいた。
誰かと一緒にカフェでお茶をしていて、それがとっても愛おしくて、幸福なことだと分かっているのに、その人の顔が見えない。
話している内容はハッキリ覚えているのに、声や、その人のことがすぐに霧散してしまう。
「でぃあんな」
「ん?」
ふと目を覚ますと、羊妖精が私に引っ付いて眠っていた。この羊妖精だけは他と違って毛が黒くて、黒紫色の綺麗な目をしている。羽根は銀色で少し飛ぶのが苦手な子だ。
「おはよう、アル」
「おはよう、すき」
羊妖精は一日の大半は牧場で寝ているか、草を食べているかだったが、この子は私から離れないでずっと傍にいる。
それが続いて一年も経てば日常となった。名無しなのも可哀想なので、アルと名付けたら飛び上がるほど喜んだ。大袈裟だけれど、とっても可愛いし、一緒に居て落ち着く。
何よりアルが来てから、悪夢も変わっていったように思う。ただ怖いだけじゃない、不思議な夢。
「でぃあんな、すき」
「ふふ、私もアルが大好きよ」
「うれしい」
ギュッと抱きしめると、なぜだか泣きそうになる。それと同時に胸が温かくなった。モフモフは最高なのだけれど、それだけじゃない。
「今日も仕事が終わったら、お茶をしましょう」
「あまいもの」
「ええ、アルがいっぱい手伝ってくれるから、とっても助かるわ」
「でぃあんな。えがお、すき」
アルと一緒の暮らしは、私の世界をより鮮やかに彩ってくれた。一人暮らしも悪くなかったし、リジーとの仕事も楽しかった。でも、アンジェリカもリジーも外から来た人と共に元の国に戻ってしまったのだ。それ以外にも仲良くしていた子たちが軒並み記憶を取り戻して、《最後の楽園》を後にして行った。
記憶を取り戻した人たちは誰もが嬉しそうに見えた。リジーは体の傷を嘆いていたけれど、その傷は大切な人を守るために負ったものだと思い出したらしい。過去に救われることもあるのだ。
全部が全部そうではないけれど、そういうこともあるのだと知った。《最後の楽園》は楽しいことばかりで、穏やかで、生きやすい。それ以上を望むのは罰当たりなのだと思う。
「でぃあんな、かんがえごと? かなしい? つらい?」
「ううん。アルが居るから寂しくも悲しくもないわ」
アルがいるなら二人で生きるのも悪くない。アルなら私を一人ぼっちにしないって、なぜだかそう断言できる。なぜだかは分からないけれど。
それはそれで幸福なのだと思う。
5.
オレンジ髪の少女と、黒羊妖精が仲睦まじく隣を歩く。微笑ましくも想定外の結末を見届ける者が一人。
「まったく。あの子も変わっていたけれど、今度の子はとびきり変わっているな」
「神様、また下界を見ていたのですか?」
「うん。私の可愛い子供たちが、どんな生き方を選んでいるのか興味あるしね」
「ほどほどになさってくださいね。この間、神獣が下界に落ちて大変だったのですから」
白狐の妖精が寝そべりながら己の主人に告げる。そんな従者の頭をそっと撫でた。
「そうだね、あれのせいで私の子供が酷い目にあったからね。ちゃんと報復はしてきたし、叱っておいた」
「叱っちゃったんですか……。ちなみに、どなたまで叱ったのです?」
「ん~~、王族は死刑から市井に逃して、教皇はここまでになるまで放っておいた罰として力の制限をかけてから説教。それで今回の騒動の首謀者は、戦神だったようだよ」
「え。どうして?」
「私と戦いたかったらしい。今までも戦いを挑まれていたのだけれど、無視していたら私を怒らせるために私の子供を追い詰めたって。あははっ、とんでもない思考だよね」
「あー、そこまでして戦いたかったのですね。で、今度はどこまで破壊したのですか?」
従者は戦神の愚かさに溜息を吐き、主人の行動を尋ねた。
