27 / 45
第二十七話・猫と小学生
しおりを挟む
門扉を開けて敷地内に入ると、サンルーム越しにリビングの灯りが漏れていた。遮光カーテンが開けっ放しになっているようで、レースカーテンを透かして室内の様子がはっきりと窺える。
照明が点いているのはリビングの半分だけで、奥のダイニング側のダウンライトは消えている。佳奈がテレビでも見ているのかと思いながら玄関を入るが、家の中はとても静かだった。
そっとリビングのドアを開けて中を覗くと、ソファーの脚下に裸足の足が横たわっているのが見えて、一瞬だけギョッとする。見ようによっては事件現場だ。でもすぐに状況を理解すると、愛華は口元を抑えた。
「……ふっ、またそこで?」
目撃した光景に、思わず鼻で噴き出してしまう。以前と同じように、ソファーテーブルとソファーに挟まれた床で、佳奈が横向きに丸まった体勢で寝息を立てていたのだ。そして、そのお腹の辺りにすっぽりと嵌るようにして白黒の子猫が寄り添っている。ただ、猫の方は愛華が部屋に入ってきたことで目が覚めたらしく、頭だけを起き上げてこちらの方へと丸い目を向けていた。
久しぶりに友達と遊んで疲れたのだろう。普段は隅に置かれた専用ボックスに片づけられているはずの猫用玩具が、リビングの床にめいっぱい散らばっているのがその証拠だ。宿題はちゃんと出来たかなんて、まだ夏休みが始まったばかりの小学生へ聞くほど野暮じゃない。朝に積んであったのとほとんど変わっていないように見える問題集の山が、十分に物語ってくれている。
キッチンの方を見てみると、シンク横の水切りカゴには三人分のグラスとお皿が綺麗に洗って並べられていた。おそらく佳奈は、食器を洗った後に力尽きてしまったのだろう。気持ちよさそうな寝顔をしているから、よっぽど楽しかったんだろうと、愛華は小さく微笑んだ。
キッチンから聞こえてくるカチャカチャという食器が鳴る音に、佳奈はぼんやりと目を覚ました。ベッドとは違い、カーペットの寝心地はあまり良くない。横向きの体勢で寝ていたから、身体の下敷きになっていた右腕が少し痺れている。エアコンの風が直撃していたのか、ちょっとだけ身震いする。
起きたばかりの佳奈の顔へ、クルミが自分の頭をすり寄せてくる。黙って撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
漂ってくる夕飯の匂いに、まだ寝ぼけた頭のまま母親の姿を探してみるが、キッチンカウンターの中にいるのが柚月ではなく、愛華だと分かると「あ、そうだった」とすぐに納得する。それは別に母親が恋しくなったからという訳じゃなく、寝起きで少し混乱していたからだと自分で自分に言い聞かせた。
「おかえりなさい」
「あ、起こしちゃった? ただいま」
テーブルに箸と取り皿を並べていると、ソファーから声がして振り返る。右手で目を擦りながら、反対の手で子猫を抱っこしている佳奈が、カーペットの上に座っているのが目に入った。
「今日は中華丼にしてみたんだけど、食べられそう? もうちょっと後にする?」
丼を食器棚から下ろしつつ、妹の腹具合を確認する。冷蔵庫の中身を見る限り、お菓子やデザートも結構食べたみたいだし、もしかするとお腹は空いていないかもしれない。
けれど、愛華の心配をよそに、佳奈は「食べる」と頷き返して来た。成長期ど真ん中の食欲はあなどれない。
トマトのサラダと温め直した味噌汁をテーブルに運んでいる間、佳奈は猫皿にクルミ用のカリカリを盛っていた。人間と同じタイミングでご飯をあげないと、食事中に足を登ってきて食べるのを邪魔されてしまうのだ。かなり大きくなった子猫は獣医の予言通り、とてもヤンチャに育っている。
「お友達が来た時、クルミは逃げたりしなかった?」
いただきます、と手を合わせて、味噌汁を一口飲んでから妹へ話しかける。両親が帰って来た時、クルミはソファーの下に潜り込んだりテレビの後ろへ隠れたりして、なかなか出て来なかったらしい。愛華が戻って来た時には修司にガッツリ捕まっていたけれど、そこまで落ち着かせるのが大変だったと二人で嘆いていた。猫飼い歴のある両親でさえ、クルミの警戒心を解くのは簡単じゃなかったらしい。
「テレビの後ろに入り込んでたけど、カリカリあげたらすぐ出てきた」
「食い意地の方が勝ったんだ……」
せっかく遊びに来て貰ったのに、子猫が出て来なかったら残念だと思っていたが、そこは心配無用だったみたいだ。その後は普段通りだったらしいから、相手が子供だと慣れるのが早いのかもしれない。修司なんて大阪に戻る直前もシャーシャーと威嚇され続けていて、全くなつく気配がなかったのに……。父が聞いたらショックを受けること間違いなしだ。
「来月のはまだ分からないけど、私の今月の予定、後でカレンダーに書いておくね。いつでも友達呼んでくれていいから」
キッチンカウンターに置いてある卓上カレンダーを示すと、佳奈はぱあっと顔を明るくした。勉強はあまり捗らなかったが、学校や塾で話していた時よりもずっと仲良くなれたし、また遊ぼうねと言い合った。明日の塾で次の約束を決めようと、顔を綻ばせながら中華丼を口に頬張る。
小学校最後の夏休みは、まだ始まったばかりなのだ。
照明が点いているのはリビングの半分だけで、奥のダイニング側のダウンライトは消えている。佳奈がテレビでも見ているのかと思いながら玄関を入るが、家の中はとても静かだった。
