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追加エピソード・新しい家族
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佳奈が中学生になって初めての夏休み。バスケ部に入った妹は、今日も練習があると言って朝早くから登校していた。部員数がギリギリのチームらしく、1年生でも入部したてでいきなり補欠として登録してもらえたと、毎日張り切って参加しているみたいだ。
「夏休みが終わったら、1年でも全員が試合に出して貰えるんだって」
その日の練習から帰って来た佳奈が、嬉しそうに報告してくる。佳奈のように小学生の時にミニバスを習っていたという経験者だけじゃなく、中学に入ってから始めたばかりの子もいる1年生。そろそろ全員が一通りのルールを覚えただろうからと、顧問の先生が宣言してくれたらしい。
「そっか、もう3年生は引退しちゃったから、2年生が中心のチームになったんだね」
「うん、2年の先輩は5人ギリギリだから、頑張れば1年でもレギュラーになれるって。学校始まったら、1年だけで朝練しようかって言ってる」
「へー、頑張るね」
愛華がクルミのトイレを掃除している横で、佳奈はリボン付きのじゃらしで猫を遊ばせていた。こうやって誰かが相手していないと、掃除途中のトイレに無理に突入しようとしてくるのだ。すっかり大きくなったクルミは、おじいちゃん獣医の予言通りにヤンチャな子に育っている。
新しい猫砂を四角いトイレのケースへ入れ替えてから、ケージの中へと設置し直す。クルミはもうケージで寝ることは無くなったけれど、もうすぐ生まれてくる赤ちゃんの為に、猫用のトイレと水皿はケージの中に隔離しておくことにしていた。
水を入れ替えてあげようと、皿を持ってキッチンへ入った愛華は、大きなお腹を重そうに揺すりながらコンロ前に立つ柚月へと、少しばかり心配な表情で声を掛ける。
「そう言えば、バイト先で言われたんですけど、妊婦さんに猫ってダメなんですか?」
継母が妊娠中だと話したら、パートの山岡が「猫のトイレは妊婦さんにお掃除させちゃダメよ」と言っていた。何でも猫の排泄物には感染症の原因になる寄生虫がいるんだとか。トイレの掃除をしたばかりの愛華が近付いていても、平気なんだろうかと不安になってきた。
「ああ、トキソプラズマね。私は大丈夫よー。前にも猫飼ってたことあるから、とっくに抗体はあるもの」
「そっか、良かったぁ……」
「ふふふ、妊娠したら初期でいろんな抗体の検査してもらえるから、その辺りの心配は要らないわ。心配してくれたのね、ありがとう」
冷静に考えると柚月は経産婦。妊娠や出産に何か問題を抱えていれば、佳奈の時にすでに分かっているはずだ。でも、すぐ身近な人が大きなお腹をしている状況は、見ているこちらがハラハラして、いちいち不安になってくる。愛華が心配症なのは修司似なのかもしれない。
茹で終わったパスタをフライパンの中でソースへ絡めて、柚月はカウンターに置いていた皿を手に取り三等分していく。佳奈が夏休みに入ったのとほぼ同時に産休を取って帰って来た継母は、娘達が止めるのも聞かずに家事を率先してやってくれていた。
「もういつ生まれてもいいんだから、少しは動かないと」
二人目だから予定日よりも早く出てくるとは思うんだけど、とあっけらかんと笑っていた。
二階にある夫婦の寝室には、柚月が買い揃えて来たベビー用品が山積みになっている。まさかこのタイミングで妊娠をするとは思ってもみなかったから、娘達の時の物はどちらも一切残っていない。全て一から買い直しだ。
「ベビーベッドはどうしようかしら。クルミがいるから、リビングには置いておきたいけど……買うよりはレンタルよね、どうせ数か月しか使わないんだし。次の健診の時に病院で申し込んでくるわ」
産院が提携しているベビー用品レンタルのパンフレットを見ながら、昨日の夜には修司と電話で相談していた。柚月曰く、世の中に出回っているベビー用品のうち、買わなくても困らない、生まれてから用意すればいいという物は結構あるらしい。
寝室にある赤ちゃんグッズを、佳奈がこっそり覗きに行っているのは知っている。弟か妹が生まれてから使う予定のオムツやベビーバスなど、見慣れないけれど何だか可愛い物達を眺めて、とても嬉しそうにしているのだ。たまたま部屋の前を通った時にドアの隙間から見て、愛華は微笑ましくて思わず笑みが零れた。
「ねえ、本当に生まれてくるまで内緒にするつもりなの? もう教えてくれたっていいじゃない」
「ダメよ。楽しみは後に取っておきなさい」
ホウレンソウとベーコンのクリームパスタを食べながら、向かいの席で母娘が言い合いを始めていた。頑なに胎児の性別を隠したがる柚月と、早く弟か妹のどちらかを知りたがる佳奈。
