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会社設立2

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「それで、取締役といっても、具体的に何をすればいいんじゃ?」
 伊吹の疑問に、水沢が答える。
「やることは、いろいろありますよ。私は戦いについては素人もいいところですから、顧客の安全を確保しながら、レベルアップをサポートするための戦い方を考えていただけると助かります」

「また、私は人づきあいを苦手としていたせいで、知り合いがあまり多くはありません。お二方に、顧客となるご老人方への、口コミによる勧誘等の営業活動のサポートもお願いします」

「また、お知り合いのご老人の中に、会社の役に立ちそうな技能の持ち主がいればご紹介をお願いします。優先的にレベルアップによる若返りをサポートしますので、年齢は不問で構いません」

 清美が社員について質問する。
「社員は老人中心でいいのかしら?」
「その方が、会社の趣旨に賛同しやすいと思います」

「また、若返っても社会に貢献する機会がないようでは意味がありません。社会に貢献するためには、まず労働機会の提供が必要です」

「残念ながら、今の日本は高齢者に労働機会が提供されることは、ほとんどないか、あってもごく一部の業種に限定されていて、高齢者の能力を十分に活用しているとはいいがたい状況です」

「せっかく、若返りの機会が訪れたのですから、世間の考えを変えるためにも、積極的に高齢者を採用するつもりです」

 伊吹が問いかける。
「どのような人物を集めるつもりじゃ?」
「まずは、レベルアップ補助担当が数名、営業担当が少々といったところでしょうか」

「将来的には、レベルアップ補助担当は、警察や自衛隊経験者が理想です。ただ、なかなか理想通りの人材は集まらないでしょうから、他分野でもやる気があれば構いません」

 伊吹がそれを聞いて、自分の意見を言う。
「自衛隊はともかく、警察になら何人か心当たりがある」

「ねえ、介護経験者も含めた方が良くない?」
「介護経験者ですか?」
「顧客となる老人の中には、体が不自由な方もいると思うの。彼らに対するサポート経験がある人物も必要かと思って」
「なるほど」

「営業は、やる気中心で分野は必ずしも限定しなくてもいいでしょう。様々な人材が集まった方が後で業務拡大時に役立つかもしれませんので」

「若返りが世間に認知されると、次々後発の会社が作られるのではないか? その時のために、備えてコンサルティングとフランチャイズ事業は、早急に立ち上げる必要があると思うぞ」
「確かにそうですね」

「転職支援会社に登録するのはどうかしら? 外部の人材を上手く使えれば、時間を短縮することに繋がると思うけど」
「確かにその通りではありますね。とは言っても、会社すらできていない、ベンチャー企業を転職支援会社が相手にしてくれるかどうか。逆に、会社ができてからだと、フランチャイズ事業開始に間に合うかどうかが問題ですね」

「下手な人材を入れて、会社を乗っ取られたりしたら意味がないしな」

「まあ、時間的に間に合うかどうかはともかく、転職支援会社に登録し、外部の有能な人材を活用するのは賛成です」

「人材派遣会社の活用はどうかしら?」
「ダンジョンに潜る人員は、業務の危険性から言っても、さすがに現行の派遣業法では許されないでしょうね。ただ、事務作業などを行う人材の確保なら活用できるでしょう」

 そこまで話していて、水沢が何かに気づいたようだ。
「そういえば経理担当者がいませんでした。どなたか心当たりはありませんか?」

 その言葉に、伊吹が答える。
「わしの嫁はどうかな? 警備会社の経理を担当しとったから、それなりに心得はある。パソコンとかも十分使えるぞ」
「それは、ありがたいですね。ぜひお願いしてもらえませんか」

「いろいろ言いましたが、スタートアップ時には、それだけの人を雇う時間的余裕があるとは限りません」
「まずは、可能な限り早く事業を開始することが最重要だと思います。とりあえずは、この3人と伊吹さんの奥さんだけだと考えてください」

「事業開始はいつごろの予定じゃ?」
「会社の登録が済み次第すぐにです」
「せわしないことじゃのう」

 伊吹が何かに気づいたように顔をしかめる。
「そう言えば、ダンジョン内で顧客を守りながら戦うとなれば、警備業法の対象になるのではないかな」

 水沢が、ネット上で警備業法について検索して、難しい顔で考え込む。
「良くないですね。警備業法の『人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務 』に抵触する可能性があります」

 その答えに対し、伊吹がにやりと笑って答える。
「安心せい。息子に会社を譲ったとはいえ、もともとわしも警備会社を経営しておった。警備業法の要求する管理責任者の資格なら、わしが持っとる」

 しかし、私は伊吹の答えを聞いても顔をしかめたままであった。
「伊吹さんがいれば警備業の資格は取れそうですが……。その場合、装備できる護身用具は、警棒程度しか許可が下りないのではありませんか?」

 伊吹も困った顔をしながら答える。
「確かに、現行の法律は、人間に襲われた場合に、相手を傷つけることなく守ることしか想定しとらんからな。モンスターを倒すための武器は公安委員会の許可が下りんだろう」

「伊吹さんと清美さんは、昔ながらの木の警棒で、あのトカゲを殺せますか?」
「……やれといわれれば、できんこともないが、時間がかかりそうじゃな……」

 清美さんも気が進まないように呟く。
「そもそも、余分に時間をかければ、顧客をかえって危険にさらすことになるんじゃない?」
「かといって、逃がしたのでは経験値になりませんからね……」

 私は、ため息をつきながら
「ここはひとつ、知らなかったふりをしましょう」
「若返りの事実が世間に知れ渡れば、その衝撃は大変なものになるでしょう。その後でなら、仮に警備業法に従うよう業務改善命令がでたとしても、世論を味方に関係省庁に働きかけることが可能になるでしょう」

「と言うことで、今まで通り、私有地内での武道の試技扱いで、刀や薙刀を使用することにしましょう」
 清美さんが嫌な顔をしながら答える。
「その言い方だと、法律違反をしているようなんだけど……」

「法的には、グレーゾーンかもしれません。まあ、ダンジョンなんてものができることを、法律は想定していないのですから仕方ありません」

「最悪、若返りの事実を世間に認知させることができれば、会社が法的処罰を受けることがあっても、その存在意義は果たすことができたと言えるのではないでしょうか」

 そこで、伊吹がふと気づいたように呟く。
「ところで、顧客にサービスを提供するにあたって、契約書を交わす必要があると思うんじゃが、契約書のひな型はできとるんかの?」

「しまった。契約書のことは全く考えていませんでした」
「どなたか、事情を話して契約書のひな型を作成していただける弁護士に知り合いはいらっしゃいませんか」

「わしの知り合いの弁護士に、事情を話して頼んでみよう」
「急な話になりますが、大至急お願いします」
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