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第1幕
第10話 竜魔人族の食事会1-2
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「お義母様」
「なに!?」
「あ、あの……セドリック様は私が一人で寝るのが怖くて傍で見守ってくれていただけで、最後に抱き付いていたのは寝ぼけていただけなのです」
「あら、そう? オリビアがいうのならそう言うことにしておきましょう」
(これで丸く収まるはず……)
安堵してセドリック様に視線を向けると、叱られていたのに顔を綻ばせている。「オリビアが私を慮って……!」と感動している。声をかけたら今にも抱きついてきそうな勢いだ。
(ここは見なかったことに……)
「オリビア」
(駄目だった)
彼の溢れんばかりの熱量と声音を無視できるほど、私のスルースキルは高くない。「はい」と答えるだけで、セドリック様は顔を口元が緩みっぱなしだ。やっぱり、好かれている?
「おはよう」
「おはようございます」
「今日から朝食を一緒に摂ってもいいですか?」
「しょく……じ」
聞き間違い──ではないのだろう。
けれどこの三年、家庭教師の夫人に食事のマナーで嗜められてきたので全くもって自信がない。王族同席の食卓で恥をかけば、百年の恋だって冷めるだろう。なにせ二年前まで叔父夫婦と食事をするたびに「テーブルマナーがなっていない」と窘められてきたのだから。
『ああ、まともに食事のマナーも分からないなんて!』
『本当に子爵家の者として恥ずかしい』
そのたびに使用人たちも嘲笑し、叔父夫婦に同調していた。
食事も自分で作らないと異物を混入などの陰湿な嫌がらせもあった。思い出せば胃がキリキリする。指先が震えるのを必死で抑え、
「あの……私なんかがお邪魔したら、気分を害されるのではな──」
「そんなことは断じてありません」
「でも……その……マナーがまだ完璧ではないので、遠慮したいのです」
「なら一緒に練習にお付き合いします。私も人族のマナーには疎いですし、今後オリビアには竜魔人との食事方法も学んで頂かなくてはなりませんし」
そう言われてしまえば断る理由がなくなってしまう。私の返事を待つセドリック様は一緒に食べることを想定して尻尾を揺らしている。「わかりました」と白旗を上げる私に、彼は「では行きましょう」と車椅子から私を抱き上げた。車椅子はサーシャさんが回収している。
彼はどこまでも嬉しそうで、どうしてこんなに好かれているのか記憶のない私はむず痒くて、向けられる好意にどう受け取っていいのか分からない。
朝食の場には王太后様の夫、つまりはセドリック様のお義父様が石像の如くに佇んで待っていた。セドリック様の顔立ちは整っており美しささえある。お義父様は強面で顔立ちの堀が深く、体格はセドリック様よりも大きいので見上げる形で相対することになった。
「……………」
「父上、また立ったまま寝ていたのですか」
(え!? ……寝ていた?)
「む、……おお、息子よ。久しぶりだな」
「父上、三日前に会いましたよ」
「むむ、そうだったか?」
そこでお義父様は私の存在に気付いたようで、ジロリと鋭い視線を向けた。威圧的な視線に目を逸らすのを堪える。本能的には避けたいけれど、相手はセドリック様の父親である以上、粗相は許されない。というか目を逸らした瞬間、不敬罪で極刑コースだ。本能的にセドリック様の胸板に擦り寄る形で助けを求めた。
「これがデレ期? さりげなく甘える……最高っ」とセドリック様が嬉しそうにしているのは、よくわからなかったが。
「コホンッ、父上。オリビアをじろじろ見るのは、やめてください。オリビアが驚いているでしょう」
「む、……ああ。あの時の娘か。人族の寿命は短命と聞いていたが例外があるのだな」
「アナタ、オリビアを虐めていないでしょうね!」
豪快に笑うお義父様だったが、王太后様──お義母様が姿を見せた瞬間、重苦しい空気が一変した。とびきりの笑顔で出迎える。
「愛しい人、遅いではないか」
「もう、アナタが待っていると言っていたのでしょう?」
「違う。眠っていたら愛しい人がいなくなっていたのだ」
(なんだろう。あの可愛らしい二人のやり取り……)
私たちの存在を無視して二人だけの世界に入っている。抱擁から抱き上げてキスまで一連の流れでこなれていた。新婚夫婦のような熱々ぶりだ。
(あんな風に仲睦まじい夫婦もいるのね)
「竜魔人では伴侶に対してだいたいあんな感じなのです。自分はああならないと思っていたのですが──オリビアとなら悪くありませんね」
「!」
頬を摺り寄せてキスをする。さりげなく。もうそれだけでいろんな考えが吹き飛んでしまう。マナーについてあれこれ悩んでいたが、嘘のようだ。
***
「なに!?」
「あ、あの……セドリック様は私が一人で寝るのが怖くて傍で見守ってくれていただけで、最後に抱き付いていたのは寝ぼけていただけなのです」
「あら、そう? オリビアがいうのならそう言うことにしておきましょう」
(これで丸く収まるはず……)
安堵してセドリック様に視線を向けると、叱られていたのに顔を綻ばせている。「オリビアが私を慮って……!」と感動している。声をかけたら今にも抱きついてきそうな勢いだ。
(ここは見なかったことに……)
「オリビア」
(駄目だった)
彼の溢れんばかりの熱量と声音を無視できるほど、私のスルースキルは高くない。「はい」と答えるだけで、セドリック様は顔を口元が緩みっぱなしだ。やっぱり、好かれている?
