上 下
13 / 22

第13話 藤の花の天幕の下で・前編

しおりを挟む
「沙羅紗、遅いぞ! 妾を待たせるとは随分ではないか!? まあ良い。さっさと次の漫画マァンフゥアとやらをよこすが良い! 続きが気になって寝るのが遅くなったのだぞ!」
(後宮って、もっとドロドロした感じだと思ったんだけどな……おかしいな)

 後宮内には四つの離宮が四神(朱雀、白虎、青龍、玄武)の方角に建てられている。それぞれ牡丹、菊、銀木犀、藤の紋様が目印となり、各離宮では王妃たちが暮らしている。

 私がなぜ他の離宮に居るかと言うと、見回りである。しかしここ一カ月ほど、毎回のように第一王妃の美帆メイファン様が突っかかってくるのだ。なんだか懐かない猫のよう。

(暇なのか? 暇なんだろうな)

 美しい黒髪に鼻立ちの整った二十代前半で、絶世の美女。ややキツメに感じる雰囲気を纏った彼女は、憤慨しておられる。
 今日も紅の漢服に身を包んでいて美しい。
 婦人服は織りや刺繍が多く、立衿つきで裾にスリットのあるような服装で、目の保養だったりする。

 ちなみに私は漢服の中では仙女っぽい、袖や裾がひらひらしている服で城と藍色と美しい刺繍が気に入っている。
 戦闘になると汚してしまうので、できるだけ動きやすい感じを頼んだのに、解せぬ。

「毎回思うのですが、この方はなぜ沙羅紗殿の前だと、あんな残念な感じになるのでしょう?」
「ん~」

 私の護衛という名目で、鼬瓏ユウロンは私の傍にいることが多い。私が来る前は見回りをしていたのだろうが、夜の雰囲気とは全く違う。
 呪いのせいもあるが、存在が希薄というか、いるとわかっていても、どうにも視界から外れやすいのだ。
 美帆メイファン様は毎回、鼬瓏ユウロンを完全スルーしている。というか気付いてないかも。

「彼女の想定を超える言動をしているからかもしれない。まあ見ていて」
「これ、沙羅紗! 聞いているのか!?」
「はいはい。聞いてますよ。そもそも『こんな絵だらけの本なんて読む価値がない』って言ったのは誰でしたでしょう?」

 ギャンギャン騒いでいた美帆メイファン様の動きが、面白いぐらいピタリと固まる。

「ち、小さいことを言うでない! 本来なら妾のためを考え、朝一でも感想を聞きに──」
「見回りの仕事があるので、異常がなければ失礼します」
「ちょ、ま、待つのだ!」

 踵を返して離宮を出た。鼬瓏ユウロンも私の歩幅と合わせてくる。
 脇目も振らずさくさくと歩く。しかし諦めの悪い美帆メイファン様は、私に抱きついて引き止めようとする。

 びえええん、と泣きそうな顔をしているギャップに「からかいがいがあるなぁ」とほくほくしてしまう。この通り超絶美人なのだが、自分の想定した反応をされると、こんなふうにあわあわしてしまうのだ。

(今までこんな風に接する人がいなかったんだろうな)
「待って、行かないで!」
「えー、どうしましょう」
「沙羅紗!」
「はいはい。それなら最初から不遜な態度しないことです。はい、二巻ですよ。これでツンデレがなんなのか分かるといいですね」
「ふん。これさえあればお前にもう用はない! 何処へなりとも行くが良い!」
「あ、ちなみにその漫画、まだ続きますよ」
「え」
「じゃ、もう来ないので」
「嘘、嘘だからぁあああ! 妾の宝石をあげるから!」

 ピタリと立ち止まる。
 今後のことも考えて、貰えるものは貰っておくのが私だ。

「ふふふっ、しょうがないですね」
「沙羅紗殿……」
(これで臨時収入ゲット! 資産はこういう時でも増やしておかないとね!)

 首回りにひっついている蒼月は、お眠なのか静かだ。モフモフで可愛い。いつものツッコミ役がいないのはちょっぴり寂しい。
 私の言動に鼬瓏ユウロンは呆れているのかもしれないが、こちとら正当報酬なのだから文句ないはずだ。

「私がいくらでも贈るというのに……」
「ん? 何か言いました?」
「いえ」
「ほら! 早く来るがいい。沙羅紗のために美味い茶を用意しておるのだ。味わっていくがいい」
「しょうがないですね。感想会に付き合ってあげますよ」
「うむ! くれぐれもネタバレというものはするでないぞ」
「はいはい」

 これが第一王妃の本性である。とんでもない美貌の美女なのだが、表情が硬く上からの物言いのせいで、絶対零度の美妃と呼ばれているとか。
 実際は感情を表に出しにくく、ツンデレ乙女だったりする。あとあの漫画は日本語なのだが、一日で日本語を理解するほど頭がいい。

 私は第一王妃の宮に漂う邪気を祓ったのち、第二王妃のいる宮を目指す。第一王妃の宮は個々人で術士を雇っており、結界を張っているのでアヤカシの被害もほとんどない。
 王妃の側面としては、大変優秀なのであった。うん、颯懍ソンリェンがもっとこの宮を訪れるように勧めておこう。とりあえず、壁ドンと、顎クイをマスターして貰えば、美帆メイファン様も喜ぶはず!


 ***


 蒼月はオヤツを食べるときだけ復活してまた眠ってしまった。最近オコジョ姿が板に付いているのか、昼間がスヤスヤして愛くるしすぎる。
 貴重な宝石と美味しいお茶をゲットしたので、ホクホクしながら私たちは第一王妃の宮から離れた。

「第一王妃の宮、結界とかしっかりしているし綻びもないから明日は通らなくていいかな……」
「……漫画の続きが気になっていると思うので、絶対に行った方がいいかと」
「……やっぱり?」

 チラリと鼬瓏ユウロンを盗み見るが女装した青年の姿だ。私の目が慣れてきてしまったのか、呪いが弱まったのか。あまりに凝視していたせいか、鼬瓏ユウロンと目が合った。
 昼間はかっこよさが際立つ。女装してても着こなしている感がすごいのよね。

「沙羅紗殿……(いい加減、沈黙だけでは彼女の心は開けない。覚悟を決めるしかない)これは知人の話なのですが……」
「(自分の話あるある! この世界でもあるのね!)……へえ、知人ね」
「はい。特殊な呪いらしいのですが、なんでも真実の愛と深いキスで解除できる……ところまでは解読できたらしいのです……。そしてその知人は最近、気になる――というか好いている人がいるようで(今更だけれど本人を目の前に相談するのは……判断を誤ったか!?)」
「ふ、ふーーん(なぜ本人に聞くの? え、もしかして私が好きじゃないとか? だから相談している?)んーーー、兎にも角にも呪われているなら、試してみても良いんじゃあない?」
「そう……思いますか?(思っていたよりも反応がいい?)」

 私は天気の話をするように暢気な声で返答する。実際は声がかなり震えているし、動揺し掛けで口元が震えていた。

「(やっぱり本命は私じゃないっぽい? まあ、夜訪れる理由はバカ皇帝から無理矢理でも引き止めろ、って勅命が降っているからしている可能性だってあるもの。ぐぬぬ……、なんかそれって私ばかり好意を寄せている感じがしてなんかムカツク。それなら仕掛けてみるしかない)……脈があるなら、二人きりの場所でちょっと積極的になってみたら?」

 これなら私に手を出すかで判断ができる。我ながら素晴らしい提案だ。

「(ああ、なるほど。殿。……夜明け前に添い寝して目を覚ますたびに、寝込みを襲いそうになるのを必死で抑えていることを……この方は知らないのだろうな)そう……ですね」

 納得したような──覚悟を決めた面持ちでいる。
 私は話をここで切り上げようとしたのだが、不意に鼬瓏ユウロンに腕を引っ張られて藤の花が咲き誇る東屋に連れて行かれる。

「ん? え?」
「…………」

 視界いっぱいに広がる藤色の花が、東屋の天井から垂れ下がって幻想的で美しかった。

「わあ、藤色の花の天幕……。こんな場所があったの、ね!?」

 鼬瓏ユウロンが唐突に立ち止まったと思ったら、振り返って私を抱き寄せた。引き締まった男の人の肉体だと否応でも実感する。

「え? 鼬瓏ユウロン?」
「こんな姿で困惑するかもしれませんが、私は──男として、貴女が好きです」
「え、あ、うん? ありがとう? (え、もしかして、今ここで始める感じ!? 雰囲気作りは!?)」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

婚約者にフラれたので、復讐しようと思います

紗夏
恋愛
御園咲良28才 同期の彼氏と結婚まであと3か月―― 幸せだと思っていたのに、ある日突然、私の幸せは音を立てて崩れた 婚約者の宮本透にフラれたのだ、それも完膚なきまでに 同じオフィスの後輩に寝取られた挙句、デキ婚なんて絶対許さない これから、彼とあの女に復讐してやろうと思います けれど…復讐ってどうやればいいんだろう

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

処理中です...