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10.会社設立3

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●5月2日 自宅 水島健司

 清美がふと思いついたように話し出す。
「そういえば、若返りサービスの値段ってどのくらいに設定するの?」
「そうですね。初回はレベル2まで上げるとして、税抜き48万円でどうでしょうか?」

「ふむ、なるほど。高いといえば高いが、一生の問題と考えればそうでもないのか」
「保険なしの差額ベッド何か月と考えれば、それほど無茶な値段でもないと見積もっています」
 伊吹の感想に、水沢が補足を行う。
「それに、いずれは健康保険や介護保険の対象になると考えれば、大した値段でもありません」

 その言葉に清美が疑問を挟む。
「健康保険や介護保険の対象って、政府がそこまでしてくれるかしら?」

「『してくれる』ではなく、『認めさせる』ですよ。いずれダンジョンを用いたサービスは、我が社だけでなく全国で始まります。その時に、業界団体として、あるいは、高齢者団体として、政府にロビー活動を行い、保険適用を政府に認めさせるのです」

「それに、ダンジョンサービスの保険適用は、政府にとっても利益があります」
 水沢は、大げさに指を振りながら、その理由をひとつひとつ説明していった。
「まず、高齢者の健康回復により、保険料の支出が結果的に減少します」
「第二に、高齢者が若返ることにより、労働人口が増加。その結果、税収の増加が見込めます」
「第三は、最初に述べたように予算をかけず、高齢者優遇政策を実施できれば、政府支持率のアップがみこめます」

「以上のような点から、適切なタイミングでロビー活動を行えば、それが成功する可能性は小さくありません」

 清美はあきれたように呟く。
「まだ、会社もできてないのに、業界団体やロビー活動まで考えているの……」
「むしろ、若返りという事業の影響力を考えれば、当然だと思いますが」

「とはいっても、さすがに最初の顧客に、この値段を直接提示するのは無理がありますね」
「最初の10組は、48万のところを会社設立記念で、4.8万でどうでしょうか?」

「割引を示すことで、お買い得感も出せますし、初期の顧客から若返りサービスが事実であることが口コミで広まれば、次以降の顧客獲得の勢いにつながると思います」

「また、急に安くなったわね」
「最初の10組だけですよ。あまり不当に安い値段を広めると、私たちだけでなく、後発の会社も立ちいかなくなる可能性もありますから。値下げは競合が激しくなってからでも十分です」

「問題は最初の顧客ですが、お二人は顧客になってくれそうな方に心当たりはありませんか?」
「何とか探してみるわ」
「お願いします。私の方では、タイミングを見てマスコミにニュースリリースを発表する準備をしておきます」
「そこまでやるんだ……」

「そうそう、このダンジョンは会社のものになるの?」
「ダンジョンそのもの不動産としての価値は不明です。しかし、この家の価格を考えても、資本金700万円では購入する余裕はないでしょうね。家そのものを、私が現物出資したことにして会社の資産に組み込むにしても、手続きの時間がありません。当面は私から、事務所としての自宅と同時に借り上げる形になります。もちろん、経理上賃貸料も発生します」

「賃貸料は当面、事務所費用分のみとしましょう。もっとも、事業が軌道に乗った場合、ダンジョン自体に、固定資産税が発生する可能性もあります。その場合は、ダンジョン自体の賃貸料を別途いただく必要が出てきます」

「健司さんは、この家に住めるの?」
「会社の借りている資産を個人で使う訳に行きません。それに、事業が開始されれば、この家全体を使わないとオフィスとしては手狭でしょうね。ですから、この家からは出ることになると考えています。早急にアパートを見つけて、家は空けるつもりです」
「大変じゃな」
「ダンジョンがあるから、オフィスを他に移すわけにもいかないものね」

「役員報酬の額はいくらになるの?」
「役員報酬は会社設立後3か月以内に決定すると会社法で定められています。最初の2か月が終わった時点で、事業状況をもとに決めることにしましょう」

「分かったわ」


●5月2日 夜 橋口清美宅

 清美は、数年前に亡くした夫の仏壇に手を合わせながら報告する。
「あなた……。どうやら、あなたのところに行くのは少し遅くなりそうですよ」
「長生きはするものですね……。色々と思いがけないことが、この年になっても起こるなんて……。まだまだ、隠居はさせてもらえそうにありませんよ」
「本当に、この年になってまたひと花咲かせられるとは、思ってもみませんでしたよ」

「さて、狩ってきた獲物の処理でもしてきますか。血抜きはもう終わっているから、後は内臓を抜くんでしたね」
「その後は冷蔵庫で何日か熟成させると……。確か、熟成が進まなくなるから、冷凍庫で凍らせるのは厳禁ということでしたね」
「昨日は、少し失敗でしたが、次こそはおいしい肉をみんなにご馳走しなければなりませんね」


●5月2日 夜 伊吹吾郎宅

 家族が揃った夕食の席で、伊吹は話を切り出した。
「おう、そういえば今度会社を始めることになったぞ」

「おやじ、いきなり何を言い出すんだ。また、変な詐欺にでも引っかかったんじゃないのか?」

「そんなんじゃないわい。水沢のやつと、橋口さんちの清美さんの3人で事業を始めるんじゃ」
「いったい何をやるのか知らんが、大丈夫なのか?」
「まあ、成功の目算はそれなりに高いと見込んどるわい」

「それで、事業の内容は何なんだ?」
「若返りサービスじゃ」
「何だそれ……。胡散臭いにもほどがあるぞ」

「ええい、だからお前には言いたくなかったんじゃ。会社が大成功してから、うちのサービスを使いたいといっても、お前だけには使わせんからな」
「はいはい」

 二人のやり取りを聞いていた息子の嫁が口を挟む。
「まあまあ、あなたもそう意地悪を言わないで……。あなたに、会社の経営者の座を譲ってから少し元気がなかったお義父さんが、元気になっただけでもいいじゃないですか」

「そうは言っても、おやじもいい歳だからな。張り切りすぎると、ぶっ倒れるんじゃないか?」
「心配せんでも、若返ったから大丈夫じゃ」
「ああ、はいあはい」

「歳の話といえば、お前も、わしの息子じゃからな。頭がそろそろ寂しくなってきたのを知っとるぞ」
「ぐ、そういえばおやじ何か髪の毛が生えて来てるみたいだけど、良い発毛剤でも見つけたのか?」
「じゃから、若返りの効果じゃと言っとるだろうが」

「そうじゃ。春さんや」
 伊吹は、自分の妻に話かける。
「新しい会社の経理を頼めんか」
「ええ、警備会社の経理は嫁に譲りましたから、構いませんよ」
「よし、それなら春さんもうちの会社のサービスを受けてもらおうか」


●5月2日 夜 水沢健司宅

 水沢は、会社設立のための計画書を見つめながら、検討を続けていた。
 さて、会社設立のためにすることは他に何がありますかね?

 ああ、そういえばこの家を、事務所として使えるよう整理する必要がありましたね。
 引っ越し先は、とりあえずウィークリーマンションでもいいですかね。
 リビングの応接セットとパソコンは会社でも使うとして、それ以外の私物はすべて移動する必要がありますね。大至急清掃業者を入れて作業をやらせましょう。

 それと、定款に電子公告先を記載する必要がありますから、ドメインとレンタルサーバーの契約が必要ですね。これは今すぐ済ませてしまいましょう。
 会社のホームページは、昔取った杵柄で自分で作成することにしますか。

 会社登記のための起業支援会社との面会。これは、明後日に会社印ができる予定ですから、その次の日でネットから予約を入れておきますか。

 あとは、ニュースリリースの作成ですか。これも明日中に準備が必要ですかね。
 事務机等の搬入は、清掃業者の作業完了後ですね。最悪会社設立後でもいいでしょうが、業者への連絡だけでも明日中に済ませておきますか。

 体の不自由な高齢者対応も必要でしたね。とりあえず、車椅子だけでもリースしておきましょうか。

 それから、自宅以外のダンジョンも可能なら押さえておきたいですね。
 とりあえず、どこかの掲示板にでもダンジョンの情報を求む記事でも載せておきますか。まあ、あまり期待はできませんが、1件か2件でも情報が集まれば儲けものでしょう。

「やれやれ、当分睡眠時間を削る必要がありそうですね……」
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