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第三十四話・魔法使いジャン2

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 依頼書が貼られたボードを眺めてはいるが、ジークはそこに書かれている依頼内容よりも先程の少年のことが気になってしょうがなかった。かと言って、一緒に依頼を受けてジーク自ら手取り足取りと教えてあげていては、彼に冒険者が危険な職業であることを気付かせられない。

 少年にとって一番良いのは、どこかの一般的なパーティに加わって、他の冒険者から身をもって学ぶことだ。ジャンは残念がるだろうが、ソロで行動できてしまうジークでは冒険者が何たるかを教えることはできない。

 今日何度目になるかは分からない溜め息が、自然と口から洩れ出た。
 気を取り直して、森の中で遂行できる依頼を数枚、ボードから引っ張り剥がす。報酬もピンキリで適当に選んだ風に見えるが、どの依頼も期限が少し長めの物だ。同郷の友が気になり、急ぎの物を無意識に避けていることに、ジークは自分自身に苦笑した。

 受付で受諾登録を済ませ、赤レンガ造りの建物の外に出たジークはギルド通りを大荷物を抱えて歩いて来るジャンに気付いた。買ったばかりの装備にホクホク顔の少年は、いち早くジークに見て貰いたくてギルドへと戻って来たようだった。

「何を選んだらいいのか分からなかったので、お店の人に見立てて貰いました」

 そう言いながら、道端で袋の中からローブを取り出して羽織って見せる。おかしな店でぼったくられてないかと心配もしていたが、運良く良心的な店に当たったらしい。ただの街の少年が、それなりの冒険者に見えるようになった。

「杖は石壁の角の店が品揃えがいいよ」
「ジーク様御用達の店ですか、行ってみます!」

 別に御用達って訳では――というジークの言葉も聞かずに、ジャンは大荷物を抱え直して、武具屋に向かって駆け出して行った。再び、大きな溜め息がジークの口から洩れた。

 宿にティグを一日中押し込めておく訳にもいかないので、散歩がてらに森に入ってはみたものの、その日は薬草採取の依頼だけを黙々とこなした。無心に草を摘んでいるジークの側で、トラ猫は木に前脚でバリバリと音を立てて爪を研いでいた。

 翌朝は普段より少し早い時間に、ジークはギルドの入口扉を潜っていた。前日に受けた依頼がまだ残っているから来る用事は無かったが、ジャンのことが気になってつい様子を見に来てしまった。

「あ、おはようございます!」

 ギルドの入口近くでキョロキョロしていた少年は、屈強な冒険者達の集る依頼ボード前に寄り付けもせず、狼狽えていた。見知った顔にホッとしたのか、眉尻を下げて半べそをかきそうになっている。

「うん、ちゃんと冒険者に見えるよ」

 荒々しい男の群れに圧倒されている弟分は、買い揃えたばかりの装備と杖のおかげで、誰が見ても魔法使いだ。だが、幼さの残る顔立ちと自信無さげな挙動から、まだどこのパーティからも声をかけて貰えてはいない。

 ジャンが一人で受けれるような依頼なんて無いし、どうしたものかと思案していると、賑やかに談笑しながら男二人がギルドの中に入ってきた。

「お、ジークじゃないか、久しぶり」
「この時間にいるのは珍しいな」

 順に声を掛けて来たのは、マックスとロンの囮コンビだった。あの森の置き去り事件をキッカケにパーティを組んでいる二人は、今日の依頼を探しにやって来たらしい。

「あのさ、お願いがあるんだけど」

 魔法使いと剣士の二人組に、ジャンを一緒に連れて行って貰えないかと頼んでみる。前衛と後衛のバランスの良いパーティだし、同じ魔法使いであるマックスの動きはジャンにとって参考になるはずだ。

「ジークに借りを返すチャンスが来た!」
「おう、いいぜ。ビシバシ鍛えてやるよ」

 今後の為にも甘やかさないで欲しいと伝えると、彼の思惑をすぐに理解した二人は笑いを堪えながら頷き返した。

 鍛え上げられた体躯の剣士ロンに「よろしくな」と肩をガッチリと組まれ、魔法使いの少年は不安げな顔でジークを何度も振り返っていた。そんな同郷の友をジークは笑顔で片手を振って見送る。

 彼らが受けた依頼は中型魔獣の討伐。囮コンビなら苦戦を強いられることはないはずだし、特に心配はない。
 ただ、いきなりの討伐案件にジャンはどう反応するだろうか。

 その夜、依頼帰りだという少年は、ジークの泊まる宿を訪ねてきた。埃だらけのローブには枯葉が絡まって汚れきっている。転んだのか何なのか、顔に擦り傷までつくっていた。

「僕に冒険者は向いてないみたいです」

 目に涙を溜めながら、悔しそうに告げる。憧れのジークと同じ職に就けたと喜んでいたけれど、あんなに恐ろしい思いをしなくちゃいけないのなら、グランに戻って父と一緒に馬の世話をしている方がマシだ。
 魔獣に追いかけられて森の中を逃げ回ったことを思い出し、ジャンは身震いした。

「明日、グランに戻ります」
「うん、それがいいね」

 大怪我する前に帰せて良かったと、ジークは心配症な馬番の顔を思い浮かべた。
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