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第2章

第19話 勇気を振り絞って1-2

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 本当にサラッとすごいことを口走る。この三カ月、私の心拍数は上がりっぱなしだと思う。外堀は埋められて、私が王妃になる準備は着々と進められているので今更逃げ出すことは出来ないし、行く場もない。私の足が完治すれば、婚儀を執り行うだろう。
 形だけでも強引に進めることはできるだろうが、セドリック様は私の気持ちを優先してくれている。三年間の常識がボロボロと崩れ、記憶のない私はこの三カ月の間、状況確認と心の整理に時間を費やしていた。

 整理してわかったことは百年ほど前フィデス王国に魔物が急襲し、国民を守るために国随一の魔導士が石化魔法を使って魔物から守ったこと。この石化魔法は魔力量が多い者ほど解除される時間が早いという。それゆえフィデス王国の石化魔法は時間と共に解決することが判明した。私が動かなくてもこの問題は解決する。
 私とフランだけ石化の解除が早かったのはダグラスの魔法によるもので、その対価として私には記憶がない。

 三年前、私を連れ去った叔父夫婦はグラシェ国の使用人たちで雇われたらしく、私がセドリック様の妻になることを阻止するためだった。
 エレジア国では「国家間で三年保護してほしい」という密約を交わしてしまった以上、変に拗れることを恐れてセドリック様は三年待った。迫害や奴隷扱いされていないか報告書は逐一確認していたが、そのあたりはエレノア様とクリストファ殿下が上手く隠蔽していたらしい。
 知らないことばかりで虐げられていたけれど、セドリック様は私を守ろうと一生懸命に動いてくれた。今も私の傷ついた心を癒そうと傍に居てくれる。その事実をようやく自分の中で受け入れることができた。

「セドリック様。私は過去がない……というか覚えておらず、後ろ盾もない身一つだけの存在です。私自身、特殊した能力や地位や名誉などもグラシェ国の王に比べればないに等しい脆弱な人族の娘でしかありません。……それでも、いいのですか?」
「もちろん。他の誰でもないオリビアがいいのです」

 即答する言葉に偽りは感じられなかった。神経を尖らせて警戒をしていたのに、この三カ月で私の決意がどんどん崩れていった。
 セドリック様。
 私、最初は死ぬつもりで、やけくそだったのですよ。
 情緒不安定で、最初はまた利用されると思って、警戒していたのですよ。
 死にたくないって思うようになって、それでも信じきれなくて──。
 それなのに、優しくて温かくて、居場所を、帰る場所を作ってくれた。
 どんどんセドリック様の優しさに癒されて、惹かれて。でも、その分、怖くもなってきたのです。
 愛される喜びと、愛を失う怖さを──。

「わた……し、は、なにも、ないのですよ。秀でるものも、なにも持っていなくて、本当の私は、泣き虫で……、めんどくさくて……、寂しがり屋で、……愛される保証も、なにも……、世界が怖くて……頼れるひとも、後ろ盾も……、我儘になったら、鬱陶しく……嫌いに」
「なりませんよ。今まで甘えられる場所がなかった。誰もそれを許さなかっただけで、ずっと一人で頑張ってきたのでしょう。たくさん甘えて、我慢しなくていいのですよ。オリビア、大丈夫です。そんなに簡単に不安はぬぐえないかもしれませんが、寂しい思いも、つらいことももう終わりです。これからは幸せになっていいのです」
「──っ」

 もう片方の手が私の頬に触れた瞬間、涙が溢れて泣いてしまった。
 子供のように、涙が溢れて──フランを失った時とは違う涙。
 私を抱き寄せるセドリック様の腕の中は、温かくて、安心してまた涙が溢れた。
 真っ暗な闇の中で、私を見つけ出してくれた。

「オリビア、愛しています」

 つねに真摯な態度で接してくれる彼に私も応えたい。

「セドリック様……、わ、私も好きです」
「!」
「けれど、セドリック様と同じ熱量を……今すぐに向けることも、この思いが恋や愛と呼べるものなのか……断言できません。……だから私に愛することを教えて頂けないでしょうか」

 セドリック様の宝石のような青い瞳が輝き、同時に破顔した。

「ええ、ええ! もちろんです。オリビアから前向きな気持ちが聞けて嬉しいです」

 ギュッと私を抱きしめるセドリック様は終始嬉しそうで、尻尾も驚くほどバタバタと音を立てていた。

「そうですね。まずは私の名前を敬称なしで呼べるようになるところからでしょうか」
「急に……ハードルが上がったような?」
「そうですか? ダグラスやスカーレットには普通に呼び捨てじゃないですか」
「あの子たちを……引き合いに出すのは、違うような気がします」
「違いません」

 不服そうにセドリック様は反論する。
 ダグラス、スカーレット。この子たちはフランの、セドリック様の古い友人でなぜか張り合う。

「オリビア、つらいことや困っていることはありませんか?」
「……いいえ。毎日、十分すぎるほど……良くしてくださっています」
「足のリハビリも頑張っていると聞きます。回復に向かっているとか」
「はい。もう少しで……治癒魔法をかけても大丈夫だと、ローレンス様から……許可を頂けました」

 ぐずる私にセドリック様は背中を優しく撫でてくれる。気遣ってくれることが嬉しくて、涙が止まらない。先ほどは恋や愛がわからないと口にした、けれど──。

「やっぱり、さっき……嘘を言いました」
「え、えっと……どの話ですか? まさか『私を好きだ』というところですか?」

 あわあわと焦るセドリック様に私は首を横に振った。

「『この思いが恋や愛と呼べるものなのか断言できません』という部分で、セドリック様を思うと胸が苦しくて、……会えたら嬉しくて、幸せで、頬に触れるのも、キスをするのも……いやじゃなくて、嬉しくて、……抱きしめられるのがドキドキして、離れたくない。そのぐらい……好き、になっていますぅ……」
「…………」

 黙っているセドリック様に目を向けると、顔を真っ赤にして口元を緩ませている姿あった。

「ああ、……嬉しいです。オリビア、幸せで夢じゃないかって、思ってしまいます」
「夢に……したくないです」

 こつんと、額が重なり、互いの唇が触れ合う。
 手の甲や、頬や額とは違う。
 愛していると実感できる。
 不安が消えて、安堵が広がっていく。愛する喜びと、愛される幸せを教えてくれた人。
 悲しいことやつらいことにも終わりがあるのだと、実感させてくれた。
 私の思いは、ちゃんとセドリック様に伝わっているでしょうか。
 いつの間にか雷が怖かったことなんて頭から消えていた。
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