そっとリビングのドアを開けて中を覗くと、ソファーの脚下に裸足の足が横たわっているのが見えて、一瞬だけギョッとする。見ようによっては事件現場だ。でもすぐに状況を理解すると、愛華は口元を抑えた。
「……ふっ、またそこで?」
目撃した光景に、思わず鼻で噴き出してしまう。以前と同じように、ソファーテーブルとソファーに挟まれた床で、佳奈が横向きに丸まった体勢で寝息を立てていたのだ。そして、そのお腹の辺りにすっぽりと嵌るようにして白黒の子猫が寄り添っている。ただ、猫の方は愛華が部屋に入ってきたことで目が覚めたらしく、頭だけを起き上げてこちらの方へと丸い目を向けていた。
久しぶりに友達と遊んで疲れたのだろう。普段は隅に置かれた専用ボックスに片づけられているはずの猫用玩具が、リビングの床にめいっぱい散らばっているのがその証拠だ。宿題はちゃんと出来たかなんて、まだ夏休みが始まったばかりの小学生へ聞くほど野暮じゃない。朝に積んであったのとほとんど変わっていないように見える問題集の山が、十分に物語ってくれている。
キッチンの方を見てみると、シンク横の水切りカゴには三人分のグラスとお皿が綺麗に洗って並べられていた。おそらく佳奈は、食器を洗った後に力尽きてしまったのだろう。気持ちよさそうな寝顔をしているから、よっぽど楽しかったんだろうと、愛華は小さく微笑んだ。
キッチンから聞こえてくるカチャカチャという食器が鳴る音に、佳奈はぼんやりと目を覚ました。ベッドとは違い、カーペットの寝心地はあまり良くない。横向きの体勢で寝ていたから、身体の下敷きになっていた右腕が少し痺れている。エアコンの風が直撃していたのか、ちょっとだけ身震いする。
起きたばかりの佳奈の顔へ、クルミが自分の頭をすり寄せてくる。黙って撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
漂ってくる夕飯の匂いに、まだ寝ぼけた頭のまま母親の姿を探してみるが、キッチンカウンターの中にいるのが柚月ではなく、愛華だと分かると「あ、そうだった」とすぐに納得する。それは別に母親が恋しくなったからという訳じゃなく、寝起きで少し混乱していたからだと自分で自分に言い聞かせた。
「おかえりなさい」
「あ、起こしちゃった? ただいま」
テーブルに箸と取り皿を並べていると、ソファーから声がして振り返る。右手で目を擦りながら、反対の手で子猫を抱っこしている佳奈が、カーペットの上に座っているのが目に入った。
「今日は中華丼にしてみたんだけど、食べられそう? もうちょっと後にする?」
丼を食器棚から下ろしつつ、妹の腹具合を確認する。冷蔵庫の中身を見る限り、お菓子やデザートも結構食べたみたいだし、もしかするとお腹は空いていないかもしれない。
けれど、愛華の心配をよそに、佳奈は「食べる」と頷き返して来た。成長期ど真ん中の食欲はあなどれない。
トマトのサラダと温め直した味噌汁をテーブルに運んでいる間、佳奈は猫皿にクルミ用のカリカリを盛っていた。人間と同じタイミングでご飯をあげないと、食事中に足を登ってきて食べるのを邪魔されてしまうのだ。かなり大きくなった子猫は獣医の予言通り、とてもヤンチャに育っている。
「お友達が来た時、クルミは逃げたりしなかった?」
いただきます、と手を合わせて、味噌汁を一口飲んでから妹へ話しかける。両親が帰って来た時、クルミはソファーの下に潜り込んだりテレビの後ろへ隠れたりして、なかなか出て来なかったらしい。愛華が戻って来た時には修司にガッツリ捕まっていたけれど、そこまで落ち着かせるのが大変だったと二人で嘆いていた。猫飼い歴のある両親でさえ、クルミの警戒心を解くのは簡単じゃなかったらしい。
「テレビの後ろに入り込んでたけど、カリカリあげたらすぐ出てきた」
「食い意地の方が勝ったんだ……」
せっかく遊びに来て貰ったのに、子猫が出て来なかったら残念だと思っていたが、そこは心配無用だったみたいだ。その後は普段通りだったらしいから、相手が子供だと慣れるのが早いのかもしれない。修司なんて大阪に戻る直前もシャーシャーと威嚇され続けていて、全くなつく気配がなかったのに……。父が聞いたらショックを受けること間違いなしだ。
「来月のはまだ分からないけど、私の今月の予定、後でカレンダーに書いておくね。いつでも友達呼んでくれていいから」
キッチンカウンターに置いてある卓上カレンダーを示すと、佳奈はぱあっと顔を明るくした。勉強はあまり捗らなかったが、学校や塾で話していた時よりもずっと仲良くなれたし、また遊ぼうねと言い合った。明日の塾で次の約束を決めようと、顔を綻ばせながら中華丼を口に頬張る。
小学校最後の夏休みは、まだ始まったばかりなのだ。
4
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
猫と幼なじみ
鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。
ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。
※小説家になろうでも公開中※
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる