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初めてのレベルアップ

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 二度目の襲撃は、最初の襲撃地点から30メートルほど進んだ地点であった。
 相手は、先ほどと同じトビトカゲ一匹。
 十分に注意を払っていたこともあり、今回は奇襲を受けることもなく、比較的簡単に倒すことができた。

「う~~ん。これは、どう受け止めるべきなのかしら? 予想外に手ごたえが無いような、そうでもないような」

「確かに、一度地面に落とすと通常のトカゲよりも動きが鈍いようですね。まだ、チュートリアル、お試し版なので、手心を加えてくれているのかもしれません」

「いずれ、もっと強いのが出てくると言うのか?」
「可能性はあります。ほら、こいつらは保護色にならない青色だから、簡単に見つけられます。しかし、皮膚の色が、壁や天井の色に似たこげ茶色に変わるだけでも、奇襲を受ける危険性は跳ね上がります」

「色違いの強いのが出るのは、ゲームの常道だけれど、現実になると嬉しくないわね」
「何を今さら……」

「まあ、とりあえずの目標は、トビトカゲを後一匹倒すことね」

 清美の宣言に、伊吹が首をかしげる。
「後一匹で何かあるのか?」

「後一匹で、ひとりあたりトビトカゲ一匹になるじゃない。そうすればレベルアップの可能性がでてくるわ」
「それも、ゲームの知識じゃな……」
「その通り!」

「そう言っているうちに,次のが現れたようです。右の壁です」
「了解」
 清美はそう言うと、手慣れた様子でトビトカゲを地面に叩き落としてから、止めを刺した。

『レベルアップしました。ステータスの閲覧が可能になります』
 トビトカゲに止めを刺すと同時に、三人の頭の中にメッセージが流れた。

「うん、予想通り」
「何じゃ、これは誰の声じゃ……」
「ステータスですか……。何が表示されるのでしょうか?」
 三人三様の感想が、口から漏れる。

「レベルは0から1に上がったようですね。ステータスはと……」
「筋力、体力、敏捷力か……基本的なやつね。後は経験値と。魔力とかはないのか。残念……」
「ええい、わしにも分かるように説明しろ」

「伊吹さんもこう言っていますし、私たちも情報をまとめる必要があります」
「少し早いですが、一度地上に戻りませんか?」

「そうね、レベルアップをどうするかも考える必要があるし、いいんじゃないでかしら」

「そうと決まったら、さっさと帰るぞ」
 そう言って、踝を返す伊吹を、水沢が慌てて止める。

「帰り道も、モンスターに注意を払いながら進む必要がありますよ。安全を確保したつもりでも、どこからかモンスターが湧き出してくる可能性がありますから……」

 伊吹は、肩を落としながら答える。
「それも、ゲームの知識なんじゃな……」

 実際、道中で一度トビトカゲに遭遇しながらも、地上への出口まで帰還することに成功した。

「そういえば、目印のマーカーや石はどうなってるの?」

「大丈夫ですね。マーカーの跡は消えずに残っていますし、石もそのままです。まだ、一定時間以上放置された物が、ダンジョンに吸収されないと決まったわけではありませんが、少なくとも一時間程度では大丈夫のようです」

「おい、それってわしらも長時間中にいると飲み込まれると言っとらんか?」
「その点については、このダンジョンを造った者の目的が、一方的な殺戮ではない可能性に懸けるしかないですね。とりあえず、生きているものとその所有物は、大丈夫だと信じましょう」

「倒したモンスターの死体も残るのかしら?」
「そうかもしれませんね。定期的な清掃が必要になるかもしれません」
「面倒ね」
「それが普通じゃと思うぞ」
「まあ、悪いことばかりではありません。上手く行けば中継器をダンジョン内に設置することで、内部での通信が可能かもしれません。また、監視カメラを設置することで、探索者の安全確保や犯罪抑止につながるでしょう」
「そうなると、ダンジョン内と外部との通信も何とかしたいわね。有線はどうなのかしら?」
「次の機会に試してみましょう」

    ◇◇◇

 地上に出た三人は、門のあるリビングに腰を下ろす。
「どうも、こいつがそばにあると落ち着かんのう」
「まあ、気にしないようにするしかありません」

「トビトカゲの死体は、冷蔵庫に入れて置くわよ」
 清美のその言葉に、伊吹が嫌そうな顔をする。
「まだ、食べるのを諦めとらんかったのか……」

「さて、ステータスやレベルとかの言葉ですが、これはゲーム、特にロールプレイングゲームといわれるもので使われる用語です」
「やはり、ゲームからは逃れられんのか……」
「と言うよりも、このダンジョンを造った者が、地球のゲームの仕組みを利用していると言った方がいいでしょう」
「彼らは、単に進んだ技術を持つだけでなく、地球の文化にも詳しいようです」

