雨上がりの虹と

瀬崎由美

文字の大きさ
上 下
8 / 45

第八話・二人暮らし

しおりを挟む
 5LDKの一軒家は二人で住むには広すぎる。それは家族が父だけになった時にも感じた。新しい家族を迎え入れて、随分と賑やかになって来たと思っていたのに、また家の中がしんとしている。

 母親が旅立って行くのを玄関先で見送った後、佳奈は二階の自室へと上がっていってしまった。足音すら聞こえてこない天井を見上げてから、愛華はキッチンカウンターに置かれた卓上カレンダーに目をやる。
 柚月が用意したそれには、当面の佳奈のスケジュールが書き込まれている。引っ越してくる時にほとんどの習い事は辞めてきたのに、カレンダーは学校行事と塾だけでぎっしりと埋め尽くされていた。

「……小学生、だよね?」

 学校で毎月のように行われる模擬テストと、二か月ごとにある塾の模試。5年生までは自由だったのが、6年からは学校の授業までもが受験を意識したものへと変わる。私立ほどではないけれど、授業についていけない子には肩たたきもあると真由が言っていた。
 大学受験前の高3の愛華の方がよっぽど時間に余裕があった気がする。

 ――テスト勉強でもしてるのかなぁ?

 再度、天井を見上げる。普段から部屋に籠りがちな妹は、今は何をして過ごしているのだろうか。

「次の日曜は塾の模試があるんだよね? お弁当のリクエストってある?」

 初めての二人だけの夕食時、愛華は佳奈の週末の昼食の希望を確認してみた。模試を朝から昼過ぎまで受けるということは、当然お弁当を持って行かなきゃいけない。自分と父以外のお弁当を作るのなんて初めてで、ちょっぴり浮かれていた。

「やっぱりキャラ弁とか? 私が小学生の時にはそういうの無かったのかなぁ、作ってもらった記憶がないや」
「……もうそんな歳じゃないし。キャラ弁なんて、逆に恥ずかしい。――コンビニでパン買ってくからいい」

 「ごちそうさまでした」と椅子から立ち上がると、佳奈は自分の分の食器を重ねてキッチンへと運んでいく。「一緒に洗うから置いておいて」と愛華が声を掛けると、それに対しては黙って頷き返し、シンクに入れた食器に水を張ってからダイニングを出ていってしまった。相変わらず素っ気ない。

 二人暮らしが始まれば少しくらいは距離が縮まるのかと思っていたが、そうでもないみたいだ。ただ佳奈は親に付いて行って学校が変わるのが嫌だっただけで、愛華と一緒に居たいから残ったという訳じゃないのだから。佳奈にとって、愛華は消去法で選ばれただけに過ぎないのだ。

 年上として、こういう場合はどういう態度でいるのが良いのか、さっぱり分からない。お姉ちゃんって、一体何をすればいいんだろう?


 両親が二人とも出ていってから、愛華自身の生活で特に大きく変わった点は、帰宅するとまずダイニングテーブルの上を確認するようになったこと。佳奈が学校や塾で配布されたプリント類をまとめて置いていくからだ。自分のスマホで写真を撮って柚月にも見せてはいるみたいだが、持ち物や下校時刻の変更などといった、一緒に住んでいる家族が目を通さないといけないものも結構ある。

 とは言っても、佳奈は小学生の割にしっかりしているのでそう大変なことは無い。ノートなどの筆記具が無くなれば自分で買いに行くし、上靴も自分で洗えるし、朝もちゃんと起きてくる。きっと母娘だけの時も当たり前のようにそうしていたんだろう。全く手が掛からないし、愛華が家事以外でしてあげないといけないことは何もない。

 だから、夜中に佳奈の部屋の前を通り過ぎようとした時、中から鼻をすする音が聞こえてきて、どうしたらよいのか分からなくなった。傍からは平然としているように見えたが、妹はまだ12歳の小学生だということを改めて気づかされる。親と離れるには幼過ぎる年齢に、なかなか慣れない家と血の繋がらない姉。どう考えても、不安だらけなはずだ。
 佳奈が泣いているのには気付かないふりをして、愛華は部屋の前を立ち去るしかできなかった。

