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海辺の街イプスール Ⅳ

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「コウタロウだよね!
 ねっ?
 うそお、どうしてここに?
 おひさじゃーん」

「き、君は貴族だったのか……」

あれから十年近くの時が流れた。

当時十七歳だったはずだから、今は二十六か七そこらか。

まだ少女だったあの時と比べてかなり大人びているし貴族様の洗練されたドレス姿ではあるが、このどこかギャルっぽい喋り口調は間違いなく彼女であると確信できる。

王都を歩く俺の前に急に現れるや否や恋人のふりをしてくれなどとお願いされ、半ば強引に王都を連れ回されたっけか。

あの日、周囲の視線をやたら気にしていたことも、深くフードを被っていたことも、最後まで名前を明かさなかったことも貴族であったのなら色々と説明がつく。

「そっかそっかー。
 そういえば名前教えてなかったね。
 ミレーヌ・ローデンブルクでーす。
 どもどもー」

「ははっ。
 その感じは相変わらずだな。
 元気そうでなによりだよ」

ミレーヌが手を上げたので、俺はふっと笑ってハイタッチを交わした。

「イエーイ」

まったく変わってなさすぎて笑えてくる。

あの日もこうして別れたっけか。

おっと、いけない。

何事かとポカンとしているみんなを放置したまま勝手に盛り上がっちゃっていたな。

「彼女は昔の知り合いでね。
 知り合いとはいっても一日だけの付き合いだったし、名前も知らず別れたものだからこれまで会うことはなかったが……まさかこうして再開することになるとはなあ。
 それに貴族様だったとは」

「な、なるほど。
 そうでしたか」

「ふぉっふぉっふぉ。
 それにしてもフランクなお嬢さんですな。
 良くも悪くも貴族らしくない。
 私は好ましく思いますがね」

「ですね。
 私はそれ以上にその豹変ぶりに驚きましたよ。
 先ほどまでと大違いです」

「あはは。
 ごめんごめんエマちゃん。
 人前では貴族らしくしてくれってウチの旦那に頼まれてるからさ。
 こっちが素だよー」

「旦那ってことは結婚したのか?」

「そだよ。
 ローデンブルク家に嫁いだんだ。
 あたしにしてはいい旦那捕まえたと思ってるよ。
 ウチの実家と違って色々と自由にさせてくれるし」

「ちなみに嫁ぐ前の家名はどこなんだ?」

「ん?
 ヴァーミリオンだよ。
 響きが可愛くないよねー。
 ファラちゃんもそう思わない?」

「ファラもローデンブルクのほうが可愛いと思う」

「やっぱり?
 だよねー」

響きって。

ヴァーミリオン家といえばアルマシア王国最大にして最強の軍事貴族じゃないか。

まさかそんなお堅い血筋のお嬢さんだったとはなあ。

これだけお転婆娘だと両親も苦労したに違いない。

「お、奥様。
 お戯れはその辺にして。
 それに貴様。
 助けてもらった手前こんなこと言いたくないが、いくら知り合いとはいえさすがに不敬が過ぎるぞ」

「いいんだよーアンスリアちゃん。
 私とコウタロウは一時期恋人だった中だしいー」

「えっ?
 こ、恋人……」

あー、またややこしくなることを。

真に受けたエマさんが呆然としちゃってるし、それを見てミレーヌはにまにましているし。

このままじゃいつまでもキャンプの準備を進めそうにない。

「ドラファルさん。
 あの魔道具の準備をお願いできるかな?」

「いいのですか?」

「こいつの前だったら全部打ち明けても問題ない」

「ふぉっふぉっふぉ。
 そのようですな」

俺たち男二人が魔道具を展開し終えてなお、エマさんはその場で呆然と立ち尽くすままであった。
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