ご丁寧にも柚月は、性別の分かりそうなベビー用品は鍵付きのスーツケースにしまい込んで隠しているのだ。男の子か女の子かは、生まれてからのお楽しみだから、と。
「夏休みが終わったら、1年でも全員が試合に出して貰えるんだって」
その日の練習から帰って来た佳奈が、嬉しそうに報告してくる。佳奈のように小学生の時にミニバスを習っていたという経験者だけじゃなく、中学に入ってから始めたばかりの子もいる1年生。そろそろ全員が一通りのルールを覚えただろうからと、顧問の先生が宣言してくれたらしい。
「そっか、もう3年生は引退しちゃったから、2年生が中心のチームになったんだね」
「うん、2年の先輩は5人ギリギリだから、頑張れば1年でもレギュラーになれるって。学校始まったら、1年だけで朝練しようかって言ってる」
「へー、頑張るね」
愛華がクルミのトイレを掃除している横で、佳奈はリボン付きのじゃらしで猫を遊ばせていた。こうやって誰かが相手していないと、掃除途中のトイレに無理に突入しようとしてくるのだ。すっかり大きくなったクルミは、おじいちゃん獣医の予言通りにヤンチャな子に育っている。
新しい猫砂を四角いトイレのケースへ入れ替えてから、ケージの中へと設置し直す。クルミはもうケージで寝ることは無くなったけれど、もうすぐ生まれてくる赤ちゃんの為に、猫用のトイレと水皿はケージの中に隔離しておくことにしていた。
水を入れ替えてあげようと、皿を持ってキッチンへ入った愛華は、大きなお腹を重そうに揺すりながらコンロ前に立つ柚月へと、少しばかり心配な表情で声を掛ける。
「そう言えば、バイト先で言われたんですけど、妊婦さんに猫ってダメなんですか?」
継母が妊娠中だと話したら、パートの山岡が「猫のトイレは妊婦さんにお掃除させちゃダメよ」と言っていた。何でも猫の排泄物には感染症の原因になる寄生虫がいるんだとか。トイレの掃除をしたばかりの愛華が近付いていても、平気なんだろうかと不安になってきた。
「ああ、トキソプラズマね。私は大丈夫よー。前にも猫飼ってたことあるから、とっくに抗体はあるもの」
「そっか、良かったぁ……」
「ふふふ、妊娠したら初期でいろんな抗体の検査してもらえるから、その辺りの心配は要らないわ。心配してくれたのね、ありがとう」
冷静に考えると柚月は経産婦。妊娠や出産に何か問題を抱えていれば、佳奈の時にすでに分かっているはずだ。でも、すぐ身近な人が大きなお腹をしている状況は、見ているこちらがハラハラして、いちいち不安になってくる。愛華が心配症なのは修司似なのかもしれない。
茹で終わったパスタをフライパンの中でソースへ絡めて、柚月はカウンターに置いていた皿を手に取り三等分していく。佳奈が夏休みに入ったのとほぼ同時に産休を取って帰って来た継母は、娘達が止めるのも聞かずに家事を率先してやってくれていた。
「もういつ生まれてもいいんだから、少しは動かないと」
二人目だから予定日よりも早く出てくるとは思うんだけど、とあっけらかんと笑っていた。
二階にある夫婦の寝室には、柚月が買い揃えて来たベビー用品が山積みになっている。まさかこのタイミングで妊娠をするとは思ってもみなかったから、娘達の時の物はどちらも一切残っていない。全て一から買い直しだ。
「ベビーベッドはどうしようかしら。クルミがいるから、リビングには置いておきたいけど……買うよりはレンタルよね、どうせ数か月しか使わないんだし。次の健診の時に病院で申し込んでくるわ」
産院が提携しているベビー用品レンタルのパンフレットを見ながら、昨日の夜には修司と電話で相談していた。柚月曰く、世の中に出回っているベビー用品のうち、買わなくても困らない、生まれてから用意すればいいという物は結構あるらしい。
寝室にある赤ちゃんグッズを、佳奈がこっそり覗きに行っているのは知っている。弟か妹が生まれてから使う予定のオムツやベビーバスなど、見慣れないけれど何だか可愛い物達を眺めて、とても嬉しそうにしているのだ。たまたま部屋の前を通った時にドアの隙間から見て、愛華は微笑ましくて思わず笑みが零れた。
「ねえ、本当に生まれてくるまで内緒にするつもりなの? もう教えてくれたっていいじゃない」
「ダメよ。楽しみは後に取っておきなさい」
ホウレンソウとベーコンのクリームパスタを食べながら、向かいの席で母娘が言い合いを始めていた。頑なに胎児の性別を隠したがる柚月と、早く弟か妹のどちらかを知りたがる佳奈。
ご丁寧にも柚月は、性別の分かりそうなベビー用品は鍵付きのスーツケースにしまい込んで隠しているのだ。男の子か女の子かは、生まれてからのお楽しみだから、と。
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