20 / 20
始まりの終わり
しおりを挟む
●10月初旬 日本
最近は様々な会合への出席や、社内での会議に追われて深夜まで業務が続くことが多かった水沢であるが、その日は偶々日付が変わる前にベッドに入ることができた。
しかし、その貴重な睡眠時間も電話の音で中断されることとなる。
水沢は眠気が完全には取れないまま、努めて不機嫌さを出さないようにしながら電話に出た。
「はい、もしもし水沢ですが……」
「やあ、こちらは川崎だ。その様子だと私が一番に連絡したようだね」
電話の相手は、ネットTV局の社長を務め、水沢たちの会社の社外取締役でもある川崎からであった。
「こんな時間に何の御用ですか」
「先ほど本年度のノーベル生理学・医学賞の発表があったんだが、それが君たちの会社の設立者3名に決まったんだ」
その言葉を聞いても、水沢には疑問しか浮かばなかった。
「ノーベル賞というと、あのノーベル賞ですか?」
「うむ、そのノーベル賞だよ」
「ご冗談を。私は医師でも医学博士でもありません。もちろん、医学論文を書いたこともありませんよ」
川崎はやれやれという風に苦笑した。
「君は自分の成果を過小評価しているようだね。君が世界に先駆けて発表したダンジョンを用いた若返り法の功績は多大なものがあるのだよ」
「確かに、海外を含めてマスコミから注目を集めていたのは認めます。しかし、あれは学術的な研究とは程遠いものです。あれはいわば、落ちていた石を拾ったら、それが偶然宝石の原石だったような幸運の産物にすぎません」
「なに、石ころが宝石の原石であることを見抜く目も才能のうちさ。まあ、君たちがノーベル賞を受賞したのは事実だ。ダンジョンこそが人類最後の不治の病『老化』に対する治療法だと、あちこちで言いまわった責任を取るんだね」
「ああ、君が医学博士ではないことは気にしなくてもいいよ。ノーベル医学賞の受賞者ともなれば、どこかの大学から名誉博士号くらいは送られるだろうからね」
「さて、話はこのくらいにしておこうか。もうすぐ、君たちの家にマスコミが押し掛けるだろうからね。もちろん、私のTV局も君たちのコメントを取りに向かっているよ」
そこで、川崎は口調を真面目なものに変え、水沢に賛辞を送る。
「改めて言わせてもらおう。ノーベル生理学・医学賞受賞おめでとう」
◇◇◇
それからは、会社の経営以外に、ノーベル賞の授賞式や、ダンジョンサービス法案の諮問委員会の会合など様々な行事に追われる日々が続いた。
幸い、ノーベル賞受賞の実績もあって、ダンジョンサービスの健康保険適用については、総理や高浜厚生労働大臣から、前向きな回答を得ることができた。
ノーベル賞記念講演を終えた後、水沢たちは久しぶりに3人で落ち着いた時間を持つことができた。
水沢たちは社長室で雑談に興じていた。
その場で、水沢はポツリと呟く。
「さて、これでダンジョンサービスもひと段落付きましたね。次は何をやりますかね」
その言葉に伊吹が不思議そうに首をかしげる。
「まだまだ、会社を大きくするためにはやることはいくらでもあるじゃろう」
「確かにダンジョンサービスは、まだ始まりが終わったにすぎません。しかし、それは同時に終わりの始まりでもあります。今はまさにダンジョンブームです。このブームに乗っていれば企業を大きくするのは比較的容易い。しかし、このままダンジョンサービスだけに注力していれば、いずれ過当競争でバブルが弾ける日が来るでしょう」
「バブルが弾ける時まで企業を大きくし続けることは、誰にでもできます。私たち経営者が考えるべきことは、そのバブルが弾けた後何をするかを考えることです」
その言葉を聞いて清美が嬉しそうに頷く。
「つまり、新しい事業が必要ってことよね。それならモンスター肉の精肉事業を……」
「まだ、諦めとらんかったのか」
その時、秘書が急いだ様子で部屋に入ってきた。
「社長、ダンジョンの次の階層への門が突如現れたそうです。どのような対応を取るかご指示をお願いします」
その言葉を聞いて水沢はにやりと笑みを浮かべる。
「どうやら、次に何をすべきかのヒントが向こうから現れたようですね。ヒントは自分自身で現場に行かなければ掴めないでしょう。さあ、冒険の始まりですよ」
そう言って、水沢は立ち上がると、ダンジョンに向かって歩き始めた。
最近は様々な会合への出席や、社内での会議に追われて深夜まで業務が続くことが多かった水沢であるが、その日は偶々日付が変わる前にベッドに入ることができた。
しかし、その貴重な睡眠時間も電話の音で中断されることとなる。
水沢は眠気が完全には取れないまま、努めて不機嫌さを出さないようにしながら電話に出た。
「はい、もしもし水沢ですが……」
「やあ、こちらは川崎だ。その様子だと私が一番に連絡したようだね」
電話の相手は、ネットTV局の社長を務め、水沢たちの会社の社外取締役でもある川崎からであった。
「こんな時間に何の御用ですか」
「先ほど本年度のノーベル生理学・医学賞の発表があったんだが、それが君たちの会社の設立者3名に決まったんだ」