「おはよう」
「おはようございます」
「今日から朝食を一緒に摂ってもいいですか?」
「しょく……じ」
聞き間違い──ではないのだろう。
けれどこの三年、家庭教師の夫人に食事のマナーで嗜められてきたので全くもって自信がない。王族同席の食卓で恥をかけば、百年の恋だって冷めるだろう。なにせ二年前まで叔父夫婦と食事をするたびに「テーブルマナーがなっていない」と窘められてきたのだから。
『ああ、まともに食事のマナーも分からないなんて!』
『本当に子爵家の者として恥ずかしい』
そのたびに使用人たちも嘲笑し、叔父夫婦に同調していた。
食事も自分で作らないと異物を混入などの陰湿な嫌がらせもあった。思い出せば胃がキリキリする。指先が震えるのを必死で抑え、
「あの……私なんかがお邪魔したら、気分を害されるのではな──」
「そんなことは断じてありません」
「でも……その……マナーがまだ完璧ではないので、遠慮したいのです」
「なら一緒に練習にお付き合いします。私も人族のマナーには疎いですし、今後オリビアには竜魔人との食事方法も学んで頂かなくてはなりませんし」
そう言われてしまえば断る理由がなくなってしまう。私の返事を待つセドリック様は一緒に食べることを想定して尻尾を揺らしている。「わかりました」と白旗を上げる私に、彼は「では行きましょう」と車椅子から私を抱き上げた。車椅子はサーシャさんが回収している。
彼はどこまでも嬉しそうで、どうしてこんなに好かれているのか記憶のない私はむず痒くて、向けられる好意にどう受け取っていいのか分からない。
朝食の場には王太后様の夫、つまりはセドリック様のお義父様が石像の如くに佇んで待っていた。セドリック様の顔立ちは整っており美しささえある。お義父様は強面で顔立ちの堀が深く、体格はセドリック様よりも大きいので見上げる形で相対することになった。
「……………」
「父上、また立ったまま寝ていたのですか」
(え!? ……寝ていた?)
「む、……おお、息子よ。久しぶりだな」
「父上、三日前に会いましたよ」
「むむ、そうだったか?」
そこでお義父様は私の存在に気付いたようで、ジロリと鋭い視線を向けた。威圧的な視線に目を逸らすのを堪える。本能的には避けたいけれど、相手はセドリック様の父親である以上、粗相は許されない。というか目を逸らした瞬間、不敬罪で極刑コースだ。本能的にセドリック様の胸板に擦り寄る形で助けを求めた。
「これがデレ期? さりげなく甘える……最高っ」とセドリック様が嬉しそうにしているのは、よくわからなかったが。
「コホンッ、父上。オリビアをじろじろ見るのは、やめてください。オリビアが驚いているでしょう」
「む、……ああ。あの時の娘か。人族の寿命は短命と聞いていたが例外があるのだな」
「アナタ、オリビアを虐めていないでしょうね!」
豪快に笑うお義父様だったが、王太后様──お義母様が姿を見せた瞬間、重苦しい空気が一変した。とびきりの笑顔で出迎える。
「愛しい人、遅いではないか」
「もう、アナタが待っていると言っていたのでしょう?」
「違う。眠っていたら愛しい人がいなくなっていたのだ」
(なんだろう。あの可愛らしい二人のやり取り……)
私たちの存在を無視して二人だけの世界に入っている。抱擁から抱き上げてキスまで一連の流れでこなれていた。新婚夫婦のような熱々ぶりだ。
(あんな風に仲睦まじい夫婦もいるのね)
「竜魔人では伴侶に対してだいたいあんな感じなのです。自分はああならないと思っていたのですが──オリビアとなら悪くありませんね」
「!」
頬を摺り寄せてキスをする。さりげなく。もうそれだけでいろんな考えが吹き飛んでしまう。マナーについてあれこれ悩んでいたが、嘘のようだ。
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