「話が逸れましたが、ステータスというのは、ゲーム内でどれだけの能力を持つかを数値で表現したものです」
「例えば、筋力の数値が大きいものは、数値が小さいものより重い荷物を運ぶことができるなどです」
「体力はスタミナや病気への抵抗力。敏捷は体をどれだけすばやく動かせるかです。」

「レベルというのは、ゲーム内でどれだけ活動したかの目安となる数値ですね。レベルが上がると能力が上がりより重いものを運べるようになったり、敵と戦うのに有利になったりします。厳密には違いますが、戦闘の習熟度のようなものと考えてください」

「経験値というのは、習熟度がどれだけ溜まったかを示す数値です。次のレベルに上がるのに、後どれだけの戦闘が必要かの目安を示す数値とでも考えておいてください」

 そこまで、話したところで、清美が何かに気づいたように、話に割り込む。
「ねえ、このステータス画面だけれど、ヘルプがあるみたいよ」

「ヘルプですか? それを見れば、ダンジョンを造った者が、現時点でどこまで情報を開示してよいと考えているかが分かりますね」

 水沢の言葉に、清美は顔をしかめる。
「その『ダンジョンを造った者』って毎回言うの面倒じゃない? 何か良い言い方はないかしら? 運営? ダンジョンマスター?」
「運営はさすがにあんまりでしょう……。ダンジョンマスターだと、一つのダンジョンにしか関与していない者の意味になりますから、少し意味が狭いですね」
「複数のダンジョンを統括したゲーム全体を管理する者という意味で、ゲームマスターはどうでしょう?」
「ゲームマスターか……。それでいいんじゃない」

「それで、ゲームマスターは何と言っています? とりあえず、ステータス関連の項目についてはどうです?」
「ステータス自体については……駄目ね。あなたが話したことと同じことしか言っていないわ」
「筋力、体力、敏捷力の各項目については……成人の平均値が10なんですって」

 清美の言葉に、水沢が自分のステータスを告げる。
「私は、筋力が8、体力が5、敏捷力が8です。流石に、年齢による衰えは隠せないということですね」

 伊吹が、水沢に問い掛ける。
「体力がやけに低いようだが、例の何とか言う肺の病気のせいか?」
「COPDですよ。おそらくそう考えて間違いないと思います」

「あら、でもレベルアップごとにステータスポイントを2ポイント得られるんですって。10以下のステータスは1ポイントで、1ずつステータスが上げられるみたいよ」

「それは、ありがたいですね。後はステータスが上がることで、この息切れが何とかなれば良いのですが……」

 伊吹が首をかしげながら問いかける。
「ゲームの数値をいじっただけで、病気が治るものなのか?」
「どうでしょう? 何しろ、人知を超えたものですので、試してみなければ分からないとしか言いようがありません」

 清美が、さらにヘルプを読み上げる。
「11以上にステータスを上げるには、2以上のステータスポイントが必要となる……。11で2、12で3、13で4……階差数列みたいね」

「通常の人間のステータスの上限は18。ステータスポイントを割り振ることで、それ以上に上げることも可能と」
「18……3d6って、本当にゲームね」
 伊吹は、どうせゲーム用語だから聞いても無駄だろうと思いながらも、疑問に思った用語について質問する。
「何じゃ、その3d6ってのは?」
「1から6が出る普通のサイコロを3回振った目の合計のことよ。昔のゲームでは良く使われていたの」
「そうか……」

「ステータスの目安として、筋力30でマウンテンゴリラ並みですか。十分に超オリンピック級の能力ですが、岩を砕く超人を期待している人には物足りないでしょうね」

「経験値だけれど、レベル1になるのにトビトカゲ1匹分の60が必要なんですって。レベル2以降になるには倍々ゲームで必要な経験値が増えていくみたい」

「スキルも存在しないわね。スキルを上げて、剣で岩を切り裂くとかは無理みたいね」

「死亡時の復活もなし……。当然と言えば、当然ですが、あまりうれしいニュースではありませんね」

「あら、それからダンジョンには階層があるみたい。ヘルプによるとダンジョン内に、また門があって別の階層に繋がっているんですって」

 二人の話を聞いていた伊吹は、疲れたように呟く。
「……それで、わしは結局何をすればいいんじゃ?」

「ステータスポイントの割り振りです。『ステータスウインドウ』と言って、ステータスを出してください。ステータスの中に10未満の数値があれば、それを上げてください。ああ、そこのボタンを押せばポイントが割り振られます……」
「何だか、面倒じゃのう……」
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