4 / 56
第1幕
第2話 全ては仕組まれたこと1-2
しおりを挟む***
気が付けば馬車の乱暴な運転に目が覚めた。
舗装されていない道を通っているのか、かなり揺れる。
窓の外を見る限り鬱蒼とした森の獣道を走っているようだ。暴走とも呼べるスピードだが、御者に声をかけても聞こえていない。
ガタン、と大きな音がした途端、馬車は止まった。
「きゃっ」
最後の揺れが思いのほか酷く、体中が軋むように痛い。
呼吸も苦しくなってきたが耐えた。ノックも無しに馬車の扉を開いた。この国の騎士には礼節というものはないのだろうか。
「降りろ」と居丈高に命令する。馬車から下りる際も手を取るなど紳士的な素振りなど見せなかったが、すでに諦めていたのでどうでもよかった。
降ろされたのは森の真ん中だったが、眼前には巨大な門があった。魔法によって創り出した門は全長三メートル以上で、漆黒の入り口はまさに地獄の入り口を彷彿とさせた。
騎士たち数名は門に向かって叫ぶ。
「グラシェ国、竜魔王よ。聖女オリビアをお届けに参りました!」
その言葉によって巨大な門が重々しい音を立てて開いた。
騎士たちはその開いた先の光景を見て悲鳴を漏らす。無理もない門の向こう側は深い霧に包まれているだけで何も見通せないのだから。
私と共に門を越えてエスコートするような忠義を持つ騎士は誰もいない。彼らが向ける視線は鋭く「さっさと中に入れ」と睨む。
痛む足を引きずりながら門の中へと歩き出す。
足場がしっかりしているものの、不安で押し潰されそうだ。
(フラン……)
辛いときも悲しい時も傍に居て寄り添ってくれた。
この三年間、記憶のない私にとってフランがいたから頑張れた。
(ああ、そうだ。竜魔王の生贄にされる時にダメ元で、フランと一緒に埋葬してくれないか頼めないかしら)
どのくらい歩いただろう。
真っ白な霧は消え、視界には巨大なドラゴンが現れた。
「!?」
黒々とした黒竜は大きな口を開けて私を食い千切ろうとしている。逃げなければいけないのに、その場に縫い留められたように足が動かなかった。
死ぬ。
そう直感した。
これで終わる──とどこかホッとしている自分がいた。
「フラン……」
「オリビア、そこを動かないで」
声が聞こえた瞬間、魔物の黒い竜が真っ二つに裂けて鮮血が迸る。
「!」
景色が一変し、豪華絢爛な城が突然姿を現した。
しかも漆黒の甲冑に身を包んだ騎士に、真っ黒なメイド服、出迎えた青年は血塗れで白い毛皮付きコートが赤銅色に染まっている。
魔物を斬ったのは眼前に立っていた青年だった。
それだけで卒倒しそうだったが極めつけは、その青年の外見だ。捻じれた黒い角、尖った耳、精悍な顔立ちだが口を結んでおり、肩ほどの真っ青な髪に、紺藍色の瞳がジロリと私を見つめる。目が合った瞬間、気絶しなかった私を褒めてほしい。
「あ……っ」
喉が詰まって声が出なかった。一瞬で彼が竜魔王だと察した。
ここで挨拶をしなければ侮辱罪で殺されるかもしれない。
いや、どのみち生贄になるのだから関係ないだろう。
「すまない。門を開けた瞬間、空間が歪み魔物を呼び寄せてしまったようだ。怪我は?」
「あ、その……いえ、大丈夫です」
「そっか。よかった」
ふわっと微笑む姿に驚いてしまった。
心から私を安堵しているようなその顔に、目が離せない。そんな風に私を案じてくれる人なんていなかったのに。
「し、……失礼ですがあなたは」
「私か……。私は現竜魔王代行を務めている。王弟セドリックだ」
(この方が……現竜魔王……代行? 王弟と言っていたけれど竜魔王様と呼べばいいのかしら?)
「……オリビア・ロイ・セイモア・クリフォード」
(ロイ・セイモア?)
クリフォード家としてはあっているが、グラシェ国ではそう呼んでいたのだろうか。ほんの少し考えつつも「はい」と答えた。
そもそも生贄に名前の確認が必要なのだろうか。そんなどうでもいいことが頭をぐるぐると巡った。たぶん、フランが居なくなってから亡国の復興もどうでもよくなってしまったのだ。
僅かな沈黙。
(ああ……。フランとあの時に死んでしまえばよかった)
気づけば涙が頬を伝って流れていた。
それに気づいて竜魔王は僅かに困惑したような表情を見せる。
「竜魔王陛下、この身を捧げるにあたって一つ願ってもいいでしょうか」
「え、あ──ああ」
「私が死ぬときは、フランと一緒に埋葬していただけませんか」
やけくそだった。
何もできないまま死を迎えることが悔しくて、苦しくて、悲しい。
けれどそれ以上にフランのいない毎日が考えられなかったのだ。瞼を閉じて、死を覚悟したのだが──。
「フランと。……ええ、もちろん。私の死は貴女と共に──」
「…………ん?」
「百三年、待った甲斐がありました。オリビア、グラシェ国一同、貴女を心から歓迎いたします。私のたった一人の花嫁、愛しています」
(はな……よめ? あ。この国では生贄なんて言葉を使わないのね)
そう納得しかけた瞬間、わあ、と歓声が沸き起こった。
拍手喝采。
花火のようなものが打ち上がる音まで聞こえてくる。空を仰ぐと実際に花火が上がっていた。
ついに幻聴に幻覚まで──。私はおかしくなってしまったのだろうか。
(え? な……?)
百三年待った。
心からの歓迎。
この国の処刑はお祭りのようなものなのだろうか。
怖くて目を開けることができなかった。そのうち立っていることも出来ず、体が傾いた。目を瞑り「倒れる」と痛みを覚悟したが、いつまで経っても痛みはない。
79
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
【完結】聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~
八重
恋愛
コルネリア・ルセックは聖女として教会に併設された孤児院で二歳まで育ち、子に恵まれなかったルセック伯爵夫妻に養子として引き取られる。
だが、このルセック伯爵はコルネリアの強い聖女の力を、金儲けの道具として使って富と名声を得る。
そんな時、突然コルネリアは聖女の力を失くしてしまった……!
力を失って役に立たなくなった彼女を、ルセック伯爵夫妻は冷遇して地下牢に閉じ込めてしまったのだ。
そうして彼女は徐々に感情を失っていく──
一方、彼女が教会にいた時に一目惚れしたレオンハルトは、若くして公爵の地位についたその後、17歳になった彼女を救い出す。
彼に溺愛されるうちに、コルネリアは感情を取り戻し、そして彼に惹かれていく。
しかし、そんなレオンハルトにも新月の夜に子供の姿になってしまう呪いにかけられていた……!
力を失った虐げられ聖女×ショタ化する公爵の、不思議で甘々溺愛シンデレラストーリー!
◆第一部(全28話+閑話3話)、第二部(全17話)でお届けします!
※他のサイトでも公開しております
(小説家になろう先行公開です)
※タイトル変更しました(旧:力を失ったことで虐げられて感情が欠けた聖女は、秘密を抱えた公爵様に甘々に溺愛される)
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる