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第三十四話・京都土産
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洗面所で化粧ポーチに入れたメイク道具を使って出掛ける準備をしていると、その横で佳奈が洗濯物をカゴに入れに来る。いつも通りの朝の光景だったが、愛華が手元に置いているポーチに視線を送ると、佳奈が少し照れ笑いを見せた。
要らないと言っておいたにも関わらず、佳奈は家族全員分のお土産を買ってきてくれていた。友達もみんな、家族へ買っていたから、と言い訳のようなことを言っていたが、きっと照れ隠しなんだろう。西陣織や京ちりめんの生地を使った和柄の華やかな京都土産。修司には眼鏡ケースを、柚月には手鏡、愛華には化粧ポーチと、ちゃんとそれぞれのことを考えて選んでくれたのが分かる。
佳奈から貰った桜色のポーチは、小花の中を白兎が飛び跳ねている愛らしい絵柄で、愛華が普段からバッグに入れて持ち歩いていたピンク色のポーチとサイズ感がよく似ていた。もしかして佳奈は姉が愛用していた化粧ポーチのことを覚えていて、似た雰囲気の物を探してくれていたのかも、と思わずにいられない。
受け取ってすぐ、愛華は佳奈の目の前でポーチの中身を入れ替えて、新しいポーチを使い出した。持ち始めた翌日には真由が目ざとく、「あ、化粧ポーチ変えたんだ」と気付いてくれたから、「妹の修学旅行土産」と得意げに答えた。
「最近の小学生は使い道の無いちっちゃい置物とかは買わないんだね」と真由は感心していたが、実は佳奈の部屋にはそのちっちゃい置物が机の上にずらっと並んでいたりする……。
月初めに修学旅行があったせいで忘れかけていたが、三の倍数の月末は佳奈が離れて暮らしている実父との面会日がある。大抵は月末の土曜日らしく、その一週間ほど前になると父親から待ち合わせ場所の連絡が入ってくるみたいだった。
月末が近付くにつれ、目に見えて口数が少なくなった妹は、決して自分からはその理由を言おうとはしない。我が儘を言って周りを困らせてしまうことに敏感だから、一人で静かに我慢してしまう。大人の目を気にし過ぎて、良い子を演じきろうとしてしまうのだ。愛華自身も似たようなところがあるから、その気持ちはよく理解できる。
次の塾で四字熟語のテストがあるらしく、ソファーに座って膝の上のクルミを撫でながら、佳奈は四字熟語とその意味をブツブツと声に出して唱えていた。ホッチキス止めされたプリントを捲っては難しい顔をしている。
エコバッグの中から買ってきた物を取り出して、今日の夕ご飯で使う食材とをより分けていると、リビングの方から佳奈の大きな溜め息が耳に入ってくる。それがテスト勉強に対しての嘆きでないのは、あえて聞かなくても分かった。
「佳奈ちゃん、嫌なことは別に無理にしなくていいんだよ?」
夕ご飯中も黙り込んだままの佳奈に、愛華がやや軽めの口調で語りかける。本人が話す気が無いものを無理して問いただすつもりはなかったから、具体的に何に対してかは触れない。
「もし我慢してることがあるんなら、お母さんと話してみなよ。子供が嫌がることを無理強いするような人じゃないでしょ?」
「……」
向かいに座る愛華のことを、佳奈は黙って見上げる。泣くのを耐えている潤んだ瞳が、差し伸べられた手を掴むかどうか悩んでいるようにも見えた。きっと出会ったばかりの佳奈なら、その手を掴み返すことは絶対に無かっただろう。
でも、今の佳奈は恐る恐るながらも愛華に対して、自分が思っていることを話し始めてくれる。言わずもがな、これはものすごい進歩だ。
「……お父さんと、会うのが嫌なの」
「うん、そっか」
「私と会うの、無理して会ってるのが分かるから。お母さんとの約束だから会ってくれてるだけだから……」