「失礼だな。お前たちの事後処理が大変だと思って、今回は何処も削っていない。ただ戦神を邪竜に作り替えて放逐したぐらいかな」
「な──っ、何しているのですか!?」
「守られていることが当たり前だと思っているシステムの再構築を行うためにも、ちょうど良いと思ってね。もちろん、別世界にポイしてきたから大丈夫だよ」
「全然、大丈夫ではないのでは?」
「大丈夫、大丈夫。邪竜にも呪いを掛けておいたから。邪竜と同等の力を持ち、愛した者に殺されないと解けない──とね」
従者の白狐は呪いの解呪方法に慄いた。呪いが解けても幸せにはなれないし、間違いなく不幸でしかない未来にゾッとする。それが怒らせてはならない者の逆鱗に触れた罰なのだろう。
「ああいう手合いは一度痛い目を見ないと分からないだろうし、自分に大切な者がいないからああなるんだ。私の可愛い子を寄って集って虐めていたんだ。報復としては妥当だと言いたいね」
ふわりとオレンジ色の髪が逆立ち、周囲の雲が一瞬で吹き飛んだ。それを間近で感じて白狐の尻尾がブルリと震えた。
「理性が残っていたようで何よりです。……それにしても高々数百年で約束を違えるなど、人間は愚かですね」
「本当にその通りだよ。忘れないようにしっかり言い含めていても、どこかで継承されていた伝統や伝承、約束事が途絶える。そんなんだからいつまでも歯車が安定しない」
「人間は短命で浅慮ですから、もう少しやり方やシステムを変えるほうがいいのでは?」
「そうだね。願わくは僕の可愛い子供たちが幸福であるようにしたいな」
呪いと願いは表裏一体。
そして忘却をいくらしようとも、魂に刻まれた思いの深さまでを完全に取り除くことは難しい。心と体が癒されていく中で記憶の欠片は夢を媒体に反映され、浮上する。
そしてそれは必ずしも悪夢とは──限らない。
6.
何度も同じ夢を見る。
悪夢はだいぶ前から見なくなった。
今は──穏やかな昼下がり、カフェで待ち合わせをしていて、遅れて彼がやってくるのだ。謝りながらも私の好きな花束を持って「遅れてごめん、ディアンナ」って。
その姿が必死すぎて、でも急いで来ようとしてくれたのが嬉しくて、私の口角は少し吊り上がる。
「いいわよ。──もお仕事忙しいのでしょう?」
「あー、うん。でも暫くは休みができそうだから、旅行にいかないかい?」
ソファに腰掛けて、向かい合わせに座る。彼との時間はとても楽しくて、あっという間に過ぎて行く。カフェでスイーツを堪能した後、手を繋いで少し歩くのも好きだ。
商店街を適当に巡り、彼から耳飾りを贈って貰って、私はハンカチを買って渡す。そういえば彼は刺繍が得意だったっけ。
それから手を繋ぐと指の皮が少し厚くて、タコがあるのも知っている。
背丈は私よりも高くて、顔は──見えているのに、どうしても思い出せない。笑っているとか感情は読み取れるのに。
でも夢の中では違和感がなくて、楽しい時間が続いていく。きっと辛いことや悲しい過去があっても、それを凌駕するほど大事な思い出があったのだと思う。
大切だった時間をなぞるようにデートを重ねて、パーティーに参加する。私は紫のドレスに身を包んで、彼はオレンジ色の薔薇の生花を胸ポケットに差す。紳士的で、気遣いができて、いつも傍にいてくれた。どうして私は過去を捨てようと思ったのだろう。
捨てることでしか自分の心を守れなかったとしたら、何かがあった。それは悪夢でずっと感じていた。
だから知りたいような、知らないままでいたいような。微睡みの中でほんの僅かな幸福を噛みしめる。これが夢でなければ、どんなに素敵かしら。
「──、──」
ああ、どうして。夢の中で彼の名前は呼べるのに、耳に残らないの?
現実の彼はこんな風に優しくなかった?
わからない。
ただ楽しくて、眩い時間が私にもあったのだ。悪夢に埋没してしまった、キラキラであたたかな記憶。
もしかしたら私が怯えて、神経質になって、怖がっていただけで、事実は少し違うのかもしれない。いつか私を訪ねてくれる人がいるなら……。今の私なら?
ううん。やっぱり知るのは──怖い。
***
「ディアンナさん、その、オレと付き合って欲しい」
「ふぁ?」
いつものように中央公園をアルと一緒に歩いていたら、見知らぬ青年に声をかけられた。見知らぬ──ううん、彼はよく行く生チョコタルトのカフェの店員さん。
栗色のくせっ毛、背丈は私よりも少し高いぐらい。愛嬌もあって好青年って感じの印象だ。
「あ、えっと……」
「でぃあんな、おはなし、してみる?」
「アル」
困惑している私に、羊妖精のアルは羽根で浮遊して私の頬に手を当てる。その何気ない仕草がすごくホッとした。
近くに噴水もあるので、私たちの声は周囲には届いていないようだ。みな思い思いに過ごしている。
「アル、ありがとう……」
「ん! でぃあんなのみかた」
ドギマギする気持ちを落ち着かせて、声をかけてくれた店員さんに向き直る。
「その……付き合うかどうかは、今ここでは決められません」
「あ、ああ。そ、そうだよな。ごめん……。じ、じゃあ、一緒にお茶をしても?」
「それ……ぐらいなら」
「やった!」
嬉しそうにガッツポーズをする姿が、なんだか微笑ましい。ついついと私の頬に触れるアルは今日も可愛い。愛くるしい蹄にモフモフしたフォルム。そんなアルは気遣い屋さんだ。
「あるは、おひるね、してくる」
「私から離れたら危ないでしょう。寝るのならほら抱っこするからおいで」
「でも……」
「アル、この子も一緒でもいいですか?」
「もちろん! いつも一緒に居るけれど凄く仲良しなんだな」
「ええ」
カフェ店員さんは、リュウカと名乗った。彼も過去は何も覚えていないのだとか。やっぱりこの楽園と呼ばれる都市に住んでいる人の殆どは、過去を置いてきてしまった人たちのようだ。置いてきたのか、置いてくるしかなかったのか──はそれぞれだけれど。
リュウカさんは気さくで面白くて、良い人で、定期的にカフェに来ていた私が気になったのだとか。それはとても穏やかで、楽しい時間だった。
帰り際に真剣に交際を考えてと言われて、胸がドキドキした。誰かに好きだと言って貰えることが嬉しくて──嬉しいはずなのに、何かが違う?
胸の奥にある違和感。
手を繋ぎたいと言われて、少しだけ繋いだけれど……歩く歩幅も、速度も私に合わせてくれるのに、何か変。
私の中の私が叫んでいるような、落ち着かない感じ。
楽しい時間だったけれど、リュウカさんに「お付き合いはできない」と断った。それからがすごかった。
「一目見た時から好きでした!」
「どうか結婚を前提に付き合ってください」
「好きです! どうか自分の手を取っていただけないでしょうか」
「笑顔がとってもステキだと思っていました。付き合ってください」
「お茶友からでもいいので是非!」
突然の告白ラッシュ。
お気に入りのカフェに通っている間に気になっていたのだとか。みんなとても素敵な人たちだった。でも、たぶんこれは私の問題なのだと思う。
自室に戻ってベッドに倒れ込むと、アルは心配そうに引っ付いてきた。可愛い。
「でぃあんな、だいじょうぶ?」
「ええ。……人生のうちにモテ期は三回あるらしいから、その貴重な一回を噛みしめている所よ」
「でぃあんなは、いつも、もてもて」
「そう? ふふっ、ありがとう」
アルは「ほんとのこと」と言っているが、この都市に来てからこんな風に告白されるのは初めてなのだ。以前の私は恋愛や誰かと繋がることを無意識に抑えていたのかもしれない。
変化があったとしたら、夢に出てくる彼を思うようになったから?
「でぃあんなは、すきなひと、いないの?」
「んんー。実はね、気になる人はいないことはないの」
「!?」
アルはふよふよ浮かんでいたのに、途端に固まってベッドに落ちた。つんつんしてみたけれど、何だか震えている。
「実はね、夢の中に出てくる人と居るのが凄く好きなの。たぶん、紫の髪か瞳で、だいたいはカフェで待ち合わせなのだけれど『遅れてごめん』ってやってくるの。で、私は『いいわよ』って笑って答えて、季節限定のスイーツを堪能して、手を繋いでデートするのよ」
「ゆめ」
「そう。……でも、もしかしたら、私の過去の……幸せだった頃を捏造しているのかも。あんなに幸せだったら、私はきっとここに居なかっただろうから」
「でぃあんな」
アルは私を慰めようとギュッと抱きついてくる。私はそんなアルの背中に手を回して抱きしめ返した。とても温かくて安心する。
過去は怖い。
でもようやく心に持つことができるようになった今なら。新しい恋をするにしても、私は一度自分と向き合うべきなのかもしれない。
良いなと思う人がいても、心が違うという。違和感や形容し難い感情と折り合いをつけたい……。
そう思った。
思えるようになった。
そしてそう思えるほど心が穏やかで、余裕が持てたのは、アルが傍にいてくれたからだわ。
「今なら……向き合っても、アルが傍にいてくれるでしょう」
「でぃあんな。うん、ずっとそばにいる」
「ありがとう」
***
白い鳩が青空を飛翔する。
淡い色の世界。
周りを見渡しても誰とも目が合わないし、見られている感じはない。
ヒソヒソする声もない。
その向こうでは花嫁と花婿が見えた。誰からも祝福されて、幸せそうで、微笑ましい。たくさんの花で作られたミニブーケを花嫁が宙に放り投げたけれど、風に乗ってオレンジ色の薔薇が私の元に届く。
「次はディアンナの番だ」
「──がプロポーズしてくれるってことですか?」
「……ここは泡沫の夢。もしかしたら、ありえたかもしれない世界。僕が夢見た君との日々だから、僕がそう望めばきっと君は応えてくれるのだろう。でも現実では……君は僕を許さないし、許さなくて良い。僕はそれだけ君を追い詰めてしまったのだから」
「私を?」
夢なのになんだかリアルで、不思議な感覚だわ。いつもと雰囲気が、何か違う。
「僕は君の心を守り切れなかった」
「でも守ろうとしてくださったのでしょう?」
「それでも、結果的に君を追い詰めた」
「でも貴方は私に会いに来てくれた」
「──っ」
そうだ。彼は──いつだったか私を探しに会いに来てくれた。
どうして忘れていたのかしら?
どうしてあの時、逃げてしまったの?
怖かった。あの時は今の生活を壊したくなくて、過去が怖いもので受け入れることが怖くて、嫌で、だから──逃げた。
私が逃げたことで、彼を追い詰めてしまった。傷つけた。私も傷ついたけれど、でも私も彼を深く傷つけてしまったのは事実。
「貴方と夢の中で出会うまでは、怖い夢ばかり見ていたわ。誰かに見られている、罵られている宵闇の世界。……それを変えたのは、貴方が夢の中に現れてから」
「これは僕の夢。僕が望んだ願望だ」
「違う。私と……アルフレッド様との夢……魂が重なっているんだわ。だって……こうやって触れられる」
「ディアンナ」
ボロボロと泣きだすアルフレッド様に歩み寄る。夢の終わりが近いのだろう。
私はアルフレッド様に抱きついた。ガッシリとした体で、抱きしめられて、そうだ。この人だと実感する。
ゆっくりと記憶が私の中に満ちていく。そしてアルが誰なのかも知った。
「アルはアルフレッド様だったのですね」
「……君は僕を見て怖がっていたけど、どんな形であれ君の傍にいたかった。君と、ディアンナと一緒にいたいと願ってしまったんだ」
記憶の欠片が花開いていく。それは幸せな記憶だけではなく苦々しい、傷ついた記憶もあった。
でも──辛くて、苦しくて、逃げ場のなかった世界だったけれど、アルフレッド様はここまで私に会いに来てくれた。
今だからこそ彼の想いを、私が受け入れられる。
アルフレッド様に何があったのか。何を考えて動いていたのか。あの後なにがあったのか。言い訳も、逃げもせずに全ての罪を受けいれて、処刑台に立ったアルフレッド様の記憶に触れた時、心臓が潰れそうになった。
私はアルフレッド様と婚約解消されたことにショックで、立ち直れなくて、それが悲しくて、苦しくて……。あの状況で逃げ場はなかった。もしあの時、逃げていなければ、私の心は壊れていただろう。
でも、その前に……もう一度だけアルフレッド様と話を、私の本音を言えていたら──。
私を迎えに来てくれた時、ほんの少しでも歩み寄れていれば──。
こんなに遠回りして、アルフレッド様を傷つけずにすんだんじゃないだろうか。
「ごめんなさい、アルフレッド様。私が……もっと話をしていたら……」
「ディアンナ。もしかして記憶が?」
「ええ。夢の中でアルフレッド様との逢瀬の日々が悪夢を取り払ってくれた。過去の記憶が全て辛くて、苦しいものじゃないって……示してくれたから……。もっと早くそのことに気付いていれば……。ううん、アルフレッド様が迎えに来てくれた時に、もっと歩み寄っていたら……」
「ディアンナ。謝るのは僕のほうだ。僕は……っ、君に無理をさせて、我慢ばかりで……君と再会した時だって、甘えてしまった。もっと君と話すべきだったのに、僕は勝手に結論を出してそれが最善だと思い込んだ。ごめん、ごめんね。ディアンナ」
お互いに謝り合戦をして、泣き合って、今までの気持ちを口にし合う。
オレンジ色の薔薇は花びらとなって空を舞い、空から小さな花びら……金木犀に変わった。鼻孔を擽る懐かしい香り。
アルフレッド様と出会ったのは、金木犀のある中庭だったわ。それから金木犀の香りがすきになって、香水を買ったっけ。
そんな些細な記憶も、思い出も忘れていた。私は全部置いてきてしまった。なんて薄情で酷い女だろう。それでもアルフレッド様は私の傍にいることを選んでくれたのね。
「全部なかったことにして、身軽になっても……違和感が増えていって……大事だったこと、大切にしていた思い出も全部、アルフレッド様が一つ一つ夢の中で拾ってくださったから……とっても遠回りしたけれど、私は思い出すことができたの」
「君が幸せであってほしい。そう願いながらも、自己満足で君の傍にそれでも居たいと思っていたけれど、君の傍から離れるのを諦めなくてよかった」
「アルフレッド様」
そういうところが好きだ。私の手を掴んで、泣きながら傍にいるって言った時から、貴方は私の王子様だった。
「ディアンナ、愛している」
「私の答えは……夢が醒めてから直接言いますね」
そう言って唇を重ねた。もう答えたようなものだけれど。
***
夢が醒める。
カーテンの隙間から漏れた陽射しが眩しくて目を覚ます。すぐ傍にはスヤスヤと眠っている吐息が聞こえてくる。モフモフで癒されていたフォルムから私を抱きしめる腕と固い胸板、彫刻のような整った顔立ち。艶のある長い黒髪、寝顔はあどけないのね。
「……ディアンナ」
「起きたら過去の話と、未来の話をしましょう」
END
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⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
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sanzo様
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嬉しい感想ありがとうございます!!何度も読み返してます(ฅ>ω<ฅ)♡
アルのもふもふさに癒やされつつ、その正体を思うと胸がギュンとなります。
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今回二人のシーンに重点を置いた結果、ざまぁはさらっとにしております。もうちょっと過激でも良かったのかな?と思いつつ仕上げました。
何度も読み返したいほど気に入って貰えて嬉しいです*\(๑´▽`๑)/♡*。+
文章でも泣きますよ笑(ドラマでもアニメでも漫画でも小説でも泣きますが)
なんなら推敲しているときも……。
素敵な感想ありがとうございました!!