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第2章

第18話 悪魔ダグラスの視点/王兄第三姫殿下リリアンの視点1-1

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 クソみたいな無意味で、無価値で壊れた世界。
 俺たち悪魔を生み出すのはいつだって、人間のクソみたいなドロドロした負の感情からだ。
 妬みに嫉み、憎悪、傲慢、愚かで、利己的で、クソみたいなやつら。
 そんなクソみたいな世界をぶち壊そうと思っていた。
 もともと悪魔なんてそんなものだった。

 それを変えたのは、たった一人の人間。
 馬鹿みたいなお人好し。
 大嫌いだった。疎ましくて、妬ましくて。
 本当は今にも叫び出したいのに、一人で耐えて馬鹿みたいで。
 だから傍にいて全部、食ってやろうと思った。
 オレは《原初の七大悪魔》の一角、暴食のグラトニー。物質だけじゃなく魂や記憶を食うことで力とする。その人間の過去を少しずつ食っていった。幼いころの記憶を、人間にとって大事な根幹となる記憶を食らうことで、嫌がらせをしてやろうと思った。
 いつもへらへら笑っている人間が嫌いだった。
 嫌いだった──はずなのに、記憶を食べるとアイツが酷いことばかりされて生きてきたことが悔しくて、悲しくて、泣けた。

 オレが奪っている記憶はどれもつらくて、苦しいものばかり。
 オレは簒奪者なのに、人間はオレの傷を手当てして、優しくする。
 負の感情に呑まれず、オレに温もりと愛情と、居場所を作ったただ一人の人間。

「お前、オレが怖くないのか?」
「全然」
「オレは悪魔だぞ」
「うん。それでも今は小さなこどもで、傷だらけの君を放っておけないわ」

 そう言って天使族の子供も助けた。
 竜魔人族の子供も同じように。
 救っているのは人間なはずなのに、自分が救われたような顔をする。
 空っぽな悪魔のオレに負の感情以外のなにかを教えた人間。
 オレもセドリックのように、最初から甘えて「好き」だといえば何かが変わったのだろうか。

 寂しそうにしていた人間は、笑顔が増えた。
 悪夢を見ることも、無茶をすることもなくなった。
 セドリックと一緒に寝るようになってからだ。
 無理をしようとするとセドリックが抱き付いて離さない。
 セドリックは人間を思いやり、それに人間も応えている。
 人間の記憶が華やいで、色づく。
 それを変えたのは、セドリックだ。
 ずるい。オレが先に見つけたのに。
 オレが──。

 それでようやく気付く。
 ああ、オレはあの人間が好きだったんだ。
 でも、いまさらだ。
 オレはあの人間の──リヴィの記憶を食ってきた。奪ってきた。殺そうとした。
 犯した罪は変わらない。
 恨まれて、憎まれて当然だ。
 でも、愛されたい。矛盾している。
 たくさん悩んで、考えて答えを出した。
 オレが隣に居なくてもいい。生きてほしい。そしてまた抱きしめて、頭を撫でてほしい。
 その場所を維持できるのなら、なんでもしよう。

 だからオレは石化魔法を解除する対価として、リヴィの枷を全て取り除こうと決めた。
 リヴィを利用するフィデス王国の人間も、オレ以外の悪魔も許さない。
 リヴィを含めて、リヴィに関わる記憶を全て喰らいつくした。
 あの悪魔はリヴィを撒き餌にして力を増幅しようと画策していたから、それを逆手に取ってリヴィの記憶そのものを消してやった。
 真っ新になった状態でも、セドリックが傍に居るのなら大丈夫だと。

 もっとも三年ほどエレジア国に人質にされたと聞いた時は、思い切りセドリックを殴ったが。
 それから三年。魅了をまき散らす有害者の対策の為用意した特集魔導具を用意して早くリヴィに会いたかった。もうひと仕事があったので、とりあえずセドリックに釘を刺す。

「お前、次、リヴィを傷つけることがあったら、今の記憶を全部食って、オレとスカーレットで亡命するからな」
「ぐっ……、わかっている」

 オレがそんなことを言うことも、連れ去る資格もないのに。
 それでもセドリックもスカーレットもオレをいい奴だと信じている。
 本当に、馬鹿な奴ら。
 そういうことはリヴィと一緒で、お人好しすぎる。
 セドリックとしても悪魔の企てに腹が立っているのだろう。あの用意周到さと狡猾さを考えればコイツを出し抜くこともできただろう。タイミングも悪かった。
 だが次はない。
 そう次はあの悪魔ラストを滅ぼす。絶対に。

 それからあっさりと《魅了女》を投獄できたとセドリックは語った。
 魅了封じの魔導具は素材集めが面倒だったが、その分効果は絶大だったそうだ。
 リヴィが眠った後、セドリックの執務室で報告会が開催される。そこに集うのは、セドリック、オレ、スカーレット、侍女長というか強欲グリード、執事だ。

「ミアだったか、あの女、オリビアの前で言い寄ってくるので、危うく殺しそうになった」
「よく耐えたな」
「うぁあ、気持ちは分かるけれど、それやったらリヴィのトラウマになるから絶対にやったらダメよ。嫌われたくないでしょう」

 そうプリプリとスカーレットはセドリックを嗜めた。
 殺した方が早い。それは同感だがその場合、大義名分が必要となる。
 グラシェ国は多種多様な種族が暮らしており、その中で稀に他種族のハーフが生まれる際に有害となりえる能力を持って生まれることもしばしばあった。

 昔は被害が出る前に処分するのが習わしだったが、「あまりにも不憫だ」ということで成人するまでに力の制御ができるか否かの選定が設けられるようになった。
 それでも制御できない者は排出される。中でも高貴な家の出であれば「子を残すことはできないか?」と竜魔王に歎願したそうだ。その結果、兄王ディートハルトが後宮という表向きは側室として──収容所を作ったのが始まりだ。思えばディートハルトが王妃のクロエの負担を減らすため、悪魔に利用されやすい者たちを匿う場所でもあった。それが逆に利用されたのだから笑えない。

「《魅了女》は無自覚でいいように色欲ラストに利用されていただけだろう。案の定、侍女が一人姿を消したみたいだしな」
「もう一人のリリアン姫殿下の方に転がり込んだんじゃない? あっちにも唾をかけていたようだし」
「次は毒殺関係の案件が増えますね」
「食事や茶菓子は注意をしなくては」

 そう執事と侍女長は深刻に呟いた。毒を封じる魔導具も作れなくはないが、《毒姫》の場合、感情の起伏によって毒の濃度が変動するため魔導具の強度を超える可能性が出てくるのだ。毒と魔導具の相性が悪いのもある。
 また災害レベルだが後宮から出ないという条件を守っているのと、自身が手を下していないため侍女を斬り捨てて暗殺の主犯という立場を否定していた。なにより「王妃暗殺など勘違いじゃ。たかが、か弱い人族を竜人族が殺すはずなかろう」と堂々とのたまったのだ。

 実際にリヴィは王妃ではない。となれば肩書は人族より竜人族の方が高い──と竜人族たちは本気で思っているようだ。竜人族は竜魔人の次に強く地位も高い。そのためプライドも高く横暴なところも多い。「竜人族として下級な人族よりも自分の娘を王妃に」と考える馬鹿どもは多いのだ。

「もうさっさと結婚してしまえばいいんじゃないか」
「それはそうだけれど、オリビアの気持ちが追い付いてからがいい」
「今更すぎる。嫌だって言っても離す気なんてないだろう」
「それは……そうだが」
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