実父は義務感だけで娘と面会しているんだと、佳奈の目にもはっきりと分かって辛いのだと、ゆっくり話し始める。毎回同じことを聞かれ、同じことを答えるだけの会話。父親は娘のことなんて、全く興味がないのだ。長い沈黙の中、別に好きでもないメニューから選んだ食事をただ口に入れていくだけの、苦痛な時間。歩いていても娘のことを振り返りもしない父親の後を、はぐれないよう必死で追いかけるのは、虚しさしか感じないと目を潤ませる。
「最初の頃はお父さんも優しかったし、会えるのは嬉しかったんだけど。今は全然そうじゃない。お父さんも私と会っても楽しそうじゃないし、ずっとスマホばかり見てる」
元妻と別れる際に交わした約束だから会ってるだけ。でも、その約束は誰の為のものだったんだろうか。
愛華も喫茶店で少しだけ様子を見ていたから、佳奈が伝えたがっていることはすぐに理解できた。きっと父親の方も少なからず面倒に思っていそうだった。
「佳奈ちゃんが会いたくないなら、会わなくていいんじゃないかなぁ」
「そうなの?」
「だって、子供がお父さんと会いたがるだろうからって決めるものじゃないのかな、面会日って」
愛華も子供の立場だから、いまいち断言できないが、確かにそういうイメージを持っている。離婚しても父親はちゃんといるよということを示す為に決めているのなら、その子供自身に拒否権があるはずだ。ただ、柚月達がどういった話し合いの上で決めたことなのかが分からないから何とも言えないけれど。
夜の恒例のビデオ通話で、画面の向こうの柚月は険しい表情をしながら、娘からの訴えを静かに聞いていた。佳奈は言葉を選びつつ、自分が思っていることと、その理由を一生懸命に説明する。
「……うん、分かったわ。向こうへはお母さんが連絡しておくから」
「本当にいいの?」
「いいも何も、佳奈が会いたくないんでしょう? 無理して会う必要なんてないわ――でも、もしまた会いたくなった時は、黙ってないでちゃんと言うのよ。あれでもあなたの父親なんだから」
スマホの画面に映る母に向かって、佳奈は黙って頷き返していた。柚月は終始、ハァと大袈裟なくらい大きな溜め息をついて、「あの男、許さないわ……」と元夫に対して恨み節を吐いていた。
画面の隅にチラチラと映り込んでいた修司はずっと苦笑いを浮かべている。あの様子だと、柚月達の離婚理由は全て聞いているのだろう。これまでのことから、愛華も何となく想像がついたが。
要らないと言っておいたにも関わらず、佳奈は家族全員分のお土産を買ってきてくれていた。友達もみんな、家族へ買っていたから、と言い訳のようなことを言っていたが、きっと照れ隠しなんだろう。西陣織や京ちりめんの生地を使った和柄の華やかな京都土産。修司には眼鏡ケースを、柚月には手鏡、愛華には化粧ポーチと、ちゃんとそれぞれのことを考えて選んでくれたのが分かる。
佳奈から貰った桜色のポーチは、小花の中を白兎が飛び跳ねている愛らしい絵柄で、愛華が普段からバッグに入れて持ち歩いていたピンク色のポーチとサイズ感がよく似ていた。もしかして佳奈は姉が愛用していた化粧ポーチのことを覚えていて、似た雰囲気の物を探してくれていたのかも、と思わずにいられない。
受け取ってすぐ、愛華は佳奈の目の前でポーチの中身を入れ替えて、新しいポーチを使い出した。持ち始めた翌日には真由が目ざとく、「あ、化粧ポーチ変えたんだ」と気付いてくれたから、「妹の修学旅行土産」と得意げに答えた。
「最近の小学生は使い道の無いちっちゃい置物とかは買わないんだね」と真由は感心していたが、実は佳奈の部屋にはそのちっちゃい置物が机の上にずらっと並んでいたりする……。
月初めに修学旅行があったせいで忘れかけていたが、三の倍数の月末は佳奈が離れて暮らしている実父との面会日がある。大抵は月末の土曜日らしく、その一週間ほど前になると父親から待ち合わせ場所の連絡が入ってくるみたいだった。
月末が近付くにつれ、目に見えて口数が少なくなった妹は、決して自分からはその理由を言おうとはしない。我が儘を言って周りを困らせてしまうことに敏感だから、一人で静かに我慢してしまう。大人の目を気にし過ぎて、良い子を演じきろうとしてしまうのだ。愛華自身も似たようなところがあるから、その気持ちはよく理解できる。