 翌朝、いつもと同じ時間に起きてきた佳奈は、リビングのテレビの時刻表示を確認してから家を出ていった。毎日正確に同じ時間に登校していくから遅刻なんてしたことがないんじゃないだろうか。
 そう思いながら、佳奈より遅れて家を出たはずの愛華だったが、着いた最寄り駅のホーム上は普段の倍ほど混雑して、通学や通勤客でごった返している。駅構内に流れるアナウンスによると、信号の故障が原因で遅延が起こっているらしかった。

 その人混みの中、駅の向かいのホームに妹の姿を見つけた。制服に制帽、ランドセルまで学校が指定する物を身に着けた附属の生徒はひときわ目立つ。佳奈と同じ丸襟のブラウスにえんじ色のリボンを付けた小学生は他にも何人かいて、朝から遭遇したトラブルに興奮気味に騒いでいる。お受験校とは言っても、そういうところはどこの小学生も変わらない。

 その同じ学校に通っているはずの賑やかな集団とは離れて、佳奈はハードカバーの児童書を開き、ホームの端に一人で立っていた。同級生らしき似たような背丈の子がいても、それには気付いていないかのように、距離を置いて電車が来るのを待っている。

 ――通学沿線が変わって、今までの友達とは離れちゃったんだろうなぁ……。

 通う学校はそのままでも、5年間一緒に通学していた仲間とは家が逆方向で、登下校も別々になったはずだ。一人でポツンと立っている妹の姿は、すぐに先にやってきた反対ホームの電車の車体で見えなくなってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女ふたり、となり暮らし。

辺野夏子
ライト文芸
若干冷めている以外はごくごく普通のOL、諏訪部京子(すわべきょうこ)の隣室には、おとなしい女子高生の笠音百合(かさねゆり)が一人で暮らしている。特に隣人づきあいもなく過ごしていた二人だったが、その関係は彼女が「豚の角煮」をお裾分けにやってきた事で急速に変化していく。ワケあり女子高生と悟り系OLが二人でざっくりした家庭料理を食べたり、近所を探検したり、人生について考える話。

【完結】浄化の花嫁は、お留守番を強いられる~過保護すぎる旦那に家に置いていかれるので、浄化ができません。こっそり、ついていきますか~

うり北 うりこ
ライト文芸
突然、異世界転移した。国を守る花嫁として、神様から選ばれたのだと私の旦那になる白樹さんは言う。 異世界転移なんて中二病!?と思ったのだけど、なんともファンタジーな世界で、私は浄化の力を持っていた。 それなのに、白樹さんは私を家から出したがらない。凶暴化した獣の討伐にも、討伐隊の再編成をするから待つようにと連れていってくれない。 なんなら、浄化の仕事もしなくていいという。 おい!! 呼んだんだから、仕事をさせろ!! 何もせずに優雅な生活なんか、社会人の私には馴染まないのよ。 というか、あなたのことを守らせなさいよ!!!! 超絶美形な過保護旦那と、どこにでもいるOL(27歳)だった浄化の花嫁の、和風ラブファンタジー。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

お昼ごはんはすべての始まり

山いい奈
ライト文芸
大阪あびこに住まう紗奈は、新卒で天王寺のデザイン会社に就職する。 その職場には「お料理部」なるものがあり、交代でお昼ごはんを作っている。 そこに誘われる紗奈。だがお料理がほとんどできない紗奈は断る。だが先輩が教えてくれると言ってくれたので、甘えることにした。 このお話は、紗奈がお料理やお仕事、恋人の雪哉さんと関わり合うことで成長していく物語です。

星と花

佐々森りろ
ライト文芸
【第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞】  読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校四年生の時、親友の千冬が突然転校してしまう事を知ったなずな。  卒業式であげようと思っていた手作りのオルゴールを今すぐ渡したいと、雑貨屋「星と花」の店主である青に頼むが、まだ完成していないと断られる。そして、大人になった十年後に、またここで会おうと千冬と約束する。  十年後、両親の円満離婚に納得のいかないなずなは家を飛び出し、青と姉の住む雑貨屋「星と花」にバイトをしながら居候していた。  ある日、挙動不審な男が店にやってきて、なずなは大事なオルゴールを売ってしまう。気が付いた時にはすでに遅く落ち込んでいた。そんな中、突然幼馴染の春一が一緒に住むことになり、幸先の不安を感じて落ち込むけれど、春一にも「星と花」へ来た理由があって──  十年越しに繋がっていく友情と恋。それぞれ事情を抱えた四人の短い夏の物語。

処理中です...