その言葉を聞いても、水沢には疑問しか浮かばなかった。
「ノーベル賞というと、あのノーベル賞ですか?」
「うむ、そのノーベル賞だよ」
「ご冗談を。私は医師でも医学博士でもありません。もちろん、医学論文を書いたこともありませんよ」
川崎はやれやれという風に苦笑した。
「君は自分の成果を過小評価しているようだね。君が世界に先駆けて発表したダンジョンを用いた若返り法の功績は多大なものがあるのだよ」
「確かに、海外を含めてマスコミから注目を集めていたのは認めます。しかし、あれは学術的な研究とは程遠いものです。あれはいわば、落ちていた石を拾ったら、それが偶然宝石の原石だったような幸運の産物にすぎません」
「なに、石ころが宝石の原石であることを見抜く目も才能のうちさ。まあ、君たちがノーベル賞を受賞したのは事実だ。ダンジョンこそが人類最後の不治の病『老化』に対する治療法だと、あちこちで言いまわった責任を取るんだね」
「ああ、君が医学博士ではないことは気にしなくてもいいよ。ノーベル医学賞の受賞者ともなれば、どこかの大学から名誉博士号くらいは送られるだろうからね」
「さて、話はこのくらいにしておこうか。もうすぐ、君たちの家にマスコミが押し掛けるだろうからね。もちろん、私のTV局も君たちのコメントを取りに向かっているよ」
そこで、川崎は口調を真面目なものに変え、水沢に賛辞を送る。
「改めて言わせてもらおう。ノーベル生理学・医学賞受賞おめでとう」
◇◇◇
それからは、会社の経営以外に、ノーベル賞の授賞式や、ダンジョンサービス法案の諮問委員会の会合など様々な行事に追われる日々が続いた。
幸い、ノーベル賞受賞の実績もあって、ダンジョンサービスの健康保険適用については、総理や高浜厚生労働大臣から、前向きな回答を得ることができた。
ノーベル賞記念講演を終えた後、水沢たちは久しぶりに3人で落ち着いた時間を持つことができた。
水沢たちは社長室で雑談に興じていた。
その場で、水沢はポツリと呟く。
「さて、これでダンジョンサービスもひと段落付きましたね。次は何をやりますかね」
その言葉に伊吹が不思議そうに首をかしげる。
「まだまだ、会社を大きくするためにはやることはいくらでもあるじゃろう」
「確かにダンジョンサービスは、まだ始まりが終わったにすぎません。しかし、それは同時に終わりの始まりでもあります。今はまさにダンジョンブームです。このブームに乗っていれば企業を大きくするのは比較的容易い。しかし、このままダンジョンサービスだけに注力していれば、いずれ過当競争でバブルが弾ける日が来るでしょう」
「バブルが弾ける時まで企業を大きくし続けることは、誰にでもできます。私たち経営者が考えるべきことは、そのバブルが弾けた後何をするかを考えることです」
その言葉を聞いて清美が嬉しそうに頷く。
「つまり、新しい事業が必要ってことよね。それならモンスター肉の精肉事業を……」
「まだ、諦めとらんかったのか」
その時、秘書が急いだ様子で部屋に入ってきた。
「社長、ダンジョンの次の階層への門が突如現れたそうです。どのような対応を取るかご指示をお願いします」
その言葉を聞いて水沢はにやりと笑みを浮かべる。
「どうやら、次に何をすべきかのヒントが向こうから現れたようですね。ヒントは自分自身で現場に行かなければ掴めないでしょう。さあ、冒険の始まりですよ」
そう言って、水沢は立ち上がると、ダンジョンに向かって歩き始めた。
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
美しいお母さんだ…担任の教師が家庭訪問に来て私を見つめる…手を握られたその後に
マッキーの世界
大衆娯楽
小学校2年生になる息子の担任の教師が家庭訪問にくることになった。
「はい、では16日の午後13時ですね。了解しました」
電話を切った後、ドキドキする気持ちを静めるために、私は計算した。
息子の担任の教師は、俳優の吉○亮に激似。
そんな教師が
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・
白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。
その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。
そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
なかなかテンポよく読ませていただきました。
現代にダンジョン系の小説も数多く出ていますがこの作品のような話はほとんど見たことが無かったです。
このまま終わらせてもいい感じの綺麗の話でしたがまだ続くなら読みたいですね。
8か月ほど止まっていますが今後の見通しは載せておいた方が良いかもしれません。
感想ありがとうございます。
本作品は余韻を残しながら、ここで完結とさせていただきます。