次の塾で四字熟語のテストがあるらしく、ソファーに座って膝の上のクルミを撫でながら、佳奈は四字熟語とその意味をブツブツと声に出して唱えていた。ホッチキス止めされたプリントを捲っては難しい顔をしている。
エコバッグの中から買ってきた物を取り出して、今日の夕ご飯で使う食材とをより分けていると、リビングの方から佳奈の大きな溜め息が耳に入ってくる。それがテスト勉強に対しての嘆きでないのは、あえて聞かなくても分かった。
「佳奈ちゃん、嫌なことは別に無理にしなくていいんだよ?」
夕ご飯中も黙り込んだままの佳奈に、愛華がやや軽めの口調で語りかける。本人が話す気が無いものを無理して問いただすつもりはなかったから、具体的に何に対してかは触れない。
「もし我慢してることがあるんなら、お母さんと話してみなよ。子供が嫌がることを無理強いするような人じゃないでしょ?」
「……」
向かいに座る愛華のことを、佳奈は黙って見上げる。泣くのを耐えている潤んだ瞳が、差し伸べられた手を掴むかどうか悩んでいるようにも見えた。きっと出会ったばかりの佳奈なら、その手を掴み返すことは絶対に無かっただろう。
でも、今の佳奈は恐る恐るながらも愛華に対して、自分が思っていることを話し始めてくれる。言わずもがな、これはものすごい進歩だ。
「……お父さんと、会うのが嫌なの」
「うん、そっか」
「私と会うの、無理して会ってるのが分かるから。お母さんとの約束だから会ってくれてるだけだから……」
実父は義務感だけで娘と面会しているんだと、佳奈の目にもはっきりと分かって辛いのだと、ゆっくり話し始める。毎回同じことを聞かれ、同じことを答えるだけの会話。父親は娘のことなんて、全く興味がないのだ。長い沈黙の中、別に好きでもないメニューから選んだ食事をただ口に入れていくだけの、苦痛な時間。歩いていても娘のことを振り返りもしない父親の後を、はぐれないよう必死で追いかけるのは、虚しさしか感じないと目を潤ませる。
「最初の頃はお父さんも優しかったし、会えるのは嬉しかったんだけど。今は全然そうじゃない。お父さんも私と会っても楽しそうじゃないし、ずっとスマホばかり見てる」
元妻と別れる際に交わした約束だから会ってるだけ。でも、その約束は誰の為のものだったんだろうか。
愛華も喫茶店で少しだけ様子を見ていたから、佳奈が伝えたがっていることはすぐに理解できた。きっと父親の方も少なからず面倒に思っていそうだった。
「佳奈ちゃんが会いたくないなら、会わなくていいんじゃないかなぁ」
「そうなの?」
「だって、子供がお父さんと会いたがるだろうからって決めるものじゃないのかな、面会日って」
愛華も子供の立場だから、いまいち断言できないが、確かにそういうイメージを持っている。離婚しても父親はちゃんといるよということを示す為に決めているのなら、その子供自身に拒否権があるはずだ。ただ、柚月達がどういった話し合いの上で決めたことなのかが分からないから何とも言えないけれど。
夜の恒例のビデオ通話で、画面の向こうの柚月は険しい表情をしながら、娘からの訴えを静かに聞いていた。佳奈は言葉を選びつつ、自分が思っていることと、その理由を一生懸命に説明する。
「……うん、分かったわ。向こうへはお母さんが連絡しておくから」
「本当にいいの?」
「いいも何も、佳奈が会いたくないんでしょう? 無理して会う必要なんてないわ――でも、もしまた会いたくなった時は、黙ってないでちゃんと言うのよ。あれでもあなたの父親なんだから」
スマホの画面に映る母に向かって、佳奈は黙って頷き返していた。柚月は終始、ハァと大袈裟なくらい大きな溜め息をついて、「あの男、許さないわ……」と元夫に対して恨み節を吐いていた。
画面の隅にチラチラと映り込んでいた修司はずっと苦笑いを浮かべている。あの様子だと、柚月達の離婚理由は全て聞いているのだろう。これまでのことから、愛華も何となく想像がついたが。
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