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水曜日の真実 3
しおりを挟む「咲良さんは、オムライスには必ずピーマンを入れていたみたいですよ。海音はピーマンが嫌いだったのに」
「そうなんだ。いまもピーマンが嫌いなの?」
「いまは、ちゃんと食べられます。でも、わたしが作るオムライスは、ピーマン抜きですけれど」
音無さんは良く響く声で笑った。
「いいんだよ、それで。自分の好きなものを好きなように作れるのは、料理人の特権だから。でも、子どものためには、自分が嫌いなものでも料理しないとね」
お母さんはわたしの分と自分の分を別にして作っていることがあった。
あれは、自分が嫌いなものを自分の分には入れないためだったのかもしれない。
「咲良と付き合っていた期間は、一年にも満たなかった。でも、咲良は僕を一途に思ってくれていたし、僕も彼女と一緒にいるのが心地よかった。ただ……僕は高校を卒業してすぐ料理の道に入ったから、学歴も社会的地位も金もない、見習いシェフにすぎなくて。裕福な家の一人娘である彼女とは、何もかもが釣り合わなかった。彼女との将来を思い描けないことが苦しかった。だから、知り合いにフランスで働いてみないかと誘われた時、即座に行くことを決めたんだ。誰もが本場で学ぶチャンスを掴めるわけではないからね。一流の料理人になりたいという夢もあったし……遠く離れてしまえば、僕も咲良も諦められると思った。それが、お互いのためだと彼女にも説明して…………でも本当は」
音無さんは、自嘲の笑みを浮かべた。
「お互いのためなんかじゃなかった。僕が自分の夢のために、咲良を切り捨てただけだった。彼女が背中を押してくれたのを言い訳にして、一度も振り返ろうとしなかった。彼女がどうしているのか、知ろうと思えば、いくらでも知る方法はあったのに。日本に戻ってからも、探そうと思えば、いくらでも探す方法はあったのに……僕は、酷い男だ」
「…………」
何も言えずにいるわたしの代わりに、飛鷹くんが口を開いた。
「咲良さんは、一度もあなたに連絡しなかったんですか?」
「いや……十年前に一度だけ、僕がいたフランスの店に電話をかけてきた。雑誌か何かで僕が紹介されているのを見たと言って。ちょうど、日本で店を開くことが決まったばかりだった。彼女は、僕と別れた後にいい人と出会って結婚し、子どももいること。僕が店を開くつもりでいるN市の近くに住んでいることなどを話してくれて……家族で僕の店に食事に行くと約束してくれたんだよ。その時、子どもの名前が『アマネ』だと聞いたものの、どんな字を書くのかは、訊けずじまいだった」
音無さんの目尻から、再び透明なものがこぼれ落ちて、大きな手の甲にぽとりと落ちる。
「海音さん。僕の名前はね……『海』と書いて『カイ』と読むんだ。海と音。君は、僕の名前を二つも持っているんだね? 念入りなところが、咲良らしいよ」
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