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第1幕

第1話 虐げられ続けた令嬢1-1

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 鉄格子のある窓の外は澄み切った青空が広がっており、どこまで自由に見えた。
 檻のような屋敷で、寝る間もないほどの発注書が山のようになっている。

 エレジア国に保護されて今日で三年目。今抱えている発注書を終えれば、この屋敷から、いや叔父夫婦から離れて国を出ようと思っていた──いや、そういう約束だったはずだ。
 それが覆る。

「オリビア・クリフォード子爵令嬢、おめでとうございます。竜魔王の生贄に選ばれました!」
「え」

 名誉なことだと言わんばかりに張りのある声が屋敷内に轟いた。
 地獄が終わったと思えば、新たな地獄の釜が私を誘う。どこまで行っても終わらない永久牢獄。
 それが私の人生なのだろうか。

 竜魔王。
 生贄。
 どれも初耳だ。
 自室で内職をしていた私は何事かと自室を出た。この三年、食事は最低限しか出してもらえなかったのと、一日中部屋に軟禁状態だったため足腰の力が衰えているからか、ふらふらしながらも屋敷入口へと向かった。

 ふと廊下にある姿見に自分の姿が映った。
 ここ三年、自分の身なりに気を遣う暇もなく骨ばった体、寝不足で不健康そうな少女が自分だと思わず、一瞬固まってしまった。

 長い蜂蜜色の髪はぼさぼさで、アメジストの瞳は寝不足で目が充血している。服装も使用人たちの紺のドレスをアレンジして着こなしているが、継ぎ接ぎだらけでどう見ても子爵令嬢とは見えない。

(さすがに、このままじゃ駄目ね)

 手櫛で軽く髪を梳き少し整えたて、廊下を歩き出す。焼け石に水だったかもしれないが、気持ちの問題だ。

 屋敷内はざわついており、先ほどの声は屋敷の玄関口からだったと思い急ぐ。
 吹き抜けの階段のところまでなんとか辿り着き、そこで屋敷を尋ねた客人たちが誰なのかわかった。

 法衣に身を包んだ枢機卿と、甲冑に身を包んだ騎士たち。
 物々しい空気に屋敷の使用人や侍女たちも動揺しており、枢機卿の後から屋敷に足を踏み入れた人物によってさらに空気が変わった。

 この国の第二王子クリストファ・ドナルド・ドレーク、私の婚約者が現れた。金髪碧眼の美丈夫で、佇んでいるだけでも雰囲気が違う。今年二十三歳という若さでありながら、国王の片腕として政務を執り行っている。民衆からの支持もあり「王族の鑑」と使用人たちが話しているのを耳にしたことがあった。

 婚約者となってから半年は足しげく屋敷に通ってくれたが、一年、二年と経つにつれて顔を見せずに発注書やら頼みごとの書状ばかりが増えていった。贈り物は定期的に寄こしてくれるものの、その殆どは叔父夫婦や使用人たちに奪い取られてしまったが。
 久しぶりに顔を見せた殿下は、私に声をかけた。

「やあ、オリビア嬢」
「クリストファ殿下、竜魔王の生贄とは……何かの冗談でしょうか?」

 困惑する私に、クリストファは柔らかな笑みを浮かべた。
 その笑みに安堵しかけた直前。

「いいかい、オリビア。竜魔王から直々に指名を受けるなんて、これ以上の名誉なことはない。婚約者としてとても、とても辛いけれど……これも我がエレジア国の繫栄のため受け入れてくれるだろう」
「なっ」

 耳を疑うような言葉に、固まった。
 あっさりと婚約者を切り捨てる声のトーンが、愛を囁く時と変わらないのだ。つまり彼にとって私はその程度の存在だったのだと今更ながら思い知らされた。

 もっとも薄々は気づいていた。
 クリストファ殿下の婚約者となったのは三年前。亡国の令嬢を王族が保護する名目で婚約は結ばれた。

 そこには政治的取引しかなく、愛はない。「オリビアを思うことはない。けれどこの国の次の世代の王として、生活が困らないように尽力する」と言葉をかけてくれたのだ。言葉通り衣食住の手配をしてくれた。
 だから愛はなくても、情のようなものはあると期待していた──いや、そう思いたかった。

「クリストファ殿下。話が違います!」
「そうだったかな」
「私たちは祖国フィデスの呪いを解く方法を模索するため、錬金術や付与魔法の提供の代わりに三年の間の保護を条件に入国したと叔父から聞きました。婚約をするのも一時的なもので、祖国を復興させるため助力していただけると──」
「おや、君の叔父夫婦から聞いた話とはいささか異なるようだが。……国民が石化して滅んだ国などより、我が国の危機が大事なのだからしょうがないだろう。何より君が我が国に亡命して三年、石化を解く方法を見つかってないと聞くが」
「それは……。魔導ギルドに委託からの報告がまだなだけで、調査を進めてくれているはずです」

 三年前、竜魔王の加護が消えたからか魔物の襲撃によって、国民全てが石化し祖国フィデスは滅びた。叔父夫婦と私は偶然にも隣国のエレジアの領土にいたため石化から免れた──らしい。
 ただこのあたりの記憶が曖昧だ。

 なぜ隣国に居たのか、自国で私はどのような生活をしていたのかが殆ど思い出せない。日々、錬金術や付与魔法の研究をしていたような──森の大きな屋敷で暮らしていた──そんなぼんやりとした記憶だけしか残っていない。

 叔父夫婦は王族に期間限定で保護を求め、その見返りに祖国の錬金術や魔法の技術を提示した。その結果、私の三年は回復薬ポーション、毒消し、美容の若返りなどの薬を調合で消えた。

 魔法に関しては、魔物除け、魔法防御、物理防御などが付与された小物の注文が多く寄せられていた。これらの収入源は王族であるクリストファ殿下、そして叔父夫婦によって搾取され残った僅かな金額は魔導ギルドへの調査依頼へと送金していた。

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