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最終章
最終話 誕生日パーティー1-3
しおりを挟む(セドリック様的に構ってほしい、ということでしょうか?)
「竜魔人というのは、伴侶からの愛情がほしくてたまらない種族だから時々拗ねることがある」
「拗ね……。ええっと、それはディートハルト様も?」
「あはは、私の場合は『追いかけて構ってほしい』って感じじゃないかな。むしろ地の底まで追いかけるほう」
(あ、なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような……。とりあえず竜魔人族に発症する寂しいアピールということなのでしょう。たぶん)
カーテンを開けて窓の外を見ると、庭園に向かって逃走するセドリック様の姿が見えた。執務室は三階。追いかけるだけでも一苦労だ。
サーシャさんが「抱えて飛び降りましょうか?」と提案してくれたが丁重に断った。明後日の誕生日パーティーの準備もある中、早々にセドリック様の《拗らせ病》を完治する必要がある。主役がいないパーティーを開くことも、一年も拗ねて逃げられるのも困るのだ。
私にしかできない方法。
できるだけ大きく息を吸い──。
「セドリック様! 今から飛び降りますから──受け止めてください!」
女は度胸。三階から落ちれば死ぬかもしれないが、振り返ってセドリック様が私を見たのなら大丈夫だ。
窓から身を乗り出して落ちた。重力に従って私の身体は一瞬で地面に──ぶつかりはしなかった。私が落ちる場所にセドリック様が駆け付けてくれたのだから。
少し荒い息で私を抱き上げている。
「お、オリビア! なんて危険な真似を!」
怒るセドリック様の腕に抱き付いた。「捕まえました」そう告げると、彼は言葉に詰まったようだ。少ししてセドリック様の鼓動が落ち着いてきた。
「危ない真似はしないでください。一瞬、心臓が止まるかと思いました」
「だってこのぐらいしないとセドリックは逃げてしまうでしょう。人族の私には貴方を捕まえるのは難しいし、一年も待てないわ」
「…………一年ぐらい私を追いかけてもいいじゃないですか」
拗ねるセドリック様に私は「嫌です」と呟いた。
「新婚なのに離れているのは嫌です。……それとも私に不満があるのですか?」
「……違います」
セドリック様は力なく項垂れると私の肩に顔を埋めた。擦り寄る彼の頭を優しく撫でる。
「私の妻になって、一緒にいる時間も増えて幸せなのに──もっと私のことを好いてほしい、傍に居て甘えて、愛されたいと、どんどん我儘になってしまうのです。でもそれは独りよがりで駄目だと思ったので、オリビアと離れるように努力しようかと……思ったのです」
そう言うが言葉と行動が矛盾している。
「えっと、それで本音は?」
「オリビアに愛されている実感が……ほしかったのです」
セドリック様は何度か私の部屋に訪れたらしいが留守だったこと。そして城の者たちから『オリビア様と一緒に何か作った』とか、『お話ができて嬉しい』などが耳に入ったらしい。
「極めつけはローレンスと親しそうに話していたので、嫉妬しました」
私を腕の中に閉じ込めると少し拗ねた口調で呟いた。
それがなんだか可愛くて、微笑ましく思ってしまった。
「幻滅しましたか?」
「いいえ。……私が城の人たちに会っていたのは理由があります」
「理由?」
「本当は当日まで内緒にしたかったのだけれど、主役がいないと困るというか……」
「主役?」
セドリック様は小首をかけて聞き返した。「明後日は何の日でしょう?」と質問した。彼は少し考え、ふと自分の誕生日だと気づいたようだ。
「もしかして、私の……誕生日?」
「はい。色んな人たちに協力をしてもらって、お誕生日パーティーを開く予定だったのです」
「ではローレンスが『楽しみにしている』と言ったのは? 手紙というのは?」
「明後日の誕生日パーティーの話と、手紙はその招待状です。だから主役がいなくなるのは困ってしまいます」
それを聞いてセドリック様はへなへなと力が抜けたようだ。もしかしてローレンスと会うのが楽しみだと勘違いされたのだろうか。
でもどうしてローレンスなのだろう。たしかに紳士的だし、私を気遣ってくれる方だが。
「ああ……。じゃあ全部私の勘違い……。なんてかっこ悪い」
「そんなことないです。……それで、その、明後日のパーティーに参加してもらえますか?」
セドリック様は顔を赤くしつつも「もちろんです」と答えてくれた。
こうしてセドリック様の《拗らせ病》は数時間で完治した。また再発するかもしれないが、そうならないように自分の気持ちを言動で示すようにしようと心に誓った。
そして──。
セドリック様の誕生日当日。
顔見知りの人たちを呼んでの誕生日パーティーは大いに盛り上がった。パーティー会場はちょっとした広さの部屋を借りようとしたのだが、百人は入るようなフロアで、料理も気軽な立食形式。顔を見せる人たちは城の人たちが多く、誕生日パーティーというよりも城の人たちとの懇親会──のような気がした。
その後、ジャクソンさんと作った誕生日ケーキを出した時は、セドリック様はすごく喜んでくれたし、誕生日プレゼントも山のように色んな人がセドリック様に贈っていた。
(ご両親とディートハルト様、クロエ様と知り合い数名だったはずなのに……すごいことになってしまった……)
誕生日パーティーの最後にダグラスとスカーレットが空に花火を打ち上げていたので、もはやお祭りだった。二人とも「今度は自分らの誕生日パーティー」がしたいと提案までしていた。
一年に一度自分の生まれた特別な日。寿命が長くても大事にしたい。そんなことを考えつつ、私はセドリック様と自室に戻った。
「オリビア」
部屋に戻るとセドリック様は後ろから私を抱きしめた。部屋の明かりをつける前だったので、目が慣れるまで少し時間がかかる。
腕の中に閉じ込められたまま向かい合うと、セドリック様は白の燕尾服に、深紫色の髪紐で髪を軽く結っており思わず見惚れてしまう。
「こんな風に祝ってもらったのは成人の儀以来です。ありがとうございます」
「それなら企画した甲斐があります。……まあ、こんな大規模になるなんて予想外でしたけれど……」
「オリビアが動いたからここまで大規模になったのですよ」
「え?」
耳元で囁くので、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
セドリック様の声はとても柔らかい。
「オリビアは気づいていないのかもしれませんが、貴女のために何か力になりたいと思う人たちはたくさんいるのです。私もその一人ですが」
「それは……光栄です」
「オリビアからの贈り物。箱を開けたのですが、あのカップは私とお揃いの」
「はい。この先も一緒にお茶の時間を設けたいので、お揃いのカップに名前を書いてみました。あと簡単に絵も」
「オリビアのそういう考えがとても好きです」
(大量のプレゼントに埋もれていたはずなのに……。本当にこの方は)
臆病だった私を変えてくださった愛しい人。
甘え上手で、いつも気遣ってくれて、尊重してくれる。
傷ついて何も持っていなかった私を見つけ出して、愛してくれた。
求愛を信じられなかったころの私はもういない。
心臓の鼓動がうるさいし、緊張するけれど──。私は背伸びをしてセドリック様の唇にキスをする。
啄むような甘いキスを。
こんな風に少し大胆に行動ができるようになったのも、セドリック様の影響だ。
「オ、オリビア……!」
「愛しています。これからは私がもっと旦那様のことが好きだって伝えていきますね」
「……! ええ、それは楽しみです」
互いに見つめ合ったあと、二人で笑った。
その後は言葉もなく、惹かれ合うように自然と唇が